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みおぎ   作者: 新井 逢心 (あらい あいみ)
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予知⑫

「剣呑とな?」


良晉は頷いた。


「あの者、リンさんを助けた者ですが、サダジと言います。この寺に参ったのは行儀見習いのためでございまして、おそらく得度とくどは致しません。」


「そのような者も居るのか?」


「この頃は、」

良晉もそこは不本意なのだろう。苦虫を噛み潰している。


「が、ただ今はその話ではなく、」


「うむ。」


「その、サダジに、『私の客が世話になった。礼がしたい。』と、菓子をやって、世間話を致しました。」


倫鉄は、先を促すように無言で頷く。


「サダジは、名主のせがれで、名主を継ぐ前に一度、村の外で暮らしてみたいと思うておったそうでございます。


父親が、川下の放生ほうじょうという拝み屋に大層入れ込んでおったそうで、その放生に相談したところ、*うしとらの方にある寺で行儀見習いをさせるが良い。とお告げが下り、ここに預けられたと申しておりました。」


良晉の言葉の意図を汲み取れない倫鉄は眉根に皺を寄せた。


良晉は、仕様のない。というように苦笑いする。


「『それは大したものだ。その放生さんは、他にどんなお告げをしたのだ?』」と尋ねますと『大昔に、おおみずを言い当て、人柱を立てるようにお告げを下ろしたと聞きました。』と申したのです。」


倫鉄は急に息苦しさに襲われた。


「して、そのような怪しげな者、良晉様は、リンに関わりがあるとお思いか、何故に!」


切れ長に吊り上がった目を爛々とさせる倫鉄。凡人なら腰を抜かしてしまう剣幕だ。


しかしそこは、次期僧正の呼び声高い良晉、すました顔で言う。


「関わりはあると思うております。そうでなければ申しません。」


「うう、」倫鉄は唸り、腕組みをし、座り直した。


ふいに人の気配が漂った。


「失礼いたします。」ハチロウだ。


「いいですよ。」

良晉が返すと襖が開く。


「リンさん、湯殿から戻られ、お部屋でお休みになられました。

それから幸明様が、参っておいでです。」


「お通しして下さい。」


「はい。」


医師くすしの幸明である。何故にといぶかった倫鉄だったが、リンの傷の手当てだと思い至り、笑顔を向けた。


「倫鉄様、そのお顔は、私めに見張られていることをお忘れでしたな!」


幸明は、柔和な丸顔のひだかと思うような薄い口髭をひしゃげ、ニヤリと笑った。


倫鉄は、言うべき言葉もなく、ただ頭を掻く。


幸明は、勧められるまま、倫鉄の側に腰を下ろした。


「それにしても倫鉄様、大分だいぶ熱くなっておられましたな。リンさんに聞かれたくないお話なら、もうちぃと声を落とされませよ。」


倫鉄は、ただ小さくなるしかなかった。




「して、何を語っておいでだったのです?」


と幸明が尋ねると、事の次第を、始め倫鉄が、後を良晉が受けて語り聞かせた。


しかして、こうも声を荒げられるからには、倫鉄様も、関わりがあると踏んだのでございましょう?」


一部始終を聞いていた幸明はそう言い、熱くなりすぎた倫鉄に釘を刺す。


そしてちらり良晉の方を見やると、


笑みをこらえるのに難儀して、良晉はついと向こうを向いてしまった。


幸明は尚も言葉を継いだ。


しんば、リンさんがその様なあらましで、川に流されていなかったとして・・・」


「流されていなかったと、して?」


倫鉄は、訳がわからないと言った風に、おうむ返しにする。


「倫鉄様は、ひとえに川に落ちて流されて来ただけの娘ごを連れ去ったことになりまするが、如何いかがか?」


まさに、正鵠せいこくを射る、幸明の言である。


「ああ、」と言ったきり倫鉄は頭を抱えてしまった。


ーー いかにも儂は、リン自らの意によって儂と共に参ったと、その言質げんちを取ろうと躍起になって、リンがそのすべを失っており、言質が取れぬと知るや、態々《わざわざ》小坊主から話を聞き出して下さった良晉様にその礼も言わず、あらん事か、八つ当たりまでして・・・ーー


ここまでおもんみて、倫鉄はようよう顔を上げた。


「良晉様、幸明様、誠に相済まなかった。

儂は、リンの行く末を背負う覚悟から逃げ回っていただけの様じゃ。」


それを聞いた二人は、安堵したように互いに目語もくごして大きく頷く。


良晉が倫鉄の肩を叩いた。


「とにかく、リンさんはここにいて、生き長らえておられる。


倫鉄様は良うされました。最善でした。


これからの事は、お互いあらん限りの智慧を絞るといたしましょう。」




*うしとら・・・方角、北東を表す。


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