001 Jewel Fish
また、君に恋をするんだね
その約束を心に抱いて、
今も僕は、Jewel Fishの暮らす『海』を目指しているよ
宝船宝は空を見上げて初めて気づいた。
そのツタの生い茂る古びた小屋の拵えられた小さな階段に座って、外の緩やかな風に当たりながら。
自身がカッターナイフで削りながら創られている、とある芸術作品に、小さな一雫が落ちたことにより気づいた。
「……通り雨、かぁ……」
と。
ゆったりとした口調で微笑みながら穏やかに言う青年。
その緩んだ顔に残る少しのあどけなさから少年と描写しても良い具合の青年。
整った金髪が流れる痩身麗句を包むは黒を特徴とした装飾服。
太陽と雨が映ったその碧い瞳はまるで海のようだった。
「一休みしている内に足止め食らっちゃったなぁ……ねぇナナコ。雨、止まないかな?」
動かしている左手を止め、横に目をやりながらそう言った彼の隣には、小さな女の子がちょこん、と座っていて、膝に乗せた真っ白いノートパソコンのキーをカタカタとまるでピアノでも弾いているかのように楽しそうに打鍵していた。
黒いリボンがあしらわれている大きめのその白い帽子から垣間見えるハネッ毛な黒髪。
その帽子と見合った真っ白でフリルの付いたワンピース。
そこから覗く小さな両足を包む白い靴。
大きくぱっちりとした蒼い瞳。
高揚しているのか紅く染まった頬、その矮躯からしてまだ幼い少女。
そして首には、それらと不格好な、明らか場違いな、少々錆びついた鎖付きの首輪。
ナナコと呼ばれた彼女は瞳をキラキラと輝かせ、叫んだ。
「うん! このベイクドなチーズケーキもスフレも苺のケーキも全てカートに入れて良いんだね、タカラ! はうううぅぅぅ、ナナコは世界一幸せ者だね! タカラの芸術の才を見抜いた上に弟子入りのための試験も一発合格っ、タカラはナナコに名前をくれたしナナコも一緒に『海』へ連れて行ってくれるし本当に極上で秀逸な良い尊師を持ったとナナコは思うよ! これからもご指導ご鞭撻の程宜しくしたいな、そうそう、雨と言えば、この雨は天気雨、狐の嫁入りとも言うね! でもだいじょうぶ、この雨はすぐ止んで、今日の夜はとてもよく晴れて、星がよく見えるんだって、わぁ~、ロマンチックだねぇ、タカラ!」
相変わらずよく喋る娘だな、と宝は思った。
彼女――魚々子は、その花が咲いたような屈託のない笑みを浮かべてウキウキとニコニコと超絶ハイテンションで心を躍らせている。
しかも喋れば跳ねるので下の木がギシギシと音を立てて、少し不安になる。
「この雨が川となって、流れる川は全て『海』に繋がるらしいよね、まるで全ての道はローマへ通じる、みたい! この21世紀に『海』を見たことある人なんて然ういないよ、きっと王様くらいだよね! タカラの瞳の中の色みたいな色をしているんだよね。有り体に言えば、空の色? わぁ、『海』なんて未知の世界だよね、本当に在るのかな、『海』って! もしもあったとしたら、感慨無量だよ! 3回回ってニャーと鳴くよ!」
「はは、相変わらずナナコは面白いな……でもね、うん、在るよ、『海』は」
喋る度にジャラジャラと鳴るその鎖の上の笑顔を持つ彼女へ、そう、落ち着いた口調でタカラは言った。なぜだかその言葉には強い意志を感じることのできるとても芯のある声色だった。雨音の鳴る屋根の下、遠くの青い空を見つめ、太陽の眩しさに少し目を細めながら、そう言った。
「あの子と約束したんだ。夢を描くなら2人が良いって、待ち合わせは波の向こう、またそこで逢おうねって、『海』へ行こうって。それに」
「さいですかさいですかぁ。恥ずかしいなぁ、面映ゆいレベルだよ。なんていうか、師匠は予て社会人になっても若気の至りが抜けないね! 心若いって言うのかな? 成る程成る程、見た目は大人中身は子供なんだね。得心いったよ。この世界中で噂の的でもあり都市伝説以上に幻の大地、『海』は存在するんだね。あ、大地って、言うのかな? ううん、そんなことより、本当に丸くなったよね、タカラは。出会った頃なんてさ、あの日、あの日だよ、目が吊り眼、すっごく怖かった! 食べられちゃうかもって思ったくらいだったよ。オーラとかもドス黒いしほんと初対面は悪辣で陋劣な印象を持ったくらいだし、なんていうか、荒れてたよね!」
「えぇ~、そうだったっけ」
マイペースすぎる魚々子のお喋りで宝の話は切られ、しかも途中でツッコめず、後半への解釈通りだったらしいのか否か、その青年は、有り得ないほどありふれたその笑顔でそれを拒み、先程の続きを、言った。
「それにまぁ、ナナコが存在している時点で、『海』があるって結構確実なことなんだよ……?」
あの日。
あの子は悪い子だった。
何時も傘を差している、傘の似合うあの子。
雨粒が太陽で光るアスファルトの上で。
まだ信号は赤だったのに。
待ちきれないと飛び出して、走り出して、僕の横を駆けて行ってしまった。
信号が変わる一瞬の間に、僕たちは離れ離れになってしまった。
傘が、空高く、舞った。
僕は止められなかった。
雨は止んだのに。
時が止まってしまったあの子は、何処へ行ってしまったのだろう。
……そうだ。
きっと、約束の場所の、『海』だ。
あの日。
僕がフラフラと『そこ』を目指して歩いていて、赤信号で足を止めた時、隣にいた彼女――魚々子と出逢った。
実際出逢った時はお互い、何かを感じた筈で。
偶然、そこは大きな交差点で。
偶然、全ての信号は赤になり。
偶然、通り雨が空を覆っていて。
偶然、僕と魚々子は目が合った。
その、酷く死んだような、死んでいるような、この世に生きていないような虚ろな瞳と。
その瞳に僕が歪んで映えていた。
その瞳は輝きを失っていて。
その瞳は希望を持っておらず。
目は口ほどにものを言うというように、口より目と耳の方が多いから、喋るより見たり聞いたりする方が大切だというように、その目は訴えかけるように言っていた。
“ ― ― … … た す け て ”
…………。
そういう風に、勝手に、僕は感じ取ったので。
堅固な鉄格子の檻が、大いに邪魔だったので。
丁度、ムシャクシャしている最中だったので。
僕は、その見世物小屋のトラックが青信号に変わったのと同時に走り出した瞬間、僕はそのトラックを、思いっきり足で蹴っ飛ばしてやった。
配慮しておくが、僕は人間である。
ただの、人間で、ただの芸術家である。
運良く。
運良く、僥倖な巡り逢いだった。
運良く、トラックは宙を浮き、その震動で鉄格子が曲がった。
運良く、彼女はその壊れた鉄格子の隙間から外へ投げ出され、運良く、広げた僕の腕の中へと着地した。
僕の胸の中で震える彼女には、
その白い肌に所々、宝石の様に輝く鱗のようなモノがあり。
その黒髪や何も纏っていない小さな身体はずぶ濡れで。
その錆びた鎖付きの首輪よりも更に目を惹いたのは、頭部にある人間の耳の形をしたモノではない、何か、尖った、鮮やかなグリーンの耳のようなモノで、衰弱した腰から下にあるはずの足が無く、代わりにこれまた鮮やかな尾ビレが2つ存在していた。
驚いたことに、彼女は、“人魚”だった。
人魚。
……『海』に棲むと……言われている?
そして、彼女は記憶を喪失していた。
自身の名前も。
何処から来たのかも。
自分が、人魚であるということも。
何故見世物小屋のトラックにいたのかも。
そして、自身の故郷であるはずの、『海』のことも……。
だから、魚々子も共に『海』を目指すことになった。
本当はあの子と目指していたけれど。
けれでも、『海』へ行けば、あの子に逢える。
だから。
いつか。
「生まれ故郷に帰ればキミも、大海へ出て暮らせるよ」
「も?」
「も」
あの子と同じ、『海』。
僕と同じ目的場所の、『海』。
アスファルトが濡れて、僕らを鮮明に映しだしていた。
そして運良く、その大きな交差点にトラック以外の車や人影は、なかった。
そんな感じで、回想終了。
現実逃避しても見えない、面影は成長しないけれど、魚々子もあの日から比べれば、180℃回転しすぎである。
なんなの、その超元気っ子。
でもまぁ、悪い心地より、良い心地がするので、良しとする。
「んー、でもタカラ、ごめんね?」
「……ん、何が?」
珍しく口数の少ない魚々子。かなりしゅーんとしている。かなり可愛い。
「ナナコは雨に濡れるだけでも人魚になってしまうから、本当に、済まないなって思ってる、恐縮至極に存じてるんだよ。ナナコもそうだけど、タカラは一刻も早く『海』へ出たいのに、ナナコなんか、本当に足枷、足手纏いだよ。晴れの日ならサクサク行けるのに、この世界は雨が多いから、それで立ち往生してしまうし……自分で言うのも何だけど、ナナコはマジに人魚だから、旅路を邪魔する人達が方図無いしね……それに」
「ナナコ」
今度は僕が、ゆったりと魚々子の言葉を切った。
この子のことだからかなりの謝罪文と平身低頭なノリが続くかもしれない。幾重にもそんな言葉が乗っかれば僕も沈んでいく可能性がある。
だから宝は、出来る限り明るい声で、前向きに行こうと思った。
「雨の日は雨の日の、晴れた日は晴れの日の過ごし方で良いんだよ」
肩掛け鞄にカッターナイフや諸々を詰めながら言った。
「世界の何処にいたって僕らは星屑よりも小さいんだ、小さすぎるんだ。この星様に、万物や自然に、人間が勝てるわけ無いだろう? 人間が勝てないなら、全ての生物だって勝てない、尚更だ。だから従って生きていくしかない」
そして。
今やっと、いつの間にか晴れた青空を仰いで、
「でも、大きすぎる夢は見れるんだ」
その軒下から出て、太陽の光をめいいっぱい浴びて、クルリと後ろを振り向き、魚々子へ言った。
「さぁ、『海』へ行こう。キミがいないと僕の旅は始まらないし、終わらせることも出来ない。ナナコがいないとダメなんだよ。一緒に来てくれないか?」
「…………」
「僕はキミを助けた。だからとではないけれど、キミも僕を助けてくれ。この旅を始める時に、僕がキミに頼んだあの、僕の望みを叶えておくれよ。そして、キミは、『故郷』へ帰っておくれよ」
「…………」
「僕の望みは、あの子へ僕の想いを伝えること」
「…………」
「届かない愛を胸に抱いていて、生きてきた証に変えてゆけると思う?」
突然の、その宝からの有り体な問いに、突然に、魚々子は無邪気に、ノートパソコンを畳み、その足で力強く立ち、帽子を被り直し、あどけない笑みをこぼしながら、また短い言葉で相鎚を打った。
「全っ然、思わない!」
「よし、じゃあ、先ずは、この砂漠を越えていかなければね」
と、目の前に広がる砂、砂、砂、何もない砂の広がる砂漠を指さす。魚々子も、その一休みに使っていた古びた小屋の軒下から外へ出た。
ギラギラと太陽が照り差し、植物も生息せず、降水量よりも蒸発量の方が多い、世界でも多い方だがあまり類の見ないその地、砂砂漠。
「エジプト神話に登場する神でセトっていうエジプト九柱の神々の一柱がいるんだけど、砂漠と異邦の神なんだって! お祈りとかしておけば、無事に竜巻とかに遭わずに越えてゆけるかな! ん、うーん、でも神様はいつも私たちをご覧になって采配っているから、あまり意味ないかな? いやいや、物事に意味のないことなんて無いよね、タカラ! それにしてもほんとに砂漠に雨なんて降るんだね!」
「うん、なんたって、通り雨だからね。砂漠だって通るよ」
あっけらかんと言う宝の前に、呆然とした笑顔の魚々子がいた。その、砂漠もゆく彼女のシルエットは、また可愛らしいものだった。
小さな水たまりは、オレンジ色に染まりかけていた。
いつか少しでも、
河魚のいない、
あの子のいない、これからの日々に優しくなれるように。
引き金は腕の中で。
宝が、魚々子に頼んだ彼の望み。
それは――
“
Bury at sea.
Bury at sea for me …… ”
彼を、海へ沈めること。
“――――水葬しておくれ”
……たいていの文学作品でもそうだが、人魚が最期まで幸せに生きた、という試しは、あまりない……。
青年は、その宝石のような魚と共に、海を目指して、泳いでゆく……。
この曲は、
私がGARNET CROWの中で1番好きな曲なんです!
爽快で明るい曲ながらも
最後の“Bury at sea for me ”にはゾッとしてしまいます。
100曲以上もあるGARNET CROWの歌は、どれも素敵で順位なんて付けられません!
みんな大好きです!
七さんもゆりっぺもおかもっちもゴッドハンドも大好きです!
こんな感じで、これからもお付き合い宜しくお願い致します!