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ロリコンきも親父って地雷

 


「何よこれっ!!」



 朝の澄んだ空気を切り裂くような甲高い声。

 一瞬遅れてパシャンッと水が跳ねる音が耳元を打った。

 頭から首にかけて、まだ少し熱い液体が伝う。熱いし、少し痛い。火傷にはならないだろうけど。

 でもこれを拭ったら、次は平手打ちか熱湯が飛んでくるだろう。

 だから私は急いで床に伏せ、ろくに手入れもせずボサボサだろう頭部を晒して謝罪する。



「わたしが飲みたかったのはこの茶葉じゃないわ! その程度も察せられないの!? 本当に愚図ぐずね!」

「申し訳ございません、アリシア様」

「気安く名前を呼ぶんじゃないわよ愚図!」



 選択を間違えたなぁ、と思いながら、顔面目掛けて飛んでくる足に目を瞑る。痛いと思っていたら、タラリと鼻血が伝う感覚が。十三歳児がヒールなんて履くか、普通。

 とりあえず血が床に落ちないよう手で抑えつつ、額を床に擦り付けるように下げて「申し訳ございません」ともう一度謝罪する。



「ああもう、せっかくお父様が新しく買ってくださった靴だったのに、あなたのせいでよごれたわ!」

「申し訳ございません」



 なんとまあ酷い言いがかりだ。

 これはアレだね、小学生男子がよくやる「あいつに触ったら菌が移るぞー!」的なやつですね。いやはや、小学生って意外と残酷なことを言う。

 キンキン響く金切り声に軽く現実逃避する。うわ凄い高い声だなぁ。超音波出てんじゃないのコレ。あははウケる。



「ちょっと、聞いてるの!?」

「はい、申し訳ございません」

「〜〜〜ッ! あなたは本当にそればかり言うわね。まるでお人形だわ! もしかして感情もないんじゃない? つまらないのだけれど」

「申し訳ございません」



 うーん、私結構感情豊かな方だと思うけどな。

 まあ常時ご機嫌ジェットコースター状態の彼女に比べれば、落ち着いている方か。



「もういいわ、お仕置き部屋に篭っていなさい。今日一日部屋から出たら許さないから!」

「承知致しました」



 足音を荒く立てながら去っていく彼女を見送る。といっても実際に見たらまた怒号が飛んでくるので、床に伏せたままだけど。

 足音が聞こえなくなった頃に顔を上げて立つ。あ、服が汚れてる。ここの掃除どうなってんだよ。

 軽くはたくと、通りすがりの侍女に睨まれた。掃除道具を持っているから、ゴミを増やされて嫌だったのかな? でもこのゴミはもとからだから大目に見て欲しい。


 いやあそれにしても、今日も清々しいほどの悪役っぷりだったなぁ、アリシア嬢。あれでまだ十三歳なのだから恐れ入る。

 まあ虐げられてる私が褒めるのもアレだけどね。我ながら図太くてウケる。あっはっはっは。

 お仕置き部屋までの長い道のり、今までのことでも振り返るとしましょうか。暇だし。




 私の名前はシャミアナ・フルラーレ。アゼル王国のフルラーレ伯爵家の長女である。一応だけど。

 アゼル王国は、世界で三番目に力のある国。持ち味は豊かな食べ物と、最先端のファッション。貧民街は世界的に見ても少なくて、国土はさして大きくないが恵まれた国だと評されている。


 そんな恵まれた国に生まれた私だが、今の境遇はなかなかに酷いものだ。

 まず私の産みの母親は、私を出産すると共にこの世を去ったらしい。なんでも当時の母親はわずか十七歳で、王立学園を中退したばかり。まだ身体が小さかったために出産も危険なものとなり、結局命を落としたそうだ。

 この時点で地雷臭しかしないよね。だって父親は当時三十は行ってたよ? どんだけ歳の差あるんだ。イエスロリショタノータッチ。

 私の母親が死んだ後、父親はすぐに学生時代からの恋人だという愛人を後妻に迎えた。そして私と二歳差の異母妹、アリシアを出産。

 義母の一時的に愛する人を奪われた恨みは強かったのか、その感情を亡き前妻の代わりに私にぶつけてきた。


 元々大してなかった私物は全て捨てられて、物置のようなボロい部屋を与えられた。使用人よりも粗末な格好をさせられ、食事は一日一回。それも義母達の機嫌次第でなくなることが多い。

 ……うーん、かなり酷いな。普通の子供ならとっくに死んでるぞ。

 父親も私の母親はあまり好いていなかったのか、義母を止めることはない。じゃあなんで私を産む羽目になったんだって話だけど。

 義母の背を見て育ったアリシアも、次第に私を虐げるようになった。一家の実権を握る彼女達に睨まれたくない使用人達も、露骨な嫌がらせこそないけれど、すれ違うたびに睨まれるくらいはする。

 字面にしてみるとやっぱり酷いなぁ。普通の子供なら今頃心壊れてるっての。


 そんな境遇でも私がこうして正常でいられるのは、私が“普通”じゃないからだろう。



 なんとビックリ、私には前世の記憶があるのだ。



 ふざけているわけではない。マジのマジである。本気と書いてマジと読む事実だ。

 前世は異世界の日本で女子大学生をやっていた。サークルなんかも入っていて、中々に充実した毎日だった。

 しかしある日、昔の元カレが私をストーカー&ナイフで腹をグサッとやったことで一生を終えた。

 いやぁあれは本当に痛かった。思い出したくないね!


 そんなわけで割と図太い私は、頑張って立ち回って今まで生きてこられたのだ。褒めてくれてもいいよ? ふふん。


 ちなみにこの世界には魔法も獣人も存在する。ついでに魔獣も。魔王はいない。よかったね、魔王討伐のための冒険の物語とかにならなくて。

 現在密かに魔法を練習中だ。魔力は「まぁびっくり!」となるまでとはいかないが、結構多いみたい。技術の方も中々筋がいいのではと思っている。

 この調子なら、魔導士とかになれるかもしれない。いつかこの家を出たら、なってみようかな。



 もうすぐお仕置き部屋だという所まで来た。どうでもいいけど、このお屋敷広すぎない? 貴族の家って無駄が多いよね。偏見だけど。

 ……お? 前方に人影有り。あれは……。


 キャラメル色の髪に赤い瞳の青年と、同じ髪色に青い瞳の青年。どちらも驚くほどの美青年だ。

 紅眼の青年は髪をオールバックにしていて、遠目からでもしなやかな筋肉に覆われているのがわかる。まるで野を駆ける美しい獣のようだ。……自分で言っててイマイチ意味わからん例えだなコレ。

 青眼の青年は涼しげな目元にすっきりとした甘くない顔立ち。細身だがピンと伸びた姿勢が弱々しさを感じさせず、氷のように冷たい無表情であった。

 まさに炎と氷、静と動って感じだ。あれは双子だな、きっと。


 ……しかし一体誰だろう。この家の人じゃないのは確かだけど。

 まぁいいや。とにかくにも端に寄って、使用人のように頭を下げる。

 あの人達のお客さんに粗相をして怒られるのは私だからね。

 視界の端で、青眼の青年がチラリとこちらを見た気がした。



「ウィリアム、どうした」

「……いや、なんでもない」



 紅眼の青年にそう答えた彼は、そのまま二人で去って行く。

 なんだったんだろうな、さっきの。

 首を傾げたが、まぁいいか。もう会うこともないだろうし。


 お仕置き部屋について中に入ると、埃とカビの臭いが鼻をついた。

 ろくに掃除もされていない、狭い狭い部屋。寒くて汚らしくて、本当に嫌だ。

 ここに一日中居ろって言うんだから、アリシア嬢は本当に性根が腐ってるなぁ。そんなんじゃモテないぞっ☆



「マ、言いつけを守るつもりは微塵もないケド」



 どうせこんな部屋に来る人間はいないから、抜け出してもバレやしない。


 てなわけでハイ、転移魔法発動。

 一瞬光で体が包まれて、直後に優しい風が頬を撫でた。

 目を開けると豊かな緑と植物の匂い。近くの森に転移したのだ。我ながら凄い。

 ザックザックと足を進めて、森の奥に入って行く。


 魔法はお仕置き部屋に押し込まれている時に暇つぶしに独学で練習していたらできるようになった。どうやら才能があったらしい。転生者特典だったりするのだろうか。

 世間では超高難度と呼ばれる転移魔法や核撃魔法も使えるし、コスパ最強術式を組み込んでいるから、滅多に魔力切れにならない。

 ちなみにコスパ最強術式は自作だ。全人類私を崇めてくれていいと思う。

 と言うのも、新しい魔法や術式を編み出すことができたのは、基本となる魔法を作った者を除いて、歴史上片手で足りるくらいしかいないらしい。

 これを知った時の私の心情よ。あれ私チートだったの? まぁビックリだよ! 流石私!

 だけど見せびらかすような真似はしていない。

 だって絶対利用されたりするし。

 命大事に、ね。


 歩き始めて数分のところで、ようやく目的地が見えた。

 クリーム色の壁に赤い屋根の可愛らしい一軒家。

 この森の中に建ってる家なんて、ここくらいなものだろう。

 まぁ造ったの私なんだけどね!



「はぁーい、シャミアナちゃんが来ましたよ〜」



 ガチャッと扉を開けてご挨拶。二階からドタバタと荒い足音。ついでに何かがガシャンと割れる音がした。絶対誰か花瓶割ったな。

 リビングに入ったところで、螺旋階段から降りてきた四人と鉢合わせた。


 炎を思わせる赤髪の青年、柔らかなミルクティー色の髪の青年、繊細な灰色髪の青年、光の加減で黒にも見える濃紫色髪の青年。

 同じなのは、みな系統こそ違えど優れた容姿なことだろう。実に眼福だ。



「シャミアナ様! おはようございます!」



 いの一番に腹に飛び込んできた赤髪の青年―――ラージャは、そのままギュウと抱きついてくる。力が強いから、お腹の中身がリバースしそうだ。朝ごはん、まともに食べてないけど。

 そんなラージャをベリッと私から引き剥がしたのは、灰色髪の青年―――シーク。

 能面のような無表情の瞳に蔑みを乗せて、ラージャにそれはそれは冷たい視線を送る。



「何をしているこの馬鹿。シャミアナ様のことを配慮しろと、何度言ったらわかるんだ」

「う、ごめんなさい、シャミアナ様……」



 しゅん……と叱られた子犬のようにしょげるラージャに、シークと同時にため息を吐く。

 素直なんだよなあ、ラージャ。悪意もなくてただ純粋に愛情表現してくれただけなんだよなあ。

 こうもしょげられるとガツンと言えない。仕方ないなぁもう。



「いーよいーよ。でももうちょっと手加減してネ」



 途端に子犬がキラキラと目を輝かせて、まさしく犬のようにタックルしてきた。



「シャミアナ様っ、大好きっ!」

「ちょ、まっ、ア苦しい死ぬ」



 酷くなった。

 シークに頭シバかれて凹むラージャ。対してシークはラージャを正座させて、無表情かつ抑揚の乏しい声でこんこんとお説教を始めていた。しばらくかかるだろう。

 それを眺めていると、後ろから回された手に乱れた襟元を正される。こんな紳士行為ができる人は一人しかいない。

 首を捻って斜め後ろを窺う。



「あんがと、アリス」

「いえいえ、シャミアナ様のお世話をすることが、私の生き甲斐ですから」



 重いな、想いが。

 ニコニコと無邪気な子供のような顔で言ってのけることじゃない。可愛いからいいけど。

 思わずそのミルクティー色の髪を撫でる。引っ掛かりもなくて極上の艶サラ感触。触り心地良すぎないか。女として負けた気がする。



「今日もまた一段とお綺麗であらせられますね。貴方様の前では美の女神さえも膝をつくことでしょう。あぁ、貴方様に跪ける女神が羨ましいです。……ところでその頭の液体は一体なんでしょう?」



 ギクリ。


 濡れた首元をつぅっとなぞる指の感覚。そういえば紅茶かけられたままだった。

 どう誤魔化そうかと考えていると、何やら凄みのある笑顔で「まさか誤魔化そうなんて思ってませんよね?」と釘を刺された。鋭いな。

 アハアハと笑って誤魔化すと、また別の角度からぬるりと腕を絡ませられた。

 耳元で暗くて低い声がする。



「また、あの女……? シャミアナ様に、紅茶を……ゆるせない……シャミアナ様に……ちょっと殺してくる」

「やめなさい馬鹿」



 目に全力で殺意を乗せた濃紫色髪の青年―――クナイを全力で止める。じゃないとコイツは冗談じゃなくアリシア嬢を殺しに行く。こらそこ、ポケットから暗器を出すな。

 渋るクナイの手から暗器を奪い取る。思いの外軽くて、実用性考えまくっている物だとすぐに察した。本っ当に馬鹿だコイツ。

 ……いや、コイツじゃなくてコイツら、か。



「あーもう、お前ら私のこと好きすぎでしょ」



 苦笑混じりに言えば、四対の視線が私を貫く。

 一番初めに反応したのはラージャだった。ずっと正座させられて脚が痺れたのか、覚束ない足取りで立ち上がって抱きついてくる。



「当たり前ですよシャミアナ様! 俺達はシャミアナ様の有能な配下ですからねっ!」



 そう、この頭にネジが三本くらい抜けてる彼らは、何の誤解もなく私の配下だ。


 彼らとは魔法でお仕置き部屋を抜け出した時に出会った。

 それぞれ森で倒れてたり奴隷商に売り出されたりしていたから引き取って育てていたら、何がどうなったのか配下を名乗るようになった。本当になんでそうなった。

 ちなみに彼らは私の前世のことを知っている。おかげで彼らの前では素でいられて楽だ。

 なんだかんだ言いつつも、私は彼らをかなり可愛がっていると思う。親バカならぬ上司バカかな? 嬉しいような嬉しくないような称号だ。


 まぁでも、とりあえず。



「そろそろ離してくれないかなラージャ」

「嫌です! まだシャミアナ様を堪能できてません!」

「なんか変態臭いよそれ。シーク〜」

「はい、只今ただいま

「あ゛あああぁぁぁぁ〜〜〜!」



 いや声汚な。

 引っ付いてくる大型犬を引き剥がしてもらって、私はふぅっと息を吐いた。

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