短編版 好きな人に恋愛相談することになりました。
お久しぶりです!
今執筆中で書き溜めている長編の短編版です!
お楽しみいただければ幸いです!
最近新しく出たマグネットというサイトにも投稿しているので、良ければそちらでも応援よろしくお願いします!
小さい頃は、人は簡単に誰かを好きになる。
可愛いから、優しくされたから、趣味が合うから、運動ができるから。
そんな、あってないような些細な理由で好きになった場合、時間が経つにつれて次第にその感情は薄れていく。
現実を見るのだ。
少年時代に見ていた理想は消え、人は大人になっていく。
だが、果たしてそれは本当にただの理想だったのだろうか。
何者にも囚われずその人のことを好きになったその初恋こそ、本当の恋だと言えるのではないだろうか。
「つまり、お前は何が言いたいんだ?」
俺の心に染みる暖かい哲学をさらっと受け流し、俺の悪友である仙谷慎一がそう聞いてくる。
全く、今のわかりやすい説明で理解できないなんて、これだから慎一は。
俺は髪をサッとかきあげる素振りを見せながら結論だけ教えてやることにする。
「大江さん、まじ可愛い」
「おーけーわかった、知り合いにいい医者がいるんだ。今度紹介してやろう」
「大丈夫だ、間に合ってる」
「間に合ってるのか……」
俺くらいの逸材になると、お抱えの医者くらい星の数ほどいるものだ。
ごめん嘘です、月の数ほどもいません。
「そんなことより、今は大江さんの話をしてるんだろ!
話を逸らすな!」
「いや、特にそんな話はしてなかったし話を逸らしてもいない。
そしてつっこむの面倒くさくなってきたからもう流すけど、結局何があったんだ?」
「それがな、聞いてくれよ慎一」
そう言って俺は教室の前の方で女子達とキャッキャウフフしている、大江さんこと大江葵に目をやる。
彼女は客観的に見ても驚くほど可愛らしい容姿をしている、学年のアイドル的存在だ。
小、中、高と奇跡的に同じだがほとんど接点はなく、いつも遠目から目をやるだけ。
昔から男子からモテまくっていて、気になる子が誰かとかの話になると必ずと言っていいほど名前が上がったが、高嶺の花すぎて告白するまで至った人はあまり聞かない。
「俺は彼女を、諦めないといけないかもしれない」
「ごめん、俺の理解力がないのか徹人のトーク力がないのかわからないが、とにかく何が言いたいのかさっぱりだ。
そして多分後者だ」
「だからさ、慎一も知っての通り、俺様、唯土徹人様は大江さんのことが好きな訳じゃん?」
「おお、なんで急に偉そうになったのかはわからないけど、そうだな」
「で、周りを見てたら彼女が欲しくなってきた。
説明は以上だ」
「追加説明を求む」
俺の説明に、慎一ははぁ、と溜息をつく。
「つまりあれか?
最近何故か増えてきたカップルを見てたら触発されて彼女が欲しくなってきたけど、大江は高嶺の花過ぎて無理だからいっそのこと諦めようってことか?」
「そうそう!そういうことよ!分かってるじゃないか慎一!流石心の友、もしくはソウルフレンド」
「ほぼ同じ意味だ。
それで、どうするんだ?
なんだかんだで小学校の頃からずっと好きだったわけだし、最初のよくわからない話から察するに尊い初恋なわけだろ?」
「そうなんだよなぁ。
しかも今特に好きな人がいる訳でもないしさ。
ま、でもいい機会だからそろそろこの恋も諦めて次のステップに行きたいじゃん?」
「まあ、無謀で不毛な恋だとは思ってたな」
「うわ、傷ついた。
傷月徹人だわ」
「誰だよ」
そんな気軽な言葉のキャッチボールを交わしつつ、俺はそろそろ本題に入る。
「それで、相談なんだけどさ」
「何だ?」
こうやって真面目な話になるとすぐに切り替えてくれるのは本当にありがたい。
慎一と長くつるんでるのもこういう部分があるからだろう。
あとは純粋に気が合うからってのもあるが。
「どうやったらこの恋を諦めれると思う?」
「知るか」
前言撤回。
今すぐ縁を切ってやろうか。
俺が内心で肉食獣のように唸っていると、慎一は机の上で頬杖をしながらめんどくさげに言う。
「そんなの、告白して振られればいいんじゃないの?
徹人は想いを告げれて未練も無くなるし、振られたら自然と諦められるでしょ」
「慎一さてはお前天才だな。
流石は俺の親友だ」
「なんか凄い心外な気がしたんだけど……」
気のせいだろう。
そうに違いない。
「それよりも、俺的にはなんで徹人がそんなに大江一筋なのかが気になるな。
うちのクラスにも結構可愛い子がいるしさ。
特に北堀なんか、大江とも遜色つかないレベルで美人じゃん?」
そう言って慎一が顔を向けたのは、一人で席で携帯を弄っている北堀由紀だ。
大江さんが清楚可愛い系とすれば、北堀さんはギャル系美人、といえばわかりやすいだろうか。
二人は見た目の雰囲気は正反対でありながら、その容姿はトップレベルであるため、学年二大アイドルと呼ばれているのだ。
「んな事言われてもなぁ。
大江さん以外に心がときめくことがないんだよ。
なんか一種の病気のような気がしてきた」
「恋の病ではあるわな。
てかそんなに好きなら諦めなくていいんじゃないの?
無理に諦めても辛いだけだろ」
「せやかて工藤。
わいは彼女が欲しいんや」
「俺は新一じゃなくて慎一だ。
ならもうさっさと告って振られろ」
話は終わりだ、とばかりに慎一は鼻で溜息をつく。
鼻で溜息とか器用かよ。
「わかったよ、そこまで言うなら思い立ったが吉日。
今日の放課後に告白してやんよ」
「うわ、今初めて徹人のこと男らしいと思ったわ」
「まじ?
かっこいい?」
「ううん、キモい」
「キモい……」
なんなの慎一俺のこと嫌いなの?
告白するメンタル砕けちゃうよ?
「キモいけど嫌いではないよ」
「ナチュラルに心を読むな。
んで結局キモいんかい」
「まあ、うん」
「ショッキング!」
拝啓、お母さん、お父さん。
どうやら僕は、キモイようです。
アーメン。
「んで、そんなどうでもいい話はいいんだよ。
徹人はどうやって告白するつもりなん?」
「どうでもいいは泣ける。
いやまあ、普通に放課後残って貰って、とかかなぁ」
「ふーん。
LIMNとかで呼び出すん?」
「いや、俺大江さんのLIMN知らないし普通に下駄箱に手紙忍ばせるわ」
「想像以上に古風!
まあ、昔ながらでいいんじゃない?」
「だよな。
まあ、昼休憩にでも入れてくるわ。
あー、なんか今から緊張してきたし」
「徹人でも緊張するんだな。
よかった、人で」
「なんだと思ってたん!?」
なんか俺の扱いがいつもより雑な気がします。
徹人君泣いちゃう。
「まあまあ落ち着けって。
ほら、先生来たぞ、席戻れ。
ホームルームホームルームゥ♪」
「ホームルームでここまで喜ぶとかもはや異常だろ。
慎一今日情緒不安定じゃね?」
「大丈夫だって、いつもの徹人くらいだから」
「ああ、納得した自分が腹立たしいわ」
そう言い残して俺は自分の席に帰った。
場所は前から二番目の窓側の席。
一方の慎一は後ろから二番目廊下側から横に二番目の場所なので、ほぼ真逆の場所だと言える。
ちなみに大江さんは一番後ろの廊下側です。
ガッデム!
ホームルームの先生が何か言っているのを聞き流しながら、俺は大江さんを呼び出す旨の手紙を書き始めた。
△
▽
△
放課後。
帰る準備を整えた慎一がそっと俺に近づいてくる。
「結局、大江は呼べたのか?」
「さあな。
とりあえず下駄箱に入れたのは入れたけど、来てくれるかは正直分からんわ」
「大江だし、見たら来てくれるんじゃね?
北堀ならわんちゃん来ないかもだけど」
「なんかわかる」
北堀さんは鼻で笑ってゴミ箱に捨てそう。
めっちゃ偏見だわなんかごめんね北堀さん。
「で、どこに呼び出したん?
漫画みたいにうちの学校屋上解放してないけど」
「そうなんだよなー。
屋上解放しろよハゲ校長」
「急に髪の話はやめたげて。
気にしてるらしいから」
「内心校長のこと電球って呼んでるから無理だわ」
「おっふ衝撃のあだ名、知りたくなかった。
違う知りたいのはどこに呼び出したのかだよ」
えー電球もとい校長についてもっと話したかったのに。
「選択教室1だよ。
あそこずっと空いてるしあのへんめったに人来ないじゃん?
丁度いいかなーって」
「確かにあそこなんか少ないわな。
まあ、いいんじゃね?
振られて落ち込んでる徹人と帰るの嫌だし俺は先に帰っとくわ」
「俺も多分きついから助かる。
LIMNで結果は報告するわ」
「おう、じゃあ健闘を祈る」
そう言ってひらひらと手を軽くふって慎一は教室を出ていく。
さて、俺もそろそろ覚悟を決めないとな。
未だに友達と教室で話している大江さんを尻目に、俺は荷物を持って選択教室1へと向かう。
緊張で心臓はバクバクだ。
生まれてこの方告白なんてしたことがないからな。
初恋が大江さんだから仕方ないけど。
選択教室1は相変わらず人気がなく、鍵も空いていた。
何も無い空き部屋だから用心する必要が無いのである。
適当に空いている席に座り、じっと大江さんを待つことにした。
俺が出る時にはまだ友達と喋っていたが、下駄箱に向かって手紙を見つけるのもそう遠くはないだろう。
ちなみに、うちの高校は割と進学校で運動部がないため、俺も大江さんも帰宅部だ。
一応慎一も。
今どき運動部がないってどうよ、と思わなくもないがうちの電球の意向だから仕方がない。
あ、間違えた、校長。
そんなくだらないことを考えながら緊張で震えながら待つこと15分。
ついに扉に大江さんが現れた。
黒いショートヘアで少し幼げな顔。
日光に照らされながら微笑むその姿はまるで天使のようで。
俺は一瞬言葉を失った。
「唯土君、話って何?」
大江さんが首を少し傾け微笑を浮かべてそう聞いてくる。
その仕草の一つ一つが俺の顔を熱くさせた。
「えっと、あのー」
まずい、言葉が出てこない。
頭の中が真っ白だ。
俺は本当にこの女性に今から告白するのか?
振られたら関わりがなくなってしまうかもしれないのに?
どうしよう。
やばい。
早く何か言わないと。
「えっと、間違えました!」
「へ?」
間違えたぁ!
何が間違えましただよその言葉のチョイスを間違えたわ。
「間違えたって、何を?」
少し表情に苦笑の意を乗せながら大江さんが再度問いかけてくる。
今度はちゃんと返さないと……。
大丈夫、俺は正常だ、オーケーメーデー。
「いや、別の子の下駄箱に入れようと思ってたら間違えて大江さんの下駄箱に入れちゃったみたいで!」
「……なるほどねぇ。
ちなみに、その別の子って誰なの?」
別の子。
その瞬間、今朝の話と共に頭の中に一人の顔が浮かぶ。
「えっと……北堀さんです!」
俺何言っちゃってんの!?
なんかよくわからない方向に話が向かってる挙句、北堀さんの名前を出してしまった。
マジで何がしたいんだ俺は。
こんなこと言われても、大江さんだって困るだけだ。
だが、そんな俺の内心とは裏腹に、大江さんはニカッと口角を上げる。
「へぇ、由紀ちゃんのことが好きなんだ!
ねえ、何がきっかけで好きになったの?」
「えっ、いや、そこまでは」
「いいじゃない。
いきなり呼び出された挙句別の子が好きです!って言われた私の身にもなってよ!
てっきり私が告白されるのかと思っちゃった」
「えっと、それはごめん……」
実際その通りなんですけどねー。
むしろこの話が収集つかなくて困ってるまである。
「まあ、それは、笑顔が可愛いとか、色々」
「うんうんなるほどねぇ。
……よし、決めた!
じゃあ私がその恋を手助けしてやろうではないか!」
「え?」
「だから、私がその恋を助けてあげるって言ってるの!
ほら、女子の力があった方が色々と楽な部分もあるでしょ?
確かに私ほとんど恋愛とか経験ないから頼りないかもだけど、頑張るからさ!」
「いやまあそれは確かにそうだけど、急になんで?」
「うーん、なんでって言われると困るけど。
じゃあさ、正直今のまま由紀ちゃんに告白してOKもらえると思う?」
「いや、それは多分、というか絶対貰えないと思う……」
まず一回も話したことないからね!
だってあの人怖いんだもん雰囲気がさぁ。
「ほらね?
私としては由紀ちゃんにも幸せになってもらいたいし、せっかくだから面倒見てあげよっかなって!
勿論、迷惑だったらやめるけど」
「いや、迷惑なんてことはないけど!」
「よかった!
じゃあ、LIMN交換しよーよ!
連絡つかないのは色々不便だし」
「え?
り、了解」
よーし、ふるふるするぞーと謎のやる気を出している大江さんを見ながら、俺は固まっていた。
振られて諦めるつもりが、何故かLIMNを交換することになっていました。
どうしてこうなった。
いや、嬉しいけど!
嬉しいけどー!
「OK、これで完了!
じゃあ、ごめんだけど私友達待たせてるから先に行くね!
またLIMNで連絡するから!」
「あ、うん、わかった。
じゃあ、また」
まるで嵐のように去っていった大江さんを見ながら、俺はようやく頭が働き始めたのを自覚する。
残ったのは大江さんのLIMNが表示された携帯を持った間抜け面をした男子高校生一人。
突然ですが、好きな子に恋愛相談することになりました。
△
▽
△
☆あおい☆:早速明日の放課後残って作戦会議だ!(´∀`)
徹人:いきなりですか……
☆あおい☆:こういうのは早い方がいいでしょ?(* ॑꒳ ॑* )それとも明日何か予定あるの?
徹人:いや、特に何もないけど
☆あおい☆:じゃあ決まりね!(´∀`)場所は今日の選択教室1ね〜
徹人:りょうかい
俺はもう何度目かわからないLIMNの見直しをやめ、そっと頭を抱える。
家に帰ると来ていた大江さんからのLIMN。
それに返信しているうちにあれやこれやと予定が決まってしまった。
好きな子に恋愛相談とか、神は一体俺に何を望んでいるのだ……。
なんだか嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになっていると、またピコンとLIMNの通知が来る。
まさか、と思いながら確認すると、今度は慎一だった。
少しホッとした気持ちになり、俺は珍しく慎一に優しい言葉を返す。
慎一:告白どうなった?
徹人:いつもありがとうな
慎一:そうか、頑張れよ
なんか話がズレた気がするおかしいなー。
徹人:いや、別に振られたわけじゃないからな
慎一:は?まじ?付き合ったの?
徹人:そういう訳でもない
慎一:どういうことだよ
徹人:俺が1番聞きたい
いやほんとどういうことだよ。
まあ他の子の恋愛応援するってことは全くの脈なしってことだから同じ事なんですけどね!
慎一:詳しい状況説明はよ
徹人:告白しようと思ったらなんか色々あって恋愛相談することになってた
慎一:マジで意味がわからん。好きな子に恋愛相談とか馬鹿なの?
徹人:だから俺が一番思ってるって
まあもういいさ。
こんな関係でも大江さんと繋がれる。
それだけで僕は満足なのさ。
今のめっちゃ危ない発言な気がするな。
慎一:まあなんか面白そうだから俺は見守ることにするわ
徹人:そうしてくれ。正直大江さんのコミュ力に俺はビビってる。人気の根源を見た気がするぜ
慎一:にしては男子と喋ってるとことかあんま見たことないよなー
徹人:本人も恋愛経験がほとんどないとか言ってたわ
慎一:いや、それはない
徹人:それな
あそこまでコミュ力高くて可愛くて性格もいい子に恋愛経験がないなんて、そこまで夢は見ていないつもりだ。
いや、むしろほとんどないの人数が俺から見ためっちゃ多いなのかもしれない。
あー非モテつらいですわぁ。
徹人:そういう訳で、明日の放課後第一回恋愛相談のコーナーがあるから一緒に帰れねえわ
慎一:おけ。覗いてていい?
徹人:両目なくなってもいいなら
慎一:気をつけて帰ろよー
流石手のひら返しの速さには定評のある慎一だ。
明日から掌速男って呼ぼう。
多分喜んでくれる。
慎一とのLIMNを終えた俺は、自分の部屋にあるベッドにダイブする。
お風呂も夜ご飯も済ませて現在時刻は23時。
良い子はおねんねする時間だ。
枕に顔をうずめながら、今日の出来事を回想して色んな感情の混ざりあった溜息をつく。
なんか高校生活慣れてますよ感出していたが、今は高一の五月。
始まったばかりでまだまだ先は長いのに、俺はなんて嘘をついてしまったのか。
これからどうなっていくのか、不安で仕方がない。
「ま、考えても仕方ないよなぁ」
散々考えた挙句至った結果は思考放棄だった。
いや、しゃーないじゃん?
もうなるようになれとしか言えないわ。
思考を放棄して逆にスッキリとした俺は、良い子らしくすやすやと眠りにつきましたとさ。
おしまいおしまい。
△
▽
△
それで終われたら話は早かったが、舞台は翌日に進む。
朝は余裕を持って行ってる俺は、いつも通り早めの電車に乗り込む。
通勤の人が多く割と混んでるため座ることは出来ないので、大人しく立って携帯をいじっていると。
「あ、唯土君!
おはよ〜」
振り返るとそこには天使、もとい大江さんの姿が。
よくよく考えたら、小中って同じだから通学区分的に最寄り駅も同じになるのか。
完全に失念していたぜ。
「大江さん、おはよ」
「なんか、あれだね。
こうやって唯土君と一緒に学校行くのとか初めてだから緊張しちゃうね」
いや完全にこっちのセリフなんですけどぉ!
凄い周りの乗客からの視線感じるんですけどぉ!
「昨日は全然そんなふうに見えたかったのに」
「やや、あれはちょっと恋バナでテンションが上がっちゃって。
なんかごめんね、無理矢理恋愛相談とか言っちゃって」
「いや、それは全然大丈夫だけど」
むしろ大丈夫じゃないのは、一緒に行ったことを周りに知られた時の俺の安全だ。
唯土徹人二話で死亡とかないよね?
まじ怖いんですけどー。
「大江さんはいつもこの時間から来てるの?
友達とかも後で乗ってくる?」
「私はいつも余裕を持って来てるよ!
でも流石にみんなにこんな早くに付き合ってもらうわけにも行かないし、いつも一人だよー。
唯土君はいつもこの時間だよね。
しょっちゅう駅で見かけるもん」
「まあね、俺も同じで余裕持ちたい人だから」
「同じだね!
じゃあ良かったらこれから一緒に学校に行かない?
ほら、毎日放課後残るわけにも行かないし、朝の時間使えたら便利じゃない?」
「それは確かに。
でも、大丈夫かなぁ」
主に俺の身が。
いらぬ誤解と噂を生んでしまう気がする。
まあでもこの時間に登校しているやつを俺は他に見たことがないし、毎日放課後に残るのにリスクがあるのも確かなので同じことかもしれない。
ぶっちゃけると大江さんと一緒に通学とか夢みたいなので是非行きたいです。
「俺の中での天秤が行く方に傾いたので、お供しましょうお嬢様」
「ふふっ、光栄ですわ」
やばい、この人凄いノリがいい。
憧れの人と隣にいるのに、緊張より楽しさが来ていることに愕然とする。
こ、これがコミュ力パワーなのか……。
「あ、でも今日の放課後は残ってもらうからね!
私も友達に居残りするって伝えちゃったし」
「はっ、仰せのままに」
「もう、そのお嬢様設定いつまで続くの!?」
「明日までかな」
「長っ!」
「ごめん、間違えた、明後日だ」
「更に長いし!」
そうつっこむと、大江さんはクスリと笑う。
「ふふっ、唯土君って思ってたより面白いんだね。
もっと生真面目なのかと思ってた」
「いやー、世の中の男子はこんなもんだよ。
見損なった?」
「ううん、むしろ見直したかなぁ。
この調子じゃ、私の手助けなんて無くても由紀ちゃんと上手くやれるんじゃないの?」
「いや、それはちょっと。
是非助けて欲しい」
その言葉が無意識で出てきたことに俺は驚く。
どうやら、この大江さんとの何気ないやり取りを、俺は思っている以上に楽しんでいるみたいだ。
「まあそうだよね。
好きな子の前だと緊張しちゃうもんね」
いや、全然そういう訳では無いんだけどね。
むしろ、昨日はめちゃくちゃ緊張したけど今はかなりリラックスしているまである。
まるで慎一と喋っているかのような気分だ。
その後、そんな感じで俺達は色んな話に花を咲かせながら、学校までの道のり(電車で30分、徒歩15分)を楽しんだのだった。
△
▽
△
「で、今の気分はどうなんだ?」
ホームルーム10分前くらいに教室に現れた慎一が、真っ先に俺の方に向かってそう聞いてくる。
全く、本当に俺のことが大好きだな。
それに、そんなの返事は決まってるだろう。
「最高だよ」
「どうしてそうなった」
いやどうしても何も、これから毎朝大江さんと登校なんて夢のよう……ってそうか、その事を慎一は知らないのか。
だから慎一的には、好きな子に恋愛相談するようになってどんな気分だって聞きたいわけね。
それに最高って答えるとか確かに頭いってるとしか思えないな。
「あーうん、やっぱり辛い辛い」
「投げやりすぎる。
またなにか進展あったんか?」
「いや、そんなあれよ、言うほどのことでもないっていうか、そんな感じのあれよ」
「全く中身のないセリフでビビるわ。
ようは、何かがあったのはあったけど言いたくはないってことね。
おっけー察した」
「や、別に全然言っていいんだけど」
「なら早く言えよなんかわかった感出して恥ずかしいだろ」
「んな事言われても、勝手に勘違いしたのは掌速男だろ?」
「誰だよ」
「お前だよ」
「まじかよ」
「慎一の名前は昨日そう決まったんだ。
俺の中で」
「勝手に決めるんじゃない。
てか、話が逸れすぎだ。
それで、なんの進展があったって?」
「そうそう、大江さんと一緒に登校することになったんだよ。
やばくね?これなんの前兆だと思う?」
「単純に考えて地震は来るな。
帰ったら備えるわ」
「おう、俺も昨日備えた」
「流石だな。
いやいや、そんなんどうでもいいんだよ。
は?一緒に登校?なんで?」
心底不思議そうに聞いてくる慎一に、俺は朝の出来事を説明する。
偶然と奇跡のハーモニーを!
「へ〜、すっげえな。
で、それは夢の話か?」
「ちげえわ。
え?そうなの?」
「ぶれるなよ」
いやだって、俺の人生にこんないいことがあるはずがないしさ〜。
俺はまだ、長い夢の中にいるのかもしれない(哲学)
「まあでも、折角一緒に行けるんだしこの機会に仲良くなったらいいんじゃないの?
確かに恋愛的には脈なしぽいけど友達的には全然ありじゃない?」
「いやもうそれはありよりのありよ。
ただ、好きな子と友達になるのって割と辛いんだぜ?」
「だろうな。
そこはもう割り切るしかないでしょ。
元々諦めるつもりで告ったんだし」
「そういやそうだった。
まあ仕方ないかぁ。
んじゃ、その方向で」
ちょうど先生が教室に入ってきたためそこらで話を切り上げる。
慎一のおかげで大体の指針は定まった。
とりあえず、大江さんと仲良くなることから始めよう。
恋人になれなくても、大江さんとなら仲のいい友達にはなれる気がするからな。
△
▽
△
さてさてやって来ました、放課後の恋愛相談のコーナー!
パチパチパチ!
ということで場所は選択教室1。
目の前には大江さんが座っているわけですけども。
もうほんと、なんだこの状況は現象ですねこれは。
朝の会話で多少距離は縮まったとはいえ、やはりまだ大江さんと二人という状況に全然慣れていない。
選択教室1が狭いせいかなんか凄い近くからいい匂いするし。
まるでお日様の香りだ(注:お日様に匂いはありません)。
そんなくだらないことを考えていると、大江さんがニカッと笑って話を切り出す。
「それじゃ、はじめよっか!」
「おーけー。
それで、具体的には何を話すんだ?」
「んー、どうやって地道に由紀ちゃんとの距離を縮めるかかな〜。
ほら、これから結構色んな行事とかあるしさ。
そこらへんでどうにかこうにかジャポニカ頑張ってこ!」
「学習帳が混ざってたのが気になるけど置いといて。
行事か……高一の最初の行事ってなんだっけ?」
「確か六月にある林間学校!
新しい友達と仲を深めようみたいなコンセプトだったはず」
「林間か〜。
一泊二日で虫に刺されに行く行事ね」
「夢がなさすぎる!
違うよ森の中に遊びに行くんだよ!」
「それも若干違う気がするけどね」
森の中に遊びに行くって、どこの原始人なんだ。
少なくとも俺にそんな趣味はない。
「そういうのは置いといて!
それで、その林間学校でどうにかして由紀ちゃんと一緒の班になるの。
多分、唯土君と由紀ちゃんが自然に絡むにはそれが一番手っ取り早いと思う」
「って言われても、一緒の班になるのがめっちゃきついんだけど」
「そこは大丈夫!
私が由紀ちゃんと一緒の班になるから!」
えっ、てことはなんですか。
自動的に大江さんと一緒の班になれるってことですか。
「是非お願いします」
「ふふっ、よろしい」
「ちなみに、その班って何人班とか決まってたっけ?」
「んーと、クラスが29人で六つの班に別れるから、男子3人女子2人の班が五つと男子2人女子2人の班が一つのはず!
五人の班と四人の班どっちがいい?」
「正直どっちでもいいけど、特に仲のいい男子は一人しかいないな。
普通に喋る程度なら結構いるけど」
俺だって一応普通に喋る友達くらいならいっぱいいるのだ。
あそこまで気を抜いて喋れるのが慎一1人ってだけで。
「あー、仙谷くんだっけ?
唯土君、よく一緒にいるよね!
じゃあ、とりあえず四人の班狙ってみて、他の人に取られたら五人にするって感じにしよか!」
「おっけー。
なんか俺の思ってた以上に普通の作戦会議でびっくりしてる」
「ふふっ、もっと変な作戦のがよかった?」
「例えばどんなの?」
「飲み物に惚れ薬を入れて」
「非現実的!
まともかまともじゃないかが極端すぎる!」
友人に惚れ薬を飲ますとはこれまさに下衆の極み!
その反応に対し、大江さんはクスッと笑いをこぼす。
「冗談冗談!
じゃあ、これで作戦は決まりだね!
次に放課後集まるのは林間学校の班決めが終わった日にしよ!」
「了解!
三日後の金曜日だよな?」
「うん!」
第2回恋愛相談コーナーの日付も決まってしまった。
そしてそれを楽しみに思っている俺がいるのも自覚する。
いやー、だって大江さんとの会話楽しいんだもん。
こんなんますます好きになるわ。
諦めてるけど。
そんな感じで、その後少しだべってから第1回恋愛相談コーナーは終了した。
次に集まるのは三日後。
だが、朝は一緒に登校だ。
このままだと学校が楽しくなるかもしれないなー。
△
▽
△
あっという間に金曜日、班決めの日がやってきた。
メンバーを決める時に俺が示し合わせたように大江さんと組んだことで、クラスの男子が若干の阿鼻叫喚に包まれたが、それ以外に特に変わったことはなかった。
二大アイドルの班が簡単に決まったからか、他もサクサク決まり、本来使うはずだった時間よりだいぶ早く話し合いが終わってしまった。
そこで、心なし満足そうに、うちのクラスの担任の林朋子先生が口を開いた。
「先生の想像以上に早く決まって、正直びっくりしています。
みんなのおかげで時間にも余裕が出来たので、班同士で集まって目標等を決める時間を取ります。
各自班で集まってみてください」
班で集まる…だと?
それはつまりあれか?
班で集まるということか?
「どうした哲人。
そんなパラドックスに陥ったみたいな顔して」
「いや、今から大江さんと北堀さんが二人とも来るのかと思うとなんか緊張してきた」
「いやそれ完全に俺のセリフだからな?
お前は大江と予め相談してたみたいだしそもそも大江の方とは喋りなれてるじゃん。
俺なんか二人ともほぼ初だぞまじで」
「あー、うん、どんまい」
「黙れ」
そうこうしているうちに、大江さんと北堀さんがこっちにやってくる。
大江さんはニコニコ笑顔で北堀さんはそんな大江さんに苦笑を浮かべている。
「はろーはうあーゆー唯土君!」
「あいむふぁいんさんきゅーあんどゅー?」
「みーとぅー!」
「いえーい」
なんだこれ。
なんかよくわからんノリになってしまった。
とか言いつつなんだかんだで大江さんといる時はいつもこんな感じだったりする。
もう既に若干慣れてしまった感があるのが怖い。
だが、そのノリを初めて見る慎一と北堀さんは俺らの様子に驚いているようだった。
「お前らめっちゃ仲良くなってるじゃん……」
「あんたらそんなに仲良かったんだね……」
二人の感想がシンクロしました。
おいおい慎一照れるんじゃない。
こっちが恥ずかしくなるだろ。
見ろあの北堀さんの表情を。
無だぞ、無。
……どんまい。
「それより、目標とか早めに決めないと」
その俺の言葉に、大江さんが同意を示す。
「そうだね〜。
あ、その前に。
私は大江葵です、よろしくね!」
「俺は唯土哲人だ。
色々とよろしく頼む」
「あたしは北堀由紀よ。
葵がどうしてもって言うから組んだけど、正直あんたらのことあんまり知らないのよね……。
まあ、よろしくね」
「俺は仙谷慎一、哲人に巻き込まれた感が半端ない一般人だ。
人並み程度によろしくしてやってくれ」
一通りの自己紹介が済んだところで、話は班での決め事に移行する。
「項目は四つか。
林間学校での目標、班活動の目標、班活動で何をするか、林間学校で何を学びたいか。
んー、正直適当に埋めればいい気がしてきた」
「あたしもそれに賛成。
こんなん一々真面目に考えなくてもいいでしょ」
「えー、でも一応見栄えは大事だし、多少はちゃんと考えないと」
「任せます」
おい慎一。
何を空気になってるんだ。
僕は関係ありませんみたいな悟った顔するのをやめろ。
よし、こうなったら。
「じゃあさ、ちょうど四人だし一人一つ考えようぜ」
「おい哲人てめえ」
「ちょっと唯土、あたしは」
「それいいね!
そうしよ!」
慎一と北堀さんが異議ありみたいな反応してきたが、大江さんがそれを遮り同意する。
流石は大江さん、コミュ力モンスター……。
そしてなんか慎一と北堀さんから同じツッコミの匂いを感じる。
声が被るタイミングも同じだし。
まさかの相性いい説が浮上してきた。
「じゃあねー、私が林間学校の目標、唯土君が班活動の目標、仙谷くんが班活動で何をするか、由紀ちゃんが林間学校で何を学びたいか、だね!」
「よしそれに賛成しよう」
「おいおい待て待て。
え?それ俺責任重大すぎね?」
「何言ってるんだ、俺達が林間学校の重要な部分と言える班でする行動を考えるだけじゃないか。
それが慎一の一存で決まるだけだろ?
なんてことないさ」
「なんてことしかないだろ。
いやまじでそんなん無理だって勘弁してくれ」
本気の表情で頼み込む慎一に、大江さんが折れる。
「じゃあ、最終決定はしなくていいから、何個か案を出して欲しいかな」
「んー、まあそれならなんとか」
「何よあんた、男らしくないわね〜」
「うぐっ」
その北堀さんの言葉に、慎一の心の大事な部分がボキッと砕けた音が聞こえた気がした。
慎一の表情を見るに、あながち間違いではないのかもしれない。
「てかさー、それあたしも考えないといけないの?
めっちゃ楽しみにしてるぽいし、あんたが二個考えればいいんじゃない?」
そして何を思ったのか俺にそう言ってくる。
言い返そうとするが、その前に、さっきの言葉がよっぽど堪えたらしい慎一が口を挟む。
「ふんっ、自分のことも出来ないくせによく人のこと言えるな」
「はぁ?
あたしは本当の事言っただけだし。
それに勝手に決められてもこっちは迷惑なだけだし」
「班行動なんだからある程度は仕方ないだろ。
やりたくないやりたくないって、ガキかお前は」
「お前呼ばわりしないでもらえますぅ?
それにガキとかレディに言うセリフじゃないと思います〜」
「レディ(笑)
見た目はともかく中身残念女にレディとか(笑)」
「はぁ?
ちょームカつくんですけどぉ」
怒涛の言葉の殴り合いに、大江さんが思わずといった感じで笑いをこぼす。
「ふふっ、二人とも、仲いいね」
「「よくない(わよ)!」」
いや、仲いいやん。
思わず関西弁になるほど正しくその通りだった。
本当に今日が初対面なのか疑うレベルだ。
というか、あんなに二大アイドルのこと雲の上の存在みたいに見てたのに、割とバッサリ行くな慎一のやつ。
やっと二人も等身大の存在だってことに気づいたか。
俺も最初は大江さんのことを似たような気持ちで見ていたが、接していくにつれて少しずつ変わっていった。
アイドルなんて言われていても、結局は一人の人間なのだ。
「私は仙谷くんの言うことが正しいと思うなぁ。
せっかくの林間学校なんだからさ、みんなで協力してやっていこーよ!」
「うう、葵がそういうなら、わかったわ」
「俺の言うことは反発するのに大江の言うことは聞くんだな。
飼い主とペットみたいだ」
「はあ誰が」
またヒートアップしそうになったところで、俺と大江さんがそれぞれ待ったをかける。
「落ち着け慎一。
なんでそんなに熱くなってるんだ」
「うっ、すまん。
自覚はあったんだが、なんか無性に腹が立ったんだよな」
「気持ちは分からなくもないが、そんなに引き伸ばすことでもないだろ。
とりあえずはこれで休戦にしろ」
「ああ、わかった」
俺による慎一の説得が終わり大江さんの方を見ると、向こうも同様に北堀さんの説得が完了したようだった。
なんか、見た感じ北堀さんは大江さんに頭が上がらないように見える。
過去になにかあったのだろうか。
「唯土君、そっちはどう?」
「おけ、うちの犬はしつけたよ」
「誰が犬だ」
よし、いつも通りのツッコミだ。
これなら本当に大丈夫みたいだな。
「よし、じゃあ目標とか決めよ--」
『キーンコーンカーンコーン』
気を取り直して話し合いを始めようとした瞬間、校内のチャイムが鳴り響く。
一限目終了の合図だ。
「あちゃー、終わっちゃったね」
「うぅ、ごめん」
「すみません」
「や、全然大丈夫だよ!
とりあえず、休みの間に各自それぞれ考えてくるってことで!」
「「「はーい」」」
大江さんがまとめて解散となる。
本当に、こういう時に頼りになる人だ。
あとさらっと去り際に耳元で「また放課後にね」とかいうのやめてもらえませんかねぇ!
惚れてまうやろぉ!
△
▽
△
「唯土君、いらっしゃーい」
放課後、選択教室1を開くとそこには既に大江さんの姿があった。
その楽しそうに微笑む姿に、自分の胸が熱くなるのを感じる。
やばいな、これは。
どんどん大江さんの魅力に引き込まれているのが自分でもわかる。
「……?どうかした?唯土君」
「あ、いや、なんでもない」
「そう?
ならいいんだけど。
それよりさ、早く次の作戦だよ!」
「そうだな」
その言葉で、やはり分かっていたことだが大江さんが俺のことを特になんとも思っていないことがありありと伝わってきて、辛い気分になる。
だが、そんなのは今更だ。
俺はその陰鬱な気持ちを振り払い、頭を切り替える。
「私的は、班活動と自由時間が狙い目だと思うんだ〜」
「まあ、順当に行けばそうなるわな。
他はクラス単位での行動だし」
「だから、班活動に関しては、仙谷くんが考えてきた案の中で、なるべく仲を深めれそうなのを選ぼう!
自由時間は、その時に考えるってことで」
「おーけー。
それならさ、今俺らで考えて、それを助言って形で慎一にLIMNするってのはどうだ?」
「おっ、それいいね!
じゃあなるべく私らでいいもの考えないと」
そう言って考え始めるが、これが意外と難しい。
そもそも班活動の定義とはなんなのだろうか。
班で活動することが班活動なら、内容はなんでもいいのか。
それともある程度決まった範囲内でのみ認められるのか。
「んー、思いつかん。
もうさ、普通に野外料理でいいんじゃない?」
「あー、ありだね。
オーソドックスにカレーとか」
「うん、下手に凝ったもよやるよりそっちのがいい気がするんだよな〜」
多分、他の班でも班で協力して料理を作るところが多いだろう。
むしろ他のことを思いつかないまである。
「じゃあそれで決定で!
仙谷くんへのLIMNは任せるね〜」
「ほーい」
哲人:野外、カレー、決定、OK?
「よし、送っといた」
「ありがと〜!
んー、他には決めること無かったかな?」
「今んとこないんじゃない?
というか、あと何決めることあったっけ?」
「あとはバスの座席とか、宿泊の部屋とかかな〜」
「あー、部屋は男女別だからいいとして、問題はバスの座席をどうするかだな」
ここで出てくる問題は、俺は大江さんと隣になりたいが、大江さんはおそらく俺と北堀さんが隣になるようにしようとするということだ。
だがこれに関しては仕方がない。
慎一が自動的に大江さんの隣になるのがムカつくが仕方ないのだ。
「まあそのへんはまたホームルームで話し合いがあるだろうし、その時に決めればいいよな」
「うん、だから今日の作戦会議はこれで終わりだね〜。
よし、じゃあ帰ろっか」
「ああ……ああ?」
帰ろっ…か?
それはまさか俺を誘っているのか?
「一緒に帰るのか?」
「うん、だって友達ももう帰っちゃったし、どうせ駅まで一緒でしょ?
嫌だった?」
「いやもちろん帰らせていただきますとも」
そんなちょっと悲しげな表情でこっちを見ないでください断れないから!
いや断るつもりもないんだけど!
だが、なんだかんだで大江さんと登校は何回かしているが下校は一回もしたことないので、若干緊張する。
これだけ話といてまだ緊張するとか俺のうぶさぱなくない?
男子がうぶとかまじ誰得。
そして、俺達は一緒に教室を出て帰宅するのだった。
その後ろをこっそり除いている人物がいることも知らずに……。
みたいな展開があったら面白いのにね!
△
▽
△
「すまん哲人、悪ノリでお前を林間のほとんどの代表にしてしまった」
「しね」
学校について早々、頭を下げながらそう言ってきた慎一に俺は端的にそう告げる。
いやだって、いきなりそんな事言われても意味わからんし。
「それいつの話?」
「昨日だよ。
放課後哲人が帰ったあと先生が来て、男子が一斉に哲人を推薦したんだ」
「は?なんなんだ、俺そんな恨まれるようなこと……」
瞬間、頭の中に、林間学校の班決めのことが過ぎる。
そして、不本意にも納得してしまった。
「なるほどな…じゃあ仕方ないな」
「ほんと悪いな、流石に止めれる雰囲気でもなかったからよ」
「大丈夫大丈夫、正直めんどくさいけど、なっちまったもんはしょうがないだろ」
そう言葉を返すが、内心ではため息ものだ。
放課後残らされて作業したり、林間学校の場でも色々と仕切らされたり……。
と、そんなふうに代表の仕事について考えを巡らせていると、ふと妙案を思いついた。
俺は急いで大江さんにLIMNを送る。
哲人:「大江さん、今日の放課後大丈夫?ちょっと相談したいことがある」
☆あおい☆:「いいよ〜(,,・ω・,,)」
いや、顔文字可愛すぎか。
え?可愛すぎか。
「どうした哲人、急にニヤニヤし始めて」
「いや、なんでもない。
とりあえず、代表のことは別に気にしなくて大丈夫だ」
「そっか、ならよかった」
慎一はホッとしたような表情を浮かべて席へと戻っていった。
そして放課後、安定の選択教室1にて。
俺の呼び出しに応じた大江さんがいつもの席に腰を下ろした。
俺はその向かい側に座っている。
「それで、相談したいことって?」
「昨日の放課後、教室で起きた出来事を知ってるか?」
「私達がここにいたときに?
ううん、知らないけど」
「どうやら、勝手に先生と男子達との間で、林間学校の男子代表がほぼ全て俺に決まったらしいんだ。
そこで、相談だ」
俺は大江さんの目をじっと見つめる。
大江さんが見返してきたのでそっと視線を外す。
やっぱ、照れる。
「まだそっちは決まってないっぽいから、どうにかして女子の代表を北堀さんにしてほしい」
「ほ〜」
大江さんが納得したような声を上げる。
「なるほど、そこで距離を詰めようってわけだね!
わかった!
由紀ちゃんに上手いこと言っとくね!」
別に理由はそういうわけじゃないし、納得されたら悲しいものはあるのだが、今は仕方ない。
そういうことにしておくしかない。
「ああ、これは確実に頼みたい事だ。
多分拒否されるだろうけど、どうにか説得してほしい」
「了解!
お姉さんに任せなさい!」
推定Bカップほどしかない慎ましい胸を大きく張って自信満々に言う大江さん。
俺はどちらかというと貧乳派なので全然問題ないけどな!(聞いてない)
「今日の話はこれだけだ。
悪いな、時間取らせて」
「やや、全然大丈夫だよー!
恋愛相談に乗るって言ったの私だしね〜」
「まあ言っちゃうとそうだけどさ、それと感謝するしないは違うだろ」
そう言うと、大江さんは若干あたふたしだす。
その顔はほんのり赤い。
こんなにお節介なくせに、周りの人に褒められることには慣れていないらしい。
そんなところも可愛らしいなと思った。
家に帰ってダラダラしていると、大江さんからLIMNが届いた。
☆あおい☆:由紀ちゃん引き受けてくれるって〜٩(*´︶`*)۶
哲人:まじか、さんきゅー
どうやら北堀さんは大江さんの説得に屈したようだ。
絶対泣き落としだろうなぁ、と頭の中にその図が描かれる。
想像するのが安易すぎる。
まあとにかく、大江さんは最初に言っていた通り、女子の方がやりやすいことをしてくれたわけだ。
今度は俺が頑張る番である。
△
▽
△
第二回のホームルーム。
前回の班での決め事を発表したり、部屋を決めたり、当日の時間割を確認したりなどして時間が過ぎた。
代表に選ばれてしまった俺と北堀さんが、前に出てその指示をする。
それに関しては特に面白い出来事もなかったので割愛するが、この日に、俺にとってとても大事な出来事が起こった。
それは先生から告げられた。
「北堀さん、唯土君、申し訳ないけど、今日の放課後ちょっと残って貰えないかしら」
そう、待ちに待った放課後の居残りである。
いや、もちろん普段なら嫌がるところなのはわかってるよ?
はー?だっる、なんで残らなあかんのはよ帰りたいし。
って北堀さんも言ってる通り、普通はそう考えると思うよ!?
俺がトチ狂ってるとかじゃないから!
ただ、あくまでこの放課後の居残りが俺にとって重要であり、そのために代表を甘んじて受け入れたと言っても過言ではないということだ。
「うぇーいうぇーいざまあみろ哲人ーい」
「は?は?は?」
「マジトーンだ…ごめんなさい…」
だから別に慎一に煽られても何の感情も抱かないのさ。
本当だよ?
放課後になり、先生は一旦退出し、教室に残っているのは俺と北堀さんだけ。
北堀さんは退屈そうに携帯をいじっている。
そこで、俺は話を切り出す。
「北堀さん、ちょっと話が」
「あーごめんね、あたしあんたのこと好きじゃないから」
なんかいきなり告ってもないのに振られました。
泣きそう。
「いや、別に俺も北堀さんのこと好きじゃないんだけど」
「えっ!
いやでも、葵がめっちゃあたしにあんたがいいやつだ〜みたいな話してくるから、絶対そうだと思ったんだけど」
大江さん、それやっちゃいけないやつ〜。
本当の好きな相手が北堀さんじゃなくてよかったと、心から安堵する。
「そのことで、話があるんだ」
俺は大江さんとの間にあったあれこれを大まかに説明する。
そして、本題を切り出した。
「大江さんは多分、色んなところで俺と北堀さんを組まそうとしてくる。
だから、逆にそれを利用して、俺と大江さんが仲良くなる手伝いをして欲しいんだ」
もちろん、北堀さんにはなんのメリットもない話だし、九分九厘断られると思っている。
だから最終手段の土下座を使用しようとした時。
「別にいいよ」
「お願いしま………えっ?」
まさかの返答に固まる。
聞き間違いかと思い北堀さんを見るが、北堀さんは至って真剣な顔でこちらを見ていた。
「正直さ、なんの得もない話なんだけど、私もちょっとあの仙谷とか言うやつに言いたいことあるからさ」
「え、まさか好きになって」
「は?何言ってんの?馬鹿なの?」
照れ隠しかと思ったらガチトーンだった。
どんまい慎一。
「あんなこと言われたの初めてだったからさ、ちょー腹立つし。
この際だし、あの発言を撤回させて土下座でもしてもらおうと思って」
「でも慎一、ああ見えて頑固なとこあるからな〜。
素直に撤回なんてしないと思うけど」
「だから、林間学校を利用して魅了してやるんじゃない」
そう言いながら浮かべた微笑みは悪魔のそれだった。
超怖いんですけど。
「だから、あんたの頼みを聞いてあげる。
葵の相手にふさわしくないとか言える立場でもないし、別にあんたならそう悪くもないでしょ」
「え、あ、おう、助かる」
急に褒められたら逆に怖くなるやつ。
さっきまで慎一のことをボロクソに言ってただけに、余計強調される。
だが、北堀さんの協力を得ることが出来たのは事実。
これはかなり大きい一歩と言えるだろう。
後日、北堀さんを仲間に引き入れたことの有益さを俺は身をもって味わっていた。
「よし、じゃあバスの座席を決めよっか。
どう決めようかな〜」
「葵、普通にグーとパーでいいんじゃない?」
あらかじめ何を出すかを相談しあって大江さんの隣に座れることになったり。
「班活動は野外料理でいいとして、みんななんの役割にしよっか」
「あたしは調理係でいいよ。
でももう1人欲しいかな、どうせ料理できない仙谷以外で」
「はぁ?
何言ってんだ、それくらい余裕だっつーの」
「実際に見て見ないと信じられな〜い」
「よしわかった、じゃあ俺も調理係に入ってやるよ。
そこで直で確認しやがれってんだ」
上手いこと慎一を挑発して班活動の役目も合わせたり。
とにかく色々と根回しして、結局全て俺と大江さん、北堀さんと慎一ペアか、俺と慎一、北堀さんと大江さんペアに決定した。
このことに関して、大江さんも放課後の恋愛相談コーナーの時に叫んでいた。
「どうしてこういう時だけやる気出てるの由紀ちゃん!
まるで私の考えが阻止されてるみたいだよ!」
実際その通りなんですけどね。
まあ、そんなこんなで林間学校当日がやってきた。
あれから朝の通学時間と放課後の時間で大江さんと色々話し、また、空いている時間に北堀さんと作戦を練った。
準備は万端だ。
このイベントで、もう少しでも大江さんとの距離を縮めてみせる。
まずは行きのバス。
大体2時間くらい。
隣は大江さんだ。
いつもの朝のように他愛ない話をしていたら、あっという間に目的地に到着していた。
正直こんな長時間話せただけで満足感が拭えない感はあるから問題ない。
初日の行事として、班活動とフリータイムがある。
まずは班活動、俺たちはカレーを作ることにした。
薪で火をつけたり皿を並べたりと、調理以外の部分が俺と大江さんの担当だ。
いい所を見せようと頑張ったが、結局いつもと変わらない感じになってしまった。
でも、大江さんとの作業自体は楽しかったしモーマンタイだ。
フリータイムまで流石に一緒に行動するのも不自然だということで、その間は慎一を含めた他の男子と一緒に遊んだ。
フリスビーだとかドッヂボールだとか、そういう時にしかできない遊びで懐かしい気持ちになる。
でも、ドッヂボールで俺ばっかり集中砲火するのやめてもらえませんかね!
大江さんの恨み怖い!
☆あおい☆:私たち二人部屋だから、後でトランプでもして遊ぼうよ〜(´∀`)
哲人:もちろん
夜に届いた大江さんからのLIMNで、テンションが最高潮にあがる。
林間学校の夜に好きな子とトランプとか、これは本当に現実なのだろうか。
とりあえず、慎一にもその旨を伝える。
「は?まじ?
いや待てよ、さてはこれは夢だな?」
「あー、よかった、そういう反応になるよな」
慎一も俺と似たような反応で安心だ。
しばらく経ってもまだ心配していたので、思いっきり頬をつねって分からせてやった。
いや別に、知らない間に俺を代表に選んだことをまだ恨んでるわけじゃないからね?
そんなこんなで夜の時間。
風呂上がりの二人の寝間着姿に興奮したり、先生に危うく見つかりかけてハラハラしたりと色々あったが、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。
え?その様子を詳しく教えろって?
そこはほら、プライバシーの尊重ということでどうでしょうか。
二日目、最終日は遊園地だ。
あの著作権に厳しいところや、銀行に名前が似ているところのように大きい場所ではないが、そこそこの人気は誇るところだ。
そこでも、北堀さんの力によって、ジェットコースターなどに乗る時に大江さんの隣に座ることになった。
それは嬉しいことなのだが、なんだか今日は大江さんの様子が少しおかしい気がする。
「大江さん、大丈夫?」
「へ?何が?」
「いや、なんか疲れてるように見えて」
「あー、うん、全然大丈夫だよ!
それより、由紀ちゃんとの調子はどう?
私全然上手く手伝いやれてないけど」
「んー、仲は良くなったかな。
それに、めっちゃいい子だと思うし。
あれはモテるだろうな〜って改めて思い直したわ」
俺の手伝いをずっと続けてくれてるとことかね。
口はめっちゃ悪いけど、根はいい子だと思う。
「そっか……うん、そうだよね!
なら、もっと頑張ってアプローチしないと!
由紀ちゃんを落とすのは大変だぞ〜?」
俺の返答を聞いたあと、何かを納得させるように頷いた後、いつものニカッとした笑みを浮かべて笑いかけてくる。
でも、その笑みにも何か違和感があるような感じがして。
でも、なんだか触れて欲しくなさそうで。
結局、俺はその事について大江さんに聞くことができなかった。
△
▽
△
「あぁああぁあぁぁあぁ」
「あんたどうしたの、急にそんな奇声発して」
北堀さんから割と引いたような目を向けられて若干心に傷を負う。
でも仕方ないじゃないか。
「結局、大江さんにほとんどアピールすることができなかった……」
そう、今は林間学校翌日の放課後。
代表としての最後の仕事として、色々なまとめ物をしているところなのだ。
林間学校自体は一瞬のように感じられるほど楽しかったが、普段通りにしか接することが出来なかった自分に不甲斐なさを感じる。
「まあ、過ぎたことは仕方ないじゃない。
あたしも結局あいつに土下座させることできなかったし。
次の行事とか日々の積み重ねに切り替えるのよ」
「おぅ……そうだな……さんきゅー」
幸いなことに、通学は相変わらず大江さんと一緒だ。
それに、高校生活、行事なんていくらでもある。
次こそは、チャンスをモノにしてみせる!
「そう思ってた時期が俺にもありました」
「お、おう、急にどうした哲人」
俺は悟った表情で慎一の顔を見つめる。
「なあ、慎一。
今日は何月の何日だ?」
「ん?なんだ唐突に。
九月十五日だろ?
もうすぐ文化祭だし」
そう、九月。
九月だ。
あれから数ヶ月が経ったにも関わらず、未だに俺は大江さんとの距離を縮めれずにいる。
通学は、どちらかに何かしらの事情が入らない限りは一緒に行ってるし、放課後の恋愛相談コーナーは頻度は減ったもののたまに行われている。
夏休みには慎一と北堀さんも含めて四人で何回か遊びに行ったりもしたし、順調に仲は良くなっていると思う。
でも、なんだか大江さんは、俺に大して少し距離を置いている気がするのだ。
気のせいかもしれないが。
「慎一、俺は決めたぞ」
「何を?」
「文化祭の時に、俺は大江さんに告白する」
「おお!」
もし振られたら、もう今までのようには接することが出来なくなるかもしれない。
そんなふうに考えて今まで逃げてきた。
でも、覚悟を決めない限り、一生前には進めないのだ。
「よし、じゃあ俺も決めた」
「え?」
「文化祭で、北堀に告る」
「まじか」
慎一、北堀さんのことが好きだったのか。
全然気づかなかった。
「いつからだよ」
「んー、それが俺にもわからないんだよな。
確かに最初は喧嘩ばっかで、俺も苦手だったんだけど、過ごしているうちに段々とあいつのことで頭がいっぱいになってたんだよ」
「うわー、それガチのヤツじゃん」
ということは、北堀さんの『慎一を惚れさせる』という作戦は成功したわけだ。
なんだか悲しい気持ちになるな。
「ま、お互い成功率はほとんどないと思うけど、頑張ろうぜ」
「そうだな、健闘を祈るということで」
一番の友達としては、慎一の恋は実ってほしいと思うし、応援している。
だが、その前に自分のことだ。
他人の世話ができる余裕なんてないからな。
△
▽
△
ことが起こったのはもうすぐに文化祭を控えた日の放課後だ。
この日は、文化祭での立ち回り方を決めるために北堀さんを呼んで作戦会議をしていた。
そこで、大江さんに文化祭で告白しようと思っている旨を伝える。
すると、意外にも北堀さんからはいい反応が得られた。
「へー、男らしいとこもあんじゃん。
時期的にもそろそろかなーと思ってたし、いいんじゃない?」
「うん、だからさ、その日に上手いこと二人きりになれる時間を作って欲しいんだ」
「りょーかい」
北堀さんから快い返事を貰える。
そこで、ふと気になった。
どうして北堀さんはずっと俺の頼みを聞いていてくれるのかと。
「なぁ、なんでずっと俺の恋の手伝いをしてくれるんだ?
慎一との喧嘩のことはさ、正直もう気にしてないんじゃないのか?」
初顔合わせでの喧嘩からかれこれ数ヶ月。
最早、思い出話として話せるまでになった。
俺が北堀さんに手伝って貰えるようになったきっかけは、慎一に謝らせるために近づくためだ。
なら今は?
「まあね。
あたしってさ、ぶっちゃけモテるのよ」
「あーうん、そりゃあね」
いきなりの自分語りにとりあえず耳を傾ける。
「だからさ、あたしの顔色うかがったりとか気をつかったりとか、めっちゃされてきたから正直もううんざりで。
そんな時にあいつと出会って喧嘩して。
確かに最初はウザかったし嫌いだったけど、あんな風に面と向かっていろんな事言ってくれる人って初めてでさ」
おいおい、それじゃあまさか。
「好きに、なったのか?」
「……まあね。
でも仕方ないでしょ!?
あんたの手伝いをする関係で、嫌でも顔合わせてきたんだから!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶ北堀さんに、俺は衝撃を受ける。
じゃあつまり、慎一は両想いだったということか。
こんな良い子に好きになってもらえたことを憎たらしく思うとともに、純粋に祝福の念がこみ上げてくる。
「ほら、あたしの話はもういいでしょ!
だから、それがあんたを手伝ってる理由ってわけ!
合法的にあいつと近づけるし」
「なるほどな。
つまり、結果的に両方得をしているわけだ」
「そーゆーこと」
これで謎は解けた。
ずっと付き合わせていることに少し罪悪感を覚えたりもしていたが、それなら少し気持ちは楽だ。
「じゃ、文化祭の話に戻るか」
疑問が解消されたことだし、改めて話を戻そうとする。
その時だった。
ガラガラ、バサッ。
ふと、扉を開く音が聞こえ、そっちの方を向く。
するとそこには。
「唯土君と……由紀ちゃん?」
手に持ったビニール袋を呆然とした表情で床に落とした、大江さんの姿があった。
その表情は、悲しみと寂しさが混じりあったようなもので。
俺は咄嗟に声をかけることが出来なかった。
その間に、大江さんは、見るからに作り笑いと分かる表情で語りかける。
「二人とも、もうそんな関係になってたんだね。
いやだな〜、教えてくれてもいいのに」
「いや、ちが……」
「隠さなくてもいいよ!
邪魔しちゃってごめんね。
すぐ、出ていくから……あれ?」
見ると、大江さんの瞳から涙が零れていた。
だが、それも一瞬のこと。
大江さんはそれをすぐに拭うと、足元の袋を拾い直すこともせず、急いで教室から走り去る。
我に返り、慌てて追いかけようと廊下に出た時には、もう大江さんの姿は見えなくなっていた。
「なんで……泣くんだよ」
頭がこんがらがる。
どういう感情で、どういう意味で、どういう理由で。
それは本人にしかわからない、でも、俺が泣かせたのであろうことは事実だ。
足元には、大江さんの落としたビニール袋の中身が転がっていた。
コンビニのおにぎりと、軽いお菓子だ。
そこで、俺は今日、一人で文化祭の準備をするから放課後の恋愛相談コーナーには行けないと伝えていたことを思い出す。
つまりこれは、俺への差し入れというわけだ。
「くっそ…」
頭がぐちゃぐちゃで、思考がまとまらなかった。
北堀さんもそんな俺を慮ってか、「先に帰るね」とだけ言って教室を出る。
俺はしばらくの間、その場を動くことさえできなかった。
そして翌日から、大江さんが朝の電車に現れることはなくなった。
そして、LIMNに既読がつくこともなくなった。
△
▽
△
文化祭当日が来た。
未だに、俺は大江さんから避けられている。
あれから頭を整理して、あの時の状況を少しは理解したつもりだ。
でも、大江さんに声をかける勇気がでなかった。
最悪のパターンを想像したら、身動きが取れなくなるのだ。
「んじゃ、俺は行ってくるわ。
それで、哲人はどうすんだ?」
「俺は……」
そんな状況も、慎一にはお見通しだった。
慎一は稀にしか見せない真剣な眼差しでこちらを射抜く。
「正直、俺には哲人が何を悩んでるのか、何を迷っているのか、さっぱりわからねえ。
でも、唯一分かるのは、ここで動かなきゃお前は多分一生後悔するだろうということだ。
もう一度聞くぞ、哲人」
そして、慎一は告げる。
「お前は、どうするんだ。
いや、どうしたいんだ?」
どうしたいか。
そんなこと、決まっている。
俺はただ、大江さんの誤解を解いて、そして、この気持ちを、昔から劣ることを知らないこの気持ちをぶつけたい。
それだけだ。
「いい表情になったじゃないか。
んじゃ、改めて。
健闘を祈る」
「ああ、ありがとう、慎一。
お前が友達でよかった。
そっちも、健闘を祈る」
慎一に手を振って、別れる。
そして、俺は走った。
頭の中に浮かぶのは、今まで一緒に過ごしてきた大江さんの姿。
いつも明るくて、コミュ力が高くて、最初は緊張ばかりしていた。
でも、少しずつ大江さんのことを知っていって、新しい長所や色んな欠点を知って。
様々なことを話して、いっぱい笑った。
初恋なんて、忘れられていくのが普通だ。
でも、この気持ちは変わることを知らなかった。
むしろ、感情は増すばかりだ。
俺は昔から今までずっと、彼女のことが好きなのだから。
気がつくとそこは体育館だった。
今は、色んな出し物をしている最中だろう。
大江さんがどこにいるかはわからないが、いるならここの確率が一番高いと思った。
俺は中に入り、文化祭管理委員に、事情を話す。
彼らは、快く俺の頼みを引き受けてくれた。
本当に、いい人ばっかだこの学校は。
演劇部の劇が終わり、小休憩。
そこで、俺は舞台にあがり、マイクを入れる。
『あーあー、マイクテストマイクテスト』
突然の声に、席からは動揺の声が溢れ出す。
俺は、数えられないほどの席の中から大江さんの姿を探す。
いた。
こちらを驚いたように見つめるその表情をみただけで、俺の心は狂おしい程に締め付けられる。
『皆さん、少し俺の話を聞いてください』
そして俺は話し始める。
物語を進めるために。
『俺には、昔から好きな人がいました。
その人はとても可愛くて、みんなのアイドルで、俺は高嶺の花のように思っていたんです』
生徒達からはもうざわめきの声は聞こえてこない。
みんな、耳を傾けてくれている。
『ある時、俺はこの恋を諦めるために、その人に告白することにしたんです。
でも、失敗して、どういう訳かその人に恋愛相談することになっちゃいました』
あれは本当にびっくりした。
でも、あれがあったから、今の自分がいる。
全ては巡り合わせなのだ。
『それから色んなことを話しました。
色んなところに行きました。
友人に手伝ってもらって、色んなアプローチをかけました。
それでも、あと一歩を踏み出すことが出来なかったんです』
これはひとえに俺が臆病なせいだ。
俺が最初から気持ちを伝えれていれば、こんな状況に陥ることもなかった。
『そのせいで、その子に勘違いされちゃいました。
さっき言った友人、恋愛相談で偽りで好きと言った人なんですけど、その人と恋仲と思われちゃって。
それから、その子は俺のことを避けるようになりました』
俺が馬鹿みたいな嘘をついたせいで。
今も心臓はバクバクしている。
緊張で死んでしまいそうだ。
でも、大丈夫。
胸を押してくれた親友がいる。
今も座席で、頑張れと言わんばかりの瞳を向けてくれる恋愛相談してくれた優しい子がいる。
そして、涙を零し口元を抑えながら、俺の方を見つめる好きな相手がいる。
だから言え。
この想いをそのままに。
『大江葵さん。
あなたが好きです。
伝えたいことが多すぎて纏まらないけれど、ありえないくらいに好きです。
だから今度は、泣き顔じゃなくて、俺にいつもの笑顔を見せてくれませんか』
言い切った。
少しキザすぎただろうか。
自分の言ったことが頭の中に入ってこない。
でも、これが今の俺の気持ち全部だ。
俺の言葉にざわつく生徒達を前に、突然大江さんが立ち上がった。
そして、走ってきたかと思うと、俺の目の前で立ち止まる。
「唯土君……」
「なんだ、大江さん」
「馬鹿……ほんと、馬鹿」
「うん、ごめん」
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!」
「ごめんってぐぁっ」
大江さんが飛び上がり、俺に抱きついてきた。
その目からはとめどない涙が溢れている。
「私はね、どうしたらいいか分からなかったの。
最初はね、純粋に手伝おうと思ってた。
唯土君のことほとんど知らなかったし、私自身世話好きだったのもあるし、由紀ちゃんにも幸せになって欲しかったし。
でもね、段々と、唯土君と一緒に日々を過ごしているうちに、素直に二人を応援できない自分がいることに気がついて。
そんなんじゃダメだと思ってずっと自分を誤魔化してたんだけど、ついにこの前はち切れちゃった」
そして、大江さんは俺の目を見つめる。
瞳からは未だに涙がこぼれていたが、口元には俺の好きな笑が浮かべてあった。
「私は、唯土哲人君、あなたが好きです。
これからも一緒に、笑って過ごしてくれませんか」
「ああ、もちろん。
もう泣かせないように頑張るから」
「本当だよっ」
大江さんが俺をぎゅっと抱きしめる。
瞬間、生徒達からわぁぁぁ!と歓声が上がった。
その中には、泣いて拍手を送る北堀さんの姿もあった。
彼女には本当に助けられた。
もう恋愛相談のお役はごめんだ。
これからは、自分の幸せを追求してもらいたい。
そして、その横で一緒に笑顔を浮かべてサムズアップしている慎一。
お前いつの間に。
まあ何はともあれ、一番の友人として感謝しかない。
後で祝福を贈ろう。
そして、俺のお腹を頭でグリグリしている大江さん。
俺は彼女をこれから幸せにできるのだろうか。
それはわからない。
でも、きっと、絶対に。
あの時のような表情は浮かばせたくないから。
これからも、今までのように、俺は努力をし続けるだけだ。
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小さい頃は、人は簡単に誰かを好きになる。
可愛いから、優しくされたから、趣味が合うから、運動ができるから。
そんな、あってないような些細な理由で好きになった場合、時間が経つにつれて次第にその感情は薄れていく。
現実を見るのだ。
少年時代に見ていた理想は消え、人は大人になっていく。
だが、果たしてそれは本当にただの理想だったのだろうか。
何者にも囚われずその人のことを好きになったその初恋こそ、本当の恋だと言えるのではないだろうか。
その答えが、ようやく分かった。
初恋こそが本当の恋とは言えないかもしれない。
北堀さんと慎一のように、お互いを知った上で好きになるのも確かに本当の恋だと言える。
でも、それでも。
初恋は理想なんかじゃない。
子供から大人になるにつれ、まるで手のひらから落ちる水のように流れ出ていくそれは。
掴みどころのない、気づいたら消えていくそれは。
本当に、美しいものなのだから。
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