明かされた事実と近づいた真実
翌日、明晴は麻衣子にいくつかの頼みごとをしていた。その一つが、オカルト研究部の活動情報の入手だった。
明晴の経験上、普通に生きている人間がこっくりさんなどで交霊術を行うのは、オカルトにくわしい人間が広めたか、何かしらの集団が行うかのどちらかだ。だが、明晴が知る限り、こっくりさんを流行させるほど人気のあるオカルト知識の深い生徒は、学内にいない。ならば、オカルト研究部が継続的に交霊術を行っているとしか考えられないのだ。
麻衣子はその頼みに、少し待ってほしいと言って、新聞部の部室からオカルト研究部の活動記録と、当時の部員からのインタビューを明晴に渡した。
「……あっさり渡してくれたわけだが、なんで持っているんだ?」
「う~ん、なんて説明したらいいのかな……」
明晴の質問に対し、麻衣子は少し困ったように頬を指でかきながら、説明を始めた。
オカルト研究部に対する取材は、どうやら数ヶ月前から行われていたらしい。その目的は、四十年前、三十年前、二十年前、十年前と、十年おきに起きていたオカルト研究部員の集団失踪事件についての記事を書くためだった。これまでと同じ周期で事件が起こる場合、今年がちょうど五十年目になるため、事件に関する情報提供を可能な限り望むという、OBの淡い期待をこめたものなのだという。
明晴はその説明で納得し、放課後に目を通すので、そのあとに返すと約束し、教室に戻った。
放課後になって、明晴は麻衣子から受け取った活動記録に目を通していた。受け取った時、四十年分にしてはやけに薄いという印象を受けたが、記録に目を通すことでその理由を理解できた。
事件があった前後、すなわち、夏休みから二学期に入るまでの間の記録を抜粋していたためだ。
読んでいくうちに、十年ごとに繰り返し出てくる言葉と、人の名前があった。「黒い本」、そして「鳴海 小鳥」という名字の人物だ。
特に明晴がひっかかりを覚えたのは、「黒い本」だ。ただ単なる本ならばそれでいい。だが、四十年前と三十年前の記録に、「無名祭祀書」という名前でその本が紹介されている。
実物を目にしたことはないが、「無名祭祀書」とは、ある神をこの世界に呼び出すための儀式や交信のための儀式、そして召喚した神を送り返すための儀式の次第が記された魔道書だ。
むろん、ただ読んだからといってそうそう簡単に儀式を行えるわけではない。だが、そこでネックになるのは「鳴海 小鳥」という人物だ。失踪事件が起こっている年に必ずというほど、この人物の名前が存在している。
おそらく、魔術に関する知識を持っている人物、ということになるのだろう。同姓同名、という可能性が高いが、魔術に関する知識を持ち、なおかつ、失踪事件が起きた時期に何度も出てくるというのはおかしすぎる。
「……」
明晴は周囲に、そして廊下に誰もいないことを確認し、携帯電話で麻衣子の連絡先を選択し、電話をかけた。
少しの間の呼び出し音の後、麻衣子が電話に出た。
《もしもし?珍しいね、土御門君から電話掛けてくるなんて》
「無駄話はどうでもいい。それより、調べてほしい生徒がいる、というかその生徒の情報がほしい」
明晴は全てを伝えず、ただ、鳴海 小鳥という生徒が今、学園に所属しているかどうかを麻衣子に聞いた。なめないでよ、という返事と共に、電話から何かを探すような音と「あった」、という声がした後、ふたたび聞こえる音量で麻衣子の声が電話越しに聞こえてきた。
《もしもし、あったよ、生徒名簿……えっとね》
「待った、これからそっちに行く。直接話した方が安全かもしれない」
明晴は脳裏で鳴り響いている警鐘を気にし、合流することを提案する。
その言葉に何かしらの意図を察したのか、麻衣子はそれを了承し、なるべく早めに来るように告げ、月美にも連絡しておくと告げてくれた。
明晴はすまない、とだけ答え、荷物をまとめ、新聞部の部室へと急いだ。
部室に到着すると、そこには麻衣子と月美の姿があった。
明晴は部室の扉を閉めると、二人に見えない位置で印を結び、五芒星を扉の前で描いた。鬼見の人間である月美には、おそらく澄んだ音が聞こえただろう。明晴が簡単に結界を作ったのだ。
仮にも、安倍晴明の子孫で見習いの陰陽師だ。これくらいのことはできる。
明晴はさっさと麻衣子と月美の座っている席まで歩き、椅子に腰かけた。そして鞄から、麻衣子から受け取った資料を取り出し、机の上に置いた。
明晴がほうっとため息をつくと、麻衣子は待っていました、といった具合に口を開いた。
「で、電話でもいいはずなのに、なんでここで話そうとするのかな?」
「理由は簡単だ。誰が聞き耳立てているか、わかったもんじゃないからな」
明晴は簡単にそう説明した。
鳴海 小鳥に聞かれている可能性が高いため、出来る限り場所を移し、簡単な結界を造りやすい場所に移動したかった、というのが本音だが、麻衣子がどこまで信用するかわからないうえに、もしそんなことをうっかり口にしてしまったら、新聞部の面白おかしい記事として追いかけまわされることになるだろう。
それだけは、是が非でも避けたかったのだ。
だが、麻衣子はそれだけで納得してくれたようで、生徒名簿を取りだし、明晴の前に出した。
「あったよ、鳴海 小鳥。私らと同い年」
「……卒アルって、ここにある?」
顔写真を見るなり、明晴はそう口にした。その言葉に、今度は月美が部室内にある本棚を探し、四十年前と二十年前の卒業アルバムを見つけ、取り出してくれた。そして、そのまま四十年前のアルバムをぱらぱらとめくり、鳴海 小鳥の名前と顔写真を見つけてくれた。
その写真は、今麻衣子が取りだした、「今年の」鳴海 小鳥と同じ顔が写っている写真だった。それは、二十年前も同じだった。
明晴はそれを見て急に黙り、三つの写真を見比べ、目を閉じ、重々しくため息をつき、口を開いた。
「決まりだ……今年、こいつを放っておくと、また失踪事件が起きるぞ」
もちろん、他人の空似、ということもあるだろう。しかし、いくらなんでもまったく同じ顔が十年おきに現れるというのはおかしい話だ。そして、十年おきに記録に出てきた「鳴海 小鳥」の名前。それらが何かしらのつながりが持っているはずだ。なにより、他に情報もない。今、一番疑われるべきは彼女だけだろう。
そして、明晴はもう一つ、気づいていた。
いつぞや、明晴が校門で見かけた女子生徒と同じ顔であるということに。