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007 空色の猫


 少しだけ無理をして

 誰かに合わせてみたけれど


 それほどにね、この世界は、狭くもない筈でしょう

 それほどに、猫の世界は、狭くもない筈でしょう


 いつか寄り添うように、

 その影が2つ並ぶと良いね


 ゆっくりでも、いいから

 きっと、上手くいくよ





 教会の鐘の音が、遠くから、はるか遠くから鳴り響き、かすかに聞こえてきた。

 早朝だ。

 朝陽は優しく大地を照らし、空は澄んでいて、どこまでも広がる蒼だった。

「起きた」

 抑揚のない幼い声で一言、王様はムクリと起き上がる。厚めの綻びた布を身体から剥がし、辺りを見渡すと、昨夜の残骸で地上は溢れかえっていた。瓦礫の周りに数十本もの花火の跡、保存食のゴミなどもあちらこちらに散らばっていた。

 先ずは片付けか。

 ゆっくりと立ち上がってその小さな身体を大きく伸ばす。陽の光はまだ弱いが眩しい。自然と王様は目を覆った。眠い目を擦りながら、火を熾し、そこへ湖の水がたっぷりと入った鍋を火にかけ、沸騰した所で火から離して冷まし、やっとのことで洗顔をする。

 とても美しい湖だが、細心の注意は払わなければならない。

 大きな漆黒の瞳に光が灯り、ようやく彼は覚醒を実感する。だんだん脳の方も起きてきた。

「はぁ~、相変わらず、どんなときでも真面目だにゃあ」

「当然だ。物事には欠片に至る全てに道理がある。それを突き進むのが真っ当な人間の道だ」

「よくわからんにゃあ。猫は猫だから、特に気にしなくても良いかにゃんにゃん」

「最低限の一般常識を持っていなければ、この世では生きてはゆけぬぞ、猫よ」

「そーいうときは王様に助けを求めるから大丈夫にゃん」

 と。

 唐突に現れた猫に、慣れているのか軽快に言葉を返す王様。猫は昨日と変わらず明るく元気で王様の周りを踊るように回っているが、彼の方はというと、見た感じでは毅然としているが、やはりかなり内面ではテンパっていた。

 朝昼晩いつでも猫は神出鬼没で、その度に彼は一驚を喫する。しかしそれを隠そうとするので、無反応だと彼女は思い込み、猫にとってはつまらないのである。なので、彼女はいつか彼を魂消させようと考えているのか考えていないのか、挨拶はいつでも唐突だった。

「猫、直にこの国を出る。支度は整っているのか」

「猫はただの野良猫だからにゃ。旅は道連れ世は(にゃさ)けにゃ」

「結局私に頼るのではないか……」

 このあと彼らは保存食などの粗末な朝食を取り、花火などのゴミを全て湖へと投げ捨てた。それでも水は変わらず美しく、ちっぽけな彼らなどまるで相手にしないようにただそこで碧く光っていた。

 出来るだけ使えそうな物を最小限に探して寄せ集め、ひとつのリュックサックに纏める。王様に持たせるわけにはいかないし、自分は体育会系だから自分が持つという猫に、どこでそんな言葉を覚えたんだお前はと、王様は荷を彼女に預けた。

 さぁ、出発の準備は出来た。

「そんでーもってー、最初はどこに行くにゃん?」

「教会」

「あぁ、ああにゃるほど。わかったにゃん。ほんじゃあれっつらごーにゃ!」

 またここへ戻ってくると思っているのか、猫は案外あっさりと先陣を切った。

 あとはもう、城門のあった場所を越えて、外の世界に飛び出すだけ。

 終わりの見えない旅へのスタートライン。

 後悔はしない。

 始まりは忘却の荒野。

 終わりは青の桃源郷。

 彼と彼女の胸に輝く、たった1つの光をさがして……

 彼と彼女の胸に響く、たった1つの歌声をさがして……


 ほら、空色の猫が、街を出る――初めての海へ、空へ、いく。






「ねーずみーがちゅーちゅーねーっこがにゃー! くるくるまわってあっかんべー、にゃ! いえー!」

「猫、道から外れぬようにな」

「わーってるにゃん! みっずうみきらきらー、にゃいにゃいにゃっころばしごっまみっそにゃい!」

 歩き始めてわずか、猫は上機嫌に歌を歌い始めた。それは歌詞も曲調も全てハチャメチャだが、聞いていて不思議と悪い感じはしなかった。というか、上機嫌な子供とその子供を心配する親、という感じで、旧態依然とした2人だった。

「にゃはは、王様も歌おうにゃー、楽しいにゃあ! ……あ、ダメにゃ。王様、本当に初代と王妃の息子かってくらい歌がぶきっちょーってか下手だったにゃ! あっぶねーにゃあ」

「ぐ」

 知識は、持っているのにな……。

 猫が冷や汗を掻くほど、それが彼の完全に不得意なものだった。

 ……やはり身体的に問題があるんだ……絶対。

 とりあえずなんでも成長しない自身の身体のせいにする王様である。だからこそ、猫の方へ目がいってしまう。

 初代のように背も高くない。

 初代のように魅力的でもない。

 初代のように歌も上手くない。

 初代は、もういないのに……。

 相手にされないはずだ。

 自分には、何も無いのだから。

 どこか他人と違うことを自覚していて、他の人と同じように装うのに、それでも気づかれてしまう。

 自分が自分であることを隠さないですむ、そんな時を夢見て、そんな相手との出会いを夢見て生きていく。

 特異な自分を覆い隠してくれる時と場所と誰か。

 傷ついたその分だけ優しさを感じるとか、そんな聞き飽きた偽善者みたいな言葉でも、心から感じているときがある。

 でも、どんなに時が過ぎても、自分はきっとまた同じ苦しみを背負って生きていくのだろう。

 そしてその苦しみに、背中を押されるのだろう。

 それが自分の生き方だから。

 その永遠は、耐え難い苦痛のようだ。

 心の中にある傷跡を捨てられるとして、本当に自分は、最初からそう苦しみのない生き方を選んだだろうか?

「王様!」

「うお、おう、猫。どうした」

 いつも通り、平然と平然と。

「にゃんかおもろいもんあるにゃ!」

 と、猫が指さした先にあったのは、どこか風変わりな、華やかというか、金の銅像やら変な顔の動物のぬいぐるみやら虹色の切り絵やら異常なほどに装飾が施されているプレハブ小屋のような小さな建物が、草原のド真ん中に位置していた。よくみると、側面には派手な看板が堂々と鎮在している。どうやら店舗のようで、だがあまりにも怪しい雰囲気が隠しても隠しきれないというように滲み出ていた。

「アララ! 久方のお客さんネ! (わたし)の名前は(ヨウ)あるヨー。お客さーん、見てって見てってー」

 独特な口調のどっぷり太った商人の男がその気さくそうな笑顔で暖簾をくぐって出てきた。そして猫を一目見て更に言葉を続けた。

「あいやー! べっぴんさんネェ! ありゃりゃ、よく見たら猫の耳生えてるヨ! しかも蒼い色だヨ! 綺麗な色ネー。珍し珍しネ」

 丸メガネをしっかりと固定し、

「ちょいちょい、七花(チーファ)!」

 よく響く声で誰かを呼んだようだ。暖簾の奥から、これまた小さな女の子が現れた。金の鳳凰が刺繍されたシンプルな服を着ていて、その小さな形の割には大人びた表情の少女で、こちらに気付くと小さく微笑んだ。

「我の娘の七花よー、今年で11、べりきゅーネ!」

「こんにちは、お客さん。パーパ、来ましたね、お客さんが、たくさん。良いけいこうです、とても、それは」

 七花と呼ばれた少女は、感情も抑揚も入っているが、何故かそれは妙に機械のような口調だった。

「ほら見てみなヨー、綺麗なお姉ちゃんネー、耳がもふもふヨー」

「はい、美しいです、それは、とても。最高です、もふもふ、みちたります、心が」

「にゃっはー、くすぐ、くすぐったいにゃー」

 3人してじゃれていた。確かに、猫の毛色は城下でもどこでもかなり注目の的であった。父も、あの母だってこの柔らかな感触には勝てないほどであった。その度に猫は気持ちよさそうに身を震わせる。それを見ているのが、とても心地よかった。

 そして店主は王様の方へも向かい、まるで我が子のようにその頭をグシャグシャとする。

「はっはー、ボウズ羨ましネー。まだこんなに小さいのに、姉ちゃんについてって良い子ネー、よししょネー」

「ぬ、無礼だぞ……旅の商人よ。それに私は大人だ!」

「強がっちゃって、うちの七花の次のネーちゃんの次位に可愛いネー。やっぱり子供は小さい頃が可愛いヨー」

「パーパ、分かります、とてもそれは。この子は、私より下でしょうか、歳が。とてもしています、しっかりと」

「だからその、お前ら」

「にゃーん、王様はまだまだ子供だにゃーん! おしごとがある日以外にはさっさと床に就くにゃん、にゃあは大人だから面倒をしっかりと見てあげるんだにゃん」

「美しいネー、姉弟の愛情ヨー」

「…………」

 ……国でもたまに身体的な理由でからかわれてきたけれど、ここまで悪意がないとどこか切ない。知らないということもあるし、自分はまだまだと言うことなのだろうが、こうなると私が損をしているかのようなのだが……というか、子供(ガキ)の猫に子供と言われたくない。

 やはり人は容姿で決められるのか。

 流れるままにその場にいると、七花がこちらへ歩いてきた。両手には、その小さな手にすっぽりと収まる位の無色透明な水晶玉が、紫の布に包まれている。

水晶占いクリスタル・ゲージング。得意です、それは、わたしが。高めたいです、力を。お客さん、実験台、栄誉あること、それは」

「え」

「うおーぅ! キラキラしててキラキラにゃん!」

 猫がその水晶玉をジッと輝く瞳で見つめる。そういえば此奴は光り物が好きなのだ。

「良いネ! 七花、しっかりと視て、近い未来世界最高の占術師も夢のまた夢じゃないよ! パーパは奥で仕込みしてくるヨー、お客さんごゆくりネー」

 そう言って、気立ての良い笑顔で店主は奥へと続く暖簾をくぐっていった。

「はーん、(うらにゃ)いかにゃ、はーん、よく城でも王妃様が星占いやってたにゃあ」

「はい、おこないます、瞑想を、本当は。守らなければなりません、沈黙を、かんぜんな。けれどもだいじょうぶです、別に。祈る、ただそれだけです、簡単。なにを、占いますか?」

「え、ええっと……」

「いいです。おそい、それは、あなた。もういいです、祈って。日が落ちる、その前に、ただ、祈ってください。特別じゃない、あなたは、祈ります、懲りもせずに。神との意思疎通、ファイト」

「わかったにゃー! むむむ……はー!」

 確かに、最初は胸の前で手を柔らかく組み、目を閉じて祈りの体勢にはなったものの、すぐにそれは変なモノへと変わっていった。

「猫、お前は一度もミサへ出たことがないんだ、そんな祈りでは」

「ハイ、よろしいです、良いでしょう、大丈夫、それでは、始めましょう、占いを」

「あれでよいのか!?」

「とどけば、おもいが、込められれば、おもいが、それでよいのです、ハイ」

「……はあ」

「はめはめにゃー!」

 猫はこちらの話を全く聞いていないようで、そっちのけでずっと猫式の祈りを何も無い空へと捧げていた。こんな事でこの占いは成り立つのかと思った彼だが、とりあえず話だけは聞いてあげることにした。どうせ子ども騙しだろうと思ったのだ。

 七花の方へ目を向けると、丁度、水晶玉を凝視していた顔が上がり、目が合った。

「水晶玉には、映っています、金貨のふくろが。高くつきます、あなたが、望むものは」

 彼女は、突然そう言った。

 ……私が、望むもの?

 それは、国の再建?

 それは、旅の幸運?

 それは、先の未来?

 それは、何だ……?

 その水晶玉は特に何も変化は見えず透き通っている。

 やはり子ども騙しか……それとも、その手の者にしか、視えないのか。

 先程とは打って変わって、真面目な顔つきの彼女に、思わず王様は息を飲んだ。

「嘘を吐きません、水晶玉は。かくじつ、それはとても」

「水晶玉には、映っています、閉じた扉が。何か、在りますか? 押しとどめているモノが、あなたを」

「言っています、水晶玉は、けれども、水に流す、過去のことを。微笑みます、幸運が」

「告げています、水晶玉は、あなたの代わりに、下しているようです、決断を、すでに、誰かが」

 惜しみなく続く言葉の羅列。けれどもとても短い、けれどもとても頑強に感じる言葉。その機械的な喋り。

 何故か彼は聞き入っていた。

 何故だろうか?

「水晶玉には、映っています、夕日が。ない、あまり、じかんが」

「夕日?」

 彼は思わず空を仰いだ。まだ空は快晴の午前である。

「あなたたちは、目指している、今その場所、きっと、たどりつけない、すぐに。ただちに、動きます、よろしいです、吉」

「……それは、例えば夜までに辿り着けないかもしれないと、そう言う類か?」

「はい、そうです。きっと、後悔、得ません、せざるを。だから、有言実行、これ、一番です」

「にゃーるほど、わーかったにゃ! そんじゃあとっとと行くかにゃ、占いゴチだにゃん、にゃーはっはっは」

 突如話に入ってきた猫はそう言うと、豪快に笑いながらルンルンとまた楽しそうに歩き始めた。相変わらず気紛れで気分屋な奴である。それを見ながら七花はしょんぼりと水晶玉をさすりながら言った。

「あぁ……もふもふが、悲しいですね、別れは。ありがとうございました、占い、スキルアップです。また、来てください、それでは、いつでも、どこでも、お待ちしています、お気を付けて、とても」

「う、うむ。店主にも宜しく伝えてくれ、失礼する」

 王様少し急ぎ気味に深々と一礼し、猫を追いかけていった。2人が見えなくなった頃、店主が丁度店の奥から顔を出した。

「アラ、あの2人いってしまたカー。んー、ボウズは賢そうだがまだ子供だから心配だヨー。綺麗なネーチャンは、なんか心配だヨー。旅は危険ヨー、世は情け無いヨー」

 そんな店主に、七花はやはり機械のような声で、まるで語りかけるように言った。

「パーパ、心配は無用です、とても。私には、見えます、よく。水晶玉には、映っています、2人、離れません、分かつまで、嵐が、2人を」






 確かに1日中歩いた。

 こんなに遠かったかと考えてしまうほどだった。

 目の前に、一堂の教会が聳えていた。ツタの生い茂るレンガ造りの白い壁を基調とした外観、空高く真っ白な十字架が伸び、傾く陽に反射して金色に光る鐘、側面からはクリアストーリとばら窓が窺える奇抜なマゼンタカラーの屋根が可愛らしい小さな教会。

 これこそ、朝の鐘の音の主の教会である。

 ……夜までにギリギリ着いた……先程の占い、本当に当たっていたのか……?

 何をそこまで焦っているのか、彼は一度深呼吸をすると猫の方へ振り向いた。

「猫……、済まないが」

「いーんだにゃん、しょうがにゃいにゃん」

「し、しかしだな……今回は、大丈夫だ」

「うん、がんばれにゃん」

 そう可笑しな会話が成立したあと、彼は勢いよくその錠前と鎖が力無く垂れ下がっている扉を叩いた。

 何故か鼓動が高まり、幻のように、あの波の音が聞こえてきそうだ。王様は出てくるであろう人物を待つ。少しして、扉の奥からパタパタと足跡がきこえ、ゆっくりと扉が軋む音を立てて動いたかと思うと、1人の少女が、その扉からヒョッコリと顔を出した。それと同時に、扉の奥から1羽の金色の蝶が彼女の周りを舞う。

 大きなワインレッドの瞳、長いストレートブラウンヘアーを白いリボンでツインテールに纏め、上品なボルドーカラーのクローディアドレスに身を包み、首元にさげるは十字架のペンダント、足下から覗くは白いソックスとウエッジソールパンプス。

 小さいが凛とした雰囲気で一見ビスク・ドールのような崇高な彼女は、彼を一目見ると颯爽と口を切った。

「なんだ、今日は、1人で来たのかい(・・・・・・・・)王子(・・)

 その愛らしい顔に似合わず少し背伸びをした感じの大人びた声で、なんだか上から目線のように偉そうに、その少女はそう言った。

 思わず彼は後ろを振り向く。

 猫は笑顔でそこに立っていた。

 確かに立っている。

 それを確認すると、彼は彼女の方を向く。

「久しいな、アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカー、祝福の宝石師よ。依然として何も変わらない奴だ」

「そりゃもう、36日位ぶりだよ、君。君だって背丈が全く変わっていない癖に。ま、立ち話もなんだから中へお入りよ。儂は正直な所、忙しい」

 異常に長い名前の、彼より少し背の高い、異様な喋り方で彼に全く臆さず普通に振る舞う彼女は、軽い笑みで教会の中へと彼を手招きする。

 彼はもう一度後ろを振り向き、そして流れるままに視線を前に向け、金色の蝶に続いて扉の奥へと消えていった。

 そこには、外にはもう、誰も居ない。


 ・


 ・


 ・


 燦然と輝く7つのステンドグラスからは彩りの光が降り注ぎ、高い天井には煌びやかなシャンデリア、身廊が奥へと続く礼拝堂の壁には巨大な十字架、人一人いない広大な、だがそれとして寂寞としている大聖堂。そこを通り抜け、アンジェリークは王様を奥のホワイエへ招き入れた。

 程良い広さの空間で、そこは休憩所というよりも、どこかアトリエのような寂しい場所だった。

 クリーム色の壁をオレンジ色に濃く染める太陽がその部屋唯一の窓から見え、ブラックブラウンの木の床には無駄に部屋の広さを感じさせるように、少し綻びたモダンダブルソファが1つだけ無造作に置かれており、部屋の隅には小気味良い音で揺れる振り子時計があり、その窓に向かって作業台のような机があった。数冊の本、真っ白な紙の上になにやら沢山のデザイン画、散りばめられたように転がる幾多の綺麗な石々、大理石で出来たフラックスやタガネが置いてある。

 これこそが、宝石師アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーの仕事台。

 金色の蝶を先頭に、アンジェリークはその机に向かって古びた椅子に座ると、机の中から宝箱のような箱を取りだし、箱の鍵を開けた。ぎっしりと詰まれた色取り取りの宝石達が顔を見せる。光を反射し、我こそはと光り輝いているようだ。

 その箱から一つの何の変哲もない青色の石を取り出すと、その箱を机の端の方へ置き、反対の手に小さなルーペを持ち、近くに、遠くに、そして光に翳しながらルーペを通して宝石を視る。

 ありふれた石のはずが、不思議とそれは美しい。

 何故なら、このような少し離れた距離でもその石に十字架型の光の筋が見えたから。そしてようやく、

「まあ座りたまえよ、王子」

 入り口付近で立ち尽くす彼へと入室を促した。それでも視線は宝石から一ミリもずれない。王様はその先程からの違和感を感じながら、やれやれとソファへ足を運んだ。そのソファは座る瞬間沈みはしたものの、独特の締まりのある絶妙な堅さはとても心地良かった。

 昔はこの堅さが嫌だったのに。

 大人になった、と言うことなのだろうか?

 ……何だか、変な気持ちだ。

 ここは幼い頃よりよく父や母と来ていた。父の深い知り合いというよりかは友達という関係で、遊びに来たり仕事を見せてもらったり時には祈り(ミサ)をしに来たりしていた。

 だから真っ先に、ここへ来ることを思いついたのだろうか。

 もちろん猫とも来ていた。

 けれど、今の今まで1回も、猫がこの教会に足を踏み入れたことはない。

 なぜならば、目の前の女には、猫は愚か(・・・・)私さえも見えて(・・・・・・・)いないのだから(・・・・・・・)

「王子、君、話があってここを訪れたんだろう? そして何故王はおらん? お前が一人で来るなんて尋常の沙汰だぞ」

 背を向けてなおアンジェリークは面白がるように言葉を紡ぐ。宝石を弄るのが楽しいのか、それとも再会の人物への言葉の羅列か。不自然に彼女の周りを舞う金色の蝶が、さらに彼女の神秘邸な雰囲気を醸し出しているようだった。

 彼はしっかりと彼女を見据える。

 本当に、人形(ドール)のように麗しい少女。

 彼は先ず、先程からの違和感を払拭するべく彼女へ向き合うことにした。

「国が滅んだ、先代は死んだ」

 唐突にその言葉を告げる。

「私はもう、あの国の王子ではない」

 金色の蝶が、彼女の肩へ止まった。

 そう、あの国の、王子でも、王様でもない。

 猫が勝手に呼んでいるだけ。

 もうあそこには何もない。

 あの、湖の下に、全て沈んだのだ。

 湖の中へ、その忌々しい戦禍(つみ)を隠して、綺麗な碧を映すように。

 忘れさせるように。

 なにもかも、なにもかも。

 ――だからどうなのだろう。

 この女が、あれだけ視ていた初代が消えたということに、どんな感情を持つのか。

 彼女の“光”が消えたことに、どんな表情を見せるのか。

 先代の“光”が消えた時のような顔を見せるのだろうか。

 ただの興味本位も入り交じり、更に言葉を連ねる。

「滅亡といっても私がいるがな、生き残ったのは私を入れて2人だ」

「……」

「お前達の務めも概ね終わった。だから……」

「ふむ、そうか」

 と、その一言だけを、淡々と、呟くように言った。

 振り向かない。表情は、見えない。

「等々逝ったか。それにしても人は早いな。儂よりも先に逝くとは全く、最後まで恩を返さなかった奴だったな」

 その紡ぎだされていく言葉に、何か表れはあるのだろうか?

 その紡ぎだされていく言葉に、何か想いはあるのだろうか?

「そうか。あの女の所へ逝ったか。ほーぅ……つまりだ」

 そう言って、突然手に持っていたものを全てゆっくりと置き、スッと立ち上がった。彼女の様子を注意深く窺っていたので、咄嗟のことにただただ彼は驚いた。そして一番上の机の引き出しから、一冊の本を取り出した。

「ん」

 とだけ言って半ば強引に押しつけるように、彼女はその本を王様へと渡した。

 埃など一切被っていない、しかしだがかなり色褪せていて、端々に折り目などが見受けられる、小さな本だった。

 意味の分からぬまま受け取った彼だが、それを四方八方から観察し、開こうとしたその時、振り子時計がゆっくりと時を知らせた。そして目の前を、いつまでもずっとアンジェリークの周りを舞っていたその一羽の蝶が、振り子時計が鳴った瞬間と同時に、部屋の入り口の方へ不自然に飛んでいった。まるで、何かの前兆のように。

「……あぁ……もう、夕方なのか」

 その光景を見送った後、本から視線を外し、かなり沈んだ口調で言う王様。その顔はとても暗くまるでこの世の終わりを見ているかのような絶望的なものだった。

「はん、ざまーみろ」

 そんな王様を見てニヤリとアンジェリークはほくそ笑む。

 と、その元凶である足音が、扉の奥から聞こえてきた。それはだんだん近づいてくる。そして、ドアから1人の女性が現れた。二十歳前半程か、その落ち着いた雰囲気と貫禄のある趣。

 アンジェリーク同様首からさげるはアンティークシルバーのクロスネックレス、優しい銀色の瞳、美しいスノーゴールドの髪を聖帽ヘアバンドで包み込み、白い肌に映えるノルディックブルーのシスター服に身を包んだ清楚な女性。だがそのシスター服はかなり短い丈のスカートで、そこから同カラーのガーターベルトとオーバーニーソックスで包まれた長い足がよく見え、凹凸のあるグラマテスな身体がくっきりと目に見え、聖職者であるはずの彼女が着るにはなんとも艶めかしいものだった。

「うっひゃあ~お久しぶりですわ~王子様~!」

 その甘いゆったりとした声の主である女性が、凄い勢いで王様に突進した。そしてそのまま彼をその胸に抱きしめ、顔を赤らめ天使のような笑顔と声で言う。

「んーー! むー!」

 勿論王様は声も出せないし何と言っても息が出来ないので必死に抵抗する。彼女の背は女性の平均よりは高く、そして彼は平均よりもかなり下回っているのだから自然と頭の位置には女性の胸の位置なのだ。至福であるはずのことだが、本来人は胸に理まれると脳内に走馬燈が過ぎるほどの苦しみに襲われる。そしてこれが彼女の毎回の挨拶であり、未だに対処出来ないのが更に苦悩であった。

「これこれシスター・アマハ。彼が小さいから君が虐めたくなるのも分からんでもないがね。とりあえず殺人者と共には暮らしたくないのだよ」

「ん~、人聞き悪いですわ、リノちゃん」

 といって、シスター・アマハと呼ばれたその女性は渋々と王様から身を離す。直ぐに王様はその青ざめた顔で呼吸を整え、目の前の女性へ叫ぶ。

「こんの戯けがっ! 死ぬわ! 私を殺す気か! そういうのは一人でやっていろ、私を巻き込むな! だから夜までにここを去ろうと計画を謀った私の苦労はなんだ!」

「そんな……そんな私めの身体は全ての皆様々に捧げる為にあるのです……いつでもどこでもお触りオーケーですわ!」

「……顔を赤らめるな笑顔で言うなこっちを向くな空気を壊すなというか息をするな失せろマジで!」

 正直な所いち早くこの輝く笑顔で哀しいことを言ってくる女性との会話を終わらせたい、かなり低レベルな暴言を吐く彼だが、それを読んだアンジェリークによって更に会話に拍車が掛かる。

「そうだ、黙れ残念シスター若しくはセクハラシスター若しくは18禁シスター」

「18禁?! まさかお二方様はもうそんなお年頃に?! よ、良かったら私めのお古をこの身と共に、捧げましょう!」

「要らん」

「当に儂らは二十歳なんぞ越えとる」

「し、知らない間に大人の階段をお昇りなさっておいでましたとは?! どーしてお教え頂けなかったのですか?! お二人がアレをアレしてアレしていたなんて、行く行くはこの教会を乗っ取るおつもりですか?!」

「ねぇよ」

「とりあえず君はその行き過ぎた妄想癖やらなんやらをどうにかしたまえ」

 最初から脱線しているこの状況はなんなのかいつも通りに王様は考えに耽る。アンジェリークも張本人とはいえ流石に自分の行為を悔いたようだ、顔に疲れが見えた。

 顔の高揚は最高潮に達し息も少し荒くなってきたこの女性、シスター・アマハは数年前から見た目も中身も一欠片も変わらない。それはアンジェリークにも言えることで、そしてそれは彼自身にも言えることだが。

「宝石師よ……此奴の頭の中は本当に一体どうなっているんだ……年中春か?」

「ただウザイだけの変態さ。おい、慎めよシスター・アマハ。神前だぞ」

「はっ、これは失礼致しましたわ~。神様々へは祈り以外何もかもが許されないのです!」

「その身形自体が冒涜だろう、いいかげん脱いでしっかりとした正装にしろ」

「脱、げ……? それはそれはもうお誘いに乗ってOKどんなプレイでもばっちこいというわけでございますわね! 良かった、本日ベッドは太陽の光を沢山浴びて準備万端ですわ! 今夜は不眠症決定ですわね!」

 何に期待しているのか瞳をキラキラと光らせて言う彼女へ虚ろな目を向けた後、王様はアンジェリークの方を一瞥して溜め息混じりにアマハに言う。

「シスター・アマハ、頼みがある」

「はいなんなりと。幾数十人中最低矮小な私めでありますが、どうぞ脱がすなり触れるなり痛めるなり傷つけるなりなんなりと」

「……外にいる、いつものように頼む」

「……成る程お楽しみは夜と言うことですわね、承知致しましたわ」

 変に成立した会話の中色々スルーされながらも天使のような微笑みで深く了承するアマハ。なんでこう、性格が異常に残念なんだろう。神も匙を投げられ采配を拒絶しているのだろうか。

「それでは行って参ります~」

 彼に何か頼まれ、アマハは意気揚々とホワイエの扉から出て行った。なんであんなに楽しそうなんだろう。彼女を見届けた後、再び王様は背を向けるアンジェリークに向かって話を振った。

「先程私が来た時、何が見えた?」

「何を唐突に聞く。そうだね、晴れた空かな」

 淡々と答えるリノ。

 ――やはりか。

 王様は深く溜め息を吐いた。

 空だけ。

 蒼い空。

 あの蒼の猫は、空にもう溶けてしまったのか。

 あの蒼の猫は、その愛される毛色(いろ)に、傷つけられているのか。

 その空色という変わった毛色を覆い隠す晴れた青空へ、愛される彼女は隠れてしまったから、

 ――この女は、やはり今も、先代しか見えていない(・・・・・・・・・・)

 彼の顔は沈んでいった。静かに、小さな変化で。その時である。

 かぷ。

 かぷ、と。

 左耳にくすぐったいというか甘く痺れるような、まるで体中に電気が走ったような熱い感覚がした。

「ほわあああああ?!」

「にゃん?」

 猫が、王様の左耳を噛んでいた。

 といっても甘噛み。挨拶ではないが、それだけでも彼は異常なほど硬直し、勿論子供が驚いたような声で、顔を真っ赤にして突然無音で現れた猫へしどろもどろに叫ぶ。

「ま、猫! わ、わわ私にな、な何をする?! 離れろ! 音も無しに私の前に姿を見せるでない!」

「にゃん。猫は抜き足差し足が得意なんだにゃにゃん。それに初代が言っていたにゃん。王妃様と王様は超絶似てるからこうすると喜ぶらしいじゃんかにゃん」

「母も私も喜ばんわ! お前、確かに父は畏敬の人物の部類だが可笑しい所は見習わなくて良い!」

「あにゃ?」

 彼にとって、シスター・アマハよりも強敵が現れた。

 蒼の髪を翻し、きょとんとしたあと無邪気に笑う猫と王様の後ろで息を切らしたアマハが入室してくる。

「はぁ……はぁ、あわわわ、猫ちゃん速い……王子……いえいえ、王様、猫ちゃんを連れてきましたわ~」

「ご苦労……」

「ちょいと君たち、なにをそんなに急かされているのかね」

 王様と叫び声とアマハの声に不機嫌顔で振り向いた彼女に、しばらくぶりの表情が灯った。

 アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーの、焦りと理解と困惑の初めての吃驚顔で、息を飲み、青い髪の猫をマジマジと見つめ、初めて見たというように目を見開き、その震える声で彼女は言った。


「…………空色の猫(ラズライト・キャット)……?」




 この歌は、風の中で流れるように前へ進むような感じだと思います。

 ゆりさんの歌声は相変わらず最高ですね!

 空色の猫さんには幸せになって貰いたい、GARNET CROW の曲たちはその後の物語というのにもイメージが広がりますね。

 この歌は歌詞がとっても好きです。

 今回も物語とは雑な感じになっちゃいましたけれど、頑張りました。


 さてさて『Smiley Nation』& LiveDVD の発売が間近に迫ってきております!

 オフィシャルサイトの予告映像で更にテンションが上がりますね!

 新曲めっちゃ良い歌です、PVも可愛いですし、何より元気が出ますし!

 もう聴きまくって歌えるほどですよ。

 是非是非ご視聴あれ! です!

 そんでもって聞いてください!

『GARNET CROW livescope 2010+ ~welcome to the parallel universe!~』の

 ジャケットのゆりさん、格好からしてめっちゃ可愛いですよね!

 思わず惚れ惚れです!

 それでは、長々と失礼致しました。

 また次回お会い致しましょう!



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