マーゴのステキなお茶会
とある大きな街の丘の上に、立派なお屋敷がありました。 そこに住んでいたのは、マーゴという名前の小さな女の子です。
マーゴは誰もがうらやむ女の子でした。
豪華な食事にかわいらしい人形、大きな宝石……マーゴが欲しいと思ったものは何でも手にはいりました。お父さんやお母さんは外国に行ってばかりでたまにしか帰ってきませんが、代わりに屋敷にはあふれんばかりの金貨と召使いを残してくれました。
けれど、本当のところは、マーゴはちっとも幸せではありませんでした。
マーゴの世界はいつも灰色で、食べたいものは食べた途端に、欲しい物は手に入れた途端に価値を失ってしまうのです。
マーゴの胸の真ん中には深い穴が空いていました。
ごちそうを詰め込んでも、どんなきれいな宝石で埋め尽くしても、胸にぽっかりと空いた穴はずっと満たされないまま。
そんなマーゴの退屈な世界にたったひとつだけ、どうしても手に入らない輝きがありました。
それは丘の下の街に住むパン屋の娘、リリィでした。
リリィはマーゴが持っているどんな人形よりもかわいらしい女の子でした。
リリィの髪は、太陽の光を浴びて豊かに実った稲穂の色。
リリィの声は、カナリアが歌うように可憐な鈴の音。
リリィの香りは、ぽかぽかのお日様と焼きたての小麦の香り。
マーゴはお屋敷を抜け出してリリィと遊んでいるときだけ、世界が少しだけ暖かくなったように思えるのでした。
けれど、楽しい時間はいつまでも続きません。太陽が西に沈んで時計塔がカンカンと夕暮れの鐘を鳴らすと、リリィは「まあ、もうこんな時間! また明日ね、マーゴちゃん!」そう言ってリリィはお家に帰っていってしまうのです。
リリィが去ってしまうと、マーゴの胸にまたあの激しい痛みが襲いかかってます。冷たい穴が広がって、マーゴを飲み込もうとするのです。
マーゴは首をかしげます。
どうしてリリィは帰ってしまうのかしら? ずっと私のそばにいてくれればいいのに。
疑問に思ったマーゴはある日、街の小さなパン屋さんを訪れました。
焼きたてのパンの匂いが立ち込める店内で、マーゴはずっしりと重い革袋を、カウンターの上にどんと置きました。袋には金貨がぎっしりと詰まっています。それはパン屋が一生働いても手に入らないような、とてつもない大金でした。
お店でおもちゃを買うのと同じように、マーゴは言います。
「お母さまお母さま。このお金でリリィを売ってくださいな」
パン屋のお母さんは驚いて目を丸くしましたが、すぐに子供のおふざけだと思って、優しくクスリと笑って首を振りました。 そうしてマーゴの前にしゃがみこみ、優しく頭を撫でました。
「まあ、マーゴちゃん。リリィのことをそんなに気に入ってくれているのね。でもね、お気持ちはとっても嬉しいけれど、友情や人間はお金では買えませんのよ」
パン屋のお母さんは金貨の袋を優しく押し戻しました。
買えないものは、自分のものにできません。
マーゴは納得がいかないまま、肩を落としてお屋敷に帰りました。
その日の晩、マーゴは枕を抱きしめながらじっくりと考えました。マーゴの頭の中は時計の中で歯車が回るように、難しい計算でいっぱいになりました。
リリィと一緒にいるときだけ、心の穴は満たされた気持ちになります。もし、リリィがずっとそばにいてくれたら――ぽっかりと空いた胸の穴は永遠に満たされたまま、二度と寂しい思いをしなくて済むでしょう。
リリィはどうしたら自分のものにできるのかしら?
その時です。マーゴの頭の中に、雷が落ちるようにとびっきりのアイデアが思いつきました!
それはマーゴにとって、世界中のどんな学者や先生がひっくり返って考えても思いつかない、とっても素晴らしいひらめきでした。
そうと決まったらいてもたってもいられません。マーゴは誰にも内緒で秘密のお茶会の準備を始めました。
◇
日曜日は街の誰もが仕事を休み、神様に祈りを捧げる静かな日。 マーゴは「今日は一人で静かに過ごしたいの」と言って、召使い全員にお休みを与えてお屋敷から追い出しました。
広大な館は、マーゴとリリィだけの秘密の花園。 庭園の東屋には一番上等なレースのクロスを敷き、ピカピカに磨かれた銀の食器を並べました。
お皿の上には厨房から持ち出した最高級のお菓子たち。
マーゴは、昨日リリィに届けておいた招待状のことを思い出して胸を躍らせました。
『世界でいちばん大切なリリィへ。日曜日に世界で一番ステキなお茶会を用意します。私のお屋敷へ来てくださいな。大人には内緒で二人だけのパーティをしましょう』
午後二時の鐘が、街の時計塔からカン、カンと響き渡ったその時。
約束通り、庭園の大きな鉄の門がギィと開き、可愛らしい足音が聞こえてきました。
「マーゴちゃん、遊びに来たよ!」
リリィです! リリィはお日様のような満面の笑顔を浮かべ、小さな手にはバスケットを抱えていました。中にはリリィがお家で焼いてきた、香ばしいクロワッサンが入っていました。
「まあ、リリィ! 待っていたわ!」
招かれたリリィは、マーゴと一緒にテーブルにつき、お茶会を始めました。
甘いイチゴのシャルロットや、粉砂糖を雪のように被ったクグロフ。リリィの好きなサクサクのビスケットに、ホールのチーズケーキだってあります。 そして何より欠かせないのが――とっておきのお薬を混ぜ込んだマーゴ特製の紅茶。
マーゴは銀のティーポットから、澄んだ琥珀色の紅茶をふたつのカップに注ぎました。
「とってもいい香り。いただきますね、マーゴちゃん」
リリィは少しも疑うことなく、嬉しそうにカップを傾けます。 紅茶をおいしそうに飲むリリィ。紅茶が一口ずつ喉を通っていくのを見る度に、マーゴの胸は興奮で高鳴っていきます。
「あなたの淹れた紅茶、とっても好きよ。私、あなたのためなら何でもしてあげたいな」
「本当に? 何でもしてくれる?」
「ええ、もちろん! 私たち、一番の親友だもの!」
リリィはお行儀よくサクサクのクロワッサンをかじり、ニッコリと笑いました。
マーゴとリリィは、しばしの間お茶会を2人で楽しみました。
「このクロワッサン、焼き立てで美味しいわね」
「本当? マーゴちゃんにあげるために、今朝お父さんと一緒に焼いたのよ」
「ふふ、ほっぺたにサクサクのパンくずがついているわ」
「あら、ほんと? えへへ、恥ずかしいな」
リリィが三杯目の紅茶を飲んだ時です。
カチャン、と音を立てて、リリィの手からティーカップが滑り落ちました。
リリィは椅子からコテンと転がり落ちそうになりましたが、マーゴは素早く立ち上がり、優しくその体を支えました。
「私、あなたのお茶会に来られて……すごく嬉しかった……でもなんだか体が重いの……」
「大丈夫よ、リリィ。ちょっと身体が眠ってしまっただけ。心配しないでね」
マーゴはご機嫌で鼻歌を歌いながら、準備しておいたピンクとホワイトの上質なシルクのリボンを取り出しました。そして、倒れたり、動いたりしないように、リリィの細い手首や足首、胴体を、可愛らしく縛り付けていきました。
マーゴが盛った薬は、体の自由を奪う痺れ薬でした。
「リリィ。私もあなたのこと、大好きよ。食べちゃいたいくらい」
マーゴは、これからリリィにする事を想像して、ほんの少しの寂しさがありました。でも、後戻りはできません。リリィはこんなにも私を愛しているのだから、きっと嬉しいに決まっています!
マーゴは等身大のビスクドールを愛でるように、金色の髪を撫でます。
「リリィの髪は、太陽の光を浴びて豊かに実った稲穂の色。
リリィの声は、カナリアが歌うように可憐な声。
リリィの香りは、ぽかぽかのお日様と焼きたての小麦の香り。
リリィと遊んでいるときだけ世界が少しだけ暖かくなったように思えるの。
だったらリリィの味だって、きっと世界で一番最高に決まっているわ!」
リリィと一緒にいると楽しくて、心の穴が塞がったような気持ちになる。 だったら、いっそ丸ごと食べてしまえばいいのです。可愛いあの子はすっかり自分の一部になって、二度と離れ離れになることもないし、埋まらない心も永遠に満たされるに違いありません。
マーゴの右手に握られた銀のナイフが、午後の日差しを反射してギラリと光りました。
「や、やだ。マーゴちゃん、冗談でしょう……? ねえ、冗談よね……!?」
リリィは恐怖で瞳を大きく見開き、助けを求めました。けれどマーゴには伝わっていませんでした。第一、助けを求めたとしても、そこは二人だけの花園。大人たちは誰もいないのです。
マーゴはお行儀よくナイフとフォークを立ち上げ、ナプキンを胸元に挿し込みます。
「それじゃあ……いただきまーす♪」
さあ、待ちに待ったとってもステキなお茶会の、一番ステキなごちそうの時間です。
ザクッ。
マーゴが手にした銀のナイフが、マシュマロのように柔らかい肌を切り開いていきます。断面からはとろりと甘いチェリーシロップが溢れて、真っ白なテーブルクロスに赤色の花を咲かせました。
「まあ! なんて綺麗なシロップなのかしら!」
動けないリリィの目からは、真珠のようにまん丸で綺麗な涙がこぼれます。
「やめて マーゴちゃん、痛い! 痛いよ! 私たち、お友達じゃないの!? 」
リリィは涙をポロポロとこぼしながら、必死に首を振ります。マーゴは首をかしげ、不思議そうにリリィを見つめました、
「だってリリィ、私のためなら何でもしてあげたいって言ってくれたじゃない」
「そんな意味で言ったわけじゃないよ! 痛い、痛いよぉ、お母さん! お父さん! 助けてぇ!!」
マーゴは一口大に切り分けたたお肉をフォークで刺すと、ぱくりと一息に口に放り込みます。
「まあ……なんてすばらしい味なの!」
リリィのお肉は、イチゴのムースのように鮮やかで、どんなお菓子よりも甘くて、どんな子牛や子羊よりも柔らかいお肉でした。
マーゴはほっぺたが落ちそうな味に顔を綻ばせます。なんて素晴らしい味なのでしょう。
マーゴは楽しそうに鼻歌を歌いながら、ビスクドールを分解するみたいに、繊細な手足を関節ごとに切り分けていきました。リリィは自分の脚が切り分けられ、目の前の親友がそれを美味そうに飲み込んでいく光景を、ただ見つめることしかできませんでした。
「やめて……マーゴちゃん……お願いだから……わたしを食べないで……」
「ふふ、『わたしを食べて』だなんて、欲張りさんねえ! 心配しなくても残さず食べてあげるわ!」
マーゴは切り分けた手足をフォークで上品に口へ運ばせました。庭でシロツメクサの髪飾りを作った手も、二人で駆け回ったあの脚も、全部マーゴの胃の中に消えていきます。フォークを運ぶたびに、胸の穴が少しずつ満たされていくようでした。
そうしてとうとう、マーゴはメインディッシュに手を付けました。リリィの可愛らしいドレスの胸元と肌をナイフで切り開き、華奢な肋骨の隙間に手を差し込みました。
「やだ……やめて……マーゴちゃ……」
「まあ……! なんて綺麗な果実なのかしら!」
華奢な胸の奥で脈打つ心臓は、どんな宝石よりも美しく、どんな熟れたリンゴよりもいっとう甘い果実のように見えました。
マーゴは銀のナイフを深く突き立て、その温かい果実を丁寧に切り出します。両手の上に乗った小さな小さな甘い果実を、マーゴは口のまわりを真っ赤にしながら、少しはしたなく、口いっぱいにほおばりました。
もぐもぐ、もぐもぐ――ごっくん♪
リリィの瞳からは光が消え、首がガクリと垂れ下がっていました。 世界で一番かわいらしいパン屋の娘は、それきり二度と動きませんでした。
◇
それから小一時間ほどでしょうか。
頭のてっぺんから足の先まで、最高のごちそうを骨も残さず全て平らげてしまうと、マーゴはナプキンで口元を丁寧に拭き、満足げにため息をつきます。
「ごちそうさまぁっ♪」
マーゴはごきげんな顔を上げ、テーブルの向かい側を見つめます。
……あら?
そこには、真っ赤なシロップで染まった、空っぽの椅子がひとつ置かれているだけ。リリィはどこにもいませんでした。
カナリアの可憐な歌声も、秋の稲穂の金色も、焼きたてのパンの香ばしい匂いも、どこにもありません。
さっきまで満たされていたはずの心に、冷たい風が吹きます。
さっきよりも、もっともっと大きな穴があいてしまったのです。
マーゴは首をかしげ、ふとテーブルに残ったケーキを口に運んでみました。
……おいしくありません。砂を噛んでいるような味しかしないのです。リリィとおしゃべりをしながら食べたときは、あんなにも美味しかったのに!
「あの時間が楽しかったのは、リリィがいたからなのね」
マーゴはすべてを完食してしまってから、リリィがいたからあの時間が楽しかったのだという当たり前のことにようやく気づいたのです。悲しくなったマーゴ。どんな豪華な料理もお菓子も、食べたらなくなってしまいます。かけがえのない友達は、もうこの世界のどこを探してもいません。マーゴはこの世界で独りぼっちになってしまったのです。
マーゴは膨らんだ自分のお腹をそっと撫でながら、どこか悲しげな笑顔で呟きます。
きっと、本当に大切なものは目には見えないのだわ――だってもう食べちゃったもの!
でも、マーゴはこんなところでへこたれる女の子ではありませんでした。
そうだわ! 次は別のお友達を招待して、もっとステキなお茶会にすればいいのよ!
友達を失ったら、また新しく探せばいいだけのこと。街には靴屋の可愛い男の子も、お花屋さんの可憐な女の子もいるのです。マーゴは軽快な足取りで書斎へと向かい、ペンを走らせて次の招待状を書き始めるのでした。
さあて、今度のお茶会はどんなステキなごちそうが待っているのでしょうね?
――おしまい




