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狐狗狸騒動記  作者: 風間 義介
一章
2/6

事件の兆し

 放課後、屋上に行くと一人の少女が社の前に立っていた。少女は明晴が入ってくると振り返った。

 新聞部には「小悪魔」がいる。明晴は彼女を見て、なるほど、と納得した。この女子生徒が件の小悪魔なのだとわかった。それだけの美貌を持っている。だが、何といおうか、単に綺麗、というだけだ。これといって特徴があるわけでもない。

 「えっと、土御門明晴君かな?」

 少女は微笑みを浮かべながらそう聞いてくる。しかし、その眼は笑っていない。むしろ、相手を観察することに集中している。明らかに人の腹の中を見透かすような、何か触れられたくないものを探すような眼だ。

 明晴はこういった手合いの人間があまり好みではない。だが、言葉で返さなければ後でいろいろと厄介なことになると予想はできていた。だから、本当に不本意ではあるが、短く返事を返した。

 「わたしは長谷山麻衣子。ご存じのとおり、新聞部の人間よ。それじゃ、本題に入るけど……あなた、昨日、あの子がなんでああなったのか、知ってることだけでいいの、教えてちょうだい」

 自己紹介もそこそこに、唐突な質問をしてきた。おまけに、人にものを聞く態度とは思えない口のきき方だ。その態度にいら立った晴明だが、それを隠すため、なるべく平静を装って質問に答えた。

 「いや、わからない……けど、あの子、たしか倒れる前に『稲荷』って単語を口走ってたな……」

 稲荷。明晴はその単語にひっかかりを覚えている。稲荷、というのは狐を指す単語だ。そして、狐といえば、憑依する動物霊の代表格だ。そして、狐と憑依、この二つの単語が出てくると、自動的に「こっくりさん」が出てくるのが明晴だ。

 たしかに、この月華学園でもこっくりさんは流行している。しかし、それほど大規模なものではないし、どこどこでだれがやっている、という程度のうわさしか明晴は聞いたことが無い。

 だが、あくまでこれは霊的な話だ。新聞部はあくまで生徒にむけての情報を発信しているものだ。そのため、必然的に科学的根拠が必要となってくる。こっくりさんはあくまで交霊術。そして、霊とは科学的にその存在を証明されていない存在だ。

 そういった情報は新聞部としてはいらない情報と判断されるだろうから、明晴はあえて何も言わなかった。だが、一つだけ気になったことがあったので、あえて質問を返した。

 「お前、なんで俺に取材を?そもそも、なんで俺だけなんだ?」

 明晴も頭の回転が悪い人間ではない。自分以外の人間が取材を受けていないことに気づいていないわけではない。そして何より、あれだけ不特定多数の人間が集まっていたなかから特定の人物を見つけ出すのは、かなり困難なことだ。

 そこから、彼らの捜査能力は計り知れないものであることは言うまでもない。だが、問題はそこではない。問題はなぜ明晴に取材を依頼してきたか、ということだ。

 女子生徒が倒れたことだけを聞きに来たのならば、彼女と親しい友人や担任の教師に直接取材を行えばすむ話した。それを、麻衣子はあの女子生徒とまったく関わりの無い明晴に取材をしている。

 その理由がまったく見えない。あるいは、明晴が必死に隠している秘密を握っている可能性がある。それが漏れることは、断固として阻止しなければならない。

 「そのこと、か……言っていいのかな……」

 麻衣子は明晴の質問にかなりの困惑を示しているようだ。つまり、それだけ重要な情報なのだろう。

 「まぁ、君にならいいかな?彼女も、あなたの知り合いみたいだし」

 彼女、という単語に少しひっかかりを覚えたが、それを気にすることなく、明晴は質問に答えるよう要求した。

 「あなたのことは、友達から聞いたの。風森月美って、知ってるでしょ」

 明晴もその名前は聞いたことがある。聞いたことがある、というだけではない。よく知っている。

 月美は、土御門家によく出入りしている少女だ。出入りしているといっても、家事手伝いの類ではない。彼女の一家と土御門家は古い時代からつながりを持っているため、その折その折で土御門家に出入りしていたというだけだ。主従関係、というより近所づきあいに近いものがある。

 だからこそ、明晴の、いや土御門家の秘密を知っていてもおかしくはない。

 麻衣子の言葉に納得した明晴は、なるほど、と納得し、もう一つの質問をした。

 「風森から……月美からどこまで聞いた?」

 明晴にとって唯一、そして必ず聞かなければならないことだ。

 「それは、本人から確認した方がいいんじゃない?私が聞いてもちんぷんかんぷんだったし……」

 それはつまり、すべて聞いたということなのではないか。明晴はその言葉を聞き、大きな不安にかられた。ちんぷんかんぷんだった、という言葉を信じるのであれば、話の内容のほとんどを理解できていないということなのだろう。

 だが、それでもどこまで話してしまったのかが気になった明晴は、ため息をつきながら屋上を下りて行くのだった。


 階段を下り、明晴が普段通っている教室に足を運ぶ。すると、教室の窓際の席に、一人の長髪の少女がいた。彼女の髪の毛が、夕暮れ時の太陽の光を浴びて、紅に輝いている。本来、人の髪は染めていない限り、黒か亜麻色だ。それが、紅に輝いている。

 つまり、彼女の髪の色は白銀に近い色ということになる。むろん、染めているわけではない。元々の色が白銀なのだ。月華学園は校則で髪の染色を禁止している。地毛の色が特殊な場合も、特別な申請は必要なく、そのまま通学することができる。

 それゆえ、特殊な髪の色をしている生徒は同級生や教師から珍しがられるか、疎まれるか、のどちらかに分かれる。月美は、その人当たりの良さから珍しがられている方だ。

 明晴はすっかり見なれたその不思議な光景を特に気にすることなく、声をかけた。

 「月美」

 明晴の呼びかけに気づいたのか、少女は明晴の方に向き直った。

 彼女の白銀色の髪はミステリアスな雰囲気を感じさせるが、反面、その顔からは冷たい印象よりも、暖かな、春の日差しのような柔らかさを感じさせるものがある。おそらく、彼女の人柄がそのまま、顔の造りになっているのだろう。

 美しい、というよりも愛らしいという表現が似合いそうな顔に頬笑みを浮かべ、明晴の名を呼んだ。

 「どうしたの?あなたから声をかけてくれるなんて、珍しいわね」

 明晴はその言葉を聞いて、少し顔を赤らめた。月華学園に入学してから、それまで仲のいい「友達」から、「異性」として彼女を意識するようになり、どう声をかけていいのか、明晴自身が困惑していたため、学園内ではめったに声をかけることはあまりなかった。

 「まぁ、それぞれに人付き合いもあるしな……それよか、聞きたいことがあるんだ」

 明晴はさきほど屋上で聞いた話を、麻衣子に明晴の何を話したのかを月美に問いただした。月美はそれ聞き、少し考えるようなしぐさをすると、一人で納得したかのようにうなずき、明晴に話した。

 「明晴が陰陽師の家柄ってことと、心霊現象については少し詳しいことだけだよ。私たちの一族に関わる話や、力については話してないよ」

 明晴はそれを聞いて少しだけ安堵した。明晴が最も怖れていたこと、自分の一族、土御門家がどのような家系なのか、そして、土御門家の人間が代々持つ力について。その二つは明晴が普通に学生生活を送るなかで、最も邪魔になる要素だ。

 むろん、明晴自身は土御門家に生まれたことを誇りに思っているし、その一族に生まれたからには、力を持つことは仕方の無いことだと受け入れている。だが、せめて学生のうちは、普通の人間として、なんの力も持たない人間として生きていきたいと考えているのだ。

 おそらく、月美もそれを知っているからこそ、多くを語らずにいたのだろう。

 「そうか……ありがとう」

 明晴が微笑みながら礼を言うと、月美は少し安心したかのように、頬笑みを返した。

 しかし、その微笑みはすぐに消え、月美は真剣なまなざしを明晴に向け、質問を返した。

 「あの事件に首、突っ込むの?」

 明晴はその質問に、ただうなずきを返すだけだった。

 すでに介入する覚悟はできている。それに、明晴自身、何か良くないことが起こるのではないかと感じている。そして、それがひどくならないうちに、何とかしなければいけない。なんとなくではあるが、そんな予感が明晴の中にあった。

 「だったら、私も関わるよ」

 「月美?」

 明晴からすれば、意外な一言だった。月美とは付き合いが長い。だからこそ、彼女が目立つことをしたがらないのは、よく知っている。

 だが、その瞳に宿った光から、真剣なまなざしから、彼女が本気であることを知ることができる。どうやら、冗談を言っているわけではないし、引く気もないらしい。

 「なら、始めるとしようか」

 明晴はそっと微笑み、しかし、その瞳には強い覚悟でともした光を宿していた。

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