赤い瞳と、2本の角
赤い電車、薄暗がりの中に、まるで浮き出るように存在するそれは、落ち着いて見ると、銀色の一般的な電車に赤い電灯が反射してそう見えるのだとわかった。
大きく開いたドアからは、ゆったりとした座席に、ホームを照らす電灯と同じような赤い革が貼られているのが見えた。
「すんません、今バタバタしてるんで、先に入って座っちゃててください!すぐに係のやつが来ると思うんで!」駅員は動揺する晃を強引に電車へ押し込むと、スタコラサッサと階段を駆け上がって行ってしまった。
晃はどうしたものかとあたりを見回した。
そうしていると、電車内にいくつか不思議な感じを覚えた。
電車内は、ソファ以外、全て病室のように真っ白であることや、いつもよく見かける中吊り広告がひとつもないこと、自分以外の客が誰一人いないことや、上から聞こえる人々の足音以外、ほかの車線を走っているはずの電車の音も、まるで晃と電車を取り残してどこかに消えてしまったかのように、何も聞こえないということ。
その無機質さや、違和感は、毎日乗り慣れた電車の中で異様に目立っていた。
晃の不信感は恐怖へと変わった。ここにいては、きっとよからぬ事が起こるんじゃないだろうか。
そう思って電車から降りようとしたその時、パチっと車内の電気がつき、ガタンと、少し電車が揺れ動いた。
次に、女性の落ち着いた声でアナウンスが流れる。
[この電車では、乗客の皆様にとって、より安全で安心な移動ができるように、各車両に搭乗員を同行させていますので、誠にお手数ですが、搭乗員の準備まで、もうしばしお待ちください。]
晃はまだ発車するまでに時間がかかると知ると、もう一度前かがみになってカバンを胸に抱えると、勢いよく電車から飛び出した。
電車を降りると階段を目指し、一直線に走った。
昨日から徹夜で会社に残っていたし、駅に来るまでで体力を消耗しきっていた晃は、もう歩くことさえ辛かったが、ここで止まってはいけないと、階段を駆け上がり、ホームに比べると、とても眩しく見える廊下までひた走った。
改札はジャンプして跨げば、きっと通れる高さだったはず、まだ見えぬ改札を思いながら廊下を曲がろうとすると、突然強い衝撃が晃を跳ね除ける。
こんな所に壁なんかなかったはず...顔を上げると、そこには大きな男が立っていた。
男はこちらにゆっくりと手を差し伸べる。
「お客様、どうされましたか?お気分でも悪いのでしょうか?」差し伸べられたその手に、白い手袋がされている。
そうか、こいつは駅員か。
何でこういう時に限って、窓口にいたやつみたいなへなっちょろじゃないんだか...
そんな皮肉めいたことを考えていると、駅員は晃の手を掴み、すっと引っ張り上げた。
廊下の明るさに目が慣れると、男の姿がはっきりと見えるようになった。
「もしかして、伊藤晃様ですか?申し遅れました、私、晃様の搭乗員、東天紅と申します。」
とうてんこう、そう名乗った男は丁寧に一礼すると、頭にかぶった帽子をとった。
身長は2m程あり、体は太すぎず、しかし制服の上からでもハッキリと鍛え上げられた筋肉が見える、まるでアスリートのような男だが、その恐ろしい見た目とは裏腹に、話口調は柔らかく、低くてもよく通る、安心する声だった。
帽子で隠れていた顔が見えると、そこにはキリッとした赤い目に、歌舞伎役者のような凛々しい顔、後ろにまとめあげられた前髪と、あらわになったおでこから赤い角が2本伸びているのがわかった。
(...ん?赤い角が生えている?)晃は遂に幻覚でも見てしまったのかと目を擦ったが、そこには相変わらず角が2本、ニョキりと生えていた。
晃はマジマジとその角を見つめたが、東天紅は無表情のまま首を捻るだけだった。彼はどうやら、角があることが当然だと思っているらしい。
面倒事はゴメンだから、早くうちに返してくれと、晃は疲労感にぐったりと肩を落とした。