コスモス
妹には感謝している、よく僕の趣味に付き合ってくれるからだ。趣味と言いながらも大人を相手にすることもあるので、二人で少しだけ良い思いをすることもしばしばだ。僕の趣味は人を騙すこと、マジックだ。
マジックと一言で言っても、手のひらの上だけで完結するものから、巨大建造物を消すような大きなものまである。僕はまだまだ未熟だから、仕掛けやトリックがバレることもある。それでも楽しんでくれる人はちゃんと楽しんでくれるものだ。
数年前テレビでやっていたマジックのタネを突然思いつき、そのタネ作りと練習を妹に手伝って貰っていた。割とショッキングな人体分割マジックだが、実際やってみて妹は爆笑していた。実演するときの口上を考えている時、一階から声が響いた。
「二人とも明日は大丈夫ね?おばあちゃんのお見舞いにいくわよ」
祖母は自宅で転倒して、ここ数日検査入院をしている。大事は無いのだが、歳を重ねている事もあるので期間を長めにとったそうだ。検査入院にお見舞いとは少し大げさかもしれないが、一人で病院は不安だろうし、特に予定も無いので行きたいなと思った。
「病院かぁ、病院でできるマジックって何か思い付く?」
面白そうな物はたくさん思い付くのだが、実際触れられる物はあまりないだろう。となると一般人が触れられる物で、構造をよく知っている物。
「紙コップかな」
妹は怪訝そうな顔をした後、蔑むような目になり、手に持っていたメモ帳を僕に向かって投げつけた。
父が運転している間も、五百円玉を手の中で転がしていた。時折妹に握った両手を出してどっち?と尋ねるのだが、妹はことごとく当てて見せた。
「何かしようって時に、不自然に自然なんだよ」
言いたい事は分かる、純粋に僕の練習不足だろう。そこで僕はくさい演技を交えながら、病院に着くまで妹と遊んでいた。
「全員で来るなんておおげさよ、なんてこと無いわ」
祖母は元気そうに振る舞った、少し痩せたように感じられる。祖母は起き上がり、ベッドに座り直した。
「いろんな人が居るものね、長く入院してるって人がお話好きでね、もうしばらくしたらそっち側の窓から綺麗なコスモスが見えるそうよ。私?そんなに長く病院に閉じ込めるつもり?カラオケ大会が近いのよ、練習しとかないといけないから」
他にもハロウィン会やらなにやらがあると言っていたが、それよりも気になる事があった。
「おばあちゃん少し待ってて、いつものやるから」
「あら、何か見せてくれるの?楽しみだわ」
そう言って病室を出ようとして、妹が付いてきたので歩く速度をゆるめた。
「何か思い付いたの?何も用意してないみたいだけど」
車内の時のようにくさい手振りをしながら言った。
「あの窓からコスモスが見えたら素敵じゃないか?」
携帯電話から父に電話をする、祖母の携帯は電源が切ってあるようだった。
「何考えてるんだ、病院だぞ」
「いいからおばあちゃんに変わってよ。いや変わらなくてもいいから窓の外を見てよ」
しばらくして窓からきょろきょろ見回している父が見えた。
「看板のあたり、植え込み。植え込み!」
どうやら見つけられたらしく、僕の居るあたりを指さすと、祖母も顔を出した。
「お前なんだそりゃ、それどうするつもりだ」
父の抗議の向こうから祖母の声が聞こえる。おまえは眼鏡を外すのよ。
しまった、祖母の眼鏡は老眼鏡だった。僕は側頭部を押さえて目をつむった。
「素敵なマジックだったわ」
僕はいかにも失敗したという顔で病室に戻った。妹はあきれている。
「あらかじめ何か感動的な話でもしておけば、大成功だったかもしれない」
言い訳を呟いていると、妹が腕をつついた、病室の皆が笑っている。
「面白かったわよ、あら?その手に持っている物は?」
僕は右手にビニール袋を提げていた、それを軽く持ち上げて言った。
「ああこれ?かまぼこ、晩ご飯にしようと思って」
マジックは失敗したが、とりあえず皆を笑わせることはできた。多分成功だろう。