召喚聖女と心の石(旧:聖女と二度目のキス)
短編勉強会企画「世界、満たされた時にキスを」に参加したくて書いた作品です
*残酷表現・流血表現がありますので苦手な方はご注意ください
8/29タイトル変更、改稿しました。あらすじは変わっていませんが表現が少し変わっています
うだるような暑さが続く8月も終わりのある日のこと。
私は今日も暑いなぁなんて思いながら太陽を見上げた。
容赦ない日差しが私の視界を白く塗りつぶす。
と、同時にくらりとした浮遊感とともに視界が一瞬にして暗くなる。
(ヤバイ、貧血かも?)
そんなことを思って立ち竦んだ私は目を瞑りーー開くとそこは真っ黒な闇の中だった。
(え?)
混乱しながら左右に頭を振る。
真っ黒闇の中、それでも何かが見えないかと期待しながら。
はたして、その期待は叶えられた。
真っ黒と思っていた景色は、実は薄暗いどこかだった。
明るい場所から暗い場所へ移動すると視界が悪くなるーーそれが自分の身に起こったのだと理解するまで数瞬。
でも、私、どこにも移動してないよね?と、自問自答すること、更に数瞬。
そして、ここが、どこか知らない部屋であることに気づき、否定し、認めるまでに、更に更に数瞬。
「よくぞお越し下さいました、聖女さま」
息を飲み、絶句していた私に声がかけられる。
ようやく薄闇に視界が慣れてきた私が振り向くと、そこには美貌の男性が立っていた。
薄暗い部屋には他に誰もいない。
となると、先ほど聞こえた澄んだ声は彼のものなのだろう。
私は思わず、まじまじと彼を観察してしまう。
鎖骨辺りで緩やかに結ばれた髪。
闇の中で不思議に輝く瞳は青く、涼やかな色なのにに優しく見える。
体にはゆったりとしたローブを纏っていた。
絵本の中王子様のような出で立ちの青年に、私は思わず視線を釘付けにされてしまう。
そんな私の視線に彼は少し困ったように微笑んだ。
憂いを含んでもなお美しい笑顔に、私はますます視線を逸らせなくなる。
「このような場所で申し訳ありません、聖女さま」
彼はそう言うと、何かに気づいたように唇を手で隠し笑みを消し、それからもう一度微笑むと胸元の辺りで掌を天井の方に向け不思議な言葉を呟いた。
「《光よ、来れ》」
全く知らない響きの言葉の意味がすんなりと胸の中に降りてくる。
それと同時に彼の手の平の上に光の球が現れた。
彼の緩やかに束ねられた髪が光を受けて金色に輝いた。
柔らかな光が薄暗い部屋の輪郭をはっきりとさせる。
そこは何もない部屋だった。
狭くはない。
けれど、途方もなく広い訳でもない。
壁も床も石造りで、灰色の石畳がひんやりと部屋を冷やしている。
そして、石畳の上には鈍い金色の魔方陣があった。
「あなたは?」
ようやく、声を取り戻した私に彼は微笑みながら答える。
「フレデリク=シェルリングと申します」
「フレデリクね。私は霧生葉月よ。ところで、聖女さまって言うのは?」
「恐れながら、私があなたをこの世界にお喚びしました。……この世界を救って頂くために」
矢継ぎ早に尋ねた私に、憂いを含んだ瞳でそっと視線を落としてフレデリクが言う。
その言葉を聞いて私の胸は高鳴った。
(まるで小説みたい!)
私が大好きなネット小説に聖女召喚モノもあった。
召喚された聖女は美形な男性たちに守られ、恋をするのだ。
ネット小説と今の自分の状態を重ねあわせて、私は一人鼓動を高鳴らせる。
そんな私の胸中を知らないフレデリクは話を続ける。
「この世界は危機に瀕しています。魔王が世界を滅ぼそうとしているのです。そこで我が王国は聖女さま召喚の儀を執り行うことにしました」
どうぞこの世界をお救い下さい。
そう続けたフレデリクに私の心臓はさらに脈拍を早くする。
(私が聖女さま!まるで夢みたい!)
「どうかお願いです、聖女さま」
私の無言に不安になったのか言葉を重ねたフレデリクに、熱に浮かされたように私は頷き、手を差し出す。
「私、頑張るから!よろしくね、フレデリク!」
大好きな小説のような展開にドキドキしながら握手しようと手を差し出した私に。
フレデリクはそっと手を取り跪いて、私の手の甲に口付けた。
燃えるような私の心に反して、その唇はどこか冷たく、伏せられた瞳も色を失ったように感じた。
*
柔らかな太陽が地平線まで続く草原を照らす。
爽やかな風が頬を撫でた。
それでも、ピクニック日和だ、なんて私が気楽に思えないのは視線に異形の動物がいるからだ。
獅子の頭に蛇の尻尾ーーいわゆるところのキメラが赤々とした瞳で私を見ていた。
その唸り声は逃げ出したくなるほど低い。
(怖い、嫌だ、こんなの聞いてない、帰りたい)
私は数日前、国王から与えられた剣を構えながら震えていた。
後ろには剣を与えられると同時に紹介され、パーティを組むことになった女魔法使いと弓使い、そして治癒使いのフレデリク。
彼らは今か今かと、私がキメラに襲いかかるのを待っている。
けれど、私の足は竦んで、出ない。
(こんなの聞いてないっ!)
聖女として召喚されて数日。
王に謁見された私に与えられたのは王の労いの言葉と今携えている聖剣、そしてパーティの前衛という役割だった。
「聖女って後方支援じゃないの?治癒とか補助とか!」
そう王の謁見が終わった後にフレデリクに慌てて問いかけると、フレデリクは驚いたように目を瞬かせ、小首を傾げた。
「聖女さまは治癒もお使えになるにですか?」
彼の問いかけに私は思わず口を閉じる。
私にできるのなんて消毒液をかけて絆創膏を貼るくらいだーーそして、この世界にそんなものはない。
魔法で治癒が出来るのだから、絆創膏なんて必要もない。
物は試しとフレデリクに呪文を教わってみたものの、魔法は発動しなかった。
そして、王から与えられた選ばれしものしか鞘から抜けないという聖剣は、抜けてしまった。
その日から剣術を教えられること数日。
私の剣の腕は、私自身が信じられないくらいに上達した。
そして、この場に前衛とし立たされているのだ。
(怖い)
キメラの低い唸り声を聞いただけで足がガクガクと震える。
心臓がこれ以上ないくらいに早鐘を打つ。
目尻に涙が浮かぶ。
ーー私には無理だよっ
何度目かになる弱音を口にしようとしたその時。
シュっと空気を切り裂くような音がした。
矢がキメラの目に綺麗に刺さるのがスローモーションのように見える。
目を潰されたキメラの絶叫が平原に響いた。
そしてキメラは怒りに燃えた目でーー私を見た。
キメラが駆け出す。
私とキメラの間にあった距離が一気に詰められる。
キメラの怒りが私の肌に伝わり、息遣いがすぐ近くに感じられた。
(怖い、嫌だ、こんなの聞いてないっっ!)
恐怖に固まる心に反して、体は勝手に踊るように動いた。
熟練者よりも、なお滑らかな動きで剣を抜き、私に牙を剥いたキメラの口の中から頭蓋を貫く。
赤くドロリとした血が剣を伝った。
目尻に浮かんでいた涙が頬を伝って、口の中が酸っぱくなった。
心臓が煩いくらいに脈打ち、胃が吐き気を訴える。
「さすが聖女さまですね」
必死に吐き気を堪える私にフレデリクが優しくうっそりと笑う。
その瞳は優しく細められてるのに冷たく感じた。
*
それから私は何度も何度も戦いを繰り返した。
何度も傷つき、フレデリクに癒して貰った。
痛みには案外すぐに慣れた。
恐怖もいつしか感じなくなった。
殺すことに対する嫌悪感と忌避感すら、気がつけば薄らいでいた。
逃げ出したいという気持ちも、その頃にはなくなっていた。
私の胸には、ただ冷え冷えとした感情が重い石のように出来上がっていった。
いくつもの村や町を越え、魔王城を目指す。
村の人々は私たちを歓迎し、憧憬の眼差しで見つめ、優しくしてくれた。
貧しく傷ついた彼らは、けれど、それを感じさせないくらい私たちの訪れを喜んでくれた。
そんな彼らに女魔法使いは笑みを返し、弓使いは無表情な口の端を少し上げ、フレデリクは優しく瞳を細めた。
私は彼らを守らなくては、と剣を振るった。
「最近、頑張っていらっしゃいますね、ハヅキさま」
いつの間にか私を名前で呼ぶようになったフレデリクが私に声をかけてくる。
明日には後にする村は静かに闇に沈んでいた。
痛いほどの静寂の中、笑顔でかけられた声は表情に反してどこか暗い。
どんな時でもフレデリクは笑顔を忘れなかった。
どんな感情も笑顔で塗り潰し、それでいて私を拒絶していた。
そのことに気づいたのは、私が心を石にしてからだ。
彼と同じく感情を押し潰すことで戦いを受け流すようになって、ようやく私は彼の真意に気づけるようになった。
だから今の私は彼が何を考えているか分かった。
私を心配しているのだ。
それは純粋な好意ではなく、聖女を壊さないようにという打算も含んだ言葉だった。
「そうでしょ?もっと褒めていいよ?」
私はわざと戯けて、そう返す。
胸の中をフレデリクが私を気にかけてくれたことに対する暖かな喜びとーーそれからあなたが私を喚んだせいで!という苛立ちが支配した。
私は軽く頭を振ると苛立ちを自分の中から追い出す。
そうして心が空になると、なんて醜い八つ当たりだろう、と今度は自分自身に苛立った。
彼だって好きで私を喚んだ訳じゃない。
国王の命令であり、彼の仕事だ。
それに彼には、この旅の途中、何度も何度も救われた。
そんな恩人を恨むなんて、なんて酷いことだろう。
ーーたとえ彼が私を利用するために喚んだのだとしても、それでも彼を憎みきることはできなかった。
「あまり無理をなさらないで下さい」
そんな私の胸中を見透かすような悲しい目をしてフレデリクが言う。
どこか暖かな言葉に、私は石のような心のまま、顔だけは軽く微笑んで返したのだった。
*
魔王城もだんだんと近くなってきた。
旅の始まりでさえ冴え渡っていた私の剣術は、もはや上はいないというほと熟練していた。
魔王城に近づくほどに強くなる魔物を歯牙にもかけないほどに、私は強くなった。
そして私は四天王の一人と対峙した。
薄暗く、どこか呼び出された部屋を思い出すような石畳の部屋でソレは私たちを待ち構えていた。
(本当に四天王なんているんだ。やっぱり小説みたい)
最初の頃のような胸の高鳴りは感じないままに、他人ごとのように冷たく私は思う。
四天王が《人型》であることすら、今の私には何の問題でもなかった。
いつものように私が前衛、中央の左翼にフレデリク、右翼に女魔法使い。
弓使いが後衛についたのを確認した瞬間、私は駆け出す。
「待って下さいっ」
叫ぶようなフレデリクの声は無視した。
彼らが人型の魔物と初めて対峙し、戸惑っているのは伝わってきていた。
けれど、私は彼女の恐れを、彼の困惑を、フレデリクの忌避感を無視して一直線に駆ける。
一秒魔王城に辿りつくのが遅くなれば、たくさんの人が死ぬことになる。
あの私に優しくしてくれた人の誰かが死ぬことになる。
なら、もう私は躊躇わない。
彼女たちの助けなんていらない。
いつも私一人で、どんな敵だって倒せた。
そしてこれからも、どんな敵だって倒してみせる。
四天王の一人が、ただの骸にかわるまで、一瞬。
難なく一人で四天王を倒してみせた私を、女魔法使いが恐怖した目で見ていた。
ーーフレデリクがどんな瞳で私を見ているのかは、怖くて確かめられなかった。
*
そこからの旅も恐ろしくスムーズだった。
敵は全て私が一閃で打ち倒した。
心は冷たいまま、私は機械人形のように戦い続けた。
この世界に来た時の私とは明らかに全てが変わっていた。
けれど私は、自分の中の変化に蓋をしたまま。
感情を凍りつかせたまま。
胸の中に石を育て上げながら。
けれど少しだけーー魔物なんて大したことない、なんて驕ったまま。
難なく全てをねじ伏せ旅は続いた。
その驕りが油断に繋がったのだろう。
最後の四天王と対峙し、相変わらず人型の魔物へ躊躇なく駆けていった私の目に突如魔法の光が見えた。
目もくらむほどの光が白い壁と敷き詰められた豪奢な絨毯を焦がした。
今の私は言葉よりーー呪文詠唱が終わるまでには四天王との距離を詰めれる。
そして難なく、いつものように四天王を打ち倒すはずーーだった。
(なんで?)
自問の答えはすぐに見つけた。
四天王は何の呪文のないまま、私に攻撃を放っていた。
待ち伏せされたかーー私はそう結論付けながら死を覚悟した。
目は瞑らない。
また別の世界に飛ばされたら嫌だし、なんて冗談のように思いながら、ただ死を待つ。
そして光がーー弓使いを貫いた。
(え?)
女魔法使いの叫び声が四天王の間に響いた。
フレデリクの呪文が一瞬遅れて完成し、四天王の攻撃の残響から私を守る。
弓使いが血を流すこともなく胴体に風穴を開け、倒れた。
庇ってくれたのだと気づくのに数瞬。
なんで私なんかを庇ったの?という疑問が渦巻く。
一瞬遅れて、仲間を失う悲しみと自分のせいだという後悔が襲ってくる。
そ混ぜこぜになった感情は、自覚しないまま涙になり、宙に踊った。
その涙が地面に染みをつくる前に私は四天王の前にたどり着いていた。
私はまず四天王の喉を切り裂く。
魔物といえど、この世界の魔法には声が必要だ。
そう教えてくれたのはフレデリクだ、と彼に感謝しながら剣を動かす。
裂いた喉から赤い血が吹き出た。
その瞬間、勝敗は決していた。
もう少し待てば四天王は失血で命を失うだろう。
けれど私はそれを赦さない。
血の色はやっぱり人間と同じなんだな、なんて何度目かの感想を抱きながら、私は四天王の右腕を切り落とし、両足を奪った。
残る左腕を狙った私の右腕に四天王は足掻くように爪をたてる。
微かな痛みと、赤い血が落ちてーー次の瞬間傷が消えた。
魔王が驚きに目を見開くのを見ながら、私は淡々とその右腕を切りとる。
そして出来るだけゆっくりと、けれど四天王が逃れられない速度で、痛みを与えていく。
地面に血が溢れ、私の全身が赤く染まる。
そして私は四天王を倒した。
「バケモノっ!あなたが死ねばよかったのよ!」
奪った2つの命に呆然としていた私に女魔法使いが叫んだ。
その腕の中には弓使いの亡骸。
なぜ彼が死んで、私が生きているのだろうと思いながら、そうだねと頷いた私の視線の先でフレデリクが女魔法使いの頬を張る。
乾いた音が響いた。
「謝りなさい、ハヅキさまに」
いつも穏やかに微笑んでいる彼が、その笑顔を捨てて怒り、凍るような瞳で女魔法使いを見ていた。
それはこの世界に召喚された日のフレデリクの瞳のよりも、なお冷たく侮蔑を隠しもしていなかった。
自分のために怒ってくれているのが嬉しくて、凍らせ固めたはずの心が溶けそうになる。
けれどーー彼が継いだ言葉に、私の心は冷えていく。
「ハヅキさまは聖女です。魔王を倒すには絶対に必要な方。そんな方への無礼、許しませんよ」
何を期待していたんだろう。
彼が私を大事にしてくれてるなんて幻想、なんて馬鹿な夢だろう。
彼が大事なのは聖女という存在なのだ。
「大丈夫だよ、フレデリク」
自嘲の笑みを隠しきれないまま浮かべた私を心配そうに見るフレデリクの視線から逃れるように私は四天王の部屋を後にした。
四天王との戦いで負った傷は、もう一つも残っていなかった。
*
女魔法使いとフレデリクと私と。
3人になったパーティは魔王城を目前にしていた。
明日には魔王城には入れるだろう。
そう見立てたフレデリクの言葉に従い、私たちは平原で順番に火の番をし休憩をとることになった。
夜は暗く、月もない。
辺りは恐ろしいほど静まり返っていた。
そんな中、私はゆっくりと歩き出す。
「どこへ行かれるのです」
答えを確信しながらフレデリクは私に問う。
私はごまかされてくれないんだろうな、と思いながら答える。
「ちょっと魔王城へ」
なんでもないことのように軽く言った私にフレデリクが厳しい視線を向ける。
「大丈夫だよ、私、強いし!さっと行ってパパッと倒して帰ってくるから!ーー迷惑かけないから!」
少しだけ本音が溢れて、私は思わず溜め息をついた。
フレデリクに迷惑をかけたくない。
女魔法使いに、弓使いに、贖罪にはならないだろうけど、魔王の命を捧げたい。
ーーフレデリクに危ない目にあって欲しく、ない。
未だに完全には凍らない心に溜め息をつきながら蓋をし鍵をかける。
零れかけた溜め息を飲み込んだ私を、その瞬間ふわりとした温もりが包んだ。
(え?え?)
混乱に頭を振ろうとして、出来ない。
フレデリクの腕の中に私はーーいた。
「我々に失望されましたか?確かに我が力は微力で貴女には必要ないかもしれません。それでも、私はーー」
「フレデリク?」
「最初は貴女を、なんて軽々しい少女だと思っていました。蔑みさえありました。こんな少女に我が世界の運命が委ねられているのかと嘆きました。けれど血に塗れ、それでも逃げない貴女を見て、心を凍らせながらも戦う貴女を見てーー貴女こそ、やはり聖女なのだと。この世界の救い主なのだと。ーーおこがましくも守りたいと、思うようになりました」
それはまるで愛の告白のようで、確かにかけたはずの鍵が解けそうになる。
勘違いしそうになる。
そんな自分を必死に抑え込んだ私の耳にフレデリクの切望する声が届いた。
「どうぞ、私をお側に。そしてこの世界に平和をーー我らが聖女、ハヅキさま」
「ハヅキでいいよ。ーーうん、よろしくね、フレデリク」
彼の信頼が、温もりが心地よかった。
少しだけ痛む心を無視して、私は彼に頷いた。
何があっても私が彼を守ろうと決めた。
*
女魔法使いを置いて、夜のうちに私とフレデリクは旅立った。
彼女の周りにはフレデリクが結界をはってくれたから安心だ。
そして特に苦もなく魔王城を攻略し、私たちは魔王と対峙した。
最後の四天王のいた部屋に似た白い壁と長い毛の絨毯が敷き詰められた魔王城の玉座の間。
四天王と違わず人型である魔王はゆったりと玉座に腰を据え、その目に燃えるような憎悪を宿していた。
優雅な動作で魔王が立ち上がるーーそれが戦いの始まる合図だった。
魔王の魔法が私を襲う。
呪文もなく魔王は魔法を操った。
私の速さでも逃れることは敵わない。
フレデリクの結界も効かない。
腕に足に傷を作りながら、それでも私は動き続ける。
傷が出来ては治り、治っては傷つけられる。
微かな痛みが重なり確かな痛みを呼び起こし、私の動きを止めようとする。
それでも私は引かなかった。
私が負ければフレデリクは殺されるだろう。
そんなのは絶対に嫌だった。
自分の血に塗れながら、なんとか間合いを詰めようとする私と、無詠唱の魔法の乱撃で距離を詰めさせまいとする魔王と。
攻防が一進一退と繰り返される。
魔王が何度目かの無詠唱の魔法を放つ。
私の息は弾ませながら、それを回避し間合いを詰める。
それを防ぐように魔王がまた魔法を放つ。
時折、回避しそこねた魔法が私に傷を作り、そして消えていく。
長い攻防が続いた。
そして、その長さが私と魔王の勝敗を分かった。
数え切れないほどの魔法を放ち、それをさらに繰り返そうとする魔王ーーけれど、魔法はもう発動しない。
魔王の中の無尽蔵とも思えるほどの魔力が切れたのだ。
対して私に与えられた魔王からの傷は、もう残ってはいない。
苦々しい表情を魔王が浮かべ、一瞬の隙が生まれる。
その隙を私は逃さない。
一瞬のうちに魔王に詰め寄り、その首を落とした。
「バケ、モノ、め……」
魔王の口から怨嗟に満ちた言葉が零れ、それが最期の言葉となった。
その命が消え去ったのを証明するかのように、魔王の命が空気に溶け、魔王城も静かにさらりと崩れていく。
気がつくと私とフレデリクは、どこまでも続く草原に立っていた。
最初にキメラを倒した草原みたいだなぁなんて思いながら、私は白んでいく空を見上げた。
「バケモノ、か」
私は魔王の最後の言葉を反芻するかのように、呟く。
その言葉を否定することは出来なかった。
魔王を倒せる剣技と傷を瞬時に消せる能力。
そんなもにはもう、人間じゃないだろう。
魔王の呪いのような言葉が石のように重く私の胸に留まる。
それでも。
私は今、自分がバケモノで良かった、と思った。
この世界を守り、平和で満たせたのだから。
ーーフレデリクを守ることが出来たのだから。
誰にバケモノと呼ばれても、もうきっと大丈夫だと思う。
「そうですね、バケモノですねーー私たちは」
「私、たち?」
「えぇ、ハヅキと私、2人で魔王を倒したのですから」
「2人で……」
あっさりと返したフレデリクに私は、ぼんやりとその言葉を繰り返す。
言葉の意味を探しながら。
言葉の意味に期待しながら。
思わず頭を振った私にフレデリクは綺麗に笑う。
「そうですよ、ハヅキ。私たち2人で魔王を倒したのです。2人でバケモノです」
誇らしげに、幸せそうに。
歌うように言ったフレデリクに私も笑う。
そんな私を見てフレデリクは笑みを深める。
そして私に近づくと、そっと両手で私の頬を包む。
フレデリクと私の視線が絡み合う。
「ねぇ、ハヅキ。ずっと言えなかった言葉を言わせてください。これまでずっと、言う資格がないと思っていた言葉を。ーー愛してます。これからも貴女とともに歩みたい。貴女を喚んだ時、服従のキスをしました。どんな手を使っても魔王を倒そうという覚悟でした。けれど今は別のキスを貴女にしたい。許してくれますか?」
「……っ。うん」
頷いた私の唇にフレデリクの唇が重なった。
触れた唇は熱くて、私の石のような心を溶かしていった。
短編勉強会企画にこっそり参加したくて書き上げました。
魔王討伐をする少女がバケモノと呼ばれるあたり、拙作「少女と恋と夢と騎士」あたりから思考力が変わってないなぁと思う今日この頃です。