予知⑩
「そなた、この寺に参ったときも、そのようなことを申しておったな。」
この寺の様子を、十里以上も離れた村で見ていたと語ったリン。
それを一笑に付した倫鉄ではなかったが、怪我と疲れがあったための、戯れ言と片付けたのもまた事実である。
「すみません。阿呆ぎり申しました。お忘れください。」
倫鉄の物思いの渋面を不快の表情と受け取ったリンは、額を畳に擦り付けるようにして、謝った。
「いや。そうではない。これはとても大事
じゃ。そのように前もって見えていたものを覚えている限り、儂に教えてくれぬか?」
叱られると身を縮めていたリンは、一転、目を輝かせ、頷いた。
「儂が書いたものを見たのがいつのことか、覚えているか?」
リンは、あらぬ方を見て、色の薄い目玉をキョロキョロさせた。
そして俯き、頭を振る。
「よい。気にするな。
子供のことじゃ、誰かに話したと思うが、なんと言われたか、覚えているか?」
リンは、また目玉を動かし、懸命に思い出そうとしている。
「分かりません。ただ、話すのは怖いです。言いたない感じが、し、ます。」
「そうか。怖い思いをしてまで儂に教えてくれたのか。礼を言うぞ。」
リンは頬を染め、また頭を振った。
倫鉄はリンの手を取る。
白くて細い指に、細長い黒ずみが無数にあった。
きっと切り傷や刺し傷をろくに手当もせずに放っておいたせいだろう。
その傷の手当てをしてやりたかったと思うし、その黒ずみは、倫鉄の知らないリンのこれまでを知っているのだな。とも思う。
傷ましいような、羨ましいような、妬ましいような、それはなんとも掴み所のない心持ちで、
我が身に別の生き物が巣喰い始めたのではないかと本気で案じる倫鉄であった。




