死神のお話
甘い酒が好きだ。女が好きだ。この世界は力がすべてなんだ。
そう教えてくれた親父はずっと前に死んだ。自分よりも強い男に殺された。それだけの話だ。
だから俺は誰よりも強くなった。誰よりも、だれよりも。
「なぁ、笑えよ」
捕まえた金髪の女は少し若いが顔も体も上物。頬を掴んで俺の方を向かせても目は俺を見つめない。
震える体とうっすらと膜を張った青い瞳。まぁ顔だけ見ればいいか。
「俺は別に取って食おうってわけじゃねぇんだ。お前がそれ相応の態度を俺に見せてくれればいい。それだけだ、簡単だろ?少し酒を注ぐだけだ。簡単な仕事だろ」
それだけで終わらせるほど俺は優しい男じゃないんだがね。
震える白い指が酒瓶を握る。俺の持つグラスに酒が注がれてそれが満たされると隣で息をつく音が聞こえる。
「飲め」
グラスを女に押し付ける。
「な、んで、わたしが…」
いい顔だ。嫌いじゃない。
「酔っちまえば全部忘れられる。覚えていたくないなら忘れろ、飲め」
飲まないならそのままやるだけだ。
日差しによく映えるその髪を掴んで、白い肌を地面に押し付けて、やわらかい体に牙を立てて、殺す。
震える手が、グラスを握る。青い目に揺れる水面が映る。昼間に浮かぶ夜空みたいだなんて柄にもなく思ってしまう。
「…あの、いいですか?」
知らない女の声がした。
ぐるりと顔を動かして女を見つめると女はやけに不気味な仮面にローブを身に着けて俺たちの前に立っていた。その手に自分より一回りも大きい鎌を握りしめて。
「誰だ…」
腰に携えたナイフを握る。女の声と身長的に年齢は10代後半から20代前半。まぁ、悪くはない。
捕まえたらあの女よりもずっとうまい酒の肴になりそうだ。
「わ、わたしは!あなたを退治しに来た冒険者の、ひとり…で、す…」
最後の方は少し聞き取れなかったな?なんだ、こいつは冒険者か。
パーティーで来たにしても頭が悪い、なんで一人で頭のところに来たのか。
周りには監視も立たせてる。あいつらがこの女を見逃すってことは他の敵と奮闘中ってことか。
「そりゃあご苦労様なこった。悪いがここに一人で来た自分を恨むんだな」
ひとつ、手を上げると下っ端たちが飛び込んでいく。
多勢に無勢だ可哀そうに、もう男に触られることすら怖くなっちまうんだろうな。
目を閉じたその瞬間、顔にやけに生暖かい液体が飛んできた。
指を這わして目を開けると、指には赤い赤い血が飛んでいた。少し切っただけでは出てこない量の血が、だ。
顔を上げれば器用に鎌を振り回して、周りの奴らを薙ぎ飛ばす仮面の女がいる。
「くそっ…!」
女だからって甘く見すぎた。刀を抜いて女に向けて足をのばそうとしたとき、何かに背中を引っ張られた。
体が地面に引っ張られ小さな手が俺の口を塞ぐ、喉笛が切られて血が広がる。
横になった視界。動かないからだ、寒い、誰か俺を助けろ。違う、もう遅い。
『このことは秘密だよ』
何かが俺の目を塞いだ。