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013 Wish★


 君の真実の心が欲しいから

 君の温かい心が欲しいから

 君の弱さに触れる


 愛は未だに、この世界を苦しませる


 遠くでじゃなくて

 近くで輝いていて欲しい


 君の影を捕まえて、触れて、引き寄せて、抱きしめて、キスをして、

 繋がって、感じて、願いを叶えて、笑い飛ばして、見て、


 私だけを、愛して欲しい






 今にも届きそうな青空とはどういうことだろうか。

 今にも届きそうと言っている時点でもう未来は確定されているのではないだろうか。

 試しに手を伸ばしてみたけれど、今にも届きそうというのは、触れられるのだろうかということだろうか。きっとどのような、熊のような図体をした巨大な人間でも、高い塔でも世界一の大樹でも、空を飛べる鳥でさえも見えない風でさえも魔法使いでさえも、きっとあの青空に手は届かない、触れることは出来ないのだ。決して掴めないと解っているのに、承知しているのに、それに気付いているのに、その高みに人々は手を伸ばしたがる。

 全くの的外れだ。

 何故そんな無駄なことをしたがるのだろう。

 何故そんな無駄なことを私はしたのだろう。

 気付いているのに。

 気付いているのに、だ。

 無知蒙昧、無知は罪だ。

 でもそれは、当の本人は気付いていない。

 博学才穎、既知も罪だ。

 でもそれは、当の本人は気付いている。

 気付くのは、知るのは、罪を知ることだ。

 父上様は“知らなくても良い”と仰った。

“人間っつーのは元々色々知っちゃってる生き物で、知ってしまったからこその遣る瀬無さと脱力感を持ちながら、それでも笑って暮らしてる、ほら、オレとか気まますぎじゃね?”

 …………うーむ。

 そういえば2年ほど前に、父上様の絵描き仲間であるという方々が、出来てすぐのあの王国を訪れた時、一方の紫色の髪と白い杖を持つ方曰く“知りたくなくても知ってしまうものだ”と仰っていた。

 つまりはそういうことだろうか?

 しかしその反面、他方の海の色の瞳を持った若い方は、“知らない方が良かったと必ず後悔する”と仰っていた。この方は私よりも目下であったのだが、父上様のご友人であるというだけで私など低身分で構わない、そう思ったのだ。

 つまりはそういうことだろうか?

 人の数ほどの考え。人の数ほどの思い。人の数ほどの真実。甘い誘惑には、大きな陥穽が待ち受けている。

 あれ、もうどうすればよいのだろうか。

 いやというか何故私は事の始めに空について思ったのだろうか。何故空を求めたのだろうか。

 この旅の終着点である予定の空。

 終着点――嘘をついたのがバレる場所。

 目の前に海が広がる、白い花が咲き連なる、猫の故郷。

 そんな所に初代はいない。

 けれども初代がいないと猫はきっと消える。いるかもしれないという希望がなければ、きっと本当の空に溶けていなくなってしまうのかもしれない。

 あくまで憶測だが……――――それはいやだ。

 だから大人は子供に嘘をつく。

 今までを壊さないために。

 今までを続けるために。

 戯言と欲望と願いの塊は、尽きない。

 で、何故空を求めたのかといえば。

 朝起きたら部屋の何処にも猫がいなかった。

 いつもは私が起床するまで目を覚まさないのが彼女であり、部屋のどこかしらで寝返りを打っているはずなのだが。見えない場所にいるのかと、ベッドの下やらクローゼットの中やらを探ってみたが見つからず。更に外にでも遊びに行ったのかと思い、ならばそれはそれでいいとバスルームに向かうため廊下を出た先で、丁度起きたてらしく目を擦りながら歩いてくるアンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーと鉢合わせした。

 彼女も早起き者らしい。

 長い髪はおろされていて、起きたてだというのに一切はねたりしておらず代わりに朝陽をはね返すほど変わらず艶々していた。薄手の白いレース調のネグリジェを着用してその下から同系のドロワがのぞき、先に朱い花の付いたルームシューズを履いていた。

 寝起きの彼女を見たのは初めてである。そのままアンジェリークは彼の隣をスイッと通り過ぎたので、ああまたかと思った矢先。

「おや王様。おっはー」

 と、立ち止まり、クルリとこちらを向き、右手を挙げて、ニヤリ顔で気怠げに低い声でそう言った。

「ああ、良い日だな」

 王様が無の表情で毅然とそう返すと、更に彼女は喋りながらこちらに歩み寄ってきた。

「まじで朝ってきついよなー」

「そうか? 私はここのベッドになってからとても目覚めが良いが……もしや、お前がいつも使っているベッドは、本当は今私が使っているものだったのか? そこまで気を遣わなくとも……」

「え、違う違う。あれはリアルにお客様専用だから安心しなよ。儂はホワイエで寝ているんだ。儂の朝がきついって言うのは別に目覚めが良い悪いじゃないから」

「そ、そうか」

 良かった。時に皮肉屋で時に薄情な奴だが、父上様のご友人で、身寄りも帰る場所もない私達の我儘を聞き入れ、衣食住を与えたくれたのだ。いくら時に皮肉屋で時に薄情なこのような奴でも感謝せねばな。

 ……というか、ホワイエで就寝するとは……あのソファか? 他に寝台のような物はないし……。

 彼女は歩を止めると、少々考え事に耽っている王様へ思い出したように口を開いた。

「質問があるのだよ」

「奇遇だな、私もだ。先に言うがいい」

「そんじゃあお言葉に甘えて。シスター・アマハを知らないかい?」

「……知らんな……なにか、緊急か?」

「いや、あいつ昨夜のミサをサボりやがったんだよ。君……王様がすでにベッドで死体のように眠っていた時さ。別にまあ敬虔な祈りを捧げてくれる信者がいたとしても、この教会には人っ子1人来やしないがねえ。自分でやると言い出したことなのにあのサボリシスターめが。で、またそちらのベッドにでも、お邪魔しているのかと思ったんだが」

「断じてない。ほう、つまりは――昨晩からいないということか」

「そうなるそうなる」

 シスター・アマハか。

 限りなくどうでもいいことだ。奴の奇行は誰にも読めまい。

「またどこかの花にくっついてなきゃいいんだけどさ。とにかく陽に当たられでもしたら何気に大事だよ。見かけでもしたら、儂がお冠だったとでも言っておいておくれ」

「わかった、いいだろう」

「何らかで糊塗してきたら、きたらでこちらにも考えがあるのだよ……で、一体王様は何をお聞きになるんだいね」

 と、アンジェリークは王様を見下ろして、さあお姉さんに言ってごらん?という様な何故か妙に勝ち誇ったような表情で彼の顔を覗き込んだ。

 いやまあ確かに彼女の方が年は上なのだが。

 やはりその、身長的な問題がいつも頭の中を駆け巡るだけなのであって。

「う、うむ。私も同じようなものだ。(マオ)を知らぬか?」

「知らないよ」

「そうか」

「そうだよ、」

 即答だった。

「猫君がどうかしたのかい」

「何も無い。ただ、今朝私が起きる前に起床したらしくてな、そちらに邪魔をしているかと思っただけだ。……あ」

 今頃気付いた。

 今頃の話だが。今頃だが大丈夫だろうか。

「おい、宝石師。猫に、初代が亡くなった事を、言ってはいないだろうな」

「いないけれど」

「それは深憂に過ぎなかった……」

 王様は安心の溜め息をつくと、言葉を続ける。

「その話だが、それにおいての全てを、決して猫には言わないよう、シスター・アマハにも話しておいてくれないか。それと、我々の行き先である“空”というものが、本当は一番近くにあるということも」

「なんで?」

「…………今は、言えぬ」

「はーん。まあいいけど。王様、さては君、猫君を縛っていたりするのかい? それとも、君が縛られているのかい?」

「? 何の話だ」

「いや別にそんな深い問題でもないんだけれどもさ。君は、猫君を苦に感じたことはないのかい?」

「ないな」

 即答だった。

「少なくとも、何かを桎梏に思ったことなど一度もない」

「はーん」

 意味ありげに、それを隠すように頷く彼女。

「え、それって、背丈にも?」

「あ。……あー……」

 王様黙然。

 それを見ていたアンジェリークはさらにニヤリ顔になって。

「まあいいや。じゃあシスター・アマハを見つけておけよ、それで貸しはチャラってやるよ」

 ヒラヒラと手を振って歩き出す彼女にハッとして、

「なっ」

「頼んだー」

 遠ざかっていく人形のような後ろ姿を見送るように、王様は立ち尽くした。

 ま、まあ序でに猫も見つかるかもしれないしな。

 確かに、借りを作っておく相手ではないしな。

 シスター・アマハを探すというのは心外だが、まあ猫に何か告げ口されても、困るしな。

 …………。

「先ずは支度だ」

 そう、まずは眠気を完全に覚まさなければ。

 そうすればしっかりと見える。

 私は、見ることが出来るのだから。

 届かないけれど。

 見えているのに、届かないけれど。


 今日も届かない空色に、私は逢いに行く。






 あ。

 早速サボりシスターを発見した。

 燦然と輝く7つのステンドグラスからは各々の彩光が降り注ぎ、高い天井には煌びやかなシャンデリア、身廊が奥へと続く礼拝堂の壁には巨大な十字架、広大な、だがそれとして寂寞としている大聖堂。

 その中央に位置する祭壇の前で、彼女は、王様に背を向けて跪いていた。多分、祈りをしているのだろう、シスターらしく。

「…………」

 なんて、いやまさか多分そんなことしてないだろうと側廊を通って横から近づくと、全くの見当外れだったのか、本当に祈りをしていた。

 胸元の十字架のネックレスを優しく包み込むように胸に当て、両手を組み、瞳を閉じて、下を向いているのでスノーゴールドの髪が緩やかに垂れ下がり、それは、いつもの彼女にはそぐわないような、神聖な行為に見えた。

 神への1番の賛美であり、感謝であり、嘆願であり、執成であり、静聴であり、悔改であり、要請であり、忠誠であり――。

 そのまま消えてしまいそうな。

 ただ、衣服がおかしいだけだった。

「…………」

 このまま話しかけるのを止めて所在だけ言いに行くのが1番良識だと思った矢先。銀色の瞳を開けて、彼女は直ぐさまこちらに向き直った。

「あらあらあらぁ!」

 限りなく嬉しそうだった。

 困ったように笑う。よく見ると、困ったように笑っているのだ。

 これが彼女の、いつもの1番の表情である。

「お前、ここで何をしているんだ……宝石師が探していたぞ」

「えへへ~。王様、私めをお探しになられていたんですね~」

「何をそう他意識過剰にしておるのだお前は! 妙齢の娘が、情け無い」

「王様、お歳は私めとあまり変わりませんのに~……もう、お茶目さ~んっ」

「即刻失せろ」

「そういうお厳しいところは初代様にはございませんでしたから…………新っ鮮っ」

「変な動きをするでない不快だ目障りだ失せろ」

「ええ~……でも私めは猫ちゃんの居場所を知っていたりするんですよ~?」

「……それは、本当か? やはりお前、昨夜は猫と何処かへ行っていたのか?」

「いえいえ~つい先程、ホワイエで見かけただけです」

 ホワイエ。宝石師アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーの仕事部屋。

 ならば。

「ならばお前は、昨夜は1人で何処へ出掛けていたのだ……?」

「ん~」

 彼女が困ったように笑う時は、何か限りなく嬉しいことがあった時と、何かを隠している時だった。

 どう考えても、今回は後者である。

 王様は、次の質問を繰り出した。

「つーか教会なのに何で天井にシャンデリアがあるんだよ、導けねーじゃん。蝋燭で灯せよ。どーなってんだよここのデザインはそういえば」

「私にそんなことを言われても困る」

 唐突に降ってきた言葉に淡々と冷静に返す王様。

 アンジェリークが仁王立ちで腕を組んでいつものクローディアドレスとツインテールというある意味完全体でそこに立っていた。

「取り込み中悪いけれどどうして欲しい?」

「私の上にいる不届きな物を退けろ」

「物……はぁ~物扱いですか~。そういうのも悪くありませはうっ」

「蹴りを入れてみた」

「良し」

「しかし蹴ったら嬉しそうだ……この先どうすれば良いんだろう儂は」

 正確には次の質問を繰り出そうと口を開けただけだったが、もうそれについては聞かないことにした。

「王様やリノちゃんが私めを求める限り、私めの存在は絶対ですっ」

 困ったように、嬉しそうに、笑う。

 空想のように、夢想のように、幻想のように。

「あいわかった。わかったから、とっとと色々準備してくれよシスター・アマハ、ビットビット!」

「あわわわわわですわ」

「それと君は、猫君探しておけよ。儂らはちょっとそこまで、中庭に行くから。そろそろ教会を出るんだからね、じやあな」

 私が一言も喋らないまま、アンジェリークはシスター・アマハを引きずって大聖堂を出て行ってしまった。何故こう、ここの女性は色々勝手で色々唐突で、全くはしたない……。

「そうだ……ホワイエ」

 シスター・アマハはホワイエで見たと言っていた。

 ならばホワイエへ向かおう。

 シスター・アマハがホワイエで見たと、言っていたのだから。


 ・


 ・


 ・


 朝のホワイエは仄暗い。

 夕暮れ時は美しい夕日がこの部屋唯一の窓からクリーム色の壁を照らすが、朝太陽は反対方向にいるのでとても薄暗いのだ。もっとも、現在は早朝だから当然なのだが。

 いつにも増して、寂しさを感じるような場所だった。

 机の上の作業灯しかこの部屋の明かりはないので、入り口のドアは開けっ放しにして廊下の窓からのわずかな光を頼りに部屋の中を見渡すが……モダンダブルソファと端にある振り子時計、いつも通りにその窓に向かって作業台がおかれているだけだった。寝台になるような物は、やはりソファしかない。

「?」

 おかしい。

 シスター・アマハ。

 シスターとしてではなく、人間として。

 あいつは今まで、隠し事はするけれど、一度も嘘を吐いた(・・・・・・・・)ことはないはずだが(・・・・・・・・・)……。

 窓を見てみる。

「…………」

 よく見ると、その窓は開いていた。いつから? 宝石師の彼女は、朝起きたらこの窓を開けるのだろうか?

 もしやと思い、薄闇の中机へ歩み寄り、窓から外を覗いてみる。風は少しも吹かず、少々肌寒い。窓からは早朝の深い空と遠くの山々、そして目線を横にずらすと高い木が一本生えていたのだが……そのかなり高いところに、猫はいた。早朝の空は深い蒼なので、葉やツタがひしめくその木の上でも、猫はすぐに見つかった。

「……猫っ」

「にゃーんーだっ?」

 猫の瞳は金色だった。

 その瞳が鋭く光っていた。

 その瞬間、教会の鐘が大きく響いた。ここの鐘は、不定期なのである。

「あ、やっぱり王様だったかにゃー」

「……そろそろここを発つ。降りてこい」

「にゃーい」

 そう返事をすると、猫はとても素早い無駄のない繊細な動きで木をつたって降りてきた。そして窓からホワイエへ飛び込んだ。

「にゃろーん!」

 猫は今日も元気にハイテンションだった。全く、若いというのは羨ましい。

 それにしてもシスター・アマハ、ホワイエで見たというのはあながち嘘ではないがあながち正解でもなかったようだな。

「お前、朝から何故あんな所にいたのだ」

「ん、んーとにゃー。とりあえずにゃ、そういやこの教会の(にゃか)を探検してなかたにゃーと思い立ったんで、てーさつ行ったらにゃ、宝石のお姉ちゃんがこっから出ていくにゃ。宝石のお姉ちゃんのことだからキラッキラな宝石を持っているに違いにゃいにゃとカクシンしたにゃあは、猫の得意な抜き足差し足で忍びこんだにゃ。でもどこにもにゃいにゃと思ってにゃ、しばらくそこのそふぁ?でごろんごろんしていたにゃ。したら王様の足音がするにゃ! 驚かそーと思って丁度窓が開いていたから木の上に登っていたとそういうわけにゃ!」

「そうかそうか」

 嘘だな。

 少々猫をあやしながら、王様は確信する。

 早口で饒舌になる時、猫は大抵何か隠し事をしている。

 猫は隠し事もするし、嘘も吐く。

 でも純粋な、何も知らない嘘だ。

 私も隠し事はするし、嘘も吐く。

 でもそれは、気付いている嘘だ。

 ……私は、嘘を吐く時、どのようにしているのだろうか?

 わからない。

 自分のことなのに意識出来ていないのは、人間の性だと思うが。

 でも――――私は上手く隠し通せているよな?

 大丈夫、だよな?

「どしたにゃ王様?」

 猫はいつものように王様を見下ろして、さあお姉さんに言ってごらん?という様な自信満々な表情で彼の顔を覗き込んだ。その金色の瞳が、光った。

「ああいやなんでもない」

 暗闇で彼は確信する。

 暗いから、闇の中だから見えていない。

 大丈夫だ。

 嘘は隠し――通せている。

 王様がまた考え事に耽っていると、鐘の音が完全に止んだ、そして。

「ゆあーんだーすたーん?」

「!」

 無の表情で思いっきり肩を上下した王様が後ろを振り向くと、その真後ろにアンジェリークがいた。

「なんだどうした宝石師緊急か」

「ううん、いや?」

「宝石のお姉ちゃん、おはよにゃ!」

「うんうんおはよー」

 笑顔で挨拶を交わし合う2人。

 こんな暗い中で何なんだこの状況。

「例の件はちゃんと言っておいたよ」

 アンジェリークが耳元で小さく囁いた。それを聞いて、王様は安堵の色を少し見せた。

「ご苦労」

 そう一言だけ感謝した。

「っていうかなんだい2人とも物取りかい。ふーやれやれ」

 といって彼女は作業台の引き出しを次々に開け、中から多種多様にきらめく宝石たち、十ばかりのタガネやフラックスや色んなモノを取り出し、机の上に並べながら言う。

「いやそれがさ、君らがあの第二公園で遊んでいる間に何らかの儀式をしてたって言ってたのは嘘で」

「なんだと」

「あの公園、第二公園ていうのかにゃ」

 猫が宝石を鋭く輝く目で見ながらツッコミを入れた。

「いや猫君そこじゃなくてね……実は儂とシスター・アマハは、とあるお偉い方々からお呼びが掛かっていたから2人で出掛けていたのだよ」

「およびー?」

「そ、お呼び。不定例会議みたいなものでね、どっかの世界に行ってた兎さんがようやく戻ってきてやっとメンバーが揃ったもんだから昨日やっと開かれた」

「ふてーれー?」

「そのとある会議でとある話し合いをしてとある結論が出されたんだけど、ちなみにこれは儂とシスター・アマハが君らの旅について行くって言った1番の理由なんだけれど」

「ほう」

「なんにゃ?」

「ああ……ごめん、猫君はちょっと席を外してくれないかな。ああそうだ、君らが持ってきたリュックを取りに行ってくれ」

「? いいにゃけど、どんなお話ししたか、後で教えてにゃ!」

「猫。ベッドの上に置いてある本も持ってこい」

「りょーかいにゃ!」

 素直に順行に猫は頷くと、たったかと走っていってスルリと扉の隙間から出て行ってしまった。

「はーん。君まだあの本開いてないのかよ」

「いいから早く言わないか」

「はいはい、笑殺してやんよ。いやそれが、聞いて卒倒するといいよ」

 猫が出て行ったのを確認したのと、全ての持ち物を調え終わったのと同時に、彼女は変わらずニヤニヤしながら言った。

「それがさ、初代が死んだことによってこの世界は滅ぶはずだったんだけれど全然滅ばないからなんでだろうねって話になってさ、あ、実はこの世界は初代が支えていたんだけれどね、それで、もうすでにこの世界を支えている者が存在しているんじゃないかって話になって、普通有り得ないことなんだけれどね、まあそれが君らしいよ、王様。次期っつうか現世界の支配者。そんなわけでまだそれは正式には定まっていないけれど君らしいから、祝福してくれる奴とか勿論気にくわない奴とかその座を狙っている輩とか、全12世界線にいるからね、だから君はこれから沢山かは知らないけれど色んな奴に命を狙われるかもなーって儂らは勝手に推測したから、初代の古い友人であり昔馴染みの好誼で君を守ってやろうということで君らの旅に同行させて貰おうと思ったのさ、解ったかい?」





 アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーと共に教会から出てきた王様は、リュックを背負った猫と合流する。これから中庭に向かい、出発するらしい。

「あんさ王様、儂の名がとてつもなく長いことくらい解ってんだろ? もういいよ。アンジェかリノって呼べよ。それか姐貴でもいいぜ」

「何故そうなる」

「いやあ儂、末っ子だったからすげえ姐貴って憧れてたんだぜ」

「おかしな口調で喋るな」

「あねき!」

「なんだい猫君」

「これから空にいくのかにゃ!?」

「そうさ。とても遠いけれどね、頑張ってくれよ、超期待しているよ猫君」

「わかたにゃー!」

 とても遠い。

 確かにそうだが……とても遠いし、近い。

「猫……あの国から離れるんだ……しっかり、私達の後をついてこられるか?」

 彼の確認に、猫は満面の笑みで元気いっぱいに応える。

「うん! にゃあはもうただの野良猫だから、全然おーけーにゃんっ」

 そんな彼女の応えを聞いて、さらに彼は淡々と応える。

「何を言う、お前は野良猫ではなく」

「なるほど、ペットだと言いたいんだね。そうだね、犬以外にも、猫をペットにする人はいるもんね」

「なっ、違う! 位が全く違うだろうが!」

「にゃあはぺっとなのにゃ! だからにゃあはぺっとの(たしにゃ)みを身に付けるにゃ!」

「解らない言葉をそうそう使うでない! ……おい宝石師、支度は全て調っているんだろうな……」

「ああ。シスター・アマハが準備ってくれてるからそのことは心配しなくていいよ、ホレ」

 と、狼狽する王様がアンジェリークの目線の方向を見ると、そこは中庭だった。そして1番に、その巨大な気球が目についた。カラフルで結構なセンスのその気球はそれだけなら良かったのだが、なんだかところどころ解れているというかなんというか辿々しい。その時丁度、朝陽が遠くの山から顔を出した。眩しい。だから王様は一瞬目を手で覆ったが、すぐにいつもの体勢に立て直した。猫がその気球へ走っていくのが見えた。そしてその周りに、1匹の金色の蝶がヒラヒラと舞っていた。

 アンジェリークが続いて歩き出した。王様もつられて歩き出す。

「これが、気球か。見るのはこれが初めてだ」

「なんだ知ってたのか」

 近づくと、結構な大きさだった。大人4人で乗るには丁度良い広さのバスケット。すでに膨らんでおり、大空へ浮かんとばかりの巨大な風船。少しばかり地から浮いていて(・・・・・・・・)、その端にかなり強固に縛り付けられている分厚いロープがほどけた時には、すぐにでも空へ昇っていけそうに感じた。

「おおー!」

 猫の目がキラキラと輝き、まるで玩具を与えた子供のようだった。いや、子供だが。

「はいはいー、王様」

「ん?」

 アンジェリークが手を差し出したのでその手を取ると、軽く引っ張られて王様はそのバスケットの中へと着地した。何が起きたのか一瞬理解が遅まったが、

「猫君そこのロープ切って。で、バスケットの中に入ってきてー」

「らじゃー!」

 というアンジェリークの声で辺りを冷静に見渡すと、猫が丁度ロープを、よく見えなかったが、手刀で、切ったのが見えて、

「はい出発進行」

 最後に上を見上げると、そこからは風船の中が見えて、それだけがあるだけで、本で見たバーナーや火などがなかった。

 そして。

「う、うわああああああああ!!?」

「舌噛むよー」

 気球とは飛行するための乗り物の一種である。空気より軽い気体を風船に詰め込む事で浮力を得るもので、空気より軽い気体はバーナーなどで熱した空気を利用する。動きは緩慢で、移動手段には適さない。

 動きは緩慢。

「ど、どこがだああああああ!!?」

 猫がロープを切った途端その反動でガクンと沈んだ、その瞬間。周りの景色が見えなくなった。正確には、その気球がまるでバネで飛んだかのように敏速に上昇し、その反動で一瞬浮き上がって上を向いてしまい、2回ほど気を失いかけたが、何故かとても冷静で、周りの景色の色は薄い青になり、そして真っ白になったかと思うとまた青になり、そして、ピタリとその上昇は止まった。

「…………………………」

 呆然とすることしかできなかった。

 あの真っ白は多分雲だ。そしてここは雲を突き抜けた雲の上の空だ。

 初めて来た。

 初めて見た。

 なんだ? 本の、いや、私の知識が間違っていたのか?

「そろそろ下がるよ」

「え……」

 その言葉に、先程のような体験の逆バージョンが来るかと思った。が、取り越し苦労だったらしく、ゆるゆるとその気球はゆっくり下降していくではないか。王様は立ち上がり、縁に手を乗せその景色の色を見た。

 青が広がっていた。少し薄くて、そういえば少し寒くて、空気も薄く感じる。

 そして霧の中へ入った。正しくは雲の中だった。近くのアンジェリークさえ朦朧としていた。

 やっと深い雲を抜けた。

 青が広がっていた。

 いつもの、猫の毛並みと同じ色の、空が。

 風が吹いた。

 気球は、その流れに乗って、移動し始めた。上昇したり、下降したり、前に進んだり、ゆっくりと。

「! 猫は、猫はどこだ!?」

「ここにゃー。たーのしーにゃー!」

 真上から声がした。

「なっ!」

 何と猫は風船の中にいた。その広い空間で、楽しそうに転げ回っていた。

 ていうかおいそれ……危険じゃないか?!

「大丈夫だよ王様。あれは確かに風船だけれど、何も有害なモノは入っていないんだよ?」

「だが」

「だーいじょーぶだってー」

「ふむそうか。だがな、宝石師よ。事後報告はやめろ」

「らじゃしたー。しかし、すげいだろー」

 アンジェは妖しく快活に笑いながら言う。

「空気も要らない火も要らない難しい操作も要らない、ただ風があれば良いだけの、行きたい所へ連れていってくれる、移動する(・・・・)ためだけ(・・・・)の、簡単な魔法の風の船。さすが、鮮明の蝶ムーンストーンバタフライだね」

「…………」

 お父上様の友人である彼女が言うのならば、大丈夫なのだろう。

 猫は気にせず楽しんでいた。

 ならば――いいか。

 上昇して、あのマゼンタカラーの屋根が、どんどん小さくなっていく。

 高く高く上がっていっても、遠くを見渡しても、あの国はもう見えない。

「そういえば、彼女は……」

「ああ、ほれほれ」

 と、アンジェは自分の肩に止まっている金色の蝶を指さす。よくあの旅立ちの強風に吹き飛ばされなかったなコイツ。吹き飛ばされれば良かったのに。

「ああ」

 と王様は理解すると、遠退いていく山や河や空を見て、思う。

 本当にあの国を離れたのだと、たった2年しかいなかった国だったけれど、なんだか胸が、少し痛くて。

 というか今気付いた。

 気付かなければ良かったんだが……。

「……私は高いところが、苦手だった……」

「にゃあは大好きにゃ!」

「儂は気球に乗るのが実は好き」

「にゃあは王様が面白いのが好きにゃ」

 そして突風。

 突然の。

 風が強いのならばこの気球もそれに乗るまでで。

 その風に乗って更に更に上昇し時に更に更に下降し時に更にまわって更に一回転して、

「ジエットコースタースパイラルぅ!」

「あ、お、落ちるー!」

「五月蠅いよヤング共」

「ああ、いや、速い、うわ、ま、まわって、る、たか、高い、ダメ、もうダメ……」

 私は一瞬で意識を失った。


 ・


 ・


 ・


 目覚めると夕暮れだった。

 目を横に逸らすと空が見えた。

 気球に乗って、風に乗って、空に乗って、今にも届きそうだと思った。

 何故目を逸らしたのかと言えば、起きて一番最初に見たものがシスター・アマハだったからだ。しかも私の衣服のスタッドボタンを外していた上から順番に。

「あら?」

「私の服から手を放せ離れろそして落ちろ消えろ」

「……堕天?! あ、そういうわけですわね~」

 ただの最悪の目覚めだった。

 彼女へ一発蹴りを入れておき、上を見上げ猫がいるのを確認し、辺りの風景を見れば、全く見たことのない景色だった。知らない山、知らない河、知らない空。

「……おお、かなり移動したようだな。もう夕暮れではないか、なんということだ」

「うん、丁度世界一周しちゃったくらい」

「嘘を吐くな嘘を。……う……、高い……」

 さり気なく下を覗いた王様は後悔していた。

「全く王様、君は、もっと高みに登るのだから、これくらいどーってことないって感じにならんといかんのだよ」

「…………」

 返す言葉がすぐに出てこなかったので、彼女には背を向けて、猫を見た。

「また高にゃぁー!」

「落ちるぞ」

 今まで見たことのない景色に感動し、嬉しそうに身を乗り出すテンションハイな猫。

 そう、気球から身を乗り出して下を見なければよいのだ。

 夕陽が眩しくて、猫が笑う。

 眩しいくらいに、眩暈をするくらいに。

 とても、とても。


 眩しすぎるけれど、見つめていたい。


 心が迷って、また何かを求めて心奪われて、卒倒して、

 きらめく君に、決して手は届かない。

 それでも、その眩しさは私に強さを与えて、私の心を落ち着かせてくれるから、


 眩しすぎるから、見つめていたい。

 見つめているだけで、いい。


 私は共に生きたい。


 眼を閉じても見える筈の、

 感じられる全てのモノに笑えるように、

 間に合うか分からないけれど、


 私はそれに出逢うために、共に生きたい。


「でさ、王様の国は一体全体どんな感じになったんだよ」

「ああ。まだ言っていなかったな。その……――え?」

 陽は少しずつ落ち、高く高く上昇する中、ふとしたアンジェの質問に応えるために、虚空を見つめていたその瞳を彼女に向けた瞬間、

「――――あんな……感じだ……」

 彼が指さした方向を振り返ると、そこには、まるで海のような、どこまでも広がる巨大な湖が広がっていた。

 彼らは一瞬顔を見合わせた。

 あんな場所に、あんな広大な湖?

 一部はもう水平線の彼方だった。

 かつて誰も見たことのない湖だった。


 まるで、数日前の、王様の国を沈めた湖を、見ているようだった。




 この曲はとてもノリノリになれる曲ですが、

 かなり深い意味が込められている曲だと思います!

 なんだか遠くにありそうで、でも身近にあるような、

 そんな歌詞に心打たれました。

 英文を訳してみれば、さらなる七さんの詩の力に触れることも出来る、

 そんな一曲です!


 さてさて!

 『GOODBYE LONELY ~Bside collection~』

 が発売されましたね!

 私のベスト10がほぼ入っているとか流石だと思います!


 それではまた!



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