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狐狗狸騒動記  作者: 風間 義介
一章
3/6

陰陽師の家に生れし者

 帰宅後、明晴は自宅の部屋で、「こっくりさん」に関する記録を検索していた。

 こっくりさんの基礎情報、霊的閉鎖空間で行われた場合のリスク、呼び出されると想定される霊的存在。とにかく、「狐」という単語が出てきた以上、霊的なものとしてまずこっくりさんを疑う。単純と言えば単純だが、他に思い当たることが無い。なにより、予兆があった。

 夢を見た。

 暗い闇の中、何か小さな金属をずるずると動かす音。そしてなにより、「こっくりさん」と連呼する少女の声。

 そして、その夢を見てから一週間もたたないうちにあの事件だ。なんのつながりもないわけがない。

 《ずいぶんと熱心だな》

 「……白桜か」

 霊的なものを視覚で捉える力を持つ人間、見鬼(けんき)ならば、彼の傍らに子狐の姿が見えるだろう。この白桜と呼ばれた子狐は、明晴が随えている、動物霊や土地神などと契約を結び使役下に置いた、使鬼(しき)というものだ。

 「一度、首を突っ込むと決めたからな……自分でやれるだけのことはやるさ」

 そのための力であり、そのために身に付けた知識だ。

 だからこそ、傍観者であることなどできない。関与しないということは、自分の力を否定し、一族の生きざまを否定することにつながる。なんだかんだと自分の生まれた家に誇りを持っているからこそ、できることをしたいのだ。

 《こっくりさん、か……学校ってのは霊的に閉鎖された空間だからなぁ、変なもの呼び出して奇妙なことになってるんじゃないのか?》

 白桜の言うことにも一理ある。だが、明晴は霊的な存在を学校で認知していない。いや、学校に行っている間は認知できない、というだけなのだろう。しかし、それは昼間であったから、ということが大きく関わっているためだ。

 悪意のある霊的な存在、(あやかし)は太陽の光を嫌う。太陽は日本を守護する神の主神、天照大神(あまてらすおおみかみ)の化身だ。そのため、日光は邪な存在を祓う力がある。

 同じ光でも、月読命(つくよみのみこと)の化身である月の光は、太陽とは対のもの。それゆえに、邪な存在に力を与えてしまうことがある。むろん、神の化身であるため、人を守るための力ともなる。だからこそ、夜であっても月華学園の方向から何かを感じるということがない。今も、学校がある方向からは何も感じない。

 「一番早いのは、夢渡(ゆめわたし)で学校で何が起こっているのかを見ることなんだがな……」

 白桜の言葉を聞き、明晴はため息をつきながらそう答える。

 夢渡とは、夢占いのことだ。だが、何らかの特徴から兆しを読み取るというものではなく、現実に、今起こっていることを見聞きするものだ。だが、何かしらの接触がなければ、あるいは、よほどの偶然か、なにかしらの干渉がなければ見ることができない。

 つまり、よほどの偶然が重ならない限り、見ることができないということだ。

 「まぁ、夢渡ができなくても、俺にはこれがある」

 そういいながら、後ろにある棚から、厚みのある一枚の板を取りだした。板は正方形のものを土台に、円形の板が埋め込まれている。職人か目利きが見れば、その円形の板は回転する仕組みになっていることがわかるだろう。明晴が取りだしたのは六壬式盤(りくじんちょくばん)という、占いのための器具だ。

 《なるほど、それを使うか》

 「ああ、式占(ちょくせん)なら、何かが見えるだろう」

 式占とは、陰陽師の行う、星の運行、気の流れ、時間、日にちなどの要素から「今」を見るための占いだ。大体の行動指針を決定するために用いることが多いのだが、今回は行動指針を決めるためではなく、純粋に、今何が起こっているのかを見るために占うのだ。

 式盤に触れ、円形の板を指で回す。その動きに合わせ、乾いた音が部屋中に響く。しばらくの間、その音がやむことは無かった。だが、深夜十二時にその音は止まった。しかし、明晴は依然として式盤を見つめている。

 《何と出た?》

 「……」

 白桜が問いただしても、明晴は沈黙を守っている。白桜は明晴の顔を見た。真剣だ、これ以上ないほどに真剣だ。今出した占の結果を読み取ろうと必死になっているという証拠だ。

 だが、その表情も十分も続かなかった。すぐに、集中力の切れた顔に戻り、そのままあおむけに倒れた。それだけ疲れたということだ。

 「何が出てきたのかわからん。だが、この国以外の神が何かをしているってことはわかったよ」

 この国以外の神。それは異国の神、ということなのだろうか。しかし、具体的にどの方向からというものが見えない。本来、式占は知りたい内容のほとんどすべてがわかる結果になっているはずだ。

 しかし、それが見えていないということは式占で理解することができないほどの内容ということになる。それはすなわち、人がこれまで培ってきた技術では到底予測できない事態が起こっているということになる。

 ――いずれにしても、どうにかしなきゃいけないことに変わりはない

 明晴は頭をかきむしりながら起き上り、取り出していた諸々を片づけた。その途中、一冊の古書が明晴の手から落ちた。

 その本の表紙には『占事略決』と記されている。その書名を見た時、明晴の目は明らかに和やかなものになっていた。

 《晴明の本か》

 白桜はその様子を見て、明晴に声をかけた。明晴は言葉では答えず、ただうなずきを返すだけだった。

 『占事略決』。平安時代でもっとも力を持った陰陽師であった安倍晴明が記した、式占だけでなく、星占などの様々な陰陽の術に関する指南書だ。いってみれば、明晴の先祖が記した技術書だ。

 「晴明はこんなとき、どうするんだろうな」

 明晴はぽつりとつぶやいた。晴明は明晴にとって、目標であり、もっとも尊敬する人物だ。だからこそ、明晴は、彼が、晴明がどのような局面でどのようなことを考えるのか。そこから何を導き出そうとするのかを考え、その一歩先の結果を導き出そうとするのだ。

 しかし、すでに死んだ人間だ。何を考え、何を導き出そうとするか。そんなことまではわからない。

 あまり気にすることはせず、そのまま荷物を片づけ、眠ることにした。


 翌日、明晴は普段通り学校に向かうと、校門に一人の女子生徒がたたずんでいる光景が目に入った。いや、それだけならばまだいい。何かがおかしい、明晴は本能に近い部分でそれを感じてた。人間の姿ではあるが、あきらかに人間のものではない気配がしている。

 「明晴、おはよう」

 少女に声をかけようとしたとき、明晴は後ろから声をかけられた。

 ふりかえると、月美が手を振りながらこちらに駆け寄ってきていた。明晴は彼女に手を振ってこたえ、もう一度校門の方を見ると、少女の姿は無かった。どうやら、校舎内に入ってしまったようだ。

 明晴は少女を追うことをあきらめ、月美と合流した。

 「……どうしたの?」

 明晴の様子に明らかな違和感を覚えた月美は、のんびりとした口調で明晴に何があったのかを聞こうとしている。明晴はその問いに、どうこたえるべきか、頭をかきながら考えていた。どう説明したらいいのか、わからないのだ。論理的にどうこうというわけではなく、明晴自身が「怪しい」と感じた、いわば主観による独断なのだから。

 だが、協力してくれている仲間に対し、確証を得ていないからと言って、共有できる情報を共有しないのは、愚かしいことだ。

 それだけは避けたいと考えている明晴は、月美にさきほど見つけた少女のことを、とりあえず「人間の気配がしなかった」とだけ伝えた。それを聞いた月美は、奇妙な勘ぐりをすることなく、すんなりと警戒するということだけ返してくれた。

 だが、その表情から単に危険だから警戒するというだけではなく、もっと別の意味合いも込められているように思えてならなかった。気のせいか、月美の顔も少しこわばっているように思える。あきらかに何かしらに怒りを覚えた顔だ。

 「あの、月美さん……一体、何にお怒りなんでしょうか?」

 恐る恐るといった感じで、明晴は月美に聞いた。

 「何でもないよ?ただねぇ、明晴も男の子なんだなって思っただけだよ?」

 恐怖。明晴の心の中に芽生えた感情はそれだ。

 月美の表情だけではない、語調やしぐさなどから、普段の月美からは感じるはずの無い、冒涜的な何かを感じ、反射的に恐怖を覚えてしまったのだ。

 いや、月美からしてみれば、幼馴染の少年が、目的が明らかであるにも関わらず、懲りることなく声をかけてくる男子と変わりがないことに怒りを覚えているのかもしれない。もし仮にそうだとしたら、明晴が短い時間で必死に考えた説明が、まったくうまく出来ていなかったということになる。

 ――さて、どうしたものか

 明晴は本当に困った表情を浮かべながら、どうやって誤解を解こうか、必死に思案していた。


――気づかれたか?……いや……

 月華学園の校舎内にある暗い場所。そこは生徒も教師も認知できていない場所だ。

 そこに、月華学園の制服を着た少女がたたずんでいる。

 明晴が校門で見かけた少女だ。

 ――気づかれてはいないか。だが、警戒はすべきだな

 気づかれたということは、明晴を警戒すべき人物として認識した、ということなのだろうか。少女が思考を巡らせていると、ぴちゃぴちゃ、という水がはねるような音がした。音は徐々に少女へと近づき、彼女の背後で音がやんだ。

 どうやら、音の正体はそこで止まったようだ。

 「姿を見せぬまま、あの男を見張れ。あの男に関わる人間たちもだ」

 少女は音を出していた存在にそう命じた。

 命令を受けると、音は徐々に少女から遠ざかり、やがて聞こえなくなった。

 ――さて、遊んでみようとは思ったが……まだ早いな

 少女は心のうちでそう呟き、そっと歩き始めた。

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