011 Secret Path
幾億もの彩光の内に1つだけ、私のために輝く光
幾億もの旋律の内に1つだけ、私のために歌う音
太陽に輝く色とりどりのガラスを
大切に集めていたのに
今はもう、ない
ねえ、君は覚えてる?
何もかも、何もかも、何一つ、思い出すことは出来る?
それは、たったひとつの、あわくてちいさな、せかいとせかいのせんそうを、おわらせたウタ。
ザァッ。
その緑溢れる公園を、大きく柔らかな風が包み込み、さわさわと揺れる木漏れ日の下、雨の雫が滴り落ちたその先に、小さな王冠を乗せた黒い髪の少年が、小洒落たベンチの上に堂々たるその相変わらず似合わない姿で鎮座していた。
若くして王になった者。
その10歳位の幼き姿。
弱冠20歳の若すぎる王様。
そこはいつもの公園だった。
よく初代と猫と、たまに王妃と、あの王国から遊びに来ていた場所。
何か起こりそうな気がした。
何も起こらない気がした。
湖の下へと沈んだあの王国。
水面下の王国。
昨日の雨はもういない。
けれど、湿った土や石畳の階段の上の青空映す水溜りで、昨日雨があった事を私は忘れない。
その天からの恵みで、その大地が、いつもの公園の緑や、我々が、潤い育つ。
神からの恩恵。
今日を生かされていることを、我々は忘れてはならない。
けれど。
けれども、やはり私は、あの事だけは忘れゆくようだ。
王国が終わった日から、初代の記憶が曖昧になってきたのだ。
誰だっけ?
どんな人?
どんな声?
どんな容姿?
信じられない忘却だった。
消えゆく初代との毎日。
消えゆく父親との毎日。
虹のように消える日々。
泡のように消える日々。
何故だろう。
記憶には――猫しか映らない。
記憶には――猫しか見えない。
けれども立ち止まって少し思い出そうとすれば、だんだん思え返されるのだ。
たまには立ち止まってみなければ、わからないこともあると言うことだろうか。
……私も歳なのだろうか。いや、まさかな。
2日前、あの教会に赴き、そして今日で3日目の滞在。
「まあ狭っ苦しい粗末なお部屋ですが、ご自由にお使いください。鍵は掛けないで頂けると嬉しいですわっ」
「ほんっとお前は言わぬが花だな」
それだけ言ってからシスター・アマハはあまり姿を見かけない。
あの宝石師、アンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーに限っては、猫の姿を見た瞬間なんだか妙にドギマギした後、2人の部屋を用意してくれたまえ、とそれだけ言ってそそくさとその仕事部屋を後にしてしまった。
その部屋はダブルサイズのベッドとクローゼットと机と椅子とが無造作に配置されてる殺風景だが小綺麗でさっぱりとした部屋で2人で過ごすには申し分なかった。
ということで何故か泊まることになった次の日の朝には、何故かベッドの中に猫とアマハが居たので蹴り出して長い長い説教をし、
そして何故かもう1日泊まることになった次の日の朝すなわち今朝には、何故か起きたときに丁度入室してくるアマハと目が合ってしかも猫がその扉を開けていたのでイラついて蹴り出して昨日よりも長い長い説教をくらわせてやった。
あのシスター、相変わらずである。初代はよくアレを受け入れていたものだ。
というか、アマハと猫、仲良いのか。
というか、猫と部屋が同室だった。
「にゃん?」
2日間、彼女は毎晩呑気にクローゼットの上で伸びをしていた。
あれ、この教会小さいなりにも2人分の客室は用意出来るだろう普通。いくらあの宝石師が猫が見えないかもしれないとはいえもう認識出来たのだから客が2人だと理解しているはずだしあのシスターなら尚更……。
……あのシスターじゃないか?
「はあ……」
そして朝食を取った後、なんらかの儀式があるとかで教会を追い出されならばと近くにあるこの公園に赴いた今に至るわけだが。
いつも通りに、広い敷地内を誇る植物公園。色んな類の花が咲き乱れ、色んな類の鳥が飛び交い、噴水やガス灯などが完備されており、誰がこんな堅実にここを整備しているのだろうと思ったらそういえば何年も前に初代が個人で雇った名も知らぬ人物であることに気付く。
……解雇すべきか?
しかし名も知らない所在も分からない知っているのは、初代くらい。笑止の至りだ、まさか初代が知っていることを私が知らないとは。
「にゃっ! 待つにゃ、ちょうちょさん! ちょ、神経質過ぎにゃ!」
猫はベンチから少し離れたところで蝶を追いかけていた。あの長身に加え猫だからなのか敏捷で飛躍力などが普通の者とは桁違いなため、彼女はどこまでも蝶を追いかける。
空を見上げた。
まだ、お父上様があの王国の初代国王になる前、もうすぐであの王国が出来る少し前のことである。
この公園に4人でお忍びで(ていうか初代が仕事をサボるために)、出掛けた時のこと。
「よ、クーちゃん。何してんのそんなところで」
「あ、お父上様」
あどけない顔が、アクアブルーの瞳に覗き込まれる。依然として綺麗な色だ。左目だけだけど、暖かい陽だまりの中の空の色。猫の毛並みと同じ色。それは整ったブロンドの髪によく似合い、そして金色の小さな王冠があった。お母上様と同じその髪色。
私のは、黒。カラスのような黒。これは、お父上様方の言わば先祖返りのようなもので。
「だーかーらー、余分に言葉付けるなって言っているだろー。私のことは、いや俺のことは“父上”と呼べとなっ。ひーちゃんのことも、母上若しくはお姫様と呼ぶよーにっ」
「あ、いや、そのような失礼なことは……。……。あの、猫と母上様は?」
「む、様なあ……まあいいけど。まっちゃんとひーちゃんならね、迷子にしてきたっ」
「は。と言いますと」
「そーなるよーに操作してきたんだよー。ひーちゃん今頃、俺が突然いなくなったから心細くて泣いてるんだろうなぁ……地図も読めないしランドマークらしいモノは何も無い公園だからね。あの子、泣き顔と困り顔と焦り顔が笑顔には劣るけれど超可愛いからさ、たまにそういう顔にしたいって衝動に駆られるんだよね、これが、好きな子を弄りたくなるってやつだな!」
「今日も輝いておられますね父上様」
とまあ父上様は、明るく爽やかなのは良いが悪戯好きな子供がそのまま大きくなってしまっただけの人である。つまりはこれでも大人なのである。一子の父親でもある。とある国の元王子でもあり、これから一国を統べる王にもなられるお方だ。何も考えていないようで実は確固たる目的のもと行動しているその動きはいつも読めない。子供であり、大人であり、大きな人である。
それよりも、こんな凛々しく声に早く声変わりしたい。多分私自身が声変わりしたらこんな感じなのだろうが、何故いつまで経ってもこのような高い声なのだろう。加えて精悍な目付きも欲しいし、堅忍不抜で強靱な長躯も……これでは、まるで子供のようではないかっ。
「ひょーいっ」
「ええ?!」
と、お父上様は私を軽々と持ち上げると、自身の頭に私の手が乗るように、つまりは肩車の体勢で私を落ち着かせた。昔から何かとこの人は私を肩車する。
「一緒にひーちゃん捜しに行くぞー」
「あ、あの父上様……前々から言わせて貰ってますが、私18にもなって汗顔の至りなのですが……あとあの高いのですが、高い、高くて恐い高い!」
「あっはっは! そこまでひーちゃんとお揃いなのなー、顔は俺似で中身はひーちゃん似、はあ、超最高傑作・俺とひーちゃんの息子、創始者・俺とひーちゃん! 大丈夫、俺は2人とも永遠に愛してるって。あっはっはっはっ」
高らかに笑うこの男の身長は180に近く、対する息子は130ちょっと。いくら息子が低躯でも肩車は戦々恐々に値する。しかも彼ら顔が激似なので一見トーテムポールのよう、恥ずかしめの柱のようだ。もっとも、名前だけぽくって意味的なモノは違うが。
漆黒の瞳には嘗てない長躯の世界が広がるが、高所恐怖症では長身になっても意味がないのではないか、とかそういう可笑しな事しか考えられないほどとにかく彼は恐怖の中その小さな手で父親の頭に飾られている小さな王冠を鷲掴みすることに専念した。
そして彼、17らしいが微塵もその容姿にそぐわない小さな子供の姿でただの微笑ましい親子にしか見えなかった。
「ははは、はふえ、母上様ー! ま、猫ー!」
「はいはい怖がらなーいっ。男の子は意地でも強くなんなきゃー」
この広い敷地内をグルグル散策し、もう一周するんじゃないのっというところで、もう頭の上の彼はその高さにごく僅かだが慣れた。まず自身の父親の高さだと言うこと、そんな自身の弱さよりも、早く2人を見つけたいという気持ちの方が勝ったのだ。
「れー? 何で見つからんし」
「……あの、」
「おう、言ってごらん、クーちゃん」
「秘密の道の……中の」
「ああ! 俺達で最初来たときに見つけて作った秘密基地のあるあの! 確か――」
「――ここより北西の方角です」
「そういや、よりによって北西か――じゃ、しっかり捕まってろよー!」
そう、昔、猫が現れる前、この公園は広すぎるとかで集合場所を決めようという話になり、小さなポプラの木を発見してそこに定めようとしたところお父上様がその茂みの奥に小さな小道を見つけた。
きっと、多分、この公園の見えるところどこを探してもいないというなら、そこに。
走ること数分。
何の変哲もない、あの小さなポプラの木が垣間見える茂みの前に辿り着く。木は相変わらず小さいままだ。全く、少しは成長しないと茂みに隠れてしまうだろうが。
「……クーちゃんは問題ないとしても、俺が入れるかどうか」
「見つけたの去年くらいでしょう。杞憂に過ぎます」
「や、このまま」
「降ろしてくださらないんですか……?!」
すると。
♪~~♪~♪♪~~♪~
何か、小鳥のさえずりのような、美しい音色を奏でる音楽器のような、響きの良いハミングのようなモノが聞こえた。
「父上様、声が!」
「あいよー」
ポプラの木が多くなってきた並木道を越えて、サラサラと流れる小川の岩を越えて、あの日より速く駆けたこの小道、沈む夕日、ああ、覚えている。
鳥が惹き寄せられるように、動物が惹き寄せられるように、皆一堂にその場所へ向かっている。
「流石、俺の見込んだ歌姫だ」
そうお父上様が呟いた瞬間。
「う……ふにゅ……ひっく……ひ」
ブロンドの髪を左右で編み込んで白い花を飾り付け、純白のビスチェドレスを纏い、左手に薬指には小さく光るリングと首元には高貴なネックレス、ペタンと座り込んでいるそんな1人の清楚な女性が、その中でも一番大きなポプラの木の下の白色の芝生で太陽の光に輝きながら、蝶々と小鳥と森の動物や花に囲まれながら可愛くむせび泣いていた。
「母上様!」
「う……あ、お前か。ど、どこに行っていたか心配したぞ……アイツも勝手にいなくなりやがって……でもな、ここにいる奴がずっと一緒にいてくれたんだっ。心細くなんて無かったぞ。きっとここの整備をやってくれている奴だな、ありがとうな、お前」
「母上様……それ、ヤギです」
「え?」
深々と、その言葉に似合わぬ綺麗な所作で頭を下げていた彼女だが、確かにその先にはもしゃもしゃと草を食べるヤギがぼけーっとしてそこにいた。彼女が手を伸ばしてヤギに触れる。モコモコとした肌触りで、明らかに人間ではないことが、彼女の中で立証されたらしい。
「なんと……寡黙な奴だと思ったら。ヤギだったのか……」
「とにかく、危ない輩と一緒ではなくて安心しました。ねえ、父上様。父上様?」
下の父を見ると、彼は微動だにせずその光景をじっと見続け、そしてようやくワナワナと口を切った。
「あれ? 女神がいる……うわあ、俺は女神を見つけてしまったのか? あ、いや違うひーちゃんか……うん、間違いない、ただの清純可憐なひーちゃんだ。ん? やっぱり俺の目の前には妖精……? ……妖精は色々見たことあるけれどこれは格別な……あ、違うひーちゃんか。ああ、焦った焦った、あっはっはっはっあれ? 天使か、天使だ、なんて美しい天使が俺の前に降臨して……あ、いやいや違うわひーちゃんだった。あはははは、俺うっかりー!」
「ウザイわこの凡暗ぁ!」
殴音。
どかばきぐしゃっみたいなのじゃなくて、単音で、バキィ!
それと同時に発されたその言葉は、先程からあまり上品ではなくぶっきらぼうな、感情だけのモノに聞こえたが、先程からずっとドキドキの、とてもとても、ハッと覚めるような、この世のものとは思えないほどの絶世の恍惚ものの極上の、声の色も音も透き通っていてとにかく綺麗なソプラノ声だった。
そしてその殴音を出したのはその彼女が繰り出した小さな拳が木製のプレートを割った後であった。彼女としては実際、いちいち一喜一憂していた彼の鳩尾を狙ったのだが間一髪でその者は丁度近くの花壇に立て掛けてあったプレートを自身の身代わりとして出し彼女の自分への攻撃を回避したのであった。
拳を戻すと、涙を溜める彼女はワナワナと言う。
「わわ、わたしを1人にするなとあれほど言ったのに……どうしてそんなにイジメてくるんだ、お前、は。そ、そんなに、わたしのことが嫌いなら」
「ああ、大丈夫大丈夫、超好き、マジ好き、大好きだ! 俺は世界で一番、誰よりもひーちゃんを愛してるって! ……毎日言ってるのに解ってくれないなんて、これじゃあひーちゃんは、俺の事嫌いなのかなー……」
「んな! ち、違う! ちゃんと解っている、一番理解している! そ、そのそんなこと言われたくらいで嬉しいなんて……あ、いや、その、うれ、嬉しいんだよぼけえええええ」
赤面して叫びながらこちらに飛ばしてきた彼女の拳を受け止め、彼も頬を染めて心底微笑んだ。
「ありがとう、そしてありがとう。俺もひーちゃんと一緒にいられることが一番嬉しいよ、幸せ」
そしてその受け止めた拳を押さえた後手首を掴み自身の元へ引き寄せもう片方の手で腰を抱き、と言うか全体的に彼女を抱きしめた。
「ぎゃー!」
「ひーちゃん照れてるところも可愛いなぁー」
「あのー、お二方。楽しんでおられるところ申し訳ないのですが降ろしてからにして頂けませんか、死にそうです」
「ん? わたしは立っているのに……何故にお前の声が……頭上から……って、ぎゃー! お前は一体全体そんなところで何されているんだ! 危ないから早く降ろされろ!」
「はいはーい」
「……死ぬかと思いました」
「わー! 無事でよかった!」
「2人とも可ー愛ーいーな!」
「ぎゃー!」
「苦しいです、父上様、母上様」
「え、わ、悪い!」
「大丈夫です、母上様、私、笑っています」
「俺も超笑顔になってんよ、触って確認してみる? ひーちゃん超焦り顔、可愛い。でも笑ってくれた方が嬉しいかな。笑ってよ、ひーちゃん」
お母上様は、その、私が発言するのもアレなのだが、使う言葉はあまり美しくないけれど、声は本当に美しかった。
10億に1人の、その声の持ち主らしいのだ。
だから彼女は、歌姫と、そう呼ばれている。
心地良くて、誰をも魅了する、一度聞いたら虜になる、耳が痺れるほどの、ずっと忘れられない声、そんな素晴らしき才という幸福。
その代わり、彼女は光を持っていなかった。
お母上様は、お生まれになったときから、全盲者であったらしい。
どこにでもある村の、どこにでもいそうなありふれた家庭に生まれ、暗闇の数十年を過ごし、暗い黒の空間を1人で過ごし、ただ、全く全てが暗闇ということではなかった。
太陽が昇れば、明るくなったのが解ると言った。
灯火が付けば、明るくなったのが解ると言った。
人間が喋れば、明るくなったのが解ると言った。
小鳥が鳴けば、明るくなったのが解ると言った。
草花が香れば、明るくなったのが解ると言った。
特に、手を繋げば、歌を歌えば、私と会えば、お父上様と会えば、一発で解ると。
花火のように突然光って。
花火のように突然聞こえて。
花火のように突然現れて。
アイツとお前は、わたしの光だからな、と。
お母上様は、相変わらず、綺麗に微笑んだ。
「あー、ひーちゃんと結婚して良かったー!」
「ぎゃー!」
「あれ? 母上様、猫は?」
「え? あ! ど、どこだ猫、ど、どっどどどうしよう! すす済まない、そその、その」
「は、母上様、お泣きにならないで!」
さっきまで一緒だったのだけれど音が全くしないと思ったらと慌てふためくお母上様につられて私も慌てふためいた。
「猫なら上だー」
「「え?」」
「じゃーんぴーんぐにゃーん!」
父親の言葉通りに、丁度その容姿通りの王様と同い年くらいだろう、可愛らしい小さな少女が上から降ってきた。
ピンと立った耳、揺れる長い尻尾、空から切り取ったような色の、空色の猫。
お父上様から聞いた話だ。
ネコの耳と尻尾が生えた一族は、その毛色が、初恋の人の瞳の色に染まると。
ということで、落ちてきた少女は猫だった。
「にゃんばーにゃっくるにゃににゃしにゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃど!」
「ぐはっ」
お父上様と連れられてお母上様はサッと避けたので被害はなかったのだけれどだからといって私は避けるわけにはいかないのでそのまま受け入れたら、私より小さいにもかかわらず案外強いタックルをくらわされて猫を受け止めた。猫に押し倒された後、猫は元気よく上半身を起き上がらせ、王子ぃ、だいじょぶかにゃ? と言い高笑いしながら下で動かない彼の身体をつついていた。
「にゃーはっはっはっ」
「え? どうなった?」
「ひーちゃんやばいよ18禁」
「ええっ! ちょ、お前ら何して」
「す~りす~り、ぺ~ろぺ~ろ」
「ぎゃー!」
「だいじょぶだよひーちゃん。くーちゃん生まれたの今の彼くらいだから」
「ぎゃー!」
「鼻濁音がこんなに綺麗に出る人なんて早々いないよね~」
「猫。退け」
「あいあい~」
クルンと身軽に起き上がった彼女に続き、私もゆっくりと立ち上がり、土を払い落とす。
「全く、私がいなかったらお前は今頃どうなっていたことか」
「にゃ? にゃあは猫だから別にどんな高さから落ちても大丈夫にゃん」
「あ」
「まあだもんで、もしも王子が高いところから落ちちゃうかもしれない時用のために、とりあえずおみゃあさんの身長抜いといてやっにゃ」
「ふん。抜けるものなら抜いてみるがよい」
「頑張るにゃー!」
普通に小さな子供の喧嘩っぽいものが行われている最中。
「ありゃりゃ、ここから先は行けないのかー。管理人、良い仕事してるじゃん」
まだ行けそうな道が続いているにもかかわらず、その先には穴が所々空いたり木々が倒れたりしているので強固なバリケードが張られていた。
それを聞いて、彼女の、彼の手を握る手がぎゅっと強くなる。
「聞いたぞ……戦争の小さな波紋だと。お前の前の国は大丈夫なのか、これからの、私たちの国も……!」
「うん」
「なっ、そんな軽々しく返事をするな! 世界的な問題なんだぞ! お前1人の力じゃ」
「確かにあともう1人か2人は欲しいかもね、魔法使い。鴉のタカちゃんとか狐のいっちゃんとか」
「……あ」
「大丈夫だもん、だってさあ」
愛する妻にしか聞こえない声で、愛する妻には見えない隻眼の、右目に走る傷を恐怖と感じさせない飄々とした表情で、
「俺は十二世界線の中の12人の魔法使いの1人、“空色の猫”だもんね。世界相手くらい、楽勝楽勝」
へへっと、彼は笑った。
そのあっけらかんとした、全く不安も揺るぎもないその言葉に、その言葉だけでホッとした若い王妃も、また小さく困って、笑った。
「あー困り顔いい!」
「ぎゃー!」
「ほいじゃあれっつらごーにゃー」
「帰りましょう。お母上様、お父上様」
「おーよー」
「お、お前、わたしの手をもう二度と放すなよ」
「はいよっとひーちゃんっ。あ、おい。いいか――」
と、私がお父上様とは反対のお母上様の手を握ろうとしたら、お父上様が私の名を呼んだ。
「――お前もしっかり、好きな女の手綱は握っておけよ」
「!」
え、は? え?!
「お、お父上様、それはどういう」
「だーかーらー、父上! それかパパ! ひーちゃんはママ! お前はティーンエイジャー!」
「阿呆かお前は!」
そして2人は、それぞれ、花火のように、突然、光って、消えた。
空は変わらず、雲が泳いでいた。
いつの間にか、オレンジ色に染まっていた。
どんな笑顔、だった――?
お母上様は視えてはいなかったけれど、解って。
私は視えていたけれど、けれど、解らなかった。
「ふむ――」
と、なんとなく猫のいた方をチラリと一瞥すると。
「な」
猫はそこにはいなかった。蝶々もいなかった。ただ、夕暮れ色の水溜まりがあっただけだった。
猫、猫は、どこだ?!
「どこだ、猫!」
緑と青の植物園を越えて、光る噴水を通り過ぎて、大きな広場を突っ切って、小さな茂みに突っ込んで、小さなポプラの木の前を通り過ぎて。
ポプラの木が多くなってきた並木道を越えて、サラサラと流れる小川の岩を越えて、あの日より速く駆け抜けられなかったこの秘密の小道、沈む夕日、そう、この先……!
ザアッ。
風が勢いよく通り過ぎ、ポプラの木をまた一段と謳わせた。
鳥が数羽、太陽の方へ飛んでいくのが目に入る。
あのバーケードたちは取り払われていて、広がる大地が、地平線の先までよく見えた。
眩しい。
ああ。
あのガラスたちはどこに行ったのかと思えば。
その木の根元埋められていて、かろうじてキラキラと光っていた。
これならば、お母上様でも、ここが一番大きなポプラの木の元だということが解る。
こんなところに、あったんだ……それにしても、危ない。
そしてそのすぐ近くに、白い芝生の上で気持ち良さそうに陽を浴びながら、猫が寝転げていた。身体のあちらこちらにポプラの綿毛がくっついて、大樹がサヤサヤと揺れる。昨日は雨だったから、その分羽を伸ばしているのだろう。
「にゃっ! 眩し! 王様、金色の王冠眩し!」
「猫……お前、よく入れたな……」
「にゃんだかにゃ。でかいのによく入れたかにゃって? にゃにゆーとるんにゃー。にゃあは猫だから、どんな隙間でもお茶の子さいさいにゃよ」
「ああ、そうだったな」
というか、なんだか猫のことの方が前から忘れているのではないか。
全く年は取りたくない。
「帰るぞ」
「あいあいにゃー!」
幼少の頃、肩車の時に恐くて恐くて耐えられなかったあの高い世界が見えなければ、視えなければいいのにと思っていた。
でも、視えていることで、それがどれだけ幸福か、そんな素朴でありふれたことで理解出来た。
だから、今みえる全てを感じたいと、心から思えるようになった。
だから。
だから、ここの管理人には……もう少し頑張って頂こう。
なんたって、俸給は前払い&歩合制だったからな。
「今っ日の夕っ飯はにゃっにかにゃー。にゃーんにゃーんにゃーん、とってつーけたよーな~、笑うー門にはたにゃごころ~」
また上機嫌時の猫の、お母上様の真似事が始まった。アマハは料理始め家事全般は期待出来る、それだけ。王様は、走ったりして定位置からズレまくりの王冠をしっかりと被り直した。
その日の帰り道は、相変わらずこの公園からの帰り道は、また心地良いものだった。
で。
教会に入った瞬間、そこに畏まったように並んで出迎えてくれた2人の内の小さい方、祝福の宝石師つまりはアンジェリーク・フォン・ブラウン=カルゼン=ブラッカーはこう言った。
相も変わらず……この言葉を今回だけでどれ位使っているのだろう……とりあえず、相変わらずこの2人の女性も読めない2人であった。
ニヤリ顔で。
「儂らも、猫君らのパーティーに入ることにしたから、しくよろー」
どうも、寒くなってきましたね!
私は早速風邪をひいて瀕死状態です。
なのでガネクロが歌えません悲しいです。
でもガネクロへの愛は尽きません……毎日聴いてますっ。
この曲はもう和やかで穏やかでもう聴いたら聴いたで
ハッピーな気分になれます。
このゆりさんの声の力強さ! 惹かれます!
最初この話は“A crown”にしよーかと思っていたんですけれど、
まだ次期早いかなと思いまして。
またいずれ。
リクエスト投稿したら壁紙が付いてきました。
最高です。
ていうかそんなことならもっと早くしてました。
勿論激選したのはあの曲です。
ではでは、
風邪などにはお気をつけて!
マイコプラズマとか! 今年オリンピックないのに流行っています!
ではまた!