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灰主

灰主


第一章「zoo war」


大それた生き物・・。

生物・・。

9月になれば。

9月になれば。

この丘を上がったら耳まで真っ赤になって汗だくになって・・。

ああ、虫の声が聴こえないんだ――。

私は今になって気付いた。


 夢が覚めた後の世界は、何の音もなく

時計の針が人質のように走っていく。

「あら、お早いんですねえ」

「変な夢を見て・・」

火野量子は「格納庫」から出てきた。技術屋に割り当てられた部屋はそれがせいぜいだ。

兵士やその他が宿泊しているこの建物は、電波環境や安全面を鑑み、だだっ広い草原の中心に建てられたプレハブだ。しかし、こんな所にもハウスキーパーがいるのは西欧のスタイルというか、先導を見せる。

 朝食もマスタードをたっぷりきかせたビッグツナサンドだ。これも日本人の嗜好に合っているとは言い難い。

同じ国際危機管理機構で日本から派遣された北森とは「お噂はかねがね・・」から出発した。

有明の青。

精悍な顔つきといいやや親しみやすい目といい、襟ぐりの広がったTシャツといい、今回の旅のパートナーが北森であってよかったと思う。

「早いな、火野」

対して、量子の方は技師らしく色っぽくもなく支給されたツナギを着ている。

北森は日本からこの事変に際して、国際危機管理機構からネゴシエーターとして参加した。要するに、日本国側から各国に対しての交渉、窓口役だ。同じ日本人として二人だけだったのでこんな身分が離れていても仲良くしている。

「また作戦会議だ。とりあえず、第一歩は決まった。先ずは、技術系統の火野の出番だ。今、フロアに行ってみるといい。今なら肩も空いているだろう」

「朝までですか」

北森と朝の歓談でもしよう、と思っていた量子は少し気分を潰された。パンくずだけになった皿をハウスキーパーに戻すと、量子は作戦会議が開かれる部屋のフロアに向かうため食堂を出た。たまにはリバティプリントでも着たいなと思いながら・・。食堂のドアのノブを引き回す時に、北森がドヤ顔で声をかけた。

「驚くぞ」

その後、zoo warと呼ばれる限定区域内の「戦争」に巻き込まれることになるとは二人とも思いもよらなかったのだが・・。


 北森の予言通り、作戦会議が開かれる部屋は空いていた。このミッションの司令塔となる所だ。

そこには眼鏡をかけた女の軍人が一人いて、今さっき会議が終わったところ、と煙草を一服していた。公用語はもちろん英語だ。

「作戦が決まったとか?」

「ええ・・」

女は回転椅子を元に戻して量子の方を向いた。指にはまだ煙草が挟んである。そこから細い煙がゆらっと・・。


事の起こりは、ある国の一地区に通じる空路が全て、いきなり、シャットダウンされたことによる。恐らく、電気系統の遠隔による操作か何かが行われ離着陸ができなくなった。その国はオノッコ、そしてその中にある少数民族が暮らす、アウダ自治区。


Gremlinグレムリン

女は得意そうに言った。まるで量子の反応を面白がるように眼鏡を光らせて。

 この緑と茶色のカモフラージュの軍服を着た「彼女」の話の筋では、量子などサムワンに過ぎなかったので、この危機管理機構から編纂された国際グループのおさらいから始まった。

今がいかに危険であるか。以前から、きなくさい、国際的に取り残された区域アウダも含む、その国が兵器を開発中だとか、紛争に裏で関わっているとか、きなくさい噂。それが空路を何らかの形でシャットダウンしたことに始まる、今回の事変。

量子が素人考えで推察するに、これを機会にアウダ自治区、オノッコを把握する、ないし対処する各国の思惑があるにしても、この軍服の彼女は何も言わなかったが、先ずは、そこに潜入する「手」として活用するのは――、として量子の方を向いたわけだが、その続きは

「グレムリン」だったわけだ。

唐突とも言える、荒唐無稽な話だが量子は驚かなかった。量子も量子でこの道のプロだ。如何に機密が含まれようが理解できない話だろうが、それを心理の裏をかいて瞬時に取り入れる。

グレムリンというのは昔から飛行機にいたずらする妖精として伝えらえている。話では二次世界大戦でも公的に証言で用いられたと言う。それをこの作戦で、機上のグレムリンを利用して、空路を復活させようとする作戦なのだ、と量子は受け取った。恐らくは、米国――この「彼女」の属する――では公の秘密なのだろう。実在するのが。

ミドルエイジとなった量子は特段、子供のように驚くこともない。何が起こっても、自分の置かれている環境を鑑み、知っていることなど手の指先にも満たないということを分かっているからだ。

だから、チームで行動する。

専門分野のプロにはどうあっても敵わない。それは量子にも言える話で、量子には量子のプライドがある。もう何回か機構に入ってから修羅場を経験してきただけにその腹は据わっている。

つまり――。

「私の出る幕はないですね」

煙草を吸っていた、どこかの司令官である眼鏡は肯いた。「まあ、せいぜい――

様子を見ることよ。

 量子は拳銃を携帯させられていた。いくら後方支援の技術屋であっても、潜入したら誰なんぴとも戦闘員だ。量子は食堂に帰ったが、もうそこには北森はいなかった。それぞれが役割を終え、解散するまでの長いのか短いのか、未知数のスタートラインにも立っていない、のどかな日だった。


 量子は神は何も占わないことを知っている。知っているからだ。その時、起きたことに臨機応変に柔軟に対応する、頼りになるのはそれだけだ。

計画は「うまくいった場合」に限る。不測の事態が起きることを常に自覚する。それが矜持だ。


 量子はプリッツェルをつまみながら飛行場で飛行機の整備をしていた。この、空の下の見えないところで今ごろグレムリンに働きかけているのだろう。電波かな・・、と思った。どうやってアウダに続く空路だけがシャットダウンされたのかは未だ原因不明だ。

自分のつゆ知らないところで夢にも思わないことが起きている。こう見えて経験豊富な量子はそれも知っていた。剣呑な空、どうして私たちを一つの世界にしてくれなかったのだろう・・。

 現にオノッコの政府専用機は飛んでいるのだ。今もオノッコのアニエス首相が外遊に出発している。外相の、アウダ自治区出身であるジグラは現時点でこの件にコメントしていない。


 作戦は難航した。末端である量子には聞こえてこないが基地で何日間も動きなしだ。北森も何も教えてはくれない。

 量子にはキリエという腹違いの妹がいる。今は大金持ちになって、国際的にも色々知り得る立場、というか一枚かんでいるという噂まで聞こえてくるが、その妹に現状を聞いてみてもいいのだが、生憎、そんなに仲がよくない。

頭がいい血統なのだろう。


 「コビト」の活躍を祈っている頃、通常の「歩兵」が何をしていたかと言うと夢を見ていた。情報情収集係などは水面下で活発に行動していたが、機密の塊であるこの基地では共有されるモノも少ない。歩兵たちがモチベーションを高めるために自然自然にしみついた言葉がある。量子も何度か聞いた。

「ゴールデンステートのシルバーレイク」。これは「お金持ち」を示しており、この作戦が終わったら報奨がそれだけ得られるという冗談混じりの決まり文句になっていた。

誰も、そう、誰も、この状況を把握できていなかったのだ。

オノッコのアニエス首相は初の女性の首相で、前年に選挙で選ばれたばかりだ。ジグラ外相は閣僚の常連で、この国のブレインの一人として有名だ。

 この前もアニエスは来日して、「オリガミ」を体験したらしい。


 「作戦」が発表された。陸路での潜入を試みる、と。「グレムリン」は失敗したらしい。騒ぐ者はいなかった。「グレムリン」を使うということ自体が知らされていなかったのだから。

 ――おおよそ、持っている人には与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられるであろう――

これが戦争の原理だ。オノッコは近年、宇宙開発に力を入れていて、アウダ自治区はその研究機関都市に指定されたらしい。とは言っても、先進国とは比べ物にならない、出遅れた、生き残りに腐心せねばならないといった弱国。資産も資源もなく、・・そんな国がどうして、こんな事変を起こしているのか? 強国で構成された、量子の所属したこの国際的グループが何の目的で集められたのか――。

それはきっと歴史が示している通りだと思う、量子は。鎮圧し、治めた後で分配する。かつてのホームステッド法のように、強国の「持たざる者」のために植民地化されるのではないか。

通信を唐突に遮断した小国、いくらでも大義名分は立つ。「核」の開発なり、脅威を感じた穏健な羊たちは押し寄せて蹂躙する。草の根も未来永劫、生えないほど。

 アウダ自治区はオノッコの中でも、流浪していた少数民族が定住した地区である。その文化は研究から取り残された、いわば誰からも顧みられなかった失われた民族。今まではオノッコの中で比較的、安全に保護されていたが、宗教も文化も大国とは違うこの民族は跡形もなく消されるのか、あるいは再び流浪の民と化すのか、あるいは観光客向けに暮らしぶりを披露する大道芸と化すのか・・。

スキッパーポロを着ている爽やかな北森、その半分覗いた胸にはどんな思惑が織り込み済みなのか――。


 潜入、のために作戦会議が開かれた。各隊、代表者を集めての大規模なものだ。技師、係では量子が出席した。

そこでは情報収集係、つまり諜報機関である人員が発言したのだが、その諜報員はレディードッグと名乗り、量子が真似しても真似できないような服を着て、ハニートラップでも何でもなりふり構わない格好であった。北森は国際的な根回し、「取り付け」に当たっているらしい。

レディードッグの話では、内部に、アウダ自治区に内通者がいて、それはゾックスとジョビニーという若い女だと言う話だったが、「何とかして」彼女らに接触すること。

何が連続して起こるのか分からないのでこの作戦、というか計画の段階のコードネームは「カスケード」と発表された。これで話が早く済む。

カスケードがこれからどんな様相を示すのかは誰も予断を許さないが、技術屋である量子も一隊員として、アウダ自治区に乗り込む。そこでどんな技術的要因があっても困らないよう。

「北森さん、これ実弾が入ってるんですよね?」

「当たり前だろ」

量子は北森に支給された拳銃の弾薬を見せた。それは「グリコのおまけ」に付いてくるような物とは違っていた。

この計画の全容は把握できない。一人一人に懇切丁寧に説明されるわけではない。現に、あるさきがけの部隊は今夜、用意された列車でオノッコの内部に入るらしい。「今夜」と言われただけ。どうやって配備されたのかも分からない列車に乗る。そして自分たちの役割をできるだけ遂行する。

技術部門である量子は殿の方の部隊だという話だ。用意する物を用意せねば。

さきほどの作戦会議で初めて顔を見たが、米国の窓口、つまり北森の役割を担っているのは、ノートンという北森よりも量子よりも若く見える、まだ青年であった。事実上、この「カスケード」のトップはあの青年というわけだ。

 これからこの「広場」のプレハブ本部も解体される。そうしたら、どこに「本部」があるのかも分からないまま、兵士は行動することになる。どこからどこまでがこの「戦争」なのか「紛争」なのか、当事者も分からないものだ。

駒になるか捨て鉢になるか。恐らくは歴史の闇に葬られるであろう、この「些末」はこうして名もない夏に始まったのである。


 「補給はない」。出発したら最後、やり切るしかない。渡されたのはキャッチベルと呼ばれる通信機のみ。

これは本部に伝達するためのホットラインと、電話機の機能が備わっているのみの、手のひらに収まる卵大の機器。これの修理も壊れたら自分でやることになる。自分の電話番号は表示されない仕組みになっている、シンプルなものだった。

量子は真夜中の列車に乗る前に、腹違いの妹のキリエにキャッチベルで電話した。キリエは驚くことに、「カスケード」の存在を知っていた。

「お金があったら何でも手に入るのよ」

「そういうことだから一応・・、私が死んでも心配しないで」

「私は今、コーンウェールという所にいるんだけどね、お姉ちゃん。コーンウォールじゃないわよ、コーンみたいな色した泉があるからそう呼ばれてるんだけど・・、まあ、お金持ちじゃないといられないリゾート地。バカンスに来てるの、ニースもいいけど・・」

「ニース・・。いいわね」

「コーンウェールも捨てたもんじゃないわよ。ニースもいいけど同じフランスだったらタヒチもいいわよ」

フッ、と量子は電話口で笑った。

「私、行けるわけないじゃない」

「そこにトーマスだか・・、何だっけ? ノートン? そんな名前の人いない?」

「えっ? キリエ、ノートンのことまで知ってるの?」

「ええ、私のともだち。お金で、お姉ちゃん、世界はつながっているのよ。土田さんも私のおともだちだから、お姉ちゃん、何かあったら・・」土田とは日本の土田総理大臣のことを言っているのだろう。

「いいのよ、仕事が好きなの」

「・・」

「じゃあ、あなたも気をつけて」

「・・お姉ちゃん、」切ろうとしたらキリエの声で引き止められた。

「何?」

「同じ火野のよしみで言ってあげるけど、お金でカタがつくものはお金でカタをつけるものよ――そうでないなら――その作戦は・・フェイク――よ」

「何、子供みたいなこと言ってるの」量子はそう笑って言って電話を切った。あっちからは電話番号がキャッチベルにはないのでかかってこない。キリエが言おうとしていたことは「もう」この事変はカタがついている、解決済みないし、近いことを示している。それでもこの作戦が決行される意図は? まあ、いい。大国どうしの争いなのか、それともつゆ知らないところで夢にも思わないことが起きているのか――。どっちでもいい。量子は考えないことにした。どうせ考えても分からない。

もしかしてオノッコのアニエス首相さえ、キリエのおともだちなのかも知れない。

自分のやるべきことは――まずこの列車に乗ることだ。思って、重い荷物を背負って、ステップを踏んだ。知らないなら、知っているものに後を押されるものだ。量子は自分の小ささを知っていた。知らないなら、知っている「もの」に背を押されるまま――。

車窓から遠ざかる駅名もない砂利道を量子は目にしたまま消えた。


 キリエが豚の姿焼きのようにその肢体をじっくりローストして焼いている頃、量子はまだ長い列車の旅にゆられていた。ゆられ、キリエと同じ父親である屯助のことを思い出していた。

「お父さん、パンデケーって何?」

「パウンドケーキに潜む妖精だよ」

結局、父の屯助は妹のキリエを作ってから連絡がない。今もどこで暮らしているのか何をしているのかも知らない。死んでいたらキリエが何か言うだろう。

「あんた、どっかで見た顔ね」隣の通路を挟んで、席に座っていた目立たない女が声をかけてきた。その女がめがねを外すと――

レディードッグだった。

「驚いた」まるで違う人に変装していたのだった。レディードッグは目の色まで違う、それだけじゃない、本人がいない。これがプロか。私が見たレディードッグだって、この中の人の一片。驚いた。量子はまた口の中で繰り返した。

「私と同じ部隊だったら心強いし・・、けど危険は人一倍よ」編制されたこの部隊は何を以て部員が決められたのか知らされていないが、皆が初対面だ。名前も素性も、その担当さえコミュニケーションを取らなければ知ることはない。そんなに親切にはできていない。

その目立たないレディードッグは――恐らく男性にも化けられる――狐だ――、量子を見て噛んでいたガムとは反対の方向を向いた、即ち窓の方に顔を背けた。

「ゾックスとジョビニー・・、彼女らに会うのが最優先。この列車はオノッコに着くし、それから「何とかして」アウダに入り込んで・・。彼女らは自治区から離れられないから」

「そもそも」、と量子は言いよどんだ。

「空路をシャットダウンした目的を探すのか、カスケードの目的はまだウィーナーですよね?」量子が持ち出したウィーナーとはウィーナー過程のことで、ブラウン運動ともいうが、まるで先が見えない不規則な運動のことを指す。

レディードッグはめんどくさげに肯いた仕草をして、「それはスタートライン。これが何を指すのか私たちが決めちゃいけない。ともかく本部の方針に逐一従うこと、それだけ」

今は――、ウィーナーの材料が多過ぎる。ウィーナー材料がそのあまりに不規則に「見える」運動を終え、無秩序が渾沌という形を成すまで、待たないといけない。一つ一つ、出尽くして、その目的とする最後の運動を見極め、行動する――今はその目的すら「できていない」のかも知れない。

「火野です。技術屋です」

「初めまして。頼りにしてるわ。ここじゃ女性は私とあなただけみたいだから」量子は車両を見渡した。てんでん散り散りにまるで仲が悪いように、座っている頭が見える。多くはGIカットの短髪で、ヘルメットを被っている者もいる。大半が、量子も、あの広場から来たから、緑と茶色の迷彩服。あるいは黒のTシャツ。量子はハッとしてまたレディードッグの方を向いた。

レディードッグが「どのような」服を着ていたか分からなかったから――それは見たはずなのに、まるで印象に残らない、意識すらさせない、溶け込んだ服。――それはまじまじと見てもコンクリート色の上下、に黒いインナーが少し見える程度の、まるで保護色を持っている動物のような、「普通」だった。

 泥濘の雨が外では降っていた。空気まで灰色に溶かすような気持ち悪い雨だ。

ビチャビチャと軍靴の底がはねを上げる。やっと着いたといってもそこはやはり何もない、採鉱所のような黒い山がある、線路の真ん中だった。そこから何の指令もないのに、一列縦隊になってわき目もふらず、腰を低くして列車に隠れ進んでいく。それは来た方に目立たない「小屋」があり、そこにカスケードのマークである赤いバッテンが引いてあったから、そこに向かう。通り過ぎた後の空白は、迂回して森の手前を匍匐前進し、「小屋」の裏手に回る。

その小屋はオノッコの誰かが古くから使っていた、あるいは今も使われている道具小屋恐らく猟か何かするのだろう、そこに誰もが目にする意味のない反抗の目印を付け、兵士の行動を先読みした上で誘導し、量子と他の部員は今、土の草の根を分けて、「引っかかり」を探していた。人差し指でまるでキッチンの床下収納を探すように――。

それは音もなく上げられ、奥に潜む冷たい空気、人一人身をよじって入れる、はしごなんてない横穴。

量子は鼻の中まで泥だらけだ。ようやく足が空間で動くようになると、落ちるように地下通路に出た。それはきっと昔、先の世界大戦でオノッコに当たる部分が占領されていた頃に作られたと思しき、工事中に放り出された地下鉄のむき出しの土の中の駅。

誰かが小便をしている。

柱、駅の通路、線路に当たるどこまで続いているのか分からない溝。ヘルメットに付けたライトが点々とそれを照らしているが、向こうからの光はなく、どっちへ向かうのか。右か左か。誰も分からず、小休止になった。

地図を見てもコンパスを広げても、ここでアウダに向かうのが正解なのか、待つのか。指令本部には誰もキャッチベルをまだ使おうとしない。自分たちで自分たちが置かれている情況を正しく把握し、掌握、かつ新しい情況に向かうまでの――停止。

もしかしたらここで部隊は「分かれる」のかも知れない。どんな可能性だってあり得る。

その時には必要最小限の情報が分け与えられるだろう。

「目的」はまだ決められていない、いや、「変わる」かも知れない。「本部」も待っているのかも知れない。渾沌が成熟されその因果が見えるまで――。

「こうしてさ、地下にいてもさ、」幽霊のようなレディードッグが量子に声をかけた。「こーしてさ」というのがリンとして響いたが、瞬時に、自分たちに向けられたものではないと判断し、他の部員は興味をシャットダウンした。

「地上じゃ何も起こらないんだよ。アニエスってのは「我が民主党」で選ばれたけど、ある種、その実、過激派でね。ある種ってのはかなりスピリチュアルなんだよね、7月の国際会議でも「つまらないのがミソ。だから世界を変えられる」なんて発言して。彼女の考え方って「神は」から始まるんだ。「神は住み心地の悪い現実を与えた。理想を築くためによ」なんてハイエストに言ったんだってさ。「理想郷は人間が造る」って。アニエスはだから、アウダ自治区にかなり肩入れしてる、密教に」

「ジグラに吹き込まれたのかしら」量子はアウダ自治区に偏在しているある密教について存在は知ってはいたがその内実は口外されていないために無知だった。「情報通」だなんて言葉が屁みたいに聞こえるレディードッグの前ではどんな会話も通じない。

「アウダの密教は様々な教義が混在して変化したものらしい、ってのは受け売りだけど。聖人とか聖者とかってのはセビリチャーと呼ばれて、アウダでは最も有産階級。その中でも――少女がネパールの「クマリ」と同じように初潮を迎えるまで神格化されて玉座に座る――その「代」の少女がどうやって選ばれるのかは全くの密室だから国民も知らない――クルニ、と呼ばれるらしいわ」

「クルニ・・」

「アニエスもアウダ密教のシンパなんじゃないか、って専らの噂」


「撃たれた!」――。

 量子は“ドッグ”と逃げていた。それは「ホーム」で待っていた暗闇の一時。

誰もが「様子見」をしている頃に、急に何かを切り裂く、空気の鳴く声が聴こえ、その直後、部員の一人が叫んだのが、真っ暗闇から聞こえたのだ。

――もう戦いは始まっていた――。

瞬時に全員が悟り、想定していた「不測の事態」に行動する――「迷ったら左へ行けってお母さんの言いつけなの!」レディードッグと共に、気付いたら逃げていた。量子はホームから「線路」に飛び降り、より深い闇へ身を隠し、猛ダッシュで逃げる。その時、左へ向かったのが、偶然ドッグだった。

昇圧薬も、救護のために量子はその背負った荷物の中に入れていたのだが、撃たれたはずの隊員がどこにいるか、どのような状態かこの闇の中では分からないし、とにかく自分の身を守らねば。暗視スコープを敵は持っている――。

 量子は戦闘員ではない、兵士だがプロにはプロがいる。太刀打ちできない。尚更、先手を取られて――。

「本部」からの情報、はなし。もうすでに掴んでいる情報を、与えない。

 戦いはもう始まっている。既に掴まれていた。


 ドッグと「地上」に出た、量子は残る隊員が穴から出てくるのを待とうとしたが、ドッグが腕を掴んだ。

「ここりゃ辺はまだオノッコだ――混在国家だから――私たちのことが分かるってことはないと思うんだけど――」肌の色もさまざま、装束も。予備知識として、量子もオノッコ、この国家が複雑な歴史を経て、成り立っていることを知っていたから、迷彩服を脱ぎ、下の白いタンクトップ、にズボンは裏返しにして、白地にした――だけで済んだ。

市場である。といってもだだっ広い砂ぼこりの舞う土の両端に、小さな掘っ建てと露店に女性が座ってハエたたきをしているだけ。きっと郊外だ。

 取り残された土地、中東、アフリカ、・・似ているのはモロッコ、モロッコ植民地。文化をテキスタイルで見た量子は、どこにも似てないというか、ここも地球の上のどこかであることをやけに不思議に感じ、やや安心した。

ドッグも量子もキャッチベルを使わない。ゼンレイを作るには尚早。あっちから何か言ってくれば返すこともできる、ことを保持する。

 見慣れない客を見る、女性たちはいかつい目をこちらに凝視、と言ってもいいくらい不自然に向けているが何らアクションを起こす気配もない。この国の歴史がそうさせているのか。紛争に、巻き添え・・。

多くの国の「国民」がよせ集められ、排水口に溜まった落ち葉のようなこの国で、量子とドッグ、その「不測の事態」は決して珍しくもないのであろう。許容容量が大きい人々。

 ドッグはそそくさと歩く。まるで量子が親友であるかのように自然に。

連れてきた友人と、歩く、外人。そのシチュエーション。通りがかっただけ、その行方も行先も気にならない人たち。

「ゾックスとジョビニー、だっけ。彼女らと連絡を取る手段は何をしてたの?」

「直接、会う。それだけ。情報は残さない、人伝てにメッセージを受け取って、彼女らが会える時に会いに行く。連絡先は知らない、というかない」

「居場所は?」

「知ってる」

アウダ? と量子が目で聞くと素っ気なくドッグは見えた。

潜入、というか侵入。火にたかる夏の虫。

「left alone」が左に向かう語呂合わせだとドッグから聞いたのは、やっと商店街を抜け、人もいなくなった道だけの「道路」。

標識も何もない、ただ開けられただけの道。車は通るらしく、車幅に合わせられている。軍が通るのか。

何度か来たことのあるドッグの「勘」まかせで歩いている。

オノッコは陸つづきの小国だが、ドッグの話ではここは「無湖畔」と呼ばれる開けた地域らしい。それは「水の匂いがしないから」とか、植生だの人々の貧しさだの、「雰囲気」だ。

 キャッチベルにはきっと、GPSも付いてない。本当の捨て駒だ。歴史に残らない戦争。秘密裏の隔離。

水に属している部分とは逆、だからアウダ自治区には離れていない。暗記した地図では山が枯れた山脈があって、岩と岩との間が城門に続く壕の橋のようになっていて、狭き門をくぐるとやっと自治区。水から離れれば離れるほど良い。

軍の本拠地も都市も水に寄せ集められているから、政府も。

針と星、などと例えられる偏在。その貧しい星に今いることは確かなのだから「カスケード」は続行。今もって撤退などあり得ないのだが。

 「本部」が通信機器を持たせなかったのは人が情報になるからだ。今ここに私たちはいない。存在してもいない。

「見て」ドッグが目ざとく空を見た。睨んだその先には飛行機が点のようになっている。

状況は解決したのか?

ジジ・・とキャッチベルから「懐かしい」音が発せられた。

二人とも耳に当てる。そこからは人の生の声ではなく、録音されたと思える番組の音声が、恐らく一斉に発信されたのだろう、この広い戦場できっとキャッチベルを持っている、生きた人がみんな聞いている。

それはニュースだった。聞いたこともないニュース番組の音声。耳をすますと

「・・お伝えします・・テロ・・」

これが「本部」からの情報。どう受け止められているか。

オノッコでは私たちのこの状況は「テロ」。そしてこの音声の「声」がこちら側の味方であることを示している。

若い女性のアナウンサー。「声」だけは覚えておかねば。

それが「本部」が私たちに与えたい「情報」。


 「声」が終わった瞬間はまるでマチネーが終わった後の子供のように寂しくなった。隠された現実というのはかくもつまらないモノなのか。

空路を遮断したアウダ、・・オノッコの目的とは?

それを突き詰めるのが目的なのだから、解決は問題ではない。

俎上に載せられる魚料理が肉になるのか、あるいはテーブルの下の密約になるのか――の違いだ。

本流ではない、それに続くための並走する支流たち。


 ページを開くようにそれは自然に――。

状況は動く。

――「イギリスのフレッチャーさん死んじゃったんだってね」――。

ニースに行かなくてもタヒチでもなくてもキリエのようにコーンウェールに行かなくても、ここではタダでリゾート気分が漫喫できる。

日が照っていていつでも肌を焼ける。観光客もいず、プライベートビーチさながら、量子は「状況が変わる」まで土の地肌と空、申し訳程度に顔を出した半分枯れた草、しかないオノッコのどことも知れない道の端で、ビーチチェアに寝そべるように頭に腕を巻いて「待っていた」。軍用のサングラスをして、強過ぎる日光を避ける。

横でドッグも同じようにしていた。

「待っている」のは「状況が変わる」こと。こうなってくると今のままで行動するのは無駄だ、徒労だ。変わってから即応し、行動しなければ。

恐らく、今は「目的作り」のために行動している、裏は。バックグラウンドが転調する。

 今までで分かっていることは「テロ」と表現されたこと。これは「本部」は暗に、前々から「西部市場」といわれる欧米由来の機軸に反発している国々で起こることがこれからここで起こる、と予想しているのだ。つまり――

つまり――、それは「西部市場」との軋轢、亀裂、分断、が浮き彫りになり表面化するのを、待てと。オノッコは罠にはまるぞ。

狐が罠にはまるまで狩人は追ってはいけない。

現在の力学がどのように作用し、支点を変えるか。鉄はまだ曲がる。新しいレギュレーション――醸成された折角の「規則」ないし「規範」の中に収まるまで――息を潜めて待て。

 量子はサンサンと日に打たれながら、気がオカしくなった死ぬ前の母のことを思い出している。イギリスのフレッチャーさんがどこのどなたか。


 つまりアウダに行っても何にもならないわけだ。ドッグはゾックスやジョビニーが「会える」状況じゃないと会えない。量子もアウダに入ったとしても何をしていいか分からない。

量子とドッグは無聊をかこつ。

 逆説的だが「目的」ができてからそれを遂行する。「結果ありき」の戦争が本当だ。

なぜ――、アウダは、オノッコは――、空路をシャットダウンしたか。

この国際的な時代に。

それだけで反旗を翻したことによる。前々から友好国であったならそうはならない。前々から敵愾心、猜疑をかけられていたことによる、宣戦布告。ととられても仕方がない国際的な時代の「西部市場」による判断。

その、「なぜ――」に続く、「真実」は「贋」られる。本当の理由が何であれ、例え子供の嘘みたいな「飛行機が壊れた」だの、まさか信じられないミスだとしても、「目的」のためには「真実」はいらないし、目的に必要な「真実」は後世に「贋」られるものだ。

 そしてドッグは当事者に、量子は「証見者」になる。今ごろ、アウダにはもう誰かが入り込んでいるだろうか。入り込んだらもう終わっていたということにならないか。

「下々の者たち」には分からない。「何で」空路を・・と量子は考えていた。その「理由」ではなく、「どうやって」。技術的な視野で、ある一定の地域だけをバミューダトライアングルのように、あるいはレーダーに映らない軍用ジェット機のように、除外できるものなのか? 後進国であるあの小国がそんな技術を開発、あるいは供与されたとは思えない。何しろ、オノッコは国際的に「価値のない」国だから。

素人の量子でもその中心部であるアウダ自治区に「隠したい」何かがあると邪推せざるを得ない。

やっと民主主義を実現し、アフリカのような魅力的な未開でもなく、観光としてもカツカツ、誰が見ても「苦し紛れ」に見える宇宙開発に乗り出したばかりの、零細国家。

まるで興味がない、量子でも考えざるを得ない。「どうやって」・・。電波でも使ったか、と思ったがそれは先進国の推量で、あの「遅れた」オノッコくんがそんな高尚なことをできるわけがない。学校で落ちこぼれた青年が後から見返すのは国家では無理。

周回遅れ。マラソンで言えば横並びになったとしても未だスタートラインにすら立てないでもがいている、いずれ沈む溺れた子犬。

そのアウダ自治区の独得の「密教文化」ですら、主流でもなく研究者も少ない。見たてでは、多くの国々で見られる主流の宗教が、その複雑な歴史を経て、部分、部分がからまり合って編成されただけの、「価値のない」成れの果て、であったはずだ。

面白くない、目障りなだけの目の上のたんこぶ。急に態度を変えた飼い犬。

後を追うだけだった雑魚が、大陸というだけで注意を向かせた。「調子に乗りやがって」。大陸にあるだけで弱味を掴んでいる。どんな稚拙な兵器でも、十二分だ。子供のおもちゃではない。それがいくら時代遅れでも人類を壊すには十分、という皮肉。

「脅威」であることは確か。

いかんせん「戦闘」に不向きな頭でっかちが好きな量子は投げかけられたミステリーの謎解きに夢中。

どんな雑魚でも国際的な時代に叩き潰すわけにはいかない、穏健に波の中に隠すように平らな海を維持しなければ。

愚かな一時代の人間としては見誤ってはならない。「目的」と「目的」。自分の領分。

すなわち――、自分の「できること」と「できないこと」。ドッグはドッグでそれを持っているのだから、友達でも相談することはない。自分で考えることが好きなだけだ。

 どうやってやったのかなあ・・、飛行機の脳みそに・・。


 ノベナとは宗教儀礼で神などに執り成しを願う行為を言うらしいが、ドッグの話では先に聞いた、アウダ密教での聖人、聖者に分類される聖職者がノベナを行うのは、神に向けてではなく、先に聞いたアウダ密教での「生き神様」クルニに対してであると言う。

クルニは少女で、初潮が来たらまた別の少女が選ばれ代替わりする。誰もクルニを見たことがない。神聖すぎるからである。

アウダでは「神」という概念はあるが、その観念にチャンネルできる、する資格があるのはこの少女のみであり、他の民衆、セビリチャーでも、この「生き神様」を通じて祈る。クルニが神と民をつなぐ唯一の架け橋となれるらしい。

日本人である量子は頭では分かるが、「願う」とか「祈る」とかは無意識に直接、神さまを思い浮かべてしまうが、それではいけないらしい。先ず、「できること」はクルニに祈ることであり、クルニしか祈祷することは「できない」。

精神的な支柱、実質的な元首。もし噂通りアニエス首相ですらそのシンパなら国の最高位。

ゾックスとジョビニーも、見たことすらないらしい。


「ねえ、教えてよ!」キリエはノートンと話していた。脚をソファに伸ばし、バスローブのまま指にスキャンダルピンクのマニキュアを施させながら、未発売の最新式の携帯で話していた。

そうは言われましても・・

株式、売っちゃうよ?

いやあ、それは・・

お金になるんでしょう?

私どもとしましてはアウダ自治区を占領区としてオノッコが不当に・・

それじゃあお金にならないわ

長いスパンで見れば・・

私、若い内に済ませちゃうのよ

しかし、・・

カスケードから手を引けば今までの投資が

それはマズい

これを国際問題にすればお金は動かない。あくまで国内の

それでは後々の・・

始末はお金でつけるから問題ない

・・

ねえ、私のお願い聞いてちょうだい

確認します

私のお姉ちゃんがいるから

電話を切ったキリエは融資先の残高をスクロールして見た。そこには中立であるはずの国際危機管理機構も緑色に点灯していたが、指先一本で撤退することもできる。

彼女の今の一番の関心事はステレフォン開発企業にあるが、横やりを入れて作戦を続行させたことで隠れみのとしているバイオマス企業にも指を伸ばしかけ・・。


「私たち何なのかしら」

「ただの牛のげっぷでしょ」

ドッグに戦争での意義を唱えられた量子は、この世界での存在意義まで答えてしまった。

 同じ火野屯助から生まれたのに、キリエのように即物的な考え方より、より観念的な考え方をする量子は、それを不思議に思っていた。自分のエゴを嫌い、「エゴ」を一切排した考え方をしたい、とかねてから思っている。

・・ということを、量子は「さえずり小屋」で考えていた――。

あれから、少し移動したところにドッグ曰く「オノッコらしい」小さな田舎町があり、その喫茶店の裏が住民に開放されていて、そこがオノッコの娯楽文化の主な一つである、さえずり小屋になっていた。

中東で見られるこの文化は、日がな暑い、乾燥した地域で各々がお気に入りの小鳥を飼い、それらをひとまとめに鳥カゴを持って集い、天井にかけられた竿に吊るす。

 日陰になっており、すこし涼しい。「涼を取る」目的で、同好の士が無限に鳴き続ける小鳥たちのさえずりを聴く、文化。聴くというよりも包まれている。

水パイプを吸い、多くのそれは男性であったが、聴衆がラタンのチェアに深々と座り、ただ暇を持て余している。その中で量子もドッグもこの異質な文化に圧倒され、反面呆れていたのである。

こういった、働かない文化、停滞するのが必然の民族性、ひっくるめて勤勉な量子とダイナミックなドッグにはいただけない。こうした国家がこのような事態を引き起こしたことに怒りすら感じる。まるでキリギリスがアリの巣に入ろう、としてきたような義憤。

国際的な時代、世界を一つにするという迷妄を履き違える連中がいる。それは――、リードする、先導する立場である国が主導するのの後を追え、ということなのだが、揚げ足取りのように足手纏いが言葉尻だけを捕らえて自分の優遇を主張する。

何も与えられない国家が受け取りだけを要求する。「持たざる者」が「持てる者」から奪う。いや、それは反対か?

 前に、思っていたキリエと自分との間柄を量子は自分が「持たざる者」であるからだと思っていた。持てないのなら、いよいよ・・。そう思っていたが、このような「特権階級」のように小鳥のさえずりを嗜んでいる、貧しい人々を見ていると何が恵みなのか、――西欧的な価値観念そのものが「生きていない」国――自分は「鳥カゴの中の鳥」なのか、寧ろ初期の「目的」こそ間違っていたのか――分からなくなる。この意味の分からない始まった戦争のように自分の持っていた「目的」はまさか未だ「決まっていない」のではないか――。

頑迷もまだ「エゴ」だ。全て取り払い、本当に自由になるにはその「目的」すら捨てたところにあるのでは・・。

縦横無尽に吹かれる旗のような物が自由で、風にさらわれるビニール袋のようなことは自由ではない。その自由に翻る旗を括りつけた「竿」が自分・・。自由か・・。

「磁石・・」ひらめいたのはその時だった。こうした国々への憤りがエゴである私憤であると気持ちが表明した時に、一つ、問題が解決した時にできる空白、すき間から急に爆発的思考が為され、一挙に空路をシャットダウンした方法が可能性として糸を結び・・。


 思った通りだった。量子は本部に連絡した。飛行機にNかSの磁極の磁石が「いくら少しでも」持ち込まれていないか。シャットダウンされた飛行機ではN磁石が見つかった。

「ヒノ・・の娘?」「火野ですが」「火野キリエと?」

「火野キリエは私の妹です。キリエに何かあったんですか?」

という意味不明なやり取りはあったが。

 量子の考えた案はこうだ。まず、Nの「極めて」強力な磁場をアウダ自治区に作る。そして空路を利用する協力者たちが反発し合うN磁石を隠れて持ち込む。

そうすると、空路はアウダ自治区に理論的には「近づけなくなる」。

しかし、そこまで強力な磁場を人間が作ることが可能か・・?

 ドッグから情報がもたらされたのも同じ時期だった。今、アウダ自治区では今般のテロに際して、「子供が集められる」らしい。その中に「クルニがいる」――。

役割を終えた量子は戦線離脱してもよさそうなものだが、なぜそうしなかったのか。言い出せなかった、日常会話じゃあるまいし。運命というのは押し倒すようにドミノ倒しで訪れるものだ。運命はそれと知らせない。

「真実」を知っておきたかったのかも知れない。また「どうやって」が出てきた。どうやってそんな強力な磁場を作れたのか。この、戦争の「真実」が後代、「贋」られる前に、自分だけは知って、溜飲を下げたかった? いや、何とでも言える。踏みとどまったのだ。そこに「目的」を「贋」るより自分を呼んでいる本当の「目的」を知るべきだろう。運命がそこに流すなら。

皮肉にも、隊員が持っていた、最新式の磁気に影響されないコンパスが発見を遅らせた。これもこの戦争の運命。

今、できることは――アウダ自治区に行って、子供のなかにクルニを見つける。クルニなら「なぜ」の目的を知っているはず。空路をシャットダウンした「目的」。それを精査して、この作戦の全容が。



 ――オノッコの稚拙な宇宙開発の犠牲者の内、運良く帰って来れた者は、狂人や病者となっていた。


 その多くは「現実世界の認知症」と呼ばれるような症状を呈した。この主訴、訴えることができた者だけの情報からだが、はつまり「わけが分からなくなる」といった病状。それが認知症の患者に見受けられるものと酷似している部分が重なったため、暫定、そう呼ばれているだけ。

原因は不明。人格が変わり、「記憶喪失」然としている。本人たち曰く「混乱している」状況が長く続く。精神疾患を引き起こすと仮定されている「現実認識能力の低下」によって起こると見られている。

その症状は複数、併発していて

・「今」の現実がうまく把握できない ことによる「混乱」

・「過去」特に記憶の分野がハッキリしない 具体的には「昨日のことが思い出せない」等

・今だに宇宙空間にいるように動きが散漫かつ「うまく動けない」等の訴え 時に「多動」や「無動」の様相を呈す

・「記憶喪失」の症状は、特定的でなく、全体に生じる。本来持っているはずの概念、観念すら「喪失」しているため、意味不明な言動。

・「今置かれている状況が分からない」との訴え多し

 予後は良好。例えると深い眠りから急に覚醒したように、今どこにいるのか分からない、自分でしたことが意味不明、覚えていない、等、「失見当識」に似ている。いわゆる、「寝惚け」。

一部の患者を除き、時間の経過とともに「正気づく」。おおむね一週間から一ヶ月ほどの間で症状は緩和され、ほぼなくなる。

 具体的には、自分の誕生日の日付しか覚えていなかった患者は時間の経過とともに「我を取り戻し」、一ヶ月ほどで寛解。日常生活もほぼ問題なく過ごす。

薬物治療は不安を緩和するための安定剤、などが有効。

「正気づいた」患者が言うには「目まぐるしく変わる現実についていけなかった」ことによる。ウラシマ効果によるものなのか・・。


 このカルテはどこぞの出版社とも知れない、ごくマイナーな黄回堂哲学という出版社からまとめられた一冊の本が出版されただけで、一般に知られていない。それはあるいはどこぞの古本屋の本棚の陰にひっそりと横たわっているかも知れない。

「現実」という型式とかけ離れた彼らはどこにいたのか。

それを知っているのは、秘密裏にこの問題を取り上げたオノッコのごく一部の研究者に共有されている。そして、この「理論」は発展を遂げ、ある「研究」を「実験段階」にまで高めた――。


 流浪の民であったアウダ自治区にこの「研究」を持ち込んだのは自身もアウダの密教の熱心なシンパであるアニエス首相であった。


 狼の習性はまず一日の前半は何か変わったことがないか、のなわばりのパトロールに当てられる。鼻を地面に近づけ、「きのう」と変わったことを察知することに注力する。

対して、人間は朝起きるとまず顔を洗う、コーヒーを飲む、とさまざまで「時間の連続性」を確認する知覚作業を全てといってもいいくらいのほぼ、「常識」で賄っている。その「常識」の型式が崩れた場合が、狂人に近い「現実世界の認知症」を呈した者たちだった。

かれらはオオカミのように人間には意味不明な言動をしていた。それはきっと「時間の連続性」を確認するための涙ぐましい作業。しかし、本人たちもそれを意識してしていたわけではなく、かつ結果も望めない。

かれらはコーヒーを飲むことを忘れていたから。

研究の過程の「この実験」で実証されたことは認知能力による「時間の連続性」がいかに我々から見た常識の正気を保つ上で、重要か。

それを一時的に喪失しただけで、ヒトは自身ですらコントロールできないパニック状態になる。

かれらは「この実験」で犬を使うことにした・・。

それらは「視認性のない」問題を扱う専門の機関に発展し、より精神性の高い密教文化と分かち難く結び付いた。それは歴史上で見る「奇跡」的な必然であった・・。


 量子が苦労してアウダ自治区に潜入する目的は個人的にはどうやってそれだけの強力な磁場を造ったのか、後はただこの作戦が終わるまで生きて帰ること。

どこからどこまでがアウダなのか、ドッグから言われないと分からない。土から土が続いているだけ、変わらない風景、人けのなさ、どれを見ても標識などない。

今までいたところがオノッコでは名前も付けられなかった「無湖畔」の無用の広大な土地であったのに対し、今、量子とドッグが「難なく」忍び込んで「いた」のがもうすでに自治区の中であることを知ったのはただ単に日が暮れてきて、その照らされた山の地形が観察するにもう山脈の内側にいることを示していた、という間の抜けたタイミングであった。


「いっしょに死ぬのは簡単」


 ドッグがそう言った。量子は死ぬことを視野に入れているドッグを冷めた目で見た。戦闘隊員でない量子と、モチベーションの違うドッグとは温度差があった。

ゾックスとジョビニーというのが、どんな女の子たちであったのか気になったまま、量子とドッグは別行動を取ることにした。次、会うのは戦争が終わってもお互いが生きていることを通信する手段はない、未定だ。

これからどうするのか、といった街路樹の下の女子高生のような駅前での会話もなく、ドッグはゾックス、ジョビニーと「会えるなら会う」予測で、当面、目下「磁場」の追及を以て量子は行動する――それが「カスケード」の「目的」に適うかどうか。


 一人になった量子が持っている情報で、掴んだ中の得になりそうな物は「子供が集められる」予定があること。その中に実質最高責任者である「教主」がいること――。

先が予測し得ないウィーナー材料であった「テロ」は幸いにもここで塞翁が馬の通りに裏返った。状況ができたのだ。

手札はゲームではないから多ければ多いほどいい。このカードが出揃った時点で、どう転ぶか分からない自分もウィーナー材料なのだから。

全体像が見えない。本部から何の連絡もなく、伝達手段もなければ現在、軍、作戦の中で自分はどう動かされているのか、把握するのは不可能。もうすでに周回遅れになっているのかも知れないし、まるで的外れの矢になっているのかも。

「目的」はもうすでに達せられて、私たちは人生ゲームの駒のように遅れてゴールするのか。

空路、解決。「なぜそのような」、未解決。「なら」、知っている人に聞いたらどうだ?

各々が、「真実」を知る。そしてそれをひた隠しにして死ぬ。そして贋られた「戦争の真実」は語られる・・。

 それが「目的」だ。

と割り切った量子は、一兵士として最も重要な任務に就くことにした。即ち、それは「最高責任者」の割り出しである。

発見、人質、交渉、・・何にでも使え、必須。

兵士として非力で援護であったはずの量子がこんなに中枢の周りにいるのは単なる時の偶然なのか。


「観測衛星を打ち上げます! 小国ながらオノッコは・・。その進んだ・・技術で・・皆さま方の支援を・・」

外遊先でアニエス首相がぶち上げたのだが、キリエの投資の画面ではオノッコの市況は上下せず、その関心の薄さを物語る。

檀上のアニエス首相の後ろの席では土田総理大臣がいたが、それもキリエの金の差し金。ジグラ外相も同席しているはずが、姿は見えない。

投資の画面ではステレフォンと呼ばれる最新式の携帯電話を開発した企業が軍用にそれを提供、提携する向きを表明したことでうなぎ登りを続け・・。


 「混乱」している時の脳はただ固まっているのではなく、絶えずアンテナ、触角に例えられる手を伸ばし、もがいている。

意識下のこのあがきは、ややもするとあらぬ方向に誘導されがちだが、有用な知見を得られる例もある。

つまり、それは常人なら経験し得ない領域、あえて言えばスピリチュアルといってもいい体験をすることがままある。

それは先に触れた「視認性のない」宗教的体験に近い。

無意識を極限まで高めることで超現実体験を得るのが宗教儀礼なら、犠牲者は強制的に無意識の楼閣に閉じ込められてその中でさまざまな体験をした、と語る。

「時を超えた」と複数人が体験したのも大きな収穫であった。


大国の思惑はこうだ。後進国、やっと立憲国家になったばかりくらいの弱小国家が「原始時代のまま」石やりを持っているのならいざ知らず、「原始時代の頭のまま」手には「核」を持っているという「タイムマシン」が一番困る。


「現実世界の」認知症とわざわざ名が付けられているのは、現実世界では混乱状態にあり意思疎通が難しくなる。しかし、「視認性のない」意識下では必死に「自意識」を保ち、その檻の中から必死に手を伸ばしている。それは同じくややもするとあらぬ物を掴むが、他の例もまま、見られた。それは高尚、といってもいい知見である。

宇宙開発に選任された犠牲者は元々、できがいい身分であり、その知能も高い。その抑圧、過負荷の中でもかれらはフルに全身全霊で手を伸ばす。

その結果、得られた知見というのは例えば「時間の連続性の重要性」を諄々と我々に説いたり、「自意識」がメカニズムとしてどのような機序を持っているのかなどの近代国家にも見られない深い考察であったりした。

かれらは現実世界では能なしであったのと並行し、精神世界の内部では「自意識」を確立した冷静な頭のいい観察、体験者であり続けていたのだ。

我々はかれらの話を基にして仮説を幾らか立てた。「視認性のない」時間の「二面性」というのも重要なその一つである・・。


 修道院、と言えどもそこは野戦キャンプに建てられた学校、のような佇まいで壁はなく、雨戸のようなもので外界から隔てられた真っ暗な建物。

その風雨を凌ぐためだけの上に載せられた天井、の下の明かりがない真っ暗な内部から子供の目、が覗いているのが見えたから、量子は学校と思ったのかも知れなかった。


 ズカズカと、軍靴でその暗がりの中へ入ったのは、無神経だったかも知れない。そこは聖域だったのだから。

「三つ目」の女の子が潜んでいるのに気が付いたのは、そこに群がるように子供が密集していて、おとならしい陰もあったのだが、蛍光塗料、恐らくそれはここ由来の天然の泥で描かれているらしい、大きな「目」。それがクルニの目印であることはドッグから聞いていたが、恐らくその予備知識がなくてもこれだけ「特別」感を出していたら量子はいつでも気が付いていただろう。

そのおとならしい陰はじっとして、やや身を寄せる気配をさせてクルニを守ったのだが、なぜか抵抗するでもなく、そのクルニの眼前に量子が立つのを許していた。

無神経に、量子は道具の中のペンライトでその目の下、を照らす。と見えたのはスツールのように木箱に一人だけ座らされている、地べたに座っていない特別な扱いをされている、少女の肢体だった。

その少女は顔は浅黒く、痩せていて、額に蛍光で光って見えるのは薄い黄緑、シトロンとかライムとかカボスとか、そういう色味であった、額いっぱいに描かれた紋様は間違いなく「神」とかの目なのだろう、と素人では推察するが、身体にはこの民族特有の布を着ていて、それは特にクルニだから派手な模様なのであろう、赤地に貝のような斑点が「抜か」れているワンピース様の一枚の布であった。しかし、それは特に華美というほどでもなく、他のここにいる少年少女たちの纏っている服とは量子の素人目では格段の違いは見られない。

きっと宗教上で使ってはいけない色だの模様だの範があるのだろうが、そこにいるのは冷静な眼差しで子供じみていない、やはり風格、貫禄を以てしてのまっすぐな目でペンライトの奥の量子を見て、そのでっかい瞳、宗教上最も意味を持つであろう、「瞳」を冠した、量子の素人目では、「賢そうな子供」だった。

「テロ」で子供が集められた、とは言ってもこれが何の役に立つのか分からない。守る大人もいなさそうだし、外に警備などがいるわけでもなし。例え、子供の中に子供を隠す意図であったとしても、この「目」が描かれていては無意味なのではないか?

「アロウ」量子は英語が通じるのかどうか、いくら未開でもこれくらいは分かるだろうとのもとで話してみた。

この初潮も来ていない少女が堂々として答えたのは、「ハイ」であった。

側に仕えている子供よりは大きな、座っている陰は何もしなかった。見つけられた、と落胆しているようにうなだれているだけ。

「ワッチャネーム?」

「アイムア・・」女の子はやはり英語は不自由なのであろう、口ごもって、しかし、

「マイネイム、イズ、クリスマス」とはっきりと発音した。

クリスマスとは随分、西欧風な名前をつけるものだなと場違いに量子は失笑をしそうになった。ペンライトを消し、やや経つと、また蛍光性のモノで描かれたそれがボンヤリと群衆の中で光り出す。

この「出会い」が何を意味するのか――。量子は手札が増えたというくらいしか分からずにいた。

逃げる雰囲気も、場所もない、この小屋から出ても、どう工作してもすぐに捕まえられる。地下もなさそうな、木板でできた床。「判断」は「とりあえず」今は出る、という軽いものであった。

日が眩しい。キャッチベルを手の中で転がし、量子はこれを報告するべきか、持っておくべきか、「判断」に迷った。

こういう時は落ち着かないものである。軍靴の底で土をこすり、かかとを立て、考えあぐねていた所、その土が不自然に固い。剥き出しの自然であるはずが、そこに人的なものを感じた量子は、技術屋らしく抜け目なく屈んだ。

そして大きな道具箱から検知式の、発散しているエネルギーを各種測定できる針を体温計のようにその地にねじ込んだ。

人間は原因があって結果があり、それでやっと安心できるように訓練されてきた。「因果」があって当然である、と。~から~なのだという口実でもいいからつけないと「判断」できない。

人間の思った通り、そこには原因があって、量子が思った通りに磁力があった。思った通り、強力な、20がMAXの値であるその機器は20を測定したのである。

 そして、結果になったその原因の「原因」は、量子の専門的な知識、知的好奇心から割り出す。

「焼結材・・。なる程・・」ザラザラしたその地面を剥がすように触れると、無数の砂、粉末が固められてできているのを確認する。

焼結材に成形する際に磁力を与えたんだ。着磁は・・、確か圧力を加えることによって可能。分かってみると、その規模がけた違いなだけで子供が考えるような、方法だけを考えれば単純なもの。

これを報告するか、「判断」に迷う。

強力な磁場を作り、空路に細工した上で発端は理解できる。そして、その上でこの事態を招いた「理由」を知り得る「トップ」の居場所も掴んだ。

これから何をすべきなのか。

「命令」は下っていない。「目的」の下に下るものであるから、その「目的」のために私は「判断」すべきなのか?

もし「違って」いたら? もう決まった上で知らされていないのなら、自分の身が危ないのでは?

ウィーナー材料がまだ動きすぎているのでは? 「落ち着く」まで待つか。引き出さなければならない情報がありすぎて、かつ与えられない。

「船頭多くして船山に上る」。この諺は戦争によるもの? じっと待つ。出てくるのが「敵」か「味方」か、受け方に回る。その方が有利。

 量子は「学校」の傍にいて、「結果待ち」であった。


 量子のつゆ知らないところで夢にも思わないことは多々あるが、その情報はそれに比べるとやや予測可能であった小ぶりなもの。

やはり発端であった空路、から「因果」の道筋を持ち、それは飛行機から。「カスケード」の人員である捜査員が、差し押さえたある国の飛行場で離陸可能で残っていたジェット機。

そこから空輸用の違法薬物が発見された。という単純明快な「目的」。

オノッコ、アウダに渡るはずであったこの貨物は、大国が逆にシャットダウンし、群衆の中に人を紛れ込ませるのと一緒で、「国際的判断」によってやっと「命令」が下ったのである。


「火野か・・?」

北森の声であった。キャッチベルから聞こえたのは忘れかけていた日本人の北森。

「久しぶりだな・・! 俺から伝えるとは・・「因果」なもんだ」

「はい」

「ここにリストアップされている番号は、作戦に活用できるものしか含まれていない。まさか火野がなあ・・」

「作戦? カスケードは変更されたの?」

「いや・・、更新された。「カスケード」は今から「クルニ奪還」を「目的」とする。「決定」事項だ、待たせた」

「クルニ・・。あの、密教の・・」

「そう。もう知っているだろう? 「判断」は遅くなったが、やはり「目的」はオノッコの弱体化、無力化に当てられることになった。狙うは、国家の瓦解、まあ、自滅、が最高かなと、俺は思うが・・。生きて帰れよ。無理、と判断したら帰ってもいい、会社で言えば直帰、だ。今、どこにいる?」

「さあ・・」

「アウダにいるんだろ? 国のトップの、宗教上の最高位が少女とはちょっと難だが・・。アニエス首相は国民の反発で退任せざるを得なくなる。それからはどうにでもなる。大義は人権保護、だから「奪還」と表記する」

「つまり・・、クルニが人権を侵害されていたとして、それを護るため・・」

「そうだ。いい武器だろう? 証拠はある。あと、・・ないと思うが――」


「殺害も?」

量子は思わず声を上げた。自分の腰の中で拳銃が跳び上がったように。

奪還できなければ殺害もやむなし、そこでクルニは最高の立場であって、それとともに表裏一体、ただの少女であった。

国の力を奪うため、やむなし。


 「秘密」とはいかなかった。ジャングルを通り、約束された秘かに待機している「空路」。そこにタッチするまでのこの「奪還」作戦に「火野量子」が関わっているのは嫌でも知れることになる。

量子はクリスマスの手を握っていたのである。あの暗がりから、クリスマスを奪い、この国から奪う、逃亡作戦。自然に、歯車がジェンガのように崩れるには、それだけでよい。

もう片方の手には拳銃を持ってはいたが、狙うほど慣れてはいない。ただできるだけ急いで、クリスマスの手を握り、森を抜ける。それはオノッコの首都ロアンナから無湖畔、アウダ自治区、を挟んで逆の向き。

地消資源に過ぎないロアンナの水。未だかつて顧みられたことのない価値のない国。

そこから鉛筆の芯を抜くように、この少女の手を引いて。

確保されている飛行機は「恐らく」遠い。目的も行先も説明されていないクリスマスは拳銃の前で抵抗することなく、時には木の根にたじろぐ量子の手を助け、走っていた。

「応援」が来るというのだが、この森の中にどうやって来るのか?

クリスマスとの会話はフランス語でできた。量子のカタコトよりはもっと自由だが、それでも不自由な仏語をクリスマスは会得していて、それで辛うじて意思疎通はできた。


 エキゾチックなこの「美人」とはあまり言葉を交わさなかった。

第一に、クリスマスは利発で自分の立場というものを非常に弁えていた。協力的で、量子の目的すら把握しているようで、必死に作戦を遂行しようと森を抜けるために走っている量子とともに走り、特に話す必要がなかったし、量子にもその余裕がなかった。


 ――そして量子は「今」、グレーがかったえんじ色のパーカーの上にモヘアキャップを被って“川の向こう”を見てこう思っている。

本当の「持たざる者」はキリエだったのではないかと・・。


 丘の中腹に差し掛かった頃、「応援」が来た。待っていたのである。

見たところ、50代初めぐらいか、それにしては顔のシワが濃い、男だった。アジア系ということは分かったが、足には毛でできた靴を履いているし、服装もどこかの土着民族を思わせた。

木の根に座っていたその男は、傍らに遠目ではライフルを立てて持っていた。しかし、それはライフルより長く、山追などで使われる猟銃であったことが近くなって分かった。

 量子とクリスマスを遠くからでも見据えていて、待っていたその男は日本人だった。

「胎中」と名乗り、量子を驚かせた。それだけではない。

胎中は自分を「マタギ」だと紹介した。

「マタギ?」量子は冗談みたいだ、と半分呆れた。

胎中は関西出身の正真正銘の日本国からこのために来た、国際危機管理機構の「外注」だと言う。わざわざ日本から呼んだのは、もう量子のことが知られている、ということで心強さも相半ばして、という気持ちもあったが、どこぞの山奥で鹿だの熊だの追って、生活していると同じ日本出身でも噂程度に聞いていた、量子にとっては「シュール」だった。

いくら、山道に慣れているからと言って・・。グレムリンと初めに聞いた時とは、感じなかった違和感が頭をもたげたのは、複雑な整理思考で以て、やや安心した緊張が解けた時に表出する気持ちであったことは未だに混乱している量子はその時は気が付かなかった。

「虎が出ると言うからよお・・」

「どこで飛行機が待ってるか知ってるんだよね?」量子が知りたい「情報」は切羽詰まった状況でそれだけ。

胎中は肯き、「あと半分くらい」といくら倍でも具体的に言ってくれて量子は助かった。クリスマス、特に「クルニ」である額の大きな目を見る胎中は、その眉間のシワをもっと深くして、見ていたがどう感じていたのかは分からなかった。

「そんなもんしまえや」胎中が言ったのは、何の役に立つのか、といった程度にブラブラとさせている量子の片腕にぶら下げられている拳銃である。量子はそれに従って、拳銃を荷物の中にしまった。

胎中は「ある情報」、「目的」を掴んでいた。それは――、「奪還作戦」に変貌したこの森の逃亡劇の中で、クリスマスから聞き出す。「本部」は既に掴んでいた「情報」の裏打ち。即ち、「なぜ」こうなったのかの本当の理由である、オノッコが隠したかったこと。

「本部」から命を受ける時間があった胎中は、まるでこどものおもちゃを見るように、それを聞きクリスマスを見ていた。

だって――、本部から聞いた、国家がやっていたこととはどうしても思えなかった。「時間の研究」といういかがわしい、しかつめらしい言葉から挙句の果てに漫画みたいな話を堂々とされるとは思わなかったからだ。

 現実離れした、という表現が一番正しいのだろう。

「目的」というこれもまたいかがわしくしかつめらしい言葉ではなく、「やること」として胎中の頭の中に入っているのは「こいつら二人を逃がすこと」と、あとは自身が命ぜられた「馬鹿みたいな話」をこの、量子という女に丸投げすることだった。


 量子も信じ難い気持ちで聞いていた。クリスマスはその鹿のような細く長い脚を休ませている。

胎中が言ったことは、「もう実験が行われている」だの、「理論が確立されている」らしく、「それを聞き出せ」だの、「こどもの秘密」のようだった。

とにかく、「利用価値はそれしかないのだから」という大国の代弁だけが大人っぽく・・。

 胎中に持たされた「現実」の方が量子には重かった。それは初めて聞くステレフォンという最新式の通信機で、キャッチベルが出世した軍の武器だ。

・通話記録が残らない、・匿名、・・など主に密売などの闇市場で利用されていた「トクリュウ」という機能を民間用に活かした、という世も末な電話だった。


「タイムマシンについて聞きたいのだけれど・・」

どう、大人気なく聞こえないか、ということに腐心して出した言葉は、やはり量子にとっては不釣り合いなものだった。

クリスマス、その少女の二つの瞳は子供にしては目の上の彫りが深いせいか暗く、濃く、動じない高い精神性を持って、量子に肯きかけた。「シー」、分かったと。

その人間間の瞳はいいが、その大きな「目」、額に描かれたままのものがまるで「夜にだけ、瞳を動かして人を驚かせる幽霊の絵」みたいに非・現実的に大きく見開かれたまま・・。


「タイムマシンというのは物体ではない」

道すがら、「聞き捨てならない」情報、この作戦の「本当の目的」であるタイムマシンについてのクリスマスの開口一番、第一声はそれで、結局、量子はそれを一言一句過たず残すための録音機に胎中が量子にしたように、丸投げした。

クリスマスは特段笑みを浮かべるでもなく、かつ声を密やかにするでもなく、「事実」を話すように冷静に話した。

物体ではないというのは恐らく、SF小説や映画などで観る、船とか宇宙船とかそういう形をしていないのであろうと量子は思って、それ以上先には思考を進ませずにいた。


 宇宙科学の失敗というのは人を狂気に至らしめた、というのはクリスマスの話の始めだった。

その多くは宇宙空間にいるために生じる精神性の異常を来す、というものだった。その多くは始め、精神病院に入れられた。

意味不明な言動、認知症様の症状、弱小国が行った稚拙な宇宙開発はケアも訓練もろくにされず、ただ国勢を高めるためだけの「目的」によるものだったから。

しかし、その失敗は思わぬ副産物を産む結果となった・・。

量子のつゆ知らないところで夢にも思わないことが起きていたのだった。


 人は起きた時に、現在位置を捕捉すると言う、のがクリスマスの教えられた「理屈」であった。

睡眠から覚め、自分が「どこにいるか」「いつにいるか」を大幅な経験則、アンテナを張って瞬時に把握する。それは赤ん坊のころから鍛えられた能力で、多くの要素を一遍に活用することで保持しているとクリスマスはそう教えられた。

そのプロセスは同時に複数を合致させることなのだが、大まかに言うと、「昨日までのこと」を思い出すが一、「現在」どこにいて、今がいつか、等の情報をクリスマスが言うには「常識」という知識を持って理解する、そして「寝惚け」状態から脱し、「正気」になるというのだ。

クリスマスが明かした、失敗の上での認知症様の症状は「どこにいるか」「いつにいるか」を理解する能力が一時的に欠如あるいは低下する。「昨日までのこと」が思い出せないあるいは思い出せても記憶野においてそれをうまく他の記憶、知識、「常識」といったものにつなげられなくなる。

その結果、自分がいつ、どこにいて、今なにをしているか、が分からなくなる。そして「混乱」するという。

「ちず」日本語に当てると「知頭」という造語、これはこの「研究」が実施された折には何らかの形で「発表」されるはずだったらしいのだが、各地の言語に翻訳されるはずだった「成果」の一つ。

そういった人間の知識体系全般が「研究」ではカギになるらしい。クリスマスは恐ろしい程、淡々と説明してくれた。それは特に感情を挟む余地もない、「そこに石がある」のと同じような「事実」をかいつまんで理知的に教えてくれているように。

その知識体系が拙い宇宙開発で喪われた例で、一番大切なのは、「いつ」にいるか分からない状態の観察であったとクリスマスは言う。

 多くの「失敗例」では「混乱」期は一時的で、まもなく犠牲者たちは「正気づく」。しかし、それに目をつけた研究者たちにとっては喜ばしいことではない。

必然的に、科学で重要な「再現性」を「立証」するために、人体の前段階でよく使われているイヌで、この「混乱」を人為的に起こす必要があった。要するに、犬をわざと認知症にする実験。

 なぜ、宇宙空間で異変が生じたのかは恐らくストレスのせいであったろう、と推察された。過度な精神的疲労によって一時的に脳がうまく機能しなくなった。原因は単純、しかし結果は多くの、脳の不思議さ、を見せた。

近代国家、先進国、未だに脳は解明されていない。そのキャパ、キャパシティー、潜在能力は得体が知れない。先進国では得られない、この非・人道的な母である失敗がオノッコにとっては財産となった。宇宙開発はその姿を、「カスケード」が連鎖的に変遷したように、「未開発の脳」の研究に化えた。


 その時期、ノーベル賞で席巻した「量子もつれ」の理論もそれは偶発的であったのだが、この「理論」を躍進させた。観測されることで初めてその性質が決定される、等々の不思議な「事実」をオノッコが行っていた「研究」と一体化させ飛躍的に向上させた研究者の名前は恐らく「天才」として少なくともオノッコでは歴史に名を残すはずだったが、この俗世はたかが下界である「クルニ」のクリスマスは、その名前を初めから覚えていず、その業績だけが語られた。

 ――つまり、「彼」の考え出したのは、「時間」も「観測」される前は「ない」のではないか、という荒唐無稽な思考である。


 その後、クリスマスが語ったのはこの「タイムマシン理論」で幾つか必要であった要素、「視認性のないもの」、「時間の二面性」だったりした、・・等々の謂わば我々の「常識的理解」を超えた、まるで宗教=考え方の奥義みたいな「理論」が次々に「立証」されていったという話を、「マタギ」は聞いていなかった。ずっと後ろ姿を見せ、猟銃を肩にかけ、稲刈のような道具を使って、立ちはだかる草木を薙ぎ払い、量子とクリスマスを連れて行くだけの「目的」に徹していた。


エンテトリテビスケットによる犬実験。これは現在も続けられているらしい。アウダ自治区のどこかで。

エンテトリテビスケットというのがその実、犬を認知症にするために脳の一部を破壊するおやつであった。この実験の後、人体実験も「多く」、行われたと言うから人権にうるさい先進国ではできなかった。

数々の「立証」はここで果たされたらしい。

脳を破壊され機能が不全になった犬は、「昨日」があったことが分からない。つまり、突然、ここにいるのである。

ここで「観測」の視点が用いられる。「量子もつれ」の理論を応用すると、「観測」し得るものを「観測」してその性質が決定されると、その反対の性質もどんなに離れていようと自動的に決定される、すると「視認し得ないもの」も決定されているはずであるという現実的でない理論である。

「時間」というものは「視認性のない」ものである。つまり実体がない。「思念」の内にあるもの、概念に過ぎない、とクリスマスは言うのだ。

我々、「常識的理解」に縛られているものは有漏、これはアウダ密教に吸収された仏教用語だが、煩悩を意味する。そこから転迷開悟して「覚り」を得るのだが、突然、現れた右にも左にも上下にも時間がない犬は、この「時間」のどこにもまだ存在していない。現実には研究者の前の檻の中にいるのだが、犬の「思念」はそれを「観測」できない。「混乱」である。しかし、その嵐の中で概念に過ぎない「時間」というものを「現在」に留まらず、「過去」にも「未来」にも行けるというのだ。「実験」が言わしめたものは時間というものは方向感覚に似たようなもので、エンテトリテによって時間の感覚がなくなった犬たちは多く、「無動」状態になる。これは「金縛り」にあったように「身動きができない」状態になる。人間で言えばトイレにも行けない重度認知症である。

そして自由自在に引き出せる「失敗」からその時には目に見えないものが見えている、という情報を引き出す。それは――、脳の中の「眠れる力」である、と言う。

謂わば、人間の歴史が蓄積してきた財産の「常識」の鎖が解かれ、狂気に似た、人間崩壊を起こす。

崩壊した思念は時間の連続性が失われている。昨日があり今日があり未来がある、といった時間の概念が崩壊し、そのいずれにも飛ぶというのだ。

時もない時に時を飛ぶ。それは「思念」の内で行われる。

それが、最初に言った「タイムマシンは物体ではない」の真意だった。

「思念」が人類が後年になって考え出した「タイムマシン」のように連続性を失われたがゆえに、自由自在に「過去、現在、未来」を行き来できるという。

クリスマスは二大要素として次を挙げた。

一に、「認識のズレ」

二に、現実に行くんじゃなくて現実が降りてくる

という「発想」である。

「タイムマシン」で必須なのが「認識のズレ」。それが人類の陥った時間の罠、それを脱け出すと「時間もズレる」。

二に挙げた、発想はアウダ密教の教えであるといい、それは後から活きるとクリスマスは言った。

 この一連のタイムマシンの「中」に入ることは正気では容易ではない。高い精神性が求められる。その行為を「インクルージング」と言うのだ、とクリスマスは言った。普通の人なら耐えられない、狂う、「へどもど」する、と。

それを生きて帰ったなら説明する義務がある、と考えて真面目に聞いていた量子はその呪言によって吐き気すら感じた。理性で落ち着けない生理的嫌悪さえ催したのだ。

アウダ密教で高位のセビリチャーたちによる結社「ノーアイズカラー」がその秘密を共有してる、宗教上で。ノーアイズカラーのトレードマークは三角形の記号で、それはこのクリスマスの第三の目を模したものであると言う。

そんなセビリチャーの中でも「インクルージング」を体得した者は数少ない。クリスマスは当然、「できる」のである。


その人は服を何もかも持ってたんだって。みんなが羨むような衣装持ちだったんだって。だけど・・、「靴」は持ってなかったんだって。

暗喩的でしょ?

だから、外に行けないのよ。

もうっ! だからこの話のどこが面白いかって言うと・・」

この電話を知人としていたのは、ツビという女性。オノッコでは数少ない「インテリ」で高等教育を受けていて、先進国の大学院を卒業した、――簡単に言えばオノッコでは珍しい「先進国」側の人間である。

そして、彼女はそのたぐいまれに恵まれた才媛を活かし、まだまだ女性の社会進出が進んでいないオノッコでは珍しく女性アナウンサーになった。

そして、「彼女」は「スパイ」であった。

ツビは外国で先進教育を受け、その思想に染まり、「遅れている」オノッコの内部にいる「内通者」となり、秘密でこの「カスケード」にも参加している。

量子、その他がキャッチベルで聞いた「ニュースの声」の持ち主は彼女で、「本部」の要請により、分かる人には分かる、ようにニュースを読んでいるのである。

 その原稿は、全く自然に全く何も知らないスタッフへ渡され、「分かる」ツビにより放送される。

「・・ニュースをお伝えします。――

・・

時を忘れても、時は流れるのを忘れない

・・ということですね

・・では変わって、

ジグラ外相によるとこの「テロ」は・・アニエス首相は世論を受け、退陣を余儀なく――

「国外への逃亡」も・・」


「歴史ジャック!?」

私の頭の中に構造がある、とクリスマスは言った。「タイムマシン」は船などの形をしていなくて、「知識上の観念」だと。

そして、それを使用する最終的な「目的」は「歴史ジャック」・・好きなように歴史を「贋」ることだと。

それは切実な・・、迫害されてきたアウダの民族、そしてもう遅れを取り戻せない「後進国」であるオノッコの結実。

「大丈夫」とクリスマスは素っ気なく言った。

歴史には「歴史の必然性」というものがある、から仮に「歴史ジャック」が成功しても、「大して」、歴史は変わらないのだと言う。

必然的なことは必ず起こる、変わるのはディテイル、細部のみなのだと。

それは「例えば」、オノッコが先進国になっている、ぐらいの変化なのだと。

行けども行けども変わらない風景、行く手をさえぎる枝木、地面は涸れた貧しい土地、胎中が前を歩き確保されているはずの飛行機までの道程は、まるで時計のない時間だった。

今どこにいるのか、今がいつなのか、ここはどこなのか、測るものがない。

そのうんざりする時が止まったのか、どれだけ進んだのか、分からない錯覚の中で、クリスマスのそんな「与太」話を聞いていると、不思議な次元に迷い込んだようなめまいすら覚える。

「アニエス首相は良き理解者であった」とクリスマスは言った。

アニエスはオノッコの首都ロアンナ出身の都会っ子で、「先進」的な人間であったが、「まつりごと」を担う両者である、クルニのクリスマスとアニエスは内外を分担するパートナーとなり得たと言うのだった。

内である国民の精神の支柱であるクリスマス、そして対外を担当するアニエス。クルニは「秘教」としてインクルージングを進め、「歴史ジャック」を画策する。

アニエスは・・、クリスマスが言うには逆に「時間が安定している」ことを利用し、それを「再生可能エネルギー」として資源に活用すると言う。

空路をシャットダウンし、我々が「グレムリン」を利用しようとしていた頃に隠されていた、本当の「目的」――「なぜ」は

アウダ自治区においてオノッコが企てた「歴史ジャック」によりオノッコを「歴史上」、大国に躍進させ、「安定した時間」を「再生可能エネルギー」に活用する大国家にしよう、とすることだったのだ。

「ラーマヤーナの名において」とクリスマスは言った。「ラーマヤーナ」とはインドに伝わる英雄伝である、それが複雑な交じり合い、交雑を経て、アウダ密教では神の名か何かに置き換わっているらしい。

あまりに・・あまりに・・「馬鹿々々」しい。量子は額に浮かんだ汗を指でぬぐった。

「おい」

「マタギ」が久方ぶりに声を出した。「今夜はここで・・」

まだ日は暮れかけているだけだが、山の上の人にとっては分かるらしいが、ここからは難所らしく、ここでビバークのようにしないと駄目だと、難所で夜は越せない、危険だと言葉少なに言う。


 夜、量子は「本部」に連絡を取った。

今現在、どのようになっているか。曖昧なアプローチである。とにかく「欠片でも」情報が欲しかった。

「えっ? 子供たちが集まっていたはずでしょ?」

「本部」からのレスポンスは必要最低限にも満たないものだった。それを補填したのは胎中である。

胎中の「情報」では、量子がクリスマスを「奪還」して以降、育ちの悪い胎中が言うには「後始末する連中」がまた派遣されたらしく、「カスケード」の「情報」、「証拠」を抹消する作戦も並行して行われているらしい。

「過去」にも「未来」にも、もちろん、「現在」にも「カスケード」は存在すらせず、量子もそれらを失った錯覚に陥った。


 MONOという物がある。それは「物」であってイレイサーなのである。その逆説、量子は「混乱」していた。オノッコで気がちがった宇宙開発の「犠牲者」は、その原因に無重力が考えられている。

夜、こんな深い夜は日中よりより重力が減ると言われている。重力が最も弱い明け方に人は死にやすい、とも。それが実しやかな「嘘」でも。

シダに囲まれ、見慣れない土地で眠る。そんな「非現実」を減った「重力」が連れていく。上へ、上へと、「通じない世界」へと。

 「最新の研究」では時間も重力により可変されるらしい。無重力になると、「時の概念」すらなくなるのだ。

それは「昨日」や「過去」、「現実、現在」そして「未来」明日、など自分を測定するものさし自体がなくなって、宇宙空間へ放り出されるのと同じなのだ。

「ねえ」と量子はすがるように声を出したのだった。

「現実・・。現実に行くんじゃなくて、って。現実はあるんだよね? だよね?」

「現実はある」

「現実が欲しい。私、いまどこに・・。早く」

「現実は降りてくる」

「気がくるっちゃう」

「朝が来るまで待って」

とクリスマスは冷たい。


 「自分」というものは縛られて、形になるもの。本当の「自由」になると「存在」すらなくすのだ。

この目も、鼻も、口も、何もかもが鎖や紐、目に見えないものに縛られ、その縛られた形が「自分」なのだ。

「火野量子」は「火野量子を縛るモノ」によってできている。思念だったりそう、雑念だったり、渾沌の中で渾然一体、ようやく合わせた「辻褄」。それが辛うじて「自分」なのだ。

最新の研究=アインシュタインに教えてあげたい「最新の学説」だ。

「へどもど」している量子は「辻褄」を合わせた。

クリスマスの言っていた、「観測」の本質――。それは縛ることで「視認し得る」形を与えることなのだ。それ以前には、「決まっていない」つまりそれは――「まだ存在していない」!

「タイムマシン」による「未来」。それは「最新の研究」では「行けない」。なぜなら「まだ存在していない」から。

そうやっている内に、みるみる明日は近づいている。これが「安定した時間」という現実。これを再生可能エネルギーにするのがアニエスの・・。

そして、「時間だけが存在する」という極論が「時間の二面性」。だとすると・・。

「時間の連続性」――「流れ」ているというのは「推察」であって・・。

今ここにこうして、「時の概念」すら喪失し、「自分」すらなく、「観測」されることもない、「自由」な私は、「安定」していない。もしもこうしたウィーナー材料にまで落とされた存在と同じように、「時間」もまた「安定」していないのなら・・。この残されたたった一つの「自分」=「意識」という「観測」方法で以て、「連続性」をなくした時を、角度を変えて見るなら、未来にまで行けるのではないか。

「タイムマシン」だ。「まだ決まっていない」未来を「自分」が「観測」することで「変える」? いや、「決める」? そうか、「贋」ることは可能。「過去」もまた然りで、「歴史ジャック」は成功する。

「概念」そのものが違っていた。

たゆたう海のようなもので、川でなく、時間は平面なのだ。矢印がない。先も後も、なく。「存在」しているだけ。それを「観測」し得るものがあれば「自由」に――なる。

「認識のズレ」とはこれか、「自分」が間違っていたのだ。

エンテトリテビスケットを食べたように、忘却し喪失し、創造する。

ヒトが見たら気がちがっているのだろう。「観測」されたら今、私はオカしくなっている。

ヒトは言う。「確率論」で「未来」を語る、しかし、「目を決める」ことができる、賽コロのように。

戦争は終わる――これは予知なのだろう。オノッコの勝利で。


「理論」は私の頭の中にあるから

取ってごらんよ。「頭の中を」

拳銃を振りかざすように「今」、量子は自分の手の指を頭のこめかみに当てて気のオカしい「ふり」をしている。

「後始末の連中」は後ずさりする。

「気が狂ってる。もうこいつは駄目だ」


 「現実」が認識できなくなっているのだけれど、その現実は「贋」られたものではないか?

やっと朝が来たそれは青々とした寂寥とした砂漠を潤す、水。


 ――今が何日か分かりますか?――

量子は捕らえられ、「泣いて」いたのである。なぜか列車に乗って量子は、ここまで来たのだが、捕らえられ、「敵」に尋問されている――それは詰問されているのではなく、気がオカしい人に対して、無情に憐憫を持って優しく聞かれている。

量子は「泣いて」いた。追い詰められ、「混乱」の極限にいて、感情の氾濫状態にあって号泣していた。涙というのは「喪失体験を取り戻す」ことであり、やっと量子は「正気づいて」泣いていた。

――今が何日か――

「敵」は言う。そして液晶画面を見せ、カレンダーの「今日」を指し示す。それは11月の日付で。量子は極みにいた。

オカしい。

オカしい。

「確か――、10月に入ったはず――」泣きじゃくりながら、なけなしの「記憶」を量子は口に出す。

それを聞いて、量子を捕らえた二人の「敵」は気の毒そうに眉を歪め、顔を俯け――、量子が正気ではないことを如実に悟ったことを表した。


「昨日」というものは遥か天上から、まるで空から朝が降りてくるように降りてくる。

それは同時に「常識」という人間を救う、概念であってやっと量子は少しずつ、昨夜の「混乱」状態から抜け出し、宇宙空間での失敗の数々の「犠牲者」と同じくそれが一時的なものであったことを体験し、「人心地」が付いた。

そう、やっとここまでの人類の歴史がそれを与えるためだけにあった、「時間の連続性」を取り戻した。

咀嚼された「昨日」、そして過去からの続いている「連続性」によって「現在」の「自分」というものが「認識」できるようになった。それはまるで朝の「光」によって「視認し得る」色、形を与えられ、ごく当然なものとして「正気づいた」。

胎中は当たり前に寝ていて、その呑気な猛者のタフさ。昨夜に過ぎないものは胎中にあってはなかったことであり、量子の様子も、「正気づいた」あとの量子で、「連続性」を持った「昨日」までの量子と何ら変わらないのである。

そして、ごく当たり前に必要な「情報」を世間話のように共有する。日本語で量子と。量子がどのような状態であったのか、知りようもなく、量子も疲弊気味なだけで、語ることもなく。

「アニエス、前首相は国外に逃亡した。内部から瓦解したこの国には新しく首相が選ばれる「予定」だ。俺が聞いているのはそれだけだ。きっと傀儡か・・、まあそこりゃへんは濁らされたがなあ・・。よしっ、出発だ。飛行機はあとここを抜けたら、まあ「今日中」には着くか・・」


そして量子は「今」、捕虜として捕らえられ、その必要もないのに車椅子に座らされ、窓から空を見ている。ここはアウダ自治区から遠く離れた、オノッコの首都ロアンナに設けられた、「水」のある川の近くの病院。量子は手当てをされ、病院着に肌寒くなった季節にグレーがかったえんじ色のパーカーを羽織り、頭にはモヘアのキャップを被り――。

この幕引きを象徴するような「仄明かり」をその目に感じ、胸いっぱいに「現実」を吸い込んで、その「脱穀」された考え方に満足していた。もう二度とインクルージングをできなくなった普通の感性で、この世界を「新鮮」に感じる――。

その感情は「感謝」であった。

「仄明かり」はベージュだった。例えるなら一枚のページを透かして見る、白い光の反射のような・・、そんな優しい光で、その「意味」がどうであれ量子はこの「作戦」が終わったことを心から少しずつ実感するのだった。



 大それた生き物・・。

生物・・。

9月になれば。

9月になれば。

この丘を上がったら耳まで真っ赤になって汗だくになって・・。

ああ、虫の声が聴こえないんだ――。

私は今になって気付いた。


 それは最初の夢であった。気が付けば遠い昔。グレムリンのような「コビト」であった私。

あとちょっと行けば空路が確保されていて、そこまで行けば全てが収まる。そう、「目的」を遂げ、本懐を遂げた達成感を得るはず、そしてそれが現実のものとなり、もう「関係性」を絶って、普通の日常を取り戻す。そうなるはずだった。

 いや、しかし、「現実」は胎中の胴間声が聴こえる。オイッ、早くしろ! と。

女性であるクリスマスと量子はトイレに行った。トイレなぞなく、男性の目の届かない森の中に行った。

そこで「現実」に起きたことと言えば、数分後に無神経にも駆けつけた胎中に昏倒した状態の量子が介抱されただけのことであったが。

「あなたが観た、大それた、というのは、並外れた、の間違いよ」と少女はフランス語で言った。

それまではその夢を思い出しもしなかった量子は驚き、クリスマスを見た。並外れたというのはどういうことなのか。

それはこの少女を「意味」するのか。クルニ、密教の最高指導者であるだけでなく、その過程は謎だが、「選ばれた」存在であるこの少女は――、・・なぜ選ばれたのだろう。

クリスマスの額に描かれた「三つ目」。それが並外れた神という存在を象徴しているのか――。ならばこの少女は「神」なのか。

色々な「秘密」、ないしょ話を打ち明けてくれた少女は、それが「事実」であることを「立証」できる数少ない選ばれた存在。インクルージングは量子にとっては個人的な宗教的体験に過ぎなかったのか、「本分」である精神性は量子とクリスマスは比べ物にならないのか――。

量子が達した極みが「混乱」に過ぎなかったのは身の程。この「神」の権化であるクリスマスの極みは、量子が「つゆ知らないところで夢にも思わない」領域にある。

見誤ったのか、見くびっていたのか。

いや、それは「常識的理解」を越えたものであったから「夢にも思わな」かったのだ。

クリスマスが言ってくれた「歴史ジャック」、それは考えてみるに、今思えば、「混乱」しただけに過ぎない人間には不可能である。冷静に観察すれば分かったはずなのに、量子は「常識的理解」しかできない「本分」であった。

クリスマスとみつめ「あう」。

その厖大な精神性は瞳にある。そう、冷静に考えれば、その「作戦」である歴史ジャックに欠かせないのは、「タイムマシン」なのだ。量子にとってみればそれは「思念の内」に留まる、というのが見くびっていた証拠。

「タイムマシン」それになるのが条件ではないか。歴史を好きに変えるのなら、自らがタイムマシンになり、変える「力」――それをできるのは「選ばれた」存在、並外れた、「大それた」・・。


 昏倒し、意識不明になった量子の持ち物から、的確に昇圧薬を見分け、応急として胎中が量子に射ったのがその数分後。一気に底から水上へと浮上するような救命措置であった。


 「時」を飛んだ量子は現実に帰されたのである。


第二章「夜の帰る場所」


 それが悲劇の始まりだったのか、それが悲劇そのものだったのか。量子の父である屯助、その大柄な男と量子の間には大きな確執があった。

それは量子が一方的に持っていただけだったが。別の女と妹のキリエを産ませた、それが原因で気がオカしくなってそのまま世を去った母。

キリエも量子も、その屯助の血を継承したのか出来がよかった。

その元凶、実は全てが父親の呪いであったのか、屯助も異常に出来が良く、何の仕事をしているのか分からないまま、量子はミドルエイジになったが、屯助はフィラデルフィアに住み、何やら重役になっている。この悲劇はそのまま「フィラデルフィア」と略せる物だったのだ。


 記憶にある屯助はいつもスーツを着ていた、私服姿の屯助を量子は見たことがなかった。ネクタイもぴしっと締めていて、ズレているのを見たことがない。

 量子はと言うと、幼い頃から「コンピューターがウイルスに感染する」等、見たくもない夢を頻繁に見る、言うなれば悪夢体質とでも思いたくなるような早熟であった。

それを誰に相談できるわけでもない、孤独な「ひとりっ子」でもあった。母は結局のところ、子供である量子には普通であったが、その精神の脆弱性、それを量子にも引き継ぎをしたわけで、母は出来がいい量子にとっては子供のように幼稚でそれでも血というのは濃い。その振り回されている母の直情が突き放して見ている量子にも関わらず、量子も右に左にブレる振り子のような「機嫌」が量子も影響される意識下でも無意識でも母は、量子にとっては「危うい存在」であった。複雑な緊縛がここにもあったのだが、それを確執と思っていたことはない。

それよりも大きな、存在。父親の火野屯助というのがあまりに量子にとっては「損失」であった。「不在」という大きな穴ぼこのような存在。

「・・・・」

 屯助は何を言っても、量子をそのように見た。

寡黙、なのか判じかねる。なぜ娘、子供である自分にそのような目しか向けられないのか、あまりに不思議だった。それは不満に思うとか、以前に「この人は誰なのか」という子供に似つかわしくない、大人の感情。

まるでそこにいるのが不思議なように屯助は量子を見るのである。そして何も言ってくれない。

「・・・・」

“分からない”というのが本質。大人になって、量子は少しだけ友人を介して心理学をかじった。

それによると、“私たちのやっていること”というのは総じて、“忘れられないものの代替行為”であり“失ったものを欲しがっている”結果であると断罪されていた。

その教示に因ると、第一に「足るを知れ」という古代の教えは現在のこう解釈されている。

「もう足りている」。「もう十分だ」。

結果、「足りていない」と思うことは錯覚で、多用される語「代替行為」で大体が解決されるのだと。つまり分かっている限り、少なくとも人間の行為とは、「足りている」のに「欲しがっている」。

なぜか。

それは「喪失体験」に因るものなんだと教えられた。子供の頃の謂わば「完璧」な状態から脱け出す「成長」は「喪失」なのだと言うのだ。

幸せというものは人間が考え出したもので、相対化したもの。その「比ぶべき」ものは子供の頃。子供の頃から比べると、脳が発育した状態というのは「不完全」だという思想だった。

だから私たちのやっていることは全て「取り戻す」行為なのだと「つまりは」いう。


 屯助は何だったのか、何だったのだろう。「今」でも、量子は“分からない”。分かろうとしない子供でなく、真実に「ないものを証明する」ように分からないのだ。

亀裂、でも軋轢でも、そこにそれが存在して初めてできる「関係性」なのに、幽霊に手を伸ばすようにそこに屯助は“いない”。

 気がオカしくなった母をうらやむ。そこに屯助がいるから。

いつの間にかキリエという実体を持つ、妹を産ませた屯助。それは日本から「つゆ知らないところで夢にも思わない」遠いフィラデルフィアで、起きたこと。

自分の“知らない”屯助が何をして、そうなったのか。まるで理解が及ばない。それは分かろうとしない子供でなく・・。


 屯助との「記憶」はある。

それは量子が「パンデケー」と聞き違えたのか、思い違いをしていたのか、それすら「記憶」にないほど、幼い頃に、屯助が「パウンドケーキに潜む妖精」と応えている様子。

それが「本当のこと」なのか、自分で「贋」ったものなのかすら「今」では信じられないのだ。

それが真実“分からない”のだ。


「・・・・」

屯助と最後に会った「思い出」は「フィラデルフィア」。そこにピアノがあって、屯助はいつものようにスーツを着て、ストライプだった――、開いたグランドピアノの向こうにいるのである。

リサイタルで、会った。

リサイタルが終わり、父娘の再会。まるで結婚式のように独身の量子が、神前に向かうように檀上のその――、グランドピアノに近づいて――。

さっきまで関係者と会っていた屯助が――、未だに屯助が何の仕事をしているのか知らないが何かの重役、バージンロードを独りで歩いてくる、その灰色の道の量子の到着を、――待っているのである。

「・・・・」

キリエのことも、母のことも、いや、何もかもだ。吹っ飛んで、そこに行くからには量子には何らかの「目的」や「意図」があったのか、自分でも知らないまま。屯助のその無言の眼差しが、無限に続く沈黙を自分のいい様に「切り取った」何秒かの屯助の会話だったのか、そこに「時」も「屯助」もいなかった。


第三章「大空の彼方から」


「理解」は私の頭の中にある。

取ってごらんよ――。

段々、「贋」り上げられていく未来は、築き上げられていくモノ――。


 夢の「現実感のなさ」!

「目的」のない嵐は過ぎ去り、そこにクリスマスはいた。

案内役として。「そこ」はきっと死後の世界なのだろう、「時」の中の。立体的サイコロの内部のように時は――。

何で、量子が死後の世界だという「観念」を持ったのかは、そこに何の音もしなかったから。夏の嵐のまま、丘に上がってもそこに聴こえるはずの平野の秋の虫の声が一切、なく――。

巨峰色の空のもと。

「時間はシンメトリーに存在する」物だから「過去」にも「未来」にも同じ容積が広がっている、とはクリスマスの小言。

生前の、そして死後の――段々に、繰り広げられていく宇宙はあらゆる可能性を内包し、タイムマシン、実体を持った機械のように、先へ進んでいく。

 出来の良さとは脳の比率であると下らない知識。その余りに小さ過ぎる「コビト」の少女、クリスマスは比率で言えばそのボールのような脳対体の割合がきっとよくできている。

 その後、息を吹き返した量子は、現実というのは地上になく、水上にある天上のように変わることなく、「大した」ことは起こらない=常識的なことしか起こらないことをようやく分かるのだが。

「そこではすべてが解決するの?」とは量子の禅問答のような問いに、「秩序」と子供は言った。

初期の「目的」ではアニエスが語ったことは「秩序を与える」ことが目的で、その「新しい秩序」となるのがクルニであって、それは民衆を正しい方向へと導く「意識」である、というのが「歴史ジャック」の正しい遣い道だった。

しかし、「デカいものを引き当てた」というのがジグラ外相の干渉。アニエスは実のところ、内外から邪魔にされただけで、追放された。本当の黒幕はジグラ外相で、それの握手するところは「連合」であるはずの大国つまり量子がいた国際危機管理機構である。

まんまと嵌められた、のは実はジグラ外相で、デカいものというのは本当に想像だにし得ない、「並外れた」ものだった。全てを掌るのは神であるクルニ以外いないのだ。

「つゆ知らないところで夢にも思わない」それは量子のみならず。

並外れたとは「手に負えない」ものだ。破茶目茶とかそういう言葉。

人類? ただの点に過ぎぬ。神であるクルニ、継承された名の下に掌られたその「秘技」とは「並外れた」思想。

偶然にも「選ばれた」宗教めいめいが混ざり合い絡まり合いそして「具」になったアウダ密教は何を教えたのか。

そこでの聖人「セビリチャー」という造語がセバスチャンから来ていて、それが「セバステ人」を意味するというのが、このアウダの本質が何の「意味」も持たないことを表す。

まるで「無」の宗教。無が無を産み、無に帰する。

稀有な資質を持っている少女のみが「選ばれる」。真の「系統者」である。「無」を「具現」することができる、唯一無二。

それだけが「慧り」をえる。つまり、どんな苦悩も“菩提樹の木の下にいた・・!”と気づく。

常識という学問は地獄であり、世を縛るもの。しかしそれなしでは人間は生きられない。自分というものを保持することすら・・。

それが人類の「歴史」であるならば、ひっくりかえしてやれというのがジグラの「考え」であったが、そんなさもしいものに取り憑かれる神でもなく。

本当の、与奪の権利を持っているのが代々のクルニ。神のもらい子のようだ。

ただの人間ではない。

大き過ぎて見えない、「観測し得ない」もの。クルニにしか許されなかった「第三の目」とは、実のところトンボのように複眼にすることでそれを視認する、役割の象徴。

これまで培ってきた全てが「常識」であるならば、それは点に過ぎぬ。

実のところ、これまで見てきたこの全てが――。


量子が見たのは恐竜のハルマゲドン。それはトリケラトプスと、トリノドンの衝突。この未知の恐竜は地上最大の恐竜で、化石一片すら発見されていない。

世界が落ちてくる。恐怖の大王だ。

人類のハルマゲドンはどうなのか、それは「まだ決まっていない」だけで、このハルマゲドンは「理解を超えていた」。


第四章「インザモロウ」


「西部市場」で巨万の富を得た量子は、ニースにバカンスで来訪し、そのままキリエに報告することもなく住んだ。「作戦」を遂行し、「ゴールデンステートのシルバーレイク」に家を建てたのだ。

 後日談、としてはステレフォンが軍の放出品として流通し、「西部市場」も巨万の富を得て。

「本部」は人知れず、当事者すら知らずに解体され、「作業局」のみが残された。これは証拠抹消をする専門家集団。「カスケード」はなかったのだ、実際はクルニが「奪還」され、オノッコが乗っ取られた。のみの出来事。

 量子はニースでビーチチェアに腰を伸ばし、子供の頃に食べた棒アイスをしゃぶり、ひまわり雲の下、浜風を受けている。

そこに「連中」が来て、量子は気のオカしいふりをする。

「気が狂ってる。もうこいつは駄目だ」

全ての「悪企み」がこれでお仕舞い。戦争は終わり、参加した全員には自己免責という現代の免罪符が政府によって約束された。

量子の「記憶」ではダイジェストとして見られる。走馬灯の中に夢も挟まれている可能性も鑑みても、まあまあ大したものだろう。この「戦争」が決して「zoo war」などと呼ばれているモノではなく、スーパー戦争とでも自認すべきものだった。

それだけの実感を得たのは、つい最近。嬉しいことがあり、それは“ドッグ”、生きていたレディードッグとの再会という「人間らしい」感情であったことも鑑みて。



「撃たれた!」

そう言葉を発したのは、火野量子だった。あの駅のホームで、真っ暗闇のトンネルの線路の上で、狙撃された「戦争」の始まりが量子であった。

そして味方は逃げ、量子は捕虜として捕えられ、「今」、傷の手当てをされオノッコの首都ロアンナの捕虜病院にいる。車椅子に腰かけ、モヘアキャップを被り、少し肌寒くなった季節に、グレーがかったえんじ色のパーカーを着て、空を見ている。

「それ」が「歴史ジャック」により「改変」された結果の「歴史」上にあることを知っているのは量子と、恐らくジグラ並びにオノッコの重役、そして結社ノーアイズカラーと、それに囲まれたクリスマス。

「進化」とは「即応」するものである。

「現実」を胸いっぱいに吸い込んで、「満足」していた。量子は「幸せ」な子供時代を思い出していた。それが「贋」られた物であることを知りながら。

優しい父母、屯助と美しい母の下、量子は「いちごしぼり袋」で中に入れた苺を絞り、パウンドケーキに挟むジュレを作っている最中。

ジグラ外相で外交は始めは「アル中外交」とも酷評されたが、その手腕は今やオノッコ「先進国」を含めた、大国の連合組織「略蓮」ができ、国際的に大きな役割を果たしている。

そうした「改変」された歴史に「即応」した進化した量子は、ほほ笑みながら作戦「ファルコン」のことを思い出す。

フィードバックで多少の、高額な報奨金を得、キリエのいるコーンウェールなる地がどこにあろうと宇宙にあろうが、「満足」している。

「アウダ」は時間を再生可能エネルギーとして生産されるゴム油の最大の供給地に発展していて、会ったクリスマスも初潮を迎えクルニを引退し、「時代」は変わった。

全てが「そうであったように」存在する中、量子は結局、ビーチチェアに体を伸ばすことはなかったが、それと似たようにゆったりと車いすにもたれ、このロアンナから見える、“真珠の川”の向こうを見て、「やはり「川」がなくては駄目だ。「流れ」がなければ」と思っている。「流れ」というのは「方針」である。

神の「意図」が分かった気がした。

そして目を閉じ、冬の雲からの漏れ日を受け、物思いに耽る。本当に「持たざる者」だったのは――。


 黄昏で焼けている・・!

目を覚ました、病院の廊下にいたままの量子は、窓から見えるビルの側面が赤くなっているのを見て、急に「戦争」を思い出す。そして「泣き声」に駆けつけた看護士に「泣いて」悪夢にうなされた子供のようにこう訴える。

「日本神話は間違いだ」と。

誰かに手を差し伸べてこそ・・!


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