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003 世界はまわると言うけれど


 永い夜が、朝が、昼が……すべて、のらりくらり流れゆくよ。

 日々をつないでゆくにも、

 そうだね、

 意志というモノが、必要なのかね……?



 昔々、それはそれは美しい魔女様がおりました。

 血も凍るほどの美しさ。

 背筋が痺れるほどの美しさ。

 透き通った真っ白な美しさ。

 魔法のような美しさ。

 世界は彼女を崇拝し、

 世界は彼女を称賛し、

 世界は彼女に感嘆し、

 世界は彼女へ深謝し、

 世界は彼女を拒絶しました。

 世界の空間の隙間へ、彼女を閉じ込めてしまいました。

 世界は今でも――彼女を愛しています。

 めでたし、めでたし。



「世界はまわると言うがね」

 凛とした、若い女性の声がした。

 だがえらくゆっくりとした老婆のような嗄れた口調。

(うぬ)、世界がまわるとは、どう言う事か、簡潔に述べてみよ。とっとと述べよ」

 そこは、何もない空間だった。

 何もない、という言葉には少々矛盾点が生じるかもしれないが、ただ、真っ白な世界だけが果てしなく広がっており、時間さえも、共に物体界を構成している基礎概念がない、そんな空間だった。

 チリン。

 鈴の音がした方へ目を向けると、そこには声色通りの若い女性がいた。

 その、真っ白な空間と一体化しているかのように、真っ白な髪、真っ白な肌、悪戯好きな子供のようにも博識な大人のようにも見えるその整った顔つき、粗末な、浮浪者のような背格好で、そこで胡座を講き、瞳を閉じて座っている。

 そして、その細い肩の上には、まるで真っ白な紙にインクを落としたような、首輪に鈴を付けた小さな小さな真っ黒い子猫が、その金色の瞳でこちらを見据えていた。

「…………」

 と――その少年は頭を掻きながらただただ黙っている。

 後ろに少し伸ばした金色の髪には一筋の三つ編み黒メッシュ、黒のチョーカー、耳や手首や腕などに飾られている銀色のアクセサリー、実際のパンクファッションより少し抑えめなパンクロックファッションに身を包んだ、可愛らしい顔つきの紅い眼(ラビット・アイ)の17歳位の少年。

「あ、あー、えっとすね……」

 焦りも抑揚も何もない声で、すぐ目の前に映るその女性へ適当に第一声の相鎚を打とうとした時、突然、その瞳には彼女の肩に鎮座していた黒子猫が飛躍したのが見えた。

「ごにゃー!」

「てぎゃああ?!」

「あー、あっはっは」

 黒子猫が伸ばした爪はその少年の右手の甲を掠め、少年は驚いて後ろへ引っ繰り返り、女性はあらまぁという表情を作るだけで微動だにしなかった、笑っていなかった。

「っつってえー……」

 かなりの鋭さか、掠めただけでもその傷口からは血が溢れ出てきた。指輪を伝い、その白の地へと落ちる。

 ポタッ。

 真っ白に、赤。

 全身に衝動が走る。

 変な汗が出てくる。

 震えが少しずつ出てくる。

 心臓が早くなる。

 ただただその流れる血だけを見つめる少年を見て、黒子猫が肩に戻ったのを確認すると、女性は口を切った。

「えーっと、大丈夫かね?」

 言葉では心配の様子が窺えるが、少し笑みのある表情からはその真意は窺えない。そして、

「ダメじゃないか、キキ。この少年は吸血鬼であって、この少年は、自身の血を見たり、舐めたり、触れたりするのを、特に、好まない臆病な子だ。知らなかったと思うけれど、知らないで何かをやらかすということが、どれ程の罪か、考えたことはあるかね? 少なくとも、身共(われ)は考えたことはあるし、知ってもいるよ。世界最高の魔法使い、絶遠の白、クルシマ・シルクは、何でも知っているし、何でも出来るからねぇ。まぁ、そんなことより、何故だか解らんね。身共は、汝の名前を知らない。汝、良かったら、教えてくれないかね? それにしても、済まなかったね。キキはまだ、0歳の猫だから、子供なんだ。成長が早いらしくてね、嬰児位になるともう、20歳同然になるらしいよ」

 平坦で長々と、本当にゆったりとした口調で少々眠気が込み上げてきた少年は、

「あー、オレは、カナカ、っす……」

 気のない返事を静かに返した。見た目と喋り方が全くとまではいかないが噛み合わない女性がいることで少し緊張と違和感を持つ彼――カナカは、女性――シルクへと視線を向け、そこで違和感に気づき、叫んだ。

「……ちょっと待ってくださいよ、なんで知ってるんすか!? なんで吸血鬼って知ってるんすか!?」

「あぁ、それは、身共が、クルシマ・シルクだからだよ」

 意味の分からない即答に、カナカは益々先程にはなかった焦りの色を隠せない。

 なんなんだ、この女。

 なんで知っているんだ。

 なんで平気なんだ。

 なんで逃げないんだ。

 なんで出会ったんだ。

 なんでオレは、こんな所に迷い込んだんだ……。

「そしてそれはね、汝が、カナカだからだよ」

「!」

 その心を読んだかのように。

 そういう風だというように。

 それを知っているかのように、シルクは答えた。

「誠実でなくとも、どうしてなかなか、若者にはついていけないよ。

 汝がどうして、此処へ迷い込む(・・・・・・・)ことができたか(・・・・・・・)

 それは、汝がカナカだから、

 汝が、身共を狭間(ここ)から助け出してくれる、王子様の役割を、神から、享受したからだよ。

 まあ、案外、狐に神隠しにあったからかもしれないけれど。

 うん、王子様、良い響きだと、思わないかね?

 この歳になって、そんなお伽噺のような単語を発するとは、

 ねぇ、王子様……ん、そうじゃないのかね?」

 それが当たり前だというように。

 きょとんとした顔つきになったシルクを、ただただ見ているだけのカナカ。

「いいよいいよ、教えてあげよう。知らないようなら、根刮ぎ教えてあげよう。

 汝は、身共のために、

 此処に迷い、

 此処に現れ、

 此処で身共と出逢ったのだ。

 汝は、

 身共をこの牢獄から助け出し、

 身共をこの牢獄に、

 身共を閉じ込めた悪者達を倒し、

 身共の願いを叶え、

 世界を救う、

 身共を救う、

 それが、汝の存在理由であり、存在価値であり、存在根拠だよ」

 存在、理由……?

 なんだそれ。

 考えたこともない。

 だって、つい最近、オレ、“         (ウマレテコナケレバ)      (ヨカッタノニ)”って言われたばっかりだったのに。

 逃げてきたのに。

 逃げてきた奴に、何か、しなくてはならないことなんかあったのか?

 というか、世界を救う……?

 世界って、空間(ここ)……いや、オレが元いた、世界?

「そう、

 身共がいた、

 身共が生まれた、

 身共がこれから死ぬ、

 汝がいた、汝が生まれた、

 汝がこれから死ぬ、

 あの広大で窮屈な、

 あの脆く堅い、

 あの醜くも美しい世界のことだよ。

 身共はあの世界が大好きなんだ。

 大嫌いで大好き、

 どちらかと言えば大好きなんだ。

 汝、やることがないのなら世界でも救ってみないかね?」

 にっこりと笑顔で言うシルク。柔らかく、朗らかで、聡明で、温かなその笑みに、カナカは胸が高鳴った。

「いっやぁー……そんなこと、い、イキナリ言われてもっすねぇー……」

 それを誤魔化すかのように、しどろもどろになり答える。

 神秘的なその姿をした女性。粗末で不格好で醜いはずなのに、とても純粋で、真っ白な、とてもそれは美しいモノに思えた。

「全ては、身共が保証しよう。身共を信じてくれたまえ。汝も、身共を大いに信じたまえ。身共も、汝を大いに信じよう。約束する。命をも賭して、誓おう」

 何かを信じようとして、傷ついて泣いていた日もあった気がする。

「世界はまわると言うけれど、何も、身共の中でめぐるものなど、ないから、ただそっと、格子(まど)の外ながめ、季節が、移ろうのを、見ていましょう」

 優しい気持ち、冷たい心、人は同時に宿すこともできる。

 それでも、気付き始めた頃には既に、もう何かが壊れていたみたいで。

「世界はまわると言うけれど、つながるすべもなく、取り残されたようで、ひとつひとつ、消えゆく街の灯りを、意味もなく数えて、過ごします」

 ずっと同じとこで動かずいれたなら、地球がまわっていくのをいつまでも、眺めていたいのに……けれど。

「世界はまわると言うけれど、頭上の空だけがめぐるだけっす。何処へもゆかないでいる日でも、この地球(ほし)速度(はやさ)でただまわるなんて……嫌っす」

 裏切らぬものはない。

 求めるのならば、ただみているのがいい……でも、オレも、何かやって良いんすか?

「勿の論さ」

 またも、シルクの発言だった。

「唐突すぎるし、意味がわからないと、思うけれど、身共は、汝を待っていたんだ。

 あー、良かった良かった。

 退屈はしていなかったけれど、とても、有意義な暇潰しができそうだ、そう、思わないかね? カナカ。身共の名は、クルシマ・シルク。世界最高の魔法使い、絶遠の白、まあ、どこにでも居そうで居ないような、ただの魔法使いさ。そしてこちらの、肩の上にいるのは、キキ。身供の使い魔であり、幼馴染であり、どこにでも居そうで居ないような、ただの子猫さ」

「ほんと、突然すぎるし意味もわかんねぇっす。けれどもオレは、あんたに出逢ってしまった。

 あー、参った参った。

 別にやることもなかったし、とりあえず世界でも救わせてもらおうかなって思うっすよ、シルク姐さん。オレの名は、カナカ。吸血鬼っす。……って、アレ? 何か雰囲気でズバズバ言っちゃったんすけど、その、目的とか……」

「ジュエル様に会いたいね」

「ジュエル……?」

「身共の師さ。元世界最高の魔法使いだよ」

「へ、へぇー……」

「あと、初代にも会いたいね、王様(キング)をやって、いるはずなんだ」

「王様……っすか」

「それとそうだね、汝も、知っているだろう、汝の里親の、戌亥(いぬい)とか」

「……っ! ……イヌイ……!」

「汝はこの男を捜しているのだろう? 丁度良いじゃあないか、共に捜しにいこう、身共の人捜しは百発百中だよ」

「戌亥に……会えるんっすね……?」

「言ったであろう、全て、保証すると」

 長い沈黙の後、何故だかとても信頼と自信に満ちたような、その若く美しいシルクの言葉に胸を打たれたのか。

「……っす」

 カナカは顔を上げて言った。

「いくっす! だから……この空間から出してやる! 助けてやる! シルクの願い、全部叶えてやるっす!」

「良く言った。それじゃあ、契約成立ということだがね」

 と。

 その、真っ白な空間に、突如真っ黒な、漆黒の影が、渦巻いた。

「!」

 カナカは吃驚でバランスを崩し、それが先程自身が落とした紅い紅い忌まわしき血が権化であるということに気が付く。

 赤と黒の影達が吹き荒れる中、その真っ白な空間は完璧な闇に包まれ、ただ光って見えるのは、自身と、口元を綻ばせているシルクと、ギラギラと金色の目を光らせるキキという黒子猫のみであった。

 何が起きたか理解する前に、なにやらシルクが、胡座を講いたままよく解らない意味深で不思議な言葉、呪文を相変わらずゆっくりと唱えているのが目に見え、身体のあちらこちらに影が巻き付いていくのが解る。

「――     (ロクヴィア)    (ルブダス)        (キュウコオティス)

 周りを見渡すと、真っ黒い巨大な魔方陣が引かれているのが解る。

       (サンプラユタス)     (ゴラクサス)       (キュウアユタス)      (ロクサハスラ)     (サンシァタ)     (ゴダシァン)  (ナナ)……」

 そして、理解する。

 これが、世界最高の魔法使い、絶遠の白、クルシマ・シルクを助ける契約(ほうほう)――。

 これが、シルクのしたことならば。

 カナカは黙って身を委ねた。

 カナカは黙って、彼女を信じた。

 自分を必要としてくれた、自分の願いも叶えてくれる、自分を信じてくれた、彼女のことを。

「さて、と……」

 スッ――と、彼女は立った。

 あっけらかんと。

 やはり、とても小さな存在で、少女位の背丈だった。

 本当は、こんな大人びた顔をしておいて、少女なのかもしれない。

「あんたさぁ、一体全体いくつなワケ?」

「ん、……そうだね、23、かな」

「割りとフツーだな」

「下2桁がだが、ね」

「…………」

「信じるか信じないかは、君次第さ、あっはっは」

 そして、苦笑しながら唖然としているカナカの目の前までスタスタ歩いてきたかと思うと、彼を見上げ、指で手招きをした。カナカがそれに合わせて顔を下げると、

「……汝、背が高すぎだ」

「――!」

 少々不服そうにそう呟いたシルクは爪先立ちをし、両手でカナカの頬を包み、その小さな唇を、彼の唇へと重ねた。

 とてもとても、深く、気持ちの良いものだった。

 シルクの瞳はトロン、とゆっくり開き、その闇と同じ色の瞳が見えた。両手の体温が上昇していくのが分かり、カナカの心臓は速くなり、そして、彼の口からは一筋の赤い血が伝る。

「……っ…ん…」

 その永遠のような一瞬のような時間は終わり、シルクは両手を放して頬が真っ赤なカナカを見上げた後後ろを振り返り、言った。 

「キキ。これより、彼我は旅に出る。汝も、来るかね?」

「うな~う」

「そうかね」

 その、黒子猫の短い返事を聴き、シルクは柔らかく微笑んだ。

「それじゃあ、クルシマ・シルクと、カナカと、キキを、頼んだよ」

 近寄ってきた黒子猫を両手で掬い上げ、チリン、とその首の鈴が鳴ったのを聴くと、改めて、カナカとシルクは目を合わせた。

 そして次の瞬間、光はなくなり、色もなくなり、そして、その空間は、闇に包まれ、消えた。



 かくして、その空間(せかい)から、彼と、彼女と、1匹は、消えた。

 黒子猫は、魔法使いの幸せを願い、鬼を待っていた。

 鬼は、魔法使いに、恋をした。


 逢いたい人に、逢いにいくために。


 魔法使いは、世界に憧れ、愛すべき鬼と共に、旅に出た。

 大切なモノと、引き換えに。


 その旅の終わりは、そう、遠くはない……――。




 はい、この曲は、コナンのEDに使われていましたね!

 神秘的で、静かな夜に聴くような、幻想的な1曲。

 切ないはずなのに、この込み上げて来る力強さは何なのだろうか、いつも考えさせられます。

 ゴッドハーンドッの編曲サイコーですっ。



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