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009 CANDY POP


 悩み下手な、悩み上手な僕らは、どうやって生きればいいの?


 どんな規則(ルール)にも、

 どんな束縛(ルール)にも、

 どんな自由(ルール)にも、


 耐え兼ねられる、受け入れられる

 だったら、生きて良いよね


 だってこの世界は、それほどの大きな器を持っているのだから

 


 



 こんばんわ、はじめまして。

 今日も明日も明後日も、いつでも元気、世継(よつぎ)ちゃん、だよ!

 ちょっと聞いてよ聞いてよ、世継ちゃん本当は初回の第1話から語りまくるはずだったのに、ほら初期の話って、3組とも完全に2人の世界って感じでしょ?

 そこで世継ちゃんが何らかを語っちゃったら世界観ぶち壊しじゃん?

 だからさ、やっとっていうかー、今頃っていうか、世継ちゃん初登場だよ!

 姿を見せるのはまだ大分先の話だけれど、とにかく世継ちゃんは何かが語りたくて語りたくてしょうがないんだよ!

 だから自己紹介もせずにベラベラ喋っているけれど、聞いてるフリして聞き流してくれても良いからさ。

 とりあえず一瞬でも良いから耳か脳に入ればいいよ。

 聞いてくれればいい、無視は一番の敵対行為と見なすからね!

 ということで世継ちゃんの本名は大宅(おおやけ)世継、世継ちゃんって呼んでね。

 世継ちゃんも××ちゃんのこと××ちゃんって呼ぶからさ!

 かれこれ語り部やってるよ。

 主に、世界の歴史を語るよ。

 まあ語り部って言っても語彙も文章力も凄く程度が低いから、バラバラの文章を最後は無理矢理纏めちゃうけどね。何でも知っているけれどちょっと語るの下手かな。

 何でも知っているから言葉はポンポン出てくるけれど前後のくっつきがあんまりないと思う。

 これでも語り部の頂点なんだけどね。

 そうそう、10こ年下の弟みたいな夏山(かざん)繁樹(はんじゅ)っていう奴に世継ちゃんのこと聞いたらきっと笑顔で毒を吐いてくるからそういうのが好きな人は聞きに行くと良いよ、是非に。

 ちなみに確か40こ年上の可愛い奥さんもいたからね。

 孫もいたよ。

 ていうか、大宅世継なんて大層な名前だけれど全く別の人物だから安心してね、読み方から違うしね、繁樹ちゃんも!

 同姓同名ってやつだね!

 見た目はこんなに可愛い女の子だけれど、手を出したら許さないよ、世継ちゃんの身体じゃないからね!

 ていうか世継ちゃん今年で1200歳のジジイだから気を悪くすると思うよ、精神だけの存在だけれど!

 自己紹介はこれくらいにして、じゃあ今日は2つ語るね。

 ××ちゃん、心して聞くように!

 えっとね、奇跡の吸血鬼、ていうか可哀想な吸血鬼もどきだね、その金架ちゃんが自身が吸血鬼だということを悟ったのは、遅かれ早かれ彼が9歳の時だった。

 今も可愛いけれど、あの頃のちっちゃい金架ちゃんも可愛かったな。

 自分のことを人間だと思って、吸血鬼だと知らずにのうのうと生きていたなんて、何とも愚かだね、絶遠の白も言っていたじゃん、無知は罪とね。

 ある日いつものように彼は隣の部屋へ向かおうとそこへ続くドアを通り抜けようと、ドアノブを普通に特に力も入れずに回したんだ。

 するとどうだ。

 ドアノブは確かに回ったよ、けれども、一緒にそのドアまでも回してしまったんだ。

 ぐるんと気持ちいい位にね。

 だから周りの壁もバリバリ崩れていったよ、2メートルあるドアは音を立てて床に倒れ、その半径分そこには綺麗に穴が開いた。

 まだまだ子供だったし一瞬の出来事だったから、金架ちゃん最初ぜんぜん理解が追いつかなかったんだけれど、ちょっと経って、やっと顔を歪めてね、やっちゃった……みたいな。

 その時は彼は一番最初に何を思ったと思う?

 あのね、“戌亥とセカイに怒られる……!”って。

 あとね、“戌亥とセカイは、許してくれるかな……”って。

 どうしようどうしようってあたふたしてたよ、腕に付けてた銀色のリングがチャラチャラ音を立てててさ、あれ見たときは笑い転げたよ、ほんと可笑しかった-!

 子供の感性ってよくわかんないね。

 だって何?

 6つも年下のまだ3歳のセカイちゃんに怒られるって、何?

 どんだけ怖がってるんだよ!

 戌亥ちゃんに怒られたような試しがないのに、どれだけ家族に対してビクビクしてんだろーね!

 世継ちゃんは亭主関白だったからよく解らないなー。

 まあとにかく子供がそんな事態にどう対応したらいいか何て分かるわけ無いんだから、オロオロしていたら戌亥ちゃんが帰ってきてね、あ、セカイちゃんはお昼寝してたんだけれど、轟音が鳴り響いたのに起きやしなかったんだよ、どんな夢見てたんだろうね!

 何も言わないでただただ黙っている金架ちゃんとその有様を見た戌亥ちゃんはね、とりあえず気にした様子もなくてね、まあ当たり前の行動をするわけだよ。

 金架ちゃんの心配ね。

 親として当たり前だとでも思ったのかな?

 全然似合ってなかったけれどねー。

 それに部屋なんて幾つもあるんだからさ、今その部屋、壁の破損そのまんまで使用禁止ってなってるだけなの、その手の職人に直してもらえよっ! ていう話じゃん?

  金はあるんだからさー。

 で、突然の馬鹿力にビックリしている金架ちゃんにね、何の感情もない声でね、お前は吸血鬼だって言ったんだよ。

 元から知っていたみたいだね、戌亥ちゃんは。

 何それ、じゃあ金架ちゃんが気付かなかったら、バレなかったら、一生言わないつもりだったのかな?

 何かそれ、ヤダねー、相変わらずシャンとしない男だ。

 まあ別に金架ちゃんも全く気付いていなかった訳じゃあないんだけれどね、いつも以上に喉が渇くんだって。

 でね、戌亥ちゃんは金架ちゃんのリングを手に取るとね、効力が切れてきたかって呟いて、色々ジャラジャラたくさんの銀のアクセサリ類を金架ちゃんにあげて、何時如何なる時もいずれかを付けてるように言ったんだよ。

 何が何なのかは、さっぱり、ということにしておこう。

 でも、自分を、化け物である自分を人間だと偽って、黒い羊のように、空色の猫のように、全く、そんな生き方が許されると思っているのかな。

 あれ、何かなんか意味あってないかな?

 まあまあこれが、金架ちゃんが不良みたいに身体を傷つけるようにアクセサリを付け始めた誕生秘話!

 そうそう、世継ちゃんのお話は、本編と関係凄いあるけれど、ガセネタかメタ発言か何かだと思って良いからね。

 だめなんだけれどね!

 まあそういう運命なんだよ、世継ちゃんが今それらについて語るのは。

 そうだ、そう、メタ世界、夢オチって奴。

 ごめんねー、時オチと同じ位禁じ手で。

 次はねー、セカイちゃんなんだけど、超可愛いよねあの子、超美少女、超恐いけど。

 硝子陶器のような彼女。

 でも少し叩いただけでは壊れないから、思いっきり叩かないと破壊は出来ないんだよねー。

 そんでもって凄く危ないんだ、何がって、身体だよ。

 別に人間だよ?

 危ないのはその細ささ。

 いや、弱さかな。

 よくいるだろう、学生達でさ、クラスにめっちゃ細い子とかさ、モデルとかも足細い腰細いスレンダー言うだろ?

 男子とかさ、ゴボウとか鉛筆の芯とか呼ばれている輩おるじゃん?

 その類じゃないんだよあの子の細さは、というか弱さ?

 同じ事2回言っちゃった。

 前者の細い子達はちゃんと少しでも肉や脂肪がついているだろ?

 セカイちゃんにはそれが全くないんだよね、ゴボウとかそう例えるならセカイちゃんを使うと良いよ、脂肪とかで綺麗な足に見える彼らと違って、セカイちゃんは正直な所角ばってんの、骨、そう骨!

 骨の筋が見えるんだよ。

 肌はまだスベスベだろうけれど全然綺麗じゃない、気持ち悪いって言ってもいいくらい。

 例えるなら拒食症の人みたい。

 テレビで見たことあるでしょ?

 まああれよりかはほんのちょっとは肉はついているけれどさ。

 で、立って歩いているだけでも恐いというか、体育の時間とか普通に彼女はやっているつもりだろうけれど周りの冷や汗半端無いからね。

 二の腕とか太ももとか何て言うの?

 彼女には存在しないと言っても過言ではないよ!

 女の子特有の柔らかさも丸い感じもなくってね、まるで木で出来た人形みたいだよ。

 でもさ、あの子を見ていると大抵思うよ。

 生きてるな、って。

 それでも顔は全然やつれていないからさ、まあでも身体発展途上中にあんなんだったらきっとあまり長く生きれないと思うけれど、体質だと思って安心しなよ。

 ××ちゃんが安心しても何も変わらないけれど、少なくとも世継ちゃんの世界は変わるんじゃないかな。

 きっと彼女も彼もそれが当たり前となってきてるよ、もう。

 きっと彼女も彼もそういう運命なんだから仕方がないことなんだよ。

 まああんまりこういう話をすると数名の輩に世継ちゃんフルボッコされる可能性があるからさ、今日はこれでお終い!

 あー、楽しかった!

 話語るんじゃないのかよ! っていうツッコミがあるかないかなんだけれど、まあもちろん世継ちゃんが語るのはちゃんと物語だからさ。

 今まで話したことも、これから話すことも、今話していることも、全て物語。

 物語だからさ。

 だって世継ちゃんは語り部だもん!

 また語らしてね、また聞いてね、気が向いたら××ちゃんの話も聞いてあげるからさ!

 世継ちゃんの本編登場を楽しみにしていてね!

 何食わぬ顔で初めましてって言うから!

 じゃ、世継ちゃんは可愛く去っていくよ、もう朝になっちゃうからね――――じゃあ、またいつかの夜に!








「久方ぶりだね」

 開口二番に、邂逅一番に、神藤セカイはそう言った。

 相も変わらず一言しか喋らない。

 ボソッと、儚いというより消えるように。

 リン、と鈴が鳴って、それ以上鳴らないように。

 本当は、言うつもりなんて更々ないように。

 無表情。

 というより、人の目を全く見ない。

 相手の目でもなく、そっぽでもなく、明後日の方向でもなく、未来でもなく。

 感情がないのではなく、本気ではないような。

 そんな感じの、ただの義理の妹。

 肩の辺りで切りそろえられた烏の濡れ羽色のストレート、吸い込まれそうな黒い瞳、こんな酷暑の中でも汗1つかかない涼しげな顔で、どこか妙に浮世離れした、少女。

 ただお洒落には気を遣うらしく、サスペンダー付きのデニムの足下にはパンプス、サクランボのペンダントが揺れるTシャツの上には薄手のキャンディー柄のパーカーを羽織っていた。

 サイズが少し大きめ、まるで服に着られているようで。

 周りの夏色景色とは似合っていて特に何も無いけれど。

 いつも制服姿しか見ていないから、新鮮な感じで、可愛らしいのだが……。

「……お前、それ暑くね?」

 金架の開口一番だった。

 本当にそのまま思ったこと。

「そ?」

 セカイもそのままを返した。

 そのまま思ったことを。

「だってよ、気温じゃねえよ、湿度もあんだぜ? お前灼けたくないからいつも肌隠してんだよな? まあこんな格好している俺が言うのもなんだけどよ、なんだこの国、恐ろしいな! ほんとに同じ地球にあんのかよ」

「あるけど」

「今一応は春だよな、なんでこんな、こっちの国の春暑いんだよ」

「シンガポールに春はないよ」

「マジ?」

「一年中夏みたいなもんだもん」

「あ、そうだった。四季があるのって日本位だった! 畜生、何て度忘れだ。なぁ、こっちの飯って美味い?」

「結構イケるよ」

「そっか……オレ、生きていけそうだぜ……」

「良かったね」

 浮き沈みある金架とは対照的に、スパスパと言葉を切っていく新藤セカイ。クールドライである。 

 いつも通りの義兄妹のふれあい、日常会話のようだった。

 焦点の合わない、交流。

「てかよ、セカイ、なんでお前ここにいんだ? 昨日は突然いなくなった上一晩帰ってこなくて悪かったけどよ……」

「昨日?」

「おう。戌亥に連れられて近所の境内行ったろ? 春休み前にアイツはなにをぬかしてんだかってさ。まあそうすると、なんでオレもここにいんだって話だけどよ。オレの話は良いんだ、よ。お前なんでここにいる?」

「修学旅行だけど」

「……は? しゅ?」

「言ってなくてごめんね」

 修学旅行って。

 修学旅行でシンガポールかよ。

 あれ。

 セカイの私立校じゃあ、4月に行くもんじゃ……?

「あれ、今……3月だよな?」

「4月だよ」

「…………」

「カナちゃん、放浪生活していたから時間軸可笑しくなったんじゃない。カナちゃんがあの神社で行方不明になってから、祐に一ヶ月は経っているからね。放浪生活は楽しかった? まさか海外にまで飛び出しているとは思わなかったよ。いつパスポート取ったの? これってかなりの計画的実行だよね。おとーさんももうかれこれカナちゃんのことは諦めちゃって、先々週から仕事で北海道行っちゃったよ。意外と1人って、寂しかった」

 誤解しないで頂きたいのは、しっかりと一言一言の間にオレの沈黙という相鎚が入っているので、神藤セカイがこんなにも喋ることはないと心に入れておいて欲しい。


 昨日から、一ヶ月も経過している……?


 え、ちょ、それ可笑しくね、マジで。

 あの短期間で。

 一ヶ月。

 全然そんな感じはない。でも確かに、妙な違和感はある。

 セカイは嘘をつかない。仮にもしそうだとしてもこいつがここにいるのは可笑しい。

 ということは現在は4月下旬。

 終業式も入学式も何もかも全部パス。

 修学旅行が去年の9月で良かったぜ……。

 でも知らない間にオレは高校3年生。

 知らない間に、セカイは小学6年生。

 だからか?

 あのとき、懐かしい感じがしたのは。

 あのとき、懐かしく思ったのは。

 あぁ……やばい。

 これは、やばい!

「それマジな話!?」

 全ての思案が終わり結論に至った金架は、セカイの目を見て彼女の肩をがっと掴んで叫んだ。肩が小さいのでガッシリと掴まれ、大きく揺れたセカイは特に身体的な反応はせずけれども呆れた色で言った。

「一体どこ行ってたの、カナちゃん」

「ええっと……」

 あの空間。

 真っ白で何も無い、何も無い空間。

 あの、神社の鳥居を潜り抜けた瞬間、世界が白くなったと思ったら、シルクがいて……。

「あー! そうだシルク! 忘れてた! あとあんのガキ!」

「カナちゃんうるさい」

「あ、すいません……」

「何かあったの?」

「お、おー、あ、そうだ。セカイ、お前さ、何でも良いから服貸してくんね?」

「いいけどなんで?」

 ……良いんだ……。

 つくづく意味が分からん奴である。

 良かった。まあコイツの方が小さいけどシルクも同じ位だから大丈夫だろ。

 しかしどうする。

 シルクのことは言わない方が良いと思う。何故だか、言わない方が良いと思う、コイツには。

 多分、いけない。

 色々と面倒だし。

「オレはとあるガキとシンガポールに来ている」

「うん」

「そいつは、黒い服しか持ってきていないから暑くて死にそうらしい」

「うん」

「そいつは、オレとこの世界の破滅っていうか滅亡を食い止めるべく異世界からやってきた奴なんだ」

「へえ」

「アイツがいなくなったら、悲しむ奴がいるんだよ……それにオレは、アイツがいなくちゃ駄目なんだ。セカイ、お前の為にも、この世界を救いたいんだ。なーに、戌亥には心配かけさせねーよ。必ず帰ってくるからよ……」

「おおー」

「てことで服貸してくれ」

「わかった」

 あっさりと。

 嘘と真実を織り交ぜて即興で作った話を聞いてのセカイの返事だった。

「ついてきて」

 自身の部屋へ行くのだろう。クルリと後ろを向いて歩き始める彼女に、金架は色々言いながらついていく。

「いやあ悪いな、時間大丈夫か?」

「今日の出発も遅いから大丈夫」

「そうか」

「はやく行くね」

「なんで」

「朝食会場にルームメイトを待たせているから」

「え、ごめん」

「べつにいいよ」

 そして、1つの部屋の前に辿り着く。

 そこは、2つ隣だった、先程、金架が出てきた部屋の。

 おおう……!

 何故か金架は身構えてしまった。

「靴もいる?」

「あんの?」

「それ相応は」

「じゃあ頼む」

「待ってて」

 セカイはポケットから一枚のカードを出すと、部屋のノブの辺りにカードを宛てる。すると直ぐにロック解除の音がした。そしてセカイは扉の奥へと消えていった。

 へぇ、カードで開けるんだ。なんかかっけぇ……シンガポールってすげぇ。

「はい」

 何て感嘆に浸っていると、さほど時間のかからぬ間にセカイが出てきた。ご丁寧なことに紙袋に入っている。それを受け取ると、金架はニカッと笑って、

「さんきゅーな! じゃ!」

 と言って、踵を返してその場を離れようとした。

「あ」

 だがしかし足は止まった。彼女が呼びかけのような声を思い出したように上げたからだ。

「何? セカイ」

「あのね、おとーさんがね」

「戌亥? うん」

「えーっと」

「おう」

「自分の年の数のマーライオンのぬいぐるみを……」

「おう」

「買ってきて欲しいんだって」

「へえ、また」

「おとーさんっていくつだったっけ?」

「あー」

 うん、わかるわかる。小学生の頃、オレも戌亥の年忘れてたことがある。その頃の子供って親の誕生日すら知らないよな……。まあ、戌亥は俺達と同じ7月生まれだからそれ位は覚えているけれど。

「33だろ」

「そっか、ありがとう」

「いやいや」

「えっと、じゃあ、カナちゃんいつ帰ってくるの?」

「1週間位先には」

「そっか。じゃあ私は先に日本へ帰っているから」

 今度こそ本当に別れようと、セカイは朝食会場の方向らしい右へ、金架はセカイが去るのを待ってから部屋に入る為、その機会を待つ為左へと進んだとき、また。

「カナちゃん」

「ん?」

「今頃なんだけど」

「おう」

 オレの受け答えの後セカイはオレに質問をした。

 とある質問。

 それは確かにどうでもよいもので、気付かなければ訊かないし気付いてもどうせ訊かなくても良いことだろうと思う。

 でもその質問に答えずに、オレはその長く白い廊下を一切セカイの方へ振り向かず走って行ってしまった。

 そんな金架の去った後を見つめるセカイ。

 彼女にとってありふれた質問だったのだが。

 首を傾げていると、後ろから彼女を呼ぶ声がした。

「セカイちゃーん」

「あ」

「もう、遅いから迎えに来ちゃったよー」

「でも、ルーム長はどこだーって先生が怒ってて面白かったよー」

「ああごめん」

「いいよいいよ。さて! セカイちゃんのバイキングは私たちがするからネー、いっぱい食べなきゃ駄目だよ!」

「そうだよー!」

「…………」

 笑顔の友人2人に手を引かれ、神藤セカイは何事もなかったかのように、歩を進めた。



 ということで、彼女が去ったのを確認して、再び金架は自身の部屋の前に来た。

 どうして、彼女はあんな事を訊いたのだろうか。

 

 “今頃なんだけど”


 別に普通なんだけどな。

 なんで訊いてきたんだ?

 でもって……


 “どうしてカナちゃんは、おとーさんのこと『お義父さん』って呼ばないの?”


 でもって、なんでオレはつい走ってしまったのだろう。

 でもって、なんでオレはつい逃げてしまったのだろう。

 うっかり過ぎる。

 とにかくだ。

 服ゲット。

 先に、シルクのとこ行っちゃお。





「お帰りと、言ってあげたいところだけど、(うぬ)よ」

「……はい」

「入れて欲しいかね?」

「えぇまあ」

「どーしよっかなー」

「なんなんすか……」

 勿論シルクが鍵を開けなければ自身のいた部屋には入れない金架。彼は現在、扉の前のインターホンから聞こえるシルクの声と会話していた。

 なんだこの状況。

 鍵忘れた奴みたいですげえ格好悪い。

「あの、服を持ってきたんすけど」

「稀生は?」

「わかりません」

「素直だね」

 その声が途切れたかと思うと、ドアのロックが解除された音がした。ドアノブを回してみる。開いた、普通に。中に入る。バスローブに着られているシルクが立っていた、柔らかな微笑みで。

「……あー、どぞ」

「ん。ありがとう、金架。この短時間によくやったね。危うく身共は兎になる所だったよ」

 そう言って、金架から紙袋を受け取ると、シルクは洗面所の奥へと消えていった。戸が閉まる音がする。それを聞くと、金架は思いっきりベッドに倒れ込んだ。乱れているシーツが更に乱れシワをつくる。

 なんだかドッと疲れた、朝なのに。

 シルクの笑みを見たら、ドッと安心した。

 なんたって、自分はこの世界に一ヶ月もいなかったのだから。

 今日が4月1日でもない限り、あの懐かしさを感じてしまった限り、窓の外に臨める空と海が、蒼々と、碧々と、変わらず永遠に輝いている限り、それは本当だと、彼はやっとの事で確信に至った。

 でも一ヶ月もこの世界から外れていたことは、とても多くの人に迷惑をかけたことだろう。

 でもセカイはあまり気にしていない様子だった。

 そりゃそうだよな、だってアイツは、昔から俺の事キライなはずだし。

 だからきっと、目を合わせてくれねーんだ。

 ……戌亥は北海道か。また遠い所に行ったなぁ。

 無事だったんだ。

 良かった。

 ………………。

 シルクは知っていたのかな。

 知ってるか。

 アイツは。

 アイツは凄いんだ。

 アイツは、何でも知っている、世界最高の魔法使いなんだから……――

「そんなことはどうでもいいのだよ汝。そんなことより、なんだねコレ。汝は、身共を、ロバート・ワドローかカンザキと、間違えているのかね、ああ、今時の若い子は、この姓名は、知らないか」

 と、シルクの言葉が頭上から降ってきた。その口調は相変わらずだったが、閉じていた目を開いたその先に、彼女の微笑みの上の怒りマークを見た。見えた、何故か。シルクがベッドの上で、仁王立ちしていた。

 その格好に目を見開く。

 セカイの服じゃないことは一目で分かった。

 その小さな頭に収まるスタンダードなグレーのワークキャップ、シンプルなTシャツ、真っ白でその中心には黒い文字で、『In its purest form,prayer is conversation!(もっとも純粋な形式において、祈りとは対話である!)』と記されている。ウエスタン調のネイビーブルーのジーンズが伸びる足下にはホワイトレザースニーカー、最後だけは流石にセカイのものであったが……つかここベッドの上だけど……。

 全体的に、サイズが半端なく大きかった。

 良く言えば、小柄な体躯を生かして、ファッションとして、大きめの服を格好良く着こなしてる! って感じ。

 悪く言えば、子供が親の服を勝手に着たら大惨事って感じ。

 Tシャツは肩からズリ落ちそうでハラハラする。半袖なのに半袖に見えない。ていうかTシャツなのにワンピースに見える。ジーンズなんて下で3回ほど折ったと見受けられる。

 可愛い。

 でも本当に一種のファッションに見えて、似合ってるていうかカッコいい。

 これじゃあ一見少年だ。

 スケボーでもやってそう。

 ただその真っ白な髪の左側に黒く細いリボンが揺れていたので、ドキッとした。

 ていうか、その服…………オレのじゃねぇか!

「まあ良いけど、ねぇ。小さいサイズよりはマシだよ、んー、落ち着くっちゃあ落ち着く」

「へぇー、それは良かったっす」

「なんで棒読みなんだね」

「いやぁーなんでも」

「なんで、目を合わせないんだね」

「や、その、シルクがビックリでなんやら」

「違う違う、さっき」

「なんすか、さっきってー」

「義妹御と、目を合わせない汝はなんなんだね」

「え」

「目を合わせていないのは、汝だよ、金架」

 その言葉に、一気に自身の身が引けた感じがした。

 セカイが目を合わせないのではなく、

 オレが、目を合わせていない。

 オレが、焦点をずらしている。

 成立しているようで、成立していなかった、会話。

 オレが創り出していた、世界。

「世界はまわると言うけれど、世界の果ては、一体どこなんだろうねぇ……さて」

 ぴょんっとシルクはベッドの上から飛び降りた。

「稀生を探しに行くよ、目星はついている」

 でも。

 でもオレは別にセカイを嫌ってなんかいないし。

 義理の妹だからって、だからって、べつにそんな。

 べつにそんな、

 いや、そんな。

 オレはどこかアイツが嫌いなのか?

 どこだ?

 いや、そんなことは、ない。

 わからない。

 わからない。

 わから、ない。

「ああそうだ」

 そんな金架を更に畳み掛けるように、自然な会話のように、金架の目をのぞき込んで、笑顔で。

「身共は知っているよ。汝が、何故神藤セカイを苦手、いや、恐いと思っているか。そして、あの狐、緑玉の狐、戌亥のことを、何故、“父”と呼ばないのかもね」

「!?」

 金架は、声にならない声を上げた。

 恐いと思った。

 初めて彼女を恐れた。

 でもそれよりも、違う感情が勝った。

 それは込み上げてくるほど笑みが浮かんできて、それは強く思うほど煩わしくなって。

 金架の頬は瞳と同じ色に染まった。

 なんだそれ、なんだそれ。

 ……知りたい。

 知りたい、知りたい。

 知りたい知りたい知りたい!

 どうしてオレはセカイが恐いんだ?

 どうしてオレは戌亥を父と呼ばないんだ?

 どうしてオレはシルクと出逢ったんだ?

 どうしてオレはここにいる?

 どうしてオレは吸血鬼として生きているんだ?

 どうしてオレは生まれたんだ?

 何でも知っているんだろ?

 何でも教えてくれよ、オレに!

「いいよ」

 やった!

「でもね、知るということは、知識を得るということは、どれ程恐ろしいことか知っているかい?」

 なんだそれ。

 そのとき、金架の世界が反転した。

「12匹の生命が言うわけさ。あれこれ好き勝手にね。

 猫は知らなくても良いという。

 亀は知る価値もないという。

 魚は知りたいという。

 熊は知れば世界が歪むという。

 蛇は知ることこそが運命だという。

 犬は知るだけなら良いという。

 蝶は知らなくても知っていても良いという。

 狐は知るべきだという。

 兎は知ることと知らないのでは違うという。

 龍は知れば縮小あるいは要約されるという。

 虎は知りたくなくても知ってしまうものだという。

 鴉は知らない方が良かったという……。

 さて、汝はどのパターンかな?」

 動物占い?

「違うよ。確かに、習慣と暗黙の了解から生まれた刷り込みには変わりないとしても、ただね、汝、落ち着いたかね(・・・・・・・)?」

「……あぁー、うっす」

 金架は、シルクの下で息を整えていた。落ち着いた雰囲気で彼の腹に座り見下ろしている。彼が彼女に近づいたとき、シルクはその無駄のない華麗な動きで、どうしたらそんな細い腕にそんな力があるのかと思うくらい、彼を宙へ投げた。その腕を決して離さずに、綺麗な弧を描いて、フワリと彼を着地させた。

「汝、確かに、吸血鬼の真の力を、開花させていないとはいえ、弱いよ、弱すぎる」

「はぁ、すいませんねぇ……っかしーなー、オレ武道は全部入っているハズだったんだけど」

「それはまた、暇な、学生だね」

 そうしてシルクは立ち上がる。あの白い空間で、何事もなかったかのように胡座からスッと立ち上がったときのように。

「改めて、さあ行こう、金架」

 深く被り直したキャップから垣間見えるニヤリ顔、拍子抜けした少年の表情、本心の見えない台詞、真っ直ぐな問い掛け、魔女と吸血鬼、小さな手の平と、大きな手の平、白と。

「ほら立ちやがれ」

「やがれって」

 悪戯好きな子供のようにほくそ笑む彼女を見ながら、金架は立ち上がろうとして、転けた。

 かけられた足によって、シルクの。形通りに悪戯った。この野郎。

「クク……やっぱり、汝は最高だよ……なんで引っ掛かるのかねえ……」

「……」

 やっと立ち上がった金架に、今度こそ手を差し伸べた。

「悩み下手な、悩み上手な汝らはね、はみだしたままでも良いんだよ。出る杭は打たれるって? 高木は風に折れるって? ただの負け犬の遠吠えとでも思っていればいい、言わせておけばいい。大切なのは、自分をしっかり持つことさ、周りに流されないことさ。そうしないと、自分で自分を殺しかねないからねぇ」

「なんすか突然」

「誰だって、誰よりも人一倍優れるものがある。誰よりも人一倍劣るものがある。そりゃあ当たり前さ、十人十色選り取り見取りな人間がたくさんいるからこの世界は面白いんじゃあないか、だから楽しいんじゃあないか、だから苦しくても悲しくても生きていけるんじゃあないか、だから愛せるんじゃないか、そう思わないかね?」

「そっすね」

「それに身共は、いまのままの汝が、好きだよ」

「!」

 知ることって、凄いね。

 でもさ、知らなくても良いんじゃない?

 今を生きれれば良いんじゃない?

 知りたいとか、知らないといけないとか。

 なんかもう、どうでもいいや。

「とっとと、稀生見つけて朝ご飯、食べよう?」

「うっす、わかりました」

「返事は、はい」

 金架は何か重いモノが抜けたようなとても晴れやかな面持ちで、ゆっくりとその大きな手を伸ばし、

「はい、シルク」

 その小さな手を、握った。




 私の中では、GARNET CROW の中でとびきり幸せな曲だと思う曲たちがあるのですが、

 コレはその中の1つに入ると言っても過言ではありません。

 イントロから、あぁ……幸せな曲キターって気持ちになります。

 そしてこの曲は、私が GARNET CROW のCDで一番最初に買った『晴れ時計』の中の収録曲なんですよ!

 私にとっては特別に思い出深い一曲です!

 大変素敵な曲です。


 名探偵コナンで次なるGARNET CROWのOP『Misty Mystery』が流れているらしいですよ。

 ご試聴あれ!


 ではでは、サイト内厳しいですが、これからも宜しくお願い致します。



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