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006 His Voyage


 お前は私を待っていてくれる

 誰かが言っていたよ

 だから、私はここから出て行く

 さよなら、

 私の大好きな……


 




「暑……」

「32回目」

 広大な砂砂漠をゆく、2つの人影。日が高いので影と言ってもかなり小さく、身体の真下にしか出来ていない。

「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い」

「はい、40回目更新……と」

「…………あのさぁ!」

「うん」

「タカラはどれだけ裕っているのかな?! 酷暑過ぎるよ今夏?! いや、今は春の筈なのに! この炎天下の中気も遠くなりそうで意識も朦朧としているはずなのにその余裕は何なのかな?! それに諧謔を弄しているよ、タカラはそんなカラスみたいな真っ黒なお洋服を着ているのに何でそんな涼しい顔して平然としていられるの? ハイパーな憤りを感じるよ! 今は常識を覆している場合じゃあないんだよ、由緒正しき人魚だからって理由じゃないけれど、ナナコは暑いところが大の苦手なんだよ、足も痛いよ!」

「カラス、ね……そんなこと言われてもな」

 と、本当に涼しい顔をして宝船宝はそう短く答えた。

 雲一つない青い青い空の上でギラギラと照りつける太陽の下、四方八方からの熱、どこまでも続く砂、砂、砂。なんたってその世界で1、2を争うほどの広さの砂砂漠、影も幻想もなく日中が長く、湿度と上からの直射日光とクラクラするような眩しい光、熱い大地。

 そんな中宝は顔しか出ていないようなマントですっぽりと身体を包み込み、熱を集めているはずの黒を基調とした服を纏っているにもかかわらず爽快な言動だった。

 魚々子はというと、肩まで出している真っ白なワンピースにもかかわらず体中が熱く汗が頬を伝い、銀色の首輪にまで伝う。一見重そうで実は意外と軽いその首輪は実はひんやりとしているらしいのだが、まだギリギリ熱射病防止の帽子があるにしても、暑過ぎるらしい。細い足はヒョコヒョコとふらつき、蒼の瞳は潤み頬を染め、けれども一生懸命歩いていた。ローテンションの割に、言動はハイテンションだった。

 その真横を歩く宝へ魚々子は言う。

「みず……そう、水だよ! やはり生き物として生きるのならば水は重要必要不可欠だね! ありふれた当たり前の存在だけれど、無くてはならないんだよ、何時でもね! もう今だったら水の中に飛び込んでも良いよ、魚々子の身体の中の水分を100パーにしても構わない、なのに魚々子の水分はきっともうすぐ50パーを切るよ、もう酸素と水素だけだよきっと! ありがとう、水素と酸素、ありがとう、水素が生まれた、きっと生んでくれた大宇宙! アルケ-よ、魚々子をどうにかして助けて!」

「……大丈夫?」

 宝のリアルな心配だった。

「もう何でも良いからオアシスじゃなくてもいいから、骨休めの出来る影があれば、涼しい所ならどこでも良いからどこか素晴らしい夢のようなパラダイスはないの?!」

「あるね」

「そっかそっかやっぱり3日中歩いていたんだから流石に村とか無ければ誰もこんな砂漠を横断してまで海に行こうとは思わないよね……え?」

 と、魚々子は途中で言葉を止めてずっと下を向いていた顔を素早く上げた。

 ほんの遠くに、あともう少しだけ歩けば良い所に、たくさんの緑が茂っているのが見えた。人が住んでいそうな家々も見えた。そして、その周りを碧い碧い湖がグルリと囲み、島のような村を包むようにキラキラと輝いているのが見えた。そして、一端で河になり、遠くまでそれが続いているのも見えた。何故この砂砂漠がアネクメネと呼ばれているのか疑問が生じるほどのエクメネ、オアシスだった。

「君はずっと砂ばかり見ているから無駄口が多くなるんだよ。実は少し前から見えていたんだけど、ナナコが音を上げるまで、ちょっと黙っておいたんだ」

 輝かしい笑顔で言う宝。

「タカラ……。そこは笑顔でいう所じゃあない……」

 魚々子はまた、顔を下げてそう言った。





「今日も広がるライトブルー! ホットな気候と私の情熱! 溢れ漲るグリーンネイチャー! みずみずしくスイートな捥ぎ立て果実たち! そうこの場所は、終わりなきパーラダーぁイス! ……お、ちょっとちょっとそこの色白アーンド漆黒バケイショナー? 美味しい水にふかふかベッド、毎夜繰り返すパーティタイム、我が家の新鮮フルーツたちは、いかがかしら?!」

 それが自分たちに言われていることだと理解した宝と魚々子は、即座に意味が解らなくて固まってしまった。

 ……なんだ、この変に威勢の良いお姉さん。

 2人して同じことを思った。

 ストレートブラウンの髪を包むバイオレットカラーの薄いフード、勝気そうなトパーズブルーのツリ目、フードから垣間見える金色のアクセサリが首元と腕と耳を飾り、灼けた褐色の肌がよく見える艶めかしい露出の多い装いと、彼女は砂漠住民(ベドウィン)らしい異国的文化であふれていた。

 そして言ってることが訳わかんない。

 気さくだが、テンションが普段の魚々子のようだ。

 老若男女様々な人々が活気に行き交うその通りの、太陽を反射して更に眩しい真っ白な石畳の1階部分が青果屋の建造物前。店頭には色取り取りで光を十分に浴びた新鮮かつ豊富な青果物達が整然と隙間無く陳列しており、カラフルで見ているだけでも楽しく、人々の足を止め人々の目をも保養している。

「なーんて、ていうか旅人よね? そしてヒマそうね! あのね、私、正直な所貴方達の旅の話を、異国の話が聞きたいのよ! 勿論ただじゃないわ、此処に並べられているどれでも好きなフルーツ達を食べながら私も貴方達に面白い話を聞かせてあげる、店番は彼……や、もう閉めちゃう、歓迎するわ、いえーい、一石三、四、五鳥!」

「はあ……」

「それってほんとぉー?!」

 未だに受け入れ体勢のなっていない宝を後目にその女性の言葉で心も身体までも一気に生気に満ちた魚々子は、子供らしく目をキラキラと輝かせ喜色満面で高揚し、身軽にピョコピョコ跳ね始めた。

「わぁーいわぁーい! 甘い、果物っ……そうだよねそうだよね、欣快に堪えないね! なにこれ天からの素敵な贈り物? えへへ、古代ギリシャでタレスが『万物のアルケーは水』とか言っていたから、ある意味あっているけれどさっきそのアルケーに神頼みをしたら本当に違う意味でもう恩恵を授かってしまったよ! 火とか数とか色々がアルケーと説かれているけれど、もう私はアルケーに全身を委ねるよ! 合点承知ぃ、任せて、ナナコが色んな事お喋りする!」

「あら元気良いわねー、久しぶりに楽しくなりそうだわ! 私の名はカーミリアンよ、リアって呼んで」

「私はナナコだよ! ナナコで良いよ、宜しくね、リア! ……ほら、タカラもしっかり挨拶しなきゃ駄目でしょ?」

「え? ……あぁ。えーっと」

 なんか話がどんどん進んでいっているんだけど。

 ブンブンと握手をしている彼女たちに、出遅れというか、完全に流れに乗せられた宝はとりあえず目の前の女性に右手を差し出した。

「僕は宝船宝です、タカラで大丈夫です」

 と、タカラはその際リアをジッと見つめた。その視線に直ぐさま気付き、目がバチッとあったリアはしどろもどろに「ど、どうしたのタカラ君」と尋ねると、タカラは「いえ、すみません」と視線をふっと逸らし、そして言葉を綴った。

「以後宜しく、リアさん」


 ・


 ・


 ・


「――ドッカーンだったの! 太陽の下巨大な破裂音と共に轟音雑音が鳴り響いて、もう観光気分だったタカラは唖然としてその場で立ちすくんでしまったの! 旅行先の事故っていうのは本当に災難だよね。でもそこに格好良く満月をバックに夜空からムーンサルトで舞い降りたナナコがね、あむあむ、リア、これとこれ、なんていう果物なの?!」

「ふふ、どちらもカジュールよ」

「え?! 確かに色は一緒だけれど……もしかして、熟した期間が違うとか?」

「そうよ。品種や産地などによっても異なるけれど、未熟なものはリンゴのようにサクッとした歯ざわりでほのかに甘くて、熟すと果肉は凄く軟らかくて甘味が強い独特のトロッとした食感になるの。乾燥させてドライフルーツにしたものは、非常に甘くてねっとりとした食感があって、私はこのタイプが1番好きね。冷やしてそのままも最高だわ!」

「うんうん! ナナコは冷えた柔らかいのが好きかな。これこそほっぺたが落ちる賜物だね! それでね、こう、ポシーン! パシャーン! とその悪の秘密結社であるスパイとか兵士とか敵を次々と薙ぎ倒していったナナコは超格好良かったんだよ! ね、タカラ!」

「そうだね。けれどもナナコ、フォークをこっちに向けないで」

 のんびりと。

 話に入れないタカラはのんびりと、紫色のカジュールの実が刺さったフォークをこちらへピシッと向けている魚々子に注意する。右手で古いテーブルに頬杖を付き、左手でフォークをペン回しのように弄び、ちょっと眠そうな、笑顔。

 その部屋は表の南国太陽ムードとは打って変わって薄暗く言ってしまえば粗末な部屋だった。だがそんな部屋でも少女達の話は咲くに咲き誇った。

「タカラ君、どうしたの?」

「そうだよどしたのタカラ! 一緒に喋ろうよ! 話に入ってきてよ! んー、でもそう言えば真っ正直に言って、タカラは本当に人と喋らないよね! どうして? 人と関わるのが苦手なの? そんなんじゃあ人間社会生きていけないよ、仕方なくお付き合いをしないといけない時もあるんだよ、今は違うけど! いざっていう時に助け合える友人を持たないと長く生きられないよ!」

「いいよ。どうせ僕、大学にも友達いないから」

 笑顔で優しく応える宝。

「いーやぁー! タカラがパワフルネガティブだぁ! う、ううん……タカラはそう思っていないかもだけれど、きーっと周りの人達はタカラを憧憬の的的な眼差しで一目置いていて、きっーと友達だと思っているよ!」

「友達を作ると人間強度が下がるって、元吸血鬼の偉人が言っていた気がする」

「あは、タカラ君、まだ若いんだから諦めては駄目よ!」

「あっはっはっは」

 きっと面白い冗談だろうと笑うリアに、力無く宝は笑った。目が笑っていない。

 宝はそのまま視線を風の通り抜ける小さな窓の外へと移した。

 船が。

 船が見えた。

 深く情熱的な赤のグラデーションを背景に、眩しいほどの白い帆が掛かった帆船が見えた。横帆で、基本の全装帆船(シップ)で、ブリッグの型の小さな小舟が、こちらからはっきりと見えた。

 少し色褪せた布がかけてあり、まだ未完成なのかそのまわりにマストの一部や木片などが散らばっているのも見えた。

「リアさんあの、あの船は――」

「ん?」

 と、リアが聞き返した時だった。

「くぉーごー!」

 聴き慣れない音そして。

 1匹のヒトコブラクダが、突然勢いよく入ってきた。

 2メートル程の巨大なラクダがギリギリ部屋の中にいて、しかも、砂埃を避ける為という睫毛が普通より異常に長く、刺さりそうのなんのって、そして真っ黒な瞳がとてもつぶらだった。

「あ、彼はラクダのナディム。私の友達で、砂漠の船よ。なっちゃんって呼んであげて」

「メスなの?」

「オスよ」

「あはっ、かーわいいー! なっちゃーん、ちっちっち」

「ぐ……ちょっと待ってナナコ先に僕の心配をして」

 魚々子とリアがゆったりのほほんとしている中、宝の目線と声は下からだった。

 ラクダの右足の下敷きになっていた。顔を伏せている状態で、動かない。

「きゃぁー?! ごめんなさいタカラ君! なっちゃんどいてあげて! 全く、貴方の男嫌いはよく解らないわ! ほら、早く」

「くるごぁー」

 リアが何と言おうとナディムは動かない。というかのんびりと喉を鳴らし誇らしげにドヤっとしていて瞳は更に輝きを増す。

「なっちゃん!」

「大丈夫だよリア。杞憂に過ぎないよ、タカラはね、すっごく強いからこれくらいじゃあ死なないよ! だってナナコをずっと守ってきてくれたんだ、最強伝説は始まったばかりだよ! 美大生を甘く見ちゃあ駄目だよ、あ、それでもまだまだナナコの方がムーンサルトは得意かな! タカラはちょっと抜けているからね! でもまだまだ全然ティーンエイジャーだからね、ナウいよ!」

「でもなっちゃんは、昔大勢の山賊を相手に1人圧勝していたわ……」

 微動だにしないナディムをポカポカと叩くリアに対し、魚々子は満面の笑みと力強い言葉でちょこんと立っている。リアは宝の方へ視線を向けてみる。ナディムは何故か右足で軽めにゲシゲシと宝を踏み始めた。その度に宝はぐえっとか、ぐあっとか辛うじて叫んで地味に動かない。

 …………。

「ははっ……やるねなっちゃん。でも僕はこれくらいじゃあぐえっ」

「もぉー、情けないなぁタカラは! 全く、色々な名前が廃れちゃうよ? んんー、なっちゃんお願い! タカラがリアルに死んじゃいそうだからどいてあげて? タカラは今ここで死ぬべきではないんだよ、これから先、生き別れの双子の妹と出会って、でも再会の後すぐに敵に殺されちゃって実はクラスメイトが敵の幹部で、えーっとえーっと、100年前に三行半を突き付けたはずの自分の弟子からの復讐戦で戦って、実はそれは中ボスで本当の敵は自分の父だったというそしてその父は3回変形して一番最後の奴にやられるっていうRPGな感じで死ぬんだから! うわ、かっこいいー! ナナコはタカラを見直したよ!」

「くーくかー」

「……ナナコ、そんな安い設定で僕を殺さないで」

「くるくふぁー」

「そんなことないよ! 誰もやったことのないことだよ! 復活の呪文なんてサイトに沢山載っているよ、それでもその一部始終全ては私が稗史として後世に伝えるからさ!」

「ふふ、あはっあははは」

 と。

 2人のやりとりを見て、リアは思わず笑ってしまった。腹まで抱えている。それはそれは、無邪気な子供のように。

「あは、あはははは、あー、もう久しぶりだなぁ。こんなに笑ったの!」

「え? リアは今までも超絶笑っていたよ? 相好を崩すなんてことなかったし、完爾として笑っていて、凄く楽しそうだったけれど――」

 それを聞くと、リアはまた妙に「そ、そうね!」と慌てふためいた。「働き詰めで疲れているのかしら!」とまた笑顔になる。宝はやっと退いてくれたなっちゃんから抜け出した後砂埃を少し払った後、再度先程の窓の向こうの船を見ていった。

「リアさん、あの船見に行ってみても良いですか? 建築科のことは知識だけのものなので、その実態を見てみたいのですが」

「え? あ、で、でも、あそこ、えーっと、幽霊が出るって言われてる……そう! いわゆる幽霊船的な? もう夕方だし……未完成だから、物が倒れてきたりしたら危ないかも……この前私も危なかった時があったし」

「それってほんとぉー?!」

 また、魚々子が先程のように目をキラキラさせながら満面の笑みになった。今度は手のフォークを皿に置いていたので、安全なそのままブンブンと両手を回す。

「幽霊! ヒュ~ドロドロ、うらめしや、ってやつだね! うわぁ、ナナコ初めて幽霊見るー! 幽霊船と言えば柄杓、柄杓を用意しなければ駄目だよ! 科学的根拠とか超常現象とかどうでもいいから、やっぱり自分の目で見たものを信じないとね! ど、ドキドキの対面だね……やっぱり銀の十字架を付けていくのは、確かに厄除け的なノリにはなるけれどそれはきっと幽霊に失礼だよね! 幽霊に逢いに行くのなら、それ位の礼儀にはかなわなきゃね! ねぇねぇリア! 早く行こうよー、タカラは美術的センスとかを見に行くだけだから、放っておいて幽霊トークに花咲かせよ! いや、幽霊の理にかなって、花を枯らすのかな!? あれリアの船なんでしょ? 見せて見せてー!」

「え……えーっと」

「リアさんマジでお願いします。建築科と言っても造船技術はあっても先ず船を造った方は見たことがないんです、竜骨の設計図さえも本でしか見たことがありません。これは好機と言っても過言ではありません」

「でも結構拙い、わよ……」

「何を仰っているんですかリアさんらしくもない、素人だろうと専門家だろうと創ったモノには全てその人の想いや魂がこもりそれを知ったり見たり聞いたりすることはとてつもなく、というか素晴らしきことで、先人の道を歩めて可笑しな言い方ですがその技術を盗むことができますし、芸術は数学者にしか解らないなんて事はないし僕は僕なりに見たいんです。芸術家の、僕の意欲と好奇心は動き出したら止まりませんよ、今だったらなっちゃんを投げられます」

「わかった、わかったわ……」

 大人しい少年というイメージだった彼の早口だけれど正確だけれど意味の分からないけれど真っ直ぐに瞳を見つめてそれが本物だというような希望と、幼き少女の確固たる想いと憧れと、その満面の笑みの二重攻撃を受けては引き下がれない。

 この2人は同じような好奇心の塊なのだな。

 とリアは思い、

「分かったわ、2名様、格安造船見学ツアーへご案内! いくわよ、なっちゃん」

 少し力んだ声でなっちゃんの手綱を持つと、手招きで宝達を外へ呼んだ。

 そこは少し歩いた所にありすぐに着いた。

 窓から見えた小さな帆船。

 けれども、だからこそその存在感は圧巻するほどだった。

 シンプルで慎重すぎるほど丁寧な造り、一般よりは低いが夕焼け空へと伸びるポール、鮮やかな朱のグラデーションに染まりながら、触らなくても解る頑丈さがそこにあった。辺りには木片が当然のように散らばっており、船には数本の太い木材が立て掛けられている。

「おぉ……」

 と、宝は感嘆の声を上げてしまった。不覚にも、だ。

「うおー! すごーい! リア天才ー! タカラよりも天才の域だよ! それにすっごく綺麗! 凄いね、この船は愛されているんだね、素敵だね! リアに会えたからこの船を見ることが出来たんだ、砂漠の道を選んだからリアに会えたんだ、タカラと旅を続けていたから、こんなに素敵なことが起こったんだ、凄い! この世界は、全部素敵で出来ているのかも!」

「いやぁー……ナナコ、大げさだよ」

「そんなこと言ってもダメだよタカラ! 私の好奇心は止まらないよ! 凄いな、この世界は美しいモノが沢山在りすぎて嬉しいな、そう思えるって凄く素敵だね。そしてそれを誰かと分かち合えるなんて、何て素敵なことなんだろう! うわぁ困った大変だ、素敵な物が無限過ぎる! どうしようどうしよう、悪いことと良いことは続かないって言うけれど、確実に良いことは続くね! あ、幽霊見なきゃ! 中に入れば見えるのかなぁ? ねぇねけどうなのなっちゃん、リア!」

「わわ、ナナコちゃん、そんなに引っ張らないで!」

「くるるふーっ」

 リアの手とナディムの手綱を握り勢いよく走り出す魚々子。宝はそれを横目で見ていた。

 その次の瞬間――


「え?」


 ――大人数が勢いよく走ったからだろうか、地面に揺れが生じその立て掛けられていた木材達が一斉に音もなく、丁度前を走る彼女たちへと崩れ倒れかけるその間。

「ナナコ!」 

 宝は必死で手を伸ばした。

 だが届かない、遅い、遠い。

 脳裏にあの赤が過ぎる。

 また、あの赤が。


 ――また、助けられない――?


 魚々子のたった小さな一言が鼓膜に染み込み、砂埃と巨大な轟音を立て、木材達は完全に崩れていった。

 確かに、いくつかの木材達は地面に転がっていった、いくつかの木材は止まった。

 ――いや、止められている。

 見えたのは、地面にペタンと座り込んでいるリアと魚々子。雄叫びを上げるナディム。そして、彼女たちがまともに受けるはずだった木材を両手で掴んで押さえている1人の青年。

 その青年は砂漠住民らしいだがそれ以上のラフな格好の細身で、優しい笑みを浮かべていて、その両手で軽く木材を押し、木材は音を立てて横に倒れた。

 そして、遠くの夕焼けが綺麗なほど透き通っているその身体。

 ナナコは目を見開きゆっくりと上からその青年を見た。

 足が、ない。

「ぎ、にゃあああああ?! お化けぇ?!!」

 半泣きでリアにしがみつく魚々子。宝が駆け寄る。リアは呆然とその青年の姿を見つめ、そしてか細い声で呟いた。

「……うそ……ライド……?」

 その青年はまた小さくと笑うと、スッ……と色褪せるように消えていった。

 それは、とても切なそうで悲しそうで、儚い笑顔だった。



 ある日のことです。

 この村に、顔は良いけど甲斐性無しな青年がいました。

 しかし彼は働き者で、毎日仕事に明け暮れていました。

 そんなある日、彼の村に1人の旅人がやってきました。村総員で歓迎し、宴が開かれ、皆で夜半まで盛り上がり、旅人の色んな異国の話を聴きました。

 その青年はその異国の地に惹かれて焦がれ、いつか、出たこともないその村から違う場所へ、どこか見知らぬ場所へ旅立ってみたいと思うようになりました。

 彼には将来を誓い合った娘がいました。

 恋華やぐ夜半に、彼はその娘に言います。

“いつかこの腕で大きくて素敵な船を造るんだ。この村から、この広大な砂漠の外へと出るんだ”

 そうして、その娘とだけの秘密にして、船を造るために、彼は毎日働き続けました。

 そうして、島を出る日を胸に、彼は生きました。

“ええっと、異国の人は何て言っていたっけな。そうそう、す……ストローラー? ドリーマー? まあいいや、異国の言葉は面白いけれど難しいね。船はまだ完成していないけれど、夢を思い描くことは、とても楽しい、そう思わない?”

 彼は、来る日も来る日も懸命に働きました。

 彼はどんなに忙しくても笑顔を絶やさず、決して夢と希望を忘れませんでした。

 その美しい生き方を忘れませんでした。

 その美しい生き方に、娘は憧れていました。

『外の世界は、どんな所だろうね。楽しみだ、楽しみ過ぎて眠れない。早く船に乗りたい。出来上がったら、お前を乗せて、“海”まで行きたいね』

 そして。

 そして、その船が出来る前に、彼は、永く眠った。



「――不慮の事故だったわ。落ちてきた部品から、彼は逃れられなかった。過労死と言っても言い。働き過ぎ、違う、働かされすぎだったの、彼は。私と同じように、物心ついた時から両親が、家族がいなかったから」

 その船に向かって歩きながら言うリアの言葉を、宝達は静かに聞いていた。

「お互い唯一の家族みたいなものでもあったわ。だから気付かなかったのかもしれない、気付けなかったのかもしれない、お互いのことを」

 その船を見上げてリアは更に言葉を続ける。

「私は……彼の想いに応えられるのかしら?」

 その瞳は一心に船を見つめていた。その想いは、一心に彼へと向けられていた。

 彼女の想いは、本物だった。

 それに答えるように、宝はリアの元へ歩み寄った。

「ええ、そりゃもう。これ、そこの机の上に開いてありましたよ」

「これは……」

 少し古びていて色褪せた設計図だった。船の近くに設置してある小さな机の上に転がっていた。その細部まで細かく書かれた船の設計図を愛おしくなぞるリア。そしてその中に、異国の言葉で書かれた拙い文章があるのを見つける。とても短い文章。でもそれは、間違いなく(ライド)から彼女(カーミリアン)に宛てられたものだった。

 その短い漠然とした文章を読み、リアは自然に、涙が溢れた。

 嗚咽。嗚咽。

 小さな嗚咽が繰り返され、リアは静かに崩れ落ちた。

 どうしてすぐに気付かなかったのだろう。

 本当に、本当に私は臆病だったから、彼の死に責任を感じていたから、恐くてこの船に近づけなかったから、私が触れてはいけないものだと、勝手に思ってしまっていたから……。

「……ごめ、ごめんね……」

 か細い声で、そのまま涙を流し続けるリア。だが、すぐに彼女は目を強く拭い、顔を上げ、笑顔で宝達の方を向いた。

 その設計図を胸に当て、彼女は意を決したように言った。

「私、彼の船でこの村を出ようと思うの。彼の夢は私が叶える、一緒に叶える、そして……『海』へ行くわ!」

「へぇ……」

「おー、リアが人生に踏ん切りを付けたようだよ!? いいねいいね、人が夢や目標を持ってそれに向かって突き進もうとしているのは! 何かを始めるに遅いなんて事は絶対ないんだよ、うん! あの幽霊のお兄さんも、きっと成仏出来たよ、リアが無事で良かったときっと心から思っているよ、あの人は船もリアも心から愛しているんだね!」

「な、ナナコちゃん……そ、そう面と向かって言わないでよ……」

 顔を真っ赤にするリアの元へ、キュピンとした瞳のナディムが寄り添う。

「か-がーふぁー」

「ふふ、勿論ナディムも連れていくわよ。私の頼れる護衛で、素敵な旅の同行者で、大切なお友達だもの」

「くっふふーお」

「さぁってーとタカラ君、ナナコちゃん。この件に少しでも首を突っ込んだんだから、ちょっと支度を手伝ってくれないかしら?」

「良いよ良いよ、合点承知ぃ!」

「かーふぁー」

「それはそうとリアさん店はどうするんですか」

「土地ごと売って旅費の足しにするわ」

「思い切りますね……流石、店を開いていただけのことはあります」

「当然! 女はこれくらい、ど派手にかますわよ」

 そう叫び、白い布を3人で一気に船から翻した。その立派な全貌が明らかになる。未完成と言っていたが、全くそれを感じさせないほどの美しい船だった。

 心も身体も、言葉にも想いにも、彼女には未練や後悔はなかった。

 ただそこには、確かで確固たる信念が、その瞳に映っていた。

「出発は、明朝……広がるライトブルーの元!」



 朝陽が昇った。

 柔らかで優しい光だった。

 まるで、これからの旅を祝福してくれているかのように。

「彼が旅立つのは、夢が叶うのは、今この日です。頑張ってくださいね、リアさん」

「えぇ。本当に、感謝してもしきれないわ」

「大丈夫! ナナコが教えた旅の心得20をフルに活用すればとっても楽しい旅になるよ! なっちゃんという素晴らしき騎士がいるからね! 頼んだよ、なっちゃん!」

「るっふ!」

「それでは、良い旅を。また会えることを楽しみにしています」

「タカラ君達もね。きっと、また会えるわ」

 彼の小舟が。

 河の上を、動き始める。

 少しだけ風を感じて、朝の冷たい空気の中、ゆっくりと河を泳ぎ始める。

 ライド、貴方と、貴方の船と共に、この村から広い世界に出るわ。

 貴方の夢は、私の夢は、叶ったと、そう思うの。

 さぁ、今君と、この世界を泳ごう。

「タカラ君、ナナコちゃ……え……あれ?」

 後ろを振り向くと、どんどん離れていく岸辺に、宝と魚々子の姿が見えない。

 不意に、彼女は上を見た――虚空を、2人の姿が舞っていた。宝が魚々子を抱き抱えた状態で、針路はこちらだった。そしてそのまま、彼らはその船へと華麗に着地する。魚々子を腕から降ろし、何事もなかったかのように、宝は颯爽と口を切った。

「リアさん、正直な所僕はもう砂漠を歩くのはごめんなので、砂漠が終わるまでこの川沿いを乗せていってください。この船を動かした貸しって事で」

「あぁー! やっっっぱりタカラも、流石にこの暑さには完敗なんだね! KOだね!」

「ふぁーふぁっく」

「は……」

 目をパチクリとさせるリア。そんな彼女へ心配そうに頭をすり寄せるナディム。少しの時間が経ったあと、彼女は笑って、ほんとうの笑顔で、いつものように威勢良く叫んだ。

「……OK面舵いっぱい! ごゆるりとこの小舟に身を任せるがいいわ! この場所は終わりなきパラダイス、今日も広がるライトブルーの下、私は行く、『海』へ!」








 人生山あり谷ありだ 

 私はどこかへ行くだろう

 きっとお前は変わってしまうだろう

 

 だが私たちは旅立てる

 さよなら、

 私の大好きな……リア


 それじゃあね



 ある晴れた夏の日

 彼と彼女の旅が、始まりました――


 ――Bon Voyage!



 おはこんばんちは。

 久方ぶりの投稿です。

 この曲はやはり南国をイメージさせる、明るい歌で、でも悲しい詩で。

 ガネクロはこのようなケースが多い気がします。

 爽やかで珍しいアップテンポな曲、けれどもとても深い想いが込められていて。

 

 私は、この曲にとても神秘的な何かを感じます。


 今回もお付き合いありがとうございました。

 それでは。



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