02
日も落ちきって窓の外は濃い藍色で塗りつぶされていた。まばらに残っていた生徒達も下校したようで図書室は私達だけになっていた。あらかじめ図書委員から預かっていた鍵を引き出しから出すと図書室の電気を消した。外と同じ藍色に染まった室内はさっきとは打って変わって不気味な雰囲気に侵食されていった。ぞわぞわとした感覚が背中を駆け抜けていった。
「うわぁ…夜の図書室結構怖いね」
「噂だと女の人の幽霊が出るってね」
「ちょっと!やめてよ希衣!」
意外にも怖がりの望をからかってやれば彼女はぎゅうっと私の腕にしがみついた。そんな彼女の幼い子供の様な仕草にちょっと笑うと拗ねたように腕の力が強くなった。
図書室のドアを開けると一本の廊下に出る。いつもは校庭から遅くまで部活に勤しんでいる生徒の声が聞こえるのだが何故だかしんと静まり返っていた。蛍光灯の灯りがあっても薄暗く、静かな廊下は上履きと床が擦れる音が嫌に大きく響いた。
「先生に言って廊下の蛍光灯新しくして貰った方がいいね」
丁度真上で切れかけの蛍光灯がパチ、パチと小さく鳴っていた。その様がよくあるホラー映画の演出のようで恐怖を煽る。早く行こう…と望が私の腕をひいた。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、そう言いかけた時だった。
パキリ…
蛍光灯の点滅する音に混じってかすかに聞こえた音。何かガラスの様なものに小さく亀裂が入った音だ。反射的に足を止めて、2人で顔を見合わせるとまたパキリ…と音が鳴った。音の正体は直ぐに判明する。
「何…あれ」
振り返って数メートル先。なんとそこに亀裂が走っていた。ドアや床ではない。空間自体にだ。
私達は突然の出来事にただ唖然とするしかなかった。パキリ、パキリ。ゆっくりゆっくり亀裂は広がってゆく。とてつもなく嫌な予感がする。その予感は直後に的中してしまうことになるのだった。
最後の一押しとでも言うように一層大きく音を立てた刹那、亀裂が大きく口をあけた。そして待ち構えていたかの様に中から黒い影の様なもが一斉にこちらに飛び出してきた。
「いやぁああ!」
望の叫び声に我に返って走り出そうと足を踏み出す。しかし、望が床にへたり込むのが視界の端にはいり背後を振り向く。彼女はガチガチと歯を鳴らして言葉にならない声をあげている。あの影に捕まったら…焦る私達をよそに影はこちらに手を伸ばす。影はもう、私の後ろにいた望の目の前に来ていた。
まずい!!
「望っ!!」
望の腕を掴むと思い切り引き寄せる。そのままの勢いで彼女を後ろに突き飛ばした。
ドス…という鈍い音が身体を伝った。
目の前の望の目が何かを言おうとパクパクと口を開閉させている。
「き…い…それ…」
望が震える手で指を指す。その先は私の胸を背中から突き破る影だった。気管に何かがせりあがって咳き込むと口から生暖かい何かが飛び出した。顎を伝って床に滴り落ちたそれは嫌な音をさせて飛び散った。暗くなる視界の中で影に捕まる望を見た。
「駄目…望は…殺さ…ない…で…」
それが言葉になったのかどうか私には分からなかった。