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021 A crown

 

 先へと進むだけの旅は

 思い出ばかりがふえていく


 ココにある幸せをすぐに忘れて、

 当たり前を、

 増やさないで


 ねえ、君は覚えてる?

 最初に見たもの、

 最初に聞いたもの、

 最初に触れたもの、

 何もかも、何もかも、何一つ、思い出すことは出来る?






“それがさ、初代が死んだことによってこの世界は滅ぶはずだったんだけれど全然滅ばないからなんでだろうねって話になってさ、あ、実はこの世界は初代が支えていたんだけれどね、それで、もうすでにこの世界を支えている者が存在しているんじゃないかって話になって、普通有り得ないことなんだけれどね、まあそれが君らしいよ、王様。次期っつうか現世界の支配者”


 現実味が、無い。


 そういえば、と。

 忘れていたくらいに。


 何か起こりそうな気がした。

 何も起こらない気がした。

 湖の下へと沈んだあの王国。

 水面下の王国と同じ運命を辿ってしまったあの街。

 神からの、罰?

 神からの、恩恵?

 今日を生かされていることを、我々は忘れてはならない。

 けれど。

 虹のように、泡のように、消えゆく日々には。

 記憶(そこ)には――彼女しか映らない。

 立ち止まって少し思い出そうとすれば、だんだん思え返されるのだ。

 立ち止まってみなければ、わからないこともあると言うことだろうか。

 全くの的外れだ。

 何故そんな無駄なことをしたがるのだろう。

 何故そんな無駄なことを私はしたのだろう。

 気付いているのに。

 気付いているのに、だ。


 いつまで私は、知らない振りをしていればいいのだろう。


 現世界の支配者とは、いったい。

 自覚も無く、沸き上がる感情も、証もないのではないかと。

 宛先のない旅の中。

 私はこれから、どうすればいいのかと。


 彼――王様は、リビングのソファに鎮座して、無意識の思考をしていた。

 太陽が一番高く昇る、昼間。

 キッチンより、芳しい香り。アマハが昼食を作っている。(マオ)は屋根の上でひなたぼっこをしているだろう。そして、宝石師の彼女はというと。

「あー」

 タイミングよく、リビングへ入ってきた。

 大きなワインレッドの瞳、黒いヘッドドレスが装飾されたストレートブラウンヘアーを黒いリボンでツインテールに纏め、チュールレースの施された黒いアンダードレスの上にレースをふんだんに使ったスカート、黒のブラウスで身を包み、首元にさげるは十字架のペンダント、足下から覗くは黒いソックス、黒いストラップシューズ。

「…………」

 凛とした雰囲気で、一見ビスク・ドールのような崇高な彼女は、

「やっぱ黒は合わねーなー」

 彼を一目見ると颯爽と口を切った。

「王様。見て見てー、今の儂、超黒いんだけど」

「なんだ。突然どうした、宝石師」

「ん? だってー、前の服ボロッボロのギッタギッタにされたろ? 畜生、あの人魚野郎め。ちょっとイメチェン的ノリで、黒で揃えてみたんだけど。黒とか超久しぶりなんだけど」

 相も変わらず、可憐な外見と不釣合いの、悪い口である。

「アマハ、見てやれ」

「ふわ~い」

 シスター服の上に白いエプロンをつけたシスターが、パタパタと、らんらんらんと軽やかに走ってくる。

 何故だろう、殴りたい。

「あ~、リノちゃん、ヘッドドレスのリボンが曲がっていますわ」

「ん」

 アマハが器用に、アンジェリークの首元のリボンを直すと、

「ふわぁ~、リノちゃん可愛いですわ~」

「触れるな」

「きゃん!?」

 髪で攻撃されて困り顔で笑っているシスターがいた。

 ただのシスターアマハだった。

 猫のようにじゃれつく彼女は、昔から行動パターンが単純で分かりやすいものだったが、たまに、どこかに消えるのだ。かと思えばいつの間にか帰ってきているし、けれど彼女の部屋はいつも無音で。

 シスターであり、魔法使い“鮮明の蝶ムーンストーンバタフライ”という存在であり、私の父の友人であり、私と旅をしている彼女は。

 1人の時、何をしているんだろう。

 思うだけで、まったく興味はないが。

「ごはんかにゃ? とうとう、にゃあの時代が来てしまったのかにゃ?」

「あら猫ちゃん、丁度呼びに行くところでした~」

「そうかにゃあ。美味いもんがあればにゃあは火のにゃか水のにゃかってやつにゃあ」

 芳しい香りを嗅ぎ付けてなのか、そろそろと猫がリビングにやってきた。空腹で力が出ないのか、きゅうっとソファに倒れ込みゴロゴロし始める。

「宝石のおねーちゃん、服が違うにゃ、あだるてーだにゃあっ」

「ありがとよ。猫君も、たまにはこういう服を着てみないかい?」

「服はやにゃ!」

「そーかいな」

 猫は服を着るという行為が大嫌いで、水浴びよりも大嫌いで、当初に初代がキツく言ったお陰もあり今の格好でようやく落ち着いたけれど、それでも野性的な感じで、街で暮らしていた、城を往き来していた猫とは到底思えないけれど。

「ようよう、王様」

 またさらに、人形の容姿に磨きがかかったような、アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカー。

 底のない靴に変わった筈なのに。

「昼食後は、作戦会議、やってね」

 どうして、見下ろされるのだろうか。

「ぐぬぬ、じゃっねーよ」

「な、何も言ってはいないっ」

「みなさ~ん、ご飯ですよ~う」

 昼食が始まろうとしていた。

 アンジェリークは欠伸をした。

 彼女は勿論、昼食は摂らず、ただそこで、ほくそ笑んで横槍をしていただけであった。

 そして昼食後、

「次のルートを決めないとな。ほら、あの憎きアイツを追い立てる手立てをさ。あ、違うか、旅のルートだったわ」

 突如淡々と喋り始め、

「ん、思い出したらむしゃくしゃしてきた。よし、儂はこのむしゃくしゃする気持ちを何かにぶつける為、宝石でも削ったり磨いたりしてくる」

 スタスタと階段を上がり始め、

「誰も訪ねてくるなよう」

 宝石師は不敵に笑い、2階へ上がって行ってしまった。

「会議を企てたの宝石師ではないか!」

「まあまあ王様、食後のお茶などいかがです?」

「にゃあは猫舌にゃ」

 手際よくティーカップを並べていくアマハ。

「猫ちゃんのは冷ましてありますわよ~。王様はこれからをどうお考えで?」

「明日、発つとして……」

「お空に行くにゃ?」

「? 空?」

「にゃあの生まれ故郷にゃ?」

 そこで彼はハッとする。

 しまった、色んな事がありすぎたせいか、少々目的が薄れていたらしい、そういえば我々は、空に行くという目的があった。

 前途遼遠とも言えない、辿り着く目的がない旅。

 ともあれ気球で、確かに猫の生まれ故郷の方向へ進んでいたが、辿り着いたらどうするのだろう。

 どこに行くのかわからないのに。

 タネ明かしを、するのか。

 そして、窓の外の空を仰いだ。

 何もない、空。


 初代は、空にも、どこにも、もう、いないことを――――


「おっそら、おっそら、にゃんにゃんにゃん」

 ウキウキとした瞳で見つめてくる猫から視線を心痛めながらも逸らし、アマハへ視線を送る。

 話題を変えろ、と。

「…………」

 王様からの緊急命令、困ったような笑顔で、辺りを見渡した彼女は、

「い、良いお天気ですね~……。…………。あっ」 

 窓の外へ視線を移したところで、何かを見つけたらしい。

「王様~」

「なんだ」

「誰かさんがいますよ~? 湖の、岸辺、あちらの」

「な、まさか、この家の、この街の者か?!」

 彼女が指差す方向を注視すると、少し遠くの岸辺に、確かに人影が、2つあった。

「もしかしたら~、生き残りとかで、何か事情を知っておられるかもしれませんよ? お喋りに行ってみましょう~?」

 彼女は話を逸らすつもりで言ったのかもしれないが、

「行くぞ、アマハ、猫!」

 彼もそのつもりだったのかもしれないが、核心では、確認をしたかった。

 この街が沈んだことについて、何か知っているかと。

 あの国が滅んだことについて、何か関係があるかもしれないと。

 この街が沈んだことについて、何か見てはいないかと。

 あの国が滅んだことについて、何か関係があるかもしれないと。

 エントランスへ駆けだした。外へ出て、浜辺を走った。

 そういえば、あの時も。

 あの時も、アマハがあの人魚の彼女を見つけたのだったなあ、と、彼の脳裏を一瞬過った。

 だんだんと近づく2つの人影。

 その内の1つは、女性だった。小柄で、バイオレットの大きな瞳、グリーンイエローの長髪を頭の高い位置から編み込み、足や肩を露出した動きやすそうな格好に、その、まるで研究者のような大きめのサイズの白衣を着た、何かを企んでいるような横顔で、不敵に微笑んでいる彼女。

 そして、もう1つの影は……

「でかっ!? にゃ、にゃんちゅうでかさにゃ!?」

 猫はそのままその場でひっくり返った。

「まあほんと。あの図体って意外と多いんですのね~」

 しかしアマハはいつもと変わらない様子だった。

 そう、その男性は、2メートルは優に超えている巨体の、けれども全体的に細身の、彼女の瞳と同じバイオレットカラーのハネっ毛に深々と黒い帽子を被っているので瞳は見えず、全身を纏うはこれまたビッグサイズの真っ黒い厚着で、口元から察するに無表情に、ただただそこにいるだけの、若い青年という印象を受けた。

 小柄と大柄、白と黒、まるで、光と闇のような2人組だった。

「…………」

 少し離れた場所で近づくのをやめ、立ち止まった彼等をその目を細めて見つめてくる女性。

 その瞳に、王様は、見覚えがある気がした。

「お宅ら、今、あの家に住んでいる人ぉ?」

 王様達の息が整ったのを狙ってか、女性の方が素早く問いだしてきた。

 余裕ある、ゆったりとした高い声調。

 ……今?

「ああ、如何にも」

「そうなのう。じゃあちょっとリスキーと、お話ししてくれないかしらあ。ねえねえ、木。拾ってきて」

 最後の一文は、後ろの彼に言ったようだ。無言で彼は首を縦に振ると、早急に行動を始めた。浜辺に打ち上げられている木を、拾い始めた。そんな彼を尻目に、女性は一歩前に出た。

「私はリスキーなのね。本名は内緒、よろしく。で、彼は彼よ。ただの彼。リスキーについてきちゃった人」

 自己紹介をする彼女、リスキーと名乗る女性。ついでにという風に、彼女は彼の方へ視線をやる。すると帽子の彼は軽く一礼し、それが終わると、また木を拾い始める。

「でもとんでもなく使えるからリスキーは彼を同行者として認めたわ、うふふ。そうね、リスキーは一応研究者だから、まあ助手的あれね」

「……彼には、名前がないのか?」

「そうよん」

 彼女は即答した、軽快に。

「特に不便じゃないから私は気にしてないのね。名無しでも、名前がなくても生きていけるものなのね、体感したわあ。彼もまったく、気にしていないみたい」

 彼女の淡い垂れ目が、湖を見渡すと、こちらを見据えた。

「お宅ら、あそこの家の人じゃないでしょう?」

「何故そう思う」

 彼女は不敵に、うふふと笑った。研究者と言うが、あまり研究者の言動には思えない。

「こんな所でシェアハウスしている方がおかしいもの。だって家族には見えないんだもの」

 核心をついてくるところ、

 不敵に笑うところ、

「リスキーはこの辺に街があると思って来たんだけれど、お門違いだったかしら?」

 解っている癖に解っていない振りをしているようなところ、

「いや」

 ああ、見覚えがあるのは、似ているからだ。

「街は、あった(・・・)

 まったくもって、あの宝石師にそっくりだなあと王様は思った。

 少々を隠蔽しても事実を伝えられるよう、彼らはこの湖に来てからの経緯を話した。雲が太陽を隠し、辺りは暗くなっていく。リスキーは訊いている最中は小さく相槌を入れ、思考のためにたまに視線が泳いだが、すべて訊き終わるとすぐに感想を述べ始めた。

「――凄いわねえ、街って、無くなるものだったのねえ。ねえちょっと、街がなくなるところ、見たことある?」

 彼女は彼に聞いたようだ。彼は、こくんと頷いた。薪は拾い終えたようで、リスキーの真隣に綺麗にくべられていた。彼はその後ろにただ立っている。

「あらそ。私はないわあ。まあ最も、リスキー自身が見ないで他人が見たといったものを相も変わらず、すぐ信じちゃうリスキーもリスキーよねえ。あ、そうそう今頃だけど、お宅らの名前、あるでしょう? 教えて頂けないかしらあ」

「きゃあ本当、自己紹介して頂いて自己紹介しないとはなんて失礼を働きました~……私めは、シスター・アマハと申す者にございますわ。あちらで寝転んでいるのが、猫ちゃんですわ」

「あら、綺麗な空色の猫さんねえ。へえ、あんな猫さんもいるのねえ、触りたいわあ」

 リスキーは猫を一瞥して感嘆していた。そしてこちらに視線を向けた。王様に、視線を向けた。

 やれやれ、仕方がない。

 さあ、いつものように偽名を使って……

「貴方、王様ねえ」

 ……え?

「なんでわかったって? まあ、当てずっぽうだったんだけれど、当たりみたいねえ。だって証が、あるじゃない」

 証?

「その、小さな王冠」

 リスキーは指差した、王様の頭上を。全員の視線がそちらへ行く。

「これが、証?」

「そうよん」

 彼女はニコリと笑った。

「知らないの?」

 証。

 王様である証。

 冠。

 小さな冠。

 初代が、前の城にいる時から頭上にあった、金色の冠。

 初代が、あの日、洪水の日に、遊びだといって、私の頭に乗せた、王の証という、初代の、父親の大切にしていた、父親の、形見。

「そういえば、なんでお宅らは旅をしているのかしらあ。王様辞めて旅芸人ってわけでもなんでもないみたいな感じねえ。まあ最も、その王冠がある時点で王様は辞めてないと思うけれど」

 確かに、王は、やめていない。

 けれど。

「私の国は、滅んだ」

「へええ」

 彼女は、研究者の彼女は、まるで出会いたかった実験対象に出会ったかのように、今までとは違う反応をした。

「なにそれなにそれ、詳しく詳しく」

「あ、では、立ち話も何ですから、どうでしょう、ログハウスへ向かいませんか~? お茶を、お淹れ致しますわ」

「そうね、歩いて疲れたし、じゃあお邪魔するわあ」

「では行きましょ~」

「あ、でもちょっと待っててねん。よし、ええーい」

 互いに話が成立した後、あのログハウスへ向かうという瞬間。

 バラバラと、ばらばらと。

 突然。

 リスキーは、彼が積み上げたたくさんの木々を、右足で思いっきり蹴り飛ばした。

「ありがとねん」

 リスキーは彼にお礼を言ったようだ。

 彼も頷いた。

 王様達は、彼女の意図が分からず、首を傾けた。


 ・


 ・


 ・


「お、何だよー客かよーって、でかっ」

 ログハウスへ彼等を招くと、帰りを出迎えた宝石師は案の常の反応をした。まじまじと彼を見つめるアンジェリーク。彼は特に微動だにせず、そのかわりにリスキーが動いた。

「はあい、私リスキー。研究者よ、よろしくねえ」

「へーい、儂の名はアンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカー。宝石師だぜ。よろしこー」

 暖炉前、一瞬で打ち解けた彼女たちは、揃って王様を見る。

「な、なんだ」

 というか、見下ろす。

「や、べっつにー」

 宝石師はそのまま、奥の方へ悠然と歩いて行った。リスキーはまだ、彼のことを見つめていた。

「王様って……」

 不意に言う。

「本物はあんまり年相応じゃないのねえ」

 それはそれは、危険な瞳で。

「子供みたい」

 王様の瞳が、揺らいだ。

「お茶がはいりましたよ~」

 2人して、アマハの方へ身体を向けた。

「ふふ……失礼致しましたあ」

 不敵に笑いながら、リスキーは彼女らの方へ歩いて行った。帽子の彼も付いて行った。

「………………」

 私は。

 私は、軽んじられているのだろうか。

 弱く、小さく、子供のような、私は。

 すぐに命を狙われて、

 周りに助けて貰ってばかりで、

 自ら決断すら出来ない。

 初代のように、

 初代のような王様に、なれないのなら、

 私は、この王冠を持っていてはいけないのだろうか――……?

「王様にゃん」

「わ、ま、猫か……」

 猫が。

 気づいたら私の傍にいて、肩に首を乗せていて、微睡んだ顔で。

 右腕に、猫のしっぽが巻き付く感触がした。

「うぉぅ?!」

 声が裏返ってしまった。だから、くすぐったいのは苦手なのだ。

「にゃあー、王様ー王様ー。猫が尻尾を巻き付かせる相手ってのは親愛の情がある奴だけにゃあ」

「前、あの王国で聞いた」

 どうしたのだろうか、遊び疲れたのだろうか。

「王様にゃんだか怒ってらっしゃるにゃ?」

「私なら、いつもお前達を叱っているだろう」

「いつもと違う怒りにゃんね」

「いつもと?」

「いつもとにゃ。あ、王様、王冠が曲がっているにゃ」

「ん、ああ」

 猫が王様の髪に触れた。王様の瞳が、揺らいだ。

「ふにゃあ、王様は可愛いにゃあ」

「何を言っているんだ」

「にゃ? にゃ? 王様が元気ない時は、抱きしめてすりすりしてペロペロすると良いって前の王様言ってたにゃ!」

「何を言っているんだ……」

「王妃様にもやってたにゃよ。王妃様、最初は、にゃー!って怒ってるけどさいしゅーてきには元王様の手の内だったにゃ」

「待て待て、おかしいおかしい」

「王様も元気になれにゃあ~」

「私は別段……落ち込んでなどいない。猫、お前こそ疲れているなら、外で日向にでも当たってこい。私たちはこれから、かなり難度な話し合いをするのだ」

 そう、これからする話し合いは、猫を遠ざけなければならない。

 彼女が、傷つかないためにも。

 その“ぬくもり”をずっと感じていたいがために。

 苦しい思いを、しないために。

「むずずなのかにゃ! じゃ、たしかに駄目だにゃあ……ひにゃたぼっこ……甘い誘惑にゃん。じゃあお言葉に甘えて……行ってくるかにゃん!」

「夜には帰ってくるのだぞ」

「あいあいにゃーん。にゃーんにゃーんにゃがにゃんにゃん!」

 しっぽを揺らし、るんたるんたと、猫はまた何かの歌を歌いながら、扉から出て行った。

 気まぐれで気分屋だけれど、物分かりが良くて素直な彼女。

 彼女の心の中の、ほんの少しでも、初代国王への想いの中の“ほとり”のようにでも良いから、覚えていて欲しい。

 私と同じ事を覚えていれば。

 私も同じ事を覚えていれば。

 いつか、帰る場所を探す時、(きみ)を思うだろう。

 だから。

 嘘が入り交じった、真実の旅へと、私は。


 あの日まで、自身が王子であった王国。

 あの日まで、初代国王がいた王国。

 あの日まで、平和で優しかった王国。

 あの日は、初代と、中庭でいつものようにお巫山戯になるお父上様と、歓談していて、遊び半分で、王冠を頭に乗せられて、そのまま、お母上様の元へ行かれた彼を見送って、そのあと。

 あの王国が滅亡する瞬間を、私は見ていたのだと思う。

 街が、城が、燃えていた。大きな波が、押し寄せてきた。

 お父上様、お母上様、猫は、どこへいったのだろう。

 

 気がついたら、猫と共に天守にいた。

 世界は、茜色だった。


「魔法使いには、それぞれに、それぞれの、魔法がある」

 唐突に、アンジェリークは言った。

「ちなみに鮮明の蝶であるこのシスターの魔法は、幻影」

「幻影?」

「そ、幻影。世界を騙せるほどの幻を創り出せる混沌の羽、鮮明の蝶。本当はこの世界は鮮明の蝶の夢幻じゃないかと思われるくらいの力。で、それで助けられたことも多かったはずだぜ、王様」

 ……。…………あの時か?

 カトレアの水の残弾が、襲いかかってきた時。

 確かに、何もなかった、が。

「大抵の人が出来ることは大抵出来んだよ。なんたって、世界を支えられるほどの力を持ってんだから」

「もう、リノちゃんったら~。大袈裟ですわよ~」

「五月蠅えどの口が言ってんだ」

「あうう!」

 腰を軽く蹴られたアマハ。お茶を持ったまま、広いソファに倒れ込んだ。だから、困ったように笑うな。不快だ、癪に障る。リスキーはそのノリを察したように、凄い人がご愁傷様ねえ、と言ってお茶を飲み干した。

「んー今の話、自分でしといてちょっと思った」

 アンジェリークは続ける。

「もしかしてっとー、初代は未来を知っていたのかもなあ」

「未来を?」

「どっかの誰かさんが言ってたけど、知っているのと知らないのではまったく違うらしいぜ。魔法使いにの中に、未来視が出来る奴がいたからなあ」

「その……初代の、空色の猫の魔法は、未来視など、なのか……?」

「いえ~、未来視が出来るのは、ただ1人。踊る未来、紫水の虎です~」

 アマハがむくりと顔を上げ発言する。そしてそのまま身体を起き上がらせた。

「あのお2人、そこに深紅の鴉を入れて3人。3人は、同じ画家であり、友人であり、お互いの世界にも良く往き来していましたから~」

「深紅の鴉?」

「ええ。絶縁の黒、深紅の鴉。金色の髪の、落ち着いた男の子ですわよ。紫水の虎の弟子でもありますわ」

「魔法使いって、一体全体、何人いるのよう」

 リスキーが質問する。

「12人。12世界、1つの世界に1人ずつ」

「12……」

 世界を支えられる、世界を支配できる、つまり、世界を滅亡さえさせることの出来る魔法使い。

 その内の1つが、私だと……?

 現実味が、まったく、無いというのに……。

「あら、王様。王冠が落ちかけていますわよ」

 両手を合わせて、私の頭の上を見ている。というか、見下げて言っている。

 ……猫は、しっかり直してくれなかったらしい、よくも、私の頭で楽しんだな。

「駄目ねえ王様、しっかりしておかないと、証である王冠は」

 リスキーが不敵に笑う。

 そのときである。

「……んー」

 宝石師が唸った。

「もしかしたらもしかしてなんだけど」

 こちらを真っ直ぐに見据えた。

「もしかして、あの王国の王の証であるそれ、それが、世界の支配者の証だったりしてな」

「え?」

「ちょっと見せてみ。いい? はい、パスパス」

「あ、ああ……」

 王様は頭からその王冠を外して、見つめた。

 これが……この世界を支配する者の証……?

 宝石師に渡すと、かなりまじまじと、しかし特に目の表情は変えずに、いつものニヤリ顔でそれを彼女は調べ始めた。

「あっれー、空色の猫にあげたんは確かピアスみたいな形だった気が済んだけどな」

 そして言う。

「いつの間に王冠に移ったんだか」

「ということは……!」

「そうだな」

 王冠から目を離し、顔を上げた。

「はい、君、支配者。謳う泡沫、空色の猫。この世界の、王様」

 随分あっけらかんと、その小さな王冠を渡してきた。

 それを、受け取った。

「なんだか凄い話になってきたわねえ。王様さん、やることが多そうで大変そうね。この世界を統べるのは、貴方なのだから。……大丈夫かしらあ?」

 こちらを見下ろして、彼女は言った。

 大丈夫かと。

 それはまるで、貴方のような人が支配者で大丈夫かしらという、懸念が見えたような気がした。

「で、王様さんは、何で旅しているのかしらあ?」

 そんな私の思考などお構いなしに、リスキーは話を進めた。

「王国が滅亡した理由を、調べるために」

 私は素直に、答えた。

「王国は、洪水に遭って滅亡したのよね」

「ああ」

「ある日突然、何事もなく」

「……ああ」

「やっぱりい」

 リスキーはそのままの表情で答えた。

「理由は分からないけれど、この街と同じ原因だと思うわ」

 その言葉を続けた。

「人魚がやったんじゃなあい」

 まったく研究者のような言動には思えない、研究者の彼女は、推測する。

「ほら、ここの街。海からも遠くて、けれども降水量は特に多くなく、近くに湖もなければ存在するのは小さな河だけ。あんなにたくさんのお水を持ってこられるなんて、魔法使いさんか、水を思うように操られる人じゃないのお」

「一応訊くがアマハ、いるか?」

「……水を()る事が出来る魔法使いは……天水の頂、柑橘の亀。ですが、あの方は決して自分の世界から出ません。そして、滅亡などのそんな境地をお考えになるような方ではありません」

「ああ、あのじいさんか。内外共々、儂より絶対年上な感じのあのじいさん」

 アンジェリークは背伸びをした。

「一応イレギュラーが1人いますけれど~……彼女もそういうことはしないと思います……」

「水を思うように操られる者」

 リスキーが口を開く。

「滅亡した国、滅亡した街、洪水という共通点と、その理由になり得る人魚という存在の明瞭さ、そして、突如現れた、幻の海」

 王様は、息を呑んだ。

「確率が、高いわよお」

 ――――私の国を滅ぼしたのは……人魚?

 なんの、ために?

 なんの、なんの、ために、私の、王国を――

“――は、この御仁は我々の仇と見受けられ、危険と判断されました”

“吾人は、人魚の生き残りであります。人魚は捕虜や奴隷として多く乱獲され、けれども吾人は、生き残った、生き残ってしまったのであります。

“あのお方が、王様がやったと申し上げていたであります。小さな王冠を有している、王様を”

 王様が、やった……?

 初代?

 初代が、何か、やったのか――?

「やたー、つまりアイツは、王様の敵かー」

 アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカー。

「じゃあ儂も遠慮なく、潰せるということだ。再戦再戦、ついでに初代の仇でも取ってやるか」

「……お前、意外と根に持ちやすいな」

「王様だって大事な物傷付けられちゃ黙ってらんねーだろ。あー疼く、左手よりも右手が疼く」

「なるほど、やっぱりね、凄い力を持つ者しか、滅ぼすなんて事出来ないものねえ」

 うんうんと、頷くリスキー。

「人魚は絶滅危惧種って言われてるくらい、もうほぼいないわよねえ」

「まあ本当はこの世界には極めて稀少なはずだぜ、人魚。異世界では乱獲とかあるしな、伝説にもなっている世界もあるし。そういや、あの人魚が逃げようとした時、あの歪みはきっと異世界からの横断だな。世界を超えてまで何しに来やがったんだ、あの野郎」

「何か理由があったりしてねえ。なるほどねえ、人魚ねえ」

「その」

 王様が、口を切った。

「人魚とか、魔法とか、知っていることがあれば……教えてくれないか、研究者よ。その、私はこれからどうすれば、どこに行けば、真実を、見つけられるかを……!」

「落ちつけ、王様」

 急く口調の、少し息を上げた彼を、宝石師は宥めた。

「何かがねーと落ち着かねーらしーけどな、無理に目的なんて作らなくて良いんだよ。何もかも無くなっったからって、すべてが終わるわけじゃねーんだよ」

「私は……」

「行き先、そうね……王様達は旅をしているのよねえ」

 リスキーは顔を上げた。

「だったら北方にある水の都に行けばいいかもしれないわよう」

「水の都?」

「水が綺麗だから、人魚と関係あるかもう、という単純な発想に至った故に思い付いたわあ」

 うふふ、と彼女は笑った。

「海が近くにあるっていう噂もデータもあるわよう。まあ、たかが噂やデータ、私は自分の目で見なければ信じないけれどねえ。でも、推測しちゃうのよねえ」

「あ、でも、私め、聞いたことがある気がします~」

「ちょっと寒いけれどねえ、綺麗な都だわよう。しかも面白い話があってねえ」

 彼女は、あの表情を浮かべた。

「その都を統べる女王様は、魔法が使えるらしいわよう。さっきの話を思い出したら、そういえば、こんな噂もあったなあっていうのは思い出したわ」

「魔法……? 魔法、とは……」

 王様はアマハを見た。アマハは、困ったように笑った。

「ん~、まあ、確かに、小さな魔法が存在する世界も無くはありません。でも、この世界には、魔法はなった気がしますよ~?」

「まあ不明瞭だからわからないけれどね、女王様がいることは確かだと思うわあ。一応データで見たことあるけれど、まあ、データ上だけれど。信じるか信じないかは、貴方次第」

 北にある、水の都。

 猫の故郷の、方向ではない。

 が。

「情報提供、誠に感謝するぞ、研究者」

「うふふ、恐れ多くも光栄ですって言っておけばいいのかしら」

 猫は、子どもだから、きっと、分からないだろう。

 猫はとにかく、私に付いてきてくれる、私を信じて、私と共に。

「貴方は、どうして旅をしている」

 お茶を片手に、最後にと、王様は聞いた。するとリスキーは、逡巡するような素振りを見せたが、すぐに不敵に笑って、言った。

「リスキーは研究者よ。世界に興味津々だからに決まっているじゃなあい。でもね、昔の私とは違うのよ」

 そうして立ち上がる。

「自分の目で、しっかり世界を見るようになった。昔の私はデータや他人の噂話、街談巷説だけを当てにしていた。実際はまったく違うのものなのに、自分で本物を見てようやく気づいたわ。自ら非日常へ行こうとしなければ、自分の足で歩かなければ、真実には辿り着けないとね」

 エントランスへと、歩き始めた。彼も、彼女のあとをついて行って、立ち止まった。

「嘘はいらない、嘘は、私が一蹴りしちゃうのだから」

 バイオレットの瞳が、揺れた。

「大丈夫だもの。そんな生き方でも、そんな旅でも、私のことは彼が守ってくれるもの。彼は、私の、騎士なんだもの。彼は嘘を、吐かないから」

  窓の外から西日が差した。

「王様、貴方も気をつけた方が良いわあ。野良猫は、この人と決めた人の元を、ずっと離れないから。けれども、ある日突然消えてしまうことも、あるのだから」

 リスキーは顔を見上げて、彼を見ながら、そう言った。

「どこへ、行く」

 王様の問いに、

「貴方の王国、滅んだという噂の王国。確かめに行こうと思って。リスキーは、自分で見たモノしか信じないから」

 静かに答えて、

「ごちそうさま、ありがとう、じゃあね」

 手を振って、彼等は、エントランスから外へと出て行った。

 いつのまに、こんなに時間が経ったのだろう。

 木枯らし舞う夕暮れ時。

 そういえば、王国が滅んだ時も、こんな景色を猫と見ていた。

 どうして、こんなに綺麗なのに。

 どうして、こんなに悲しいのか、分からなかった。






 翌日。

 気球は大空を飛んでいた。

 その空は、いつもより白くて、とても冷たい風が通り抜けた。

 王様は防寒具を着込んだ。魔法使いであるアマハや、人形であるアンジェリークも同様に。しかし猫は勿論嫌がった。王様は少し心配したが、平気そうだったので音を上げるまでそのままにしておいてあげることにした。

 街が見えた。

 遠目から、大きく立派な街であることが伺える。

 地面から、家から、広場から、街の壁から、何から何まで、真っ白な街。

 ただ、所狭しと多種多様な水路が街を巡っていた。その形は美しく、大きな水路も、川から流れる小さな水路も、すべての路は、中央に位置する純白の城に続いていた。

 研究者が言っていた、水の都。

 美しい、魔法にかけられたような、水の都。

 上空から見て、その街の入り口は1つしかないことが分かった。

 すぐに、その入り口から少し離れたところへ着陸し、気球はそのままにし、歩き出す。

 門があった。

 真っ白な、その白銀の世界に覆われ、そこにあると分からないほどに真っ白な、近づけばそれがとても高く立派なものだと圧巻するほどの、クラシカルな門。

 門番が、いた。

 同じ顔をしていた。

 片方は眩しい笑顔で、片方は不機嫌そうな顔で。

「あ、お客さんだ。気づいていたけれど、お客さんだ」

 飄々と、爽やかに、頬杖をついて、まるで休憩をとっているかのように、長いスピアが立てかけてある門に背を預け、座っていた。

「ねえねえ、兄貴兄貴、客だって」

 兄貴と呼ばれた彼は、警備室の窓から少しだけ顔を覗かせて、怠そうに、ただただ訝しげに見つめるだけで。

「久しぶりだよね、俺達以外の人を見たの。あ! 名前とか言った方が良いよね。兄貴から言う? えー、何だよ兄貴。そんな嫌そうな顔するなって、ったく、しょうがないなあ。えーっと、俺の名前は……どっちだっけ。まあいいや、カミュ、カミュの方、そう、カミュ・ミハイロフ。じゃあこっちの兄貴は、サガン。サガン・ミハイロフ」

 長い独り言のような会話の後、カミュと名乗った彼は、やっと王様達の方へ、その笑顔を向けたのであった。

「美しき水の都へようこそ! 女王様に、何用ですか?」

 女王様に。

 カミュと名乗った彼はそう言った。

 サガンと紹介された後ろの彼は、静かに舌打ちをした。

 王様一行は、頷いた。



 読了お疲れ様でした

 この曲の何が好きかというと

 まあ全体的に好きなのですが、

 やはり最後のアップテンポですね

 本当は最後走らせたかったんですけれどそんな場合じゃない(笑

 じゃあ曲をイメージして書けてねーじゃねーかと言われると決まって常套句、

 前からずっと、そうである。

 あと歌詞! 歌詞ですね! 七さんワールド! なんか幸せな気分になります!

 君ん家とかCANDY POPも幸せな曲の1つだと思います


 さくじつ、DVDとアルバムを同時購入でポスターゲットしてやる!と意気込んで夕方頃に(既に遅い)お店に行ったところ

 完売御礼! 人気爆発! 在庫取り寄せ中!

 …………。

 先輩曰く「嬉しい反面ね……」

 自分も心の中で舌打ちをしました、二重の意味で。

 予約して、今週中にはポスターも手に入る予定です



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