第9話 静かすぎる現場は、だいたい壊れる
その異変は、あまりにも唐突だった。
「……ん?」
根系ブロックE-41。
腐敗進行率61%。
数字的には、今日一番の“重め”。
でも、俺は妙に落ち着いていた。
「行けます」
自分の声が、やけに平坦だった。
リリエラが一瞬、俺を見る。
「……本当に?」
「はい。フィルタ、効いてますし」
言ってから、少しだけ胸が痛んだ。
フィルタが“効いてる”。
それを前提にしている自分に。
■ 事故は、だいたい仕様変更から始まる
根に触れた瞬間。
――ズン。
重い痛みが来た。
でも、声はない。
静かだ。
静かすぎる。
【腐敗進行率:61% → 58%】
「……順調」
俺はそう呟いた。
その瞬間。
ログ=フェアが、空中で一瞬だけ明滅した。
「警告」
短い。
「現場音声フィルタリング、同期エラー」
嫌な単語の組み合わせだ。
「同期エラー?」
俺が聞き返すより早く――
世界が、戻った。
■ 声
――たすけて
――いたい
――まだ、だめ
――やめないで
一斉に。
頭の中に、濁流みたいに流れ込んでくる。
「っ……!」
膝が崩れた。
さっきまで“楽”だった痛みが、
何倍にもなって返ってくる。
「カナタ!」
リリエラが駆け寄る。
「フィルタが――」
「切れた!」
ログ=フェアの声が重なる。
「音声フィルタリング、強制解除」
強制って何だ。
「……ぐっ……」
俺は根から手を離そうとした。
その瞬間。
――やめないで。
はっきり聞こえた。
単語じゃない。
お願いだ。
「……っ」
指が、止まる。
リリエラが叫ぶ。
「離して! 今は危険!」
「でも……!」
「今のあんた、持ってかれる!」
正しい。
正論だ。
でも。
――まだ、いける。
それも、確かに聞こえた。
「……くそ」
俺は歯を食いしばり、手を戻した。
■ 数字と現実の乖離
痛みが、限界を越える。
視界が白くなる。
それでも、表示は冷静だ。
【腐敗進行率:58% → 55%】
【処置:成功】
成功。
「……成功、かよ……」
笑ってしまった。
俺の体は、悲鳴を上げているのに。
「カナタ!」
リリエラが俺を引き剥がす。
その瞬間、意識が遠のいた。
■ 仮眠室(という名の隔離)
目を覚ますと、白い天井。
あ、ここは管理局の“休憩室”だ。
体が、鉛みたいに重い。
「……何時間?」
俺が聞くと、リリエラが答えた。
「三十分」
「仮眠、取れましたね」
自分で言って、笑えなかった。
「フィルタ、どうなりました?」
「一時停止」
「またONに?」
「……いいえ」
彼女は首を振った。
「事故扱いになった」
事故。
「ログには?」
「“一時的な過負荷による意識喪失”」
「声の件は?」
リリエラは、少しだけ間を置いた。
「記録されてない」
やっぱり。
■ 管理神からのフォロー
アウルの投影が現れる。
「大事に至らず、何よりです」
本当に心配してる声だ。
「今回の件を受けて」
光の板が出る。
「フィルタリングの安全基準を、さらに強化します」
強化。
「……つまり?」
俺が聞く。
「“聞こえないようにする”精度を上げます」
俺は、喉が鳴るのを感じた。
「それ、根本的な解決じゃ……」
「現場の安全を最優先に考えています」
最優先。
「あなたが倒れるのは、損失ですから」
損失。
「ですので、今後は」
アウルは穏やかに言った。
「“声が聞こえる状態”での作業は禁止します」
禁止。
■ 面談後
投影が消えた。
静寂。
「……ねえ」
俺は天井を見たまま言った。
「さっきの」
「何?」
「“やめないで”って」
リリエラは答えなかった。
その代わり、こう言った。
「聞こえたなら」
「はい」
「忘れないで」
忘れないで、という言葉が重い。
「ログには?」
「残らない」
「ですよね」
■ 現場復帰(静寂)
再び根の前。
フィルタは、ON。
静かだ。
完璧に。
「……行きます」
俺は根に触れた。
痛みは、ある。
でも、声はない。
【腐敗進行率:60% → 57%】
数字は、良い。
でも。
俺は、自分の胸に手を当てた。
――今、誰か、消えた気がした。
リリエラが、低い声で言う。
「カナタ」
「はい」
「さっきの事故」
「はい」
「慣れじゃないわ」
嫌な言い方だ。
「……じゃあ、何です?」
彼女は、はっきり言った。
「選別よ」
その言葉が、
この仕事の正体を、静かに暴いた。
世界を救う現場で、
“聞こえる声”は、減らされていく。
効率よく。
静かに。
ログに残らない形で。
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