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みおぎ   作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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僧正③

まことしく、良顕様は人たらしである事よ。」


そろそろ目覚める頃であろうと倫鉄は、リンの休む部屋に来ていた。

リンの*計らいを良顕に持ちかけるか否か、思いあぐねているうちにウトウトとしてしまったようであった。


良顕との出会いは、倫鉄の僧としての歩みの中で、最も薫陶くんとうを受けた出来事と言えるだろう。

あの日良顕は、芝居掛かったやり方で、弟子たちの憤懣ふんまんを収めたどころか、人嫌いの倫鉄の懐深くに入り込んだ。


このことにより、人はこちらが当たりを変えれば鳴りかたも変わる太鼓のようなものだと知った倫鉄は、大きく変わった。

生来の語気の強さは中々治らぬが、それでもひと頃に比べれば格段に柔和になったその顔つきを見た*導師からは、寺付きにならぬかと持ちかけられるほどであった。


その誘われた寺こそ、先日倫鉄が、リン(タキ)を預かったとの偽りに用いた寺なのだが、

この石手寺に向かうため、手伝っていたその寺を出立しゅったつしてわずか一時いっときほどで、肱川を流されるリン(タキ)を見つけるに至ったのであるから、たまさかというものは、なるものである。


思い出しに、「ふ、」と笑った倫鉄の耳に、回廊を進むささやかな衣擦れの音が聞こえてきた。まもなく部屋の前でそれは止まる。


「ハチロウさんか?」


「はい。もう一時ほどで夕食ゆうげにいたします。その後、僧正さまとの会見の手筈てはずが整っておりますゆえ、リンさんと共にお越し頂きますように。との言伝ことづてにございます。」



丁度、良顕に計り事を持ちかけようとした*潮合しおあいである。

あまりに*時宜じぎを得た言伝ことづてに、幾らか仰天はしたものの、

友の困りごとに心を砕く良晉の、思いやりに深く感じ入った倫鉄であった。


「何か愉快なことでもおありになったのですか?」


リンが不思議そうに倫鉄を見上げていた。


「おお、リン。目覚めたか。どうした?何も愉快なことなどないぞ。」


倫鉄は、リンの体からすべり落ちた*夜着よぎを肩に掛け直してやる。


「そうでございますか?何か笑っておいでのようでしたので、」


知らず独り笑いをしていたようだ。倫鉄は頭をかいた。


「いや何、ちぃとのぉ…

それはそうと、もうじき夕食ゆうげだ。それが済んだら人に会いにこうの。」


「倫鉄様もご一緒に?」


「無論じゃ。」


「はい。お供いたします。」


「いや、どちらかと言うと儂の方がお供なのだがな。」


リンがまた不思議顔だ。


「今朝儂が呼ばれて行っておった、この寺の年寄りがの、リンに会いたいのだそうだ。」


「ウチに、」


「うむ。まあ、気の置けない爺さんだ。


愉快と言えばこの寺一番は、良顕僧正じゃな。はははっ」


「りょうけんそうじょさま・・・」





*計らい…相談する

*導師…仏の教えを伝え導く者。高僧と同じ意味。

*潮合い…タイミング

*時宜を得た…タイミングばっちり

*夜着…上掛け布団。袖があり、腕を通して使う。かい巻きとも言う。


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