予知②
寺の朝は早い。
芳しい香と護摩木の焼ける香りが漂う。低くうねるような読経、太鼓の音が裏山に反響し始めたのは、空の漆黒が緩み、花紺へうつろう頃であった。
目を覚ましてすぐ、タキは倫鉄の姿を探した。
タキに充てがわれた部屋は大変豪華なもので、敷かれた布団は、見たこともないほどの嵩高だった。
初め、『汚してはいけませんから。』と、『どうか台所の板間の片隅にでも、』と願ったタキだったが、
台所は、承仕と呼ばれる修行僧が取り仕切るものであり、そもそも修験の道場であるこの境内は女人禁制なのだと断られた。
その上、今は客人が多く、簡素な宿坊は、はちきれんばかりなのだと言われては、どうして良いやら分からない。
倫鉄を見上げると、
「幸明様も言っておられたではないか。タキは、接待されるのではない。見張られるのだぞ。だから甘んじて受け取っておけ。」
と笑ったので、ようやく頷いたのだった。
タキは、寝巻きの上に、昨日から着ていた小袖を羽織り、建具を引いた。
回廊に出てみても、人の気配はない。
見回して、今は最も暗い廊下の突き当たり、あれが建屋の入り口だったと思い出し、タキはそこを目指して、立ち上がった。
胸がトクトクと早鐘を打つ。
ーー 倫鉄さま。倫鉄さま・・・ーー
上がり框を飛び降り、
ーーまだ外は暗い。そう遠くには行かれてはおられない。
あの大きな門は入り口を出て、左で・・・その先は、ーー
目の前が揺らいだ。
膝がガクリと折れ、その拍子に手を付いた入り口の板戸が、派手な音を立てて向こう側に倒れる。
閉ざされた空間が解放されて、秋の気配の朝靄が入ってきた。
ーーなんで・・動けんの?あ、そ、そやった・・ーー
ここにきてやっと、タキは、自分がケガをしたこと、ケガをしているからこそ、ここに居るのだということを思い出した。