第8話 神様は、ちゃんと心配してくれている(※ただし数字の範囲で)
その日は、珍しく呼び出しから始まった。
現場に向かう途中、ログ=フェアが現れて告げる。
「業務連絡。管理局本部より招集。至急」
「……至急?」
俺は嫌な予感しかしなかった。
「怒られるやつですか?」
「いえ」
ログ=フェアは即答する。
「“配慮”です」
配慮。
この職場で一番信用できない単語だ。
■ 管理局本部
転送された先は、いつもの“白い空間”。
空気が軽い。
痛みも、匂いも、何もない。
「……ここ来ると、体が楽ですね」
俺が正直に言うと、リリエラは鼻で笑った。
「それが異常なのよ」
正論すぎる。
円卓の向こうに、管理神アウル=ラディスの投影が現れる。
今日は、いつもより“人間味”があった。
「カナタさん、最近お疲れではありませんか?」
開口一番、それだ。
「……え?」
「ログを拝見しました」
嫌な言い方だ。
「処置数、処置精度、ともに向上しています。素晴らしい成長です」
成長。
「しかし」
来た。
「体感負荷に関する記述が、やや増えていますね」
俺は一瞬、リリエラを見る。
「……それ、問題ですか?」
アウルは、困ったように眉を下げた。
「問題、というほどではありません。ただ――」
“ただ”。
「あなたが壊れてしまっては、元も子もありません」
うわ。
正論だ。
「我々としても、現場の方々を大切に思っています」
思ってる、って言った。
「そこで」
光の板が出現する。
「いくつか“配慮”を用意しました」
嫌な予感しかしない。
■ 神様の配慮① メンタルケア
「まず、精神的負荷軽減のため」
板に映し出されたのは、文字。
【現場音声フィルタリング機能:ON】
「……フィルタリング?」
「世界樹からの不要な信号を、遮断します」
不要な信号。
「具体的には?」
アウルは優しく言った。
「痛覚に付随する“情動データ”です」
俺の背筋が冷えた。
「……声も?」
「はい」
さらっと言うな。
「“助けて”“苦しい”といった信号は、作業効率を下げますので」
作業効率。
「数字に影響が出る前に、対処するのが組織の責任です」
リリエラが、低い声で言った。
「それ、現場から何を消すか、分かってる?」
アウルは微笑んだ。
「“ノイズ”です」
この前聞いた単語が、ここで繋がる。
■ 神様の配慮② 評価制度の改善
「次に、評価制度について」
また板が切り替わる。
【新評価指標】
・処置数
・稼働率回復量
・ログ整合性
「ログ整合性?」
「はい。現場の所感と、数値の乖離が少ないほど、高評価です」
俺は思わず言った。
「……乖離しないように、書けってことですか?」
アウルは、少しだけ驚いた顔をした。
「聡明ですね」
褒めるな。
「正確には、“適切な表現”を心がけていただければ」
「例えば?」
「“痛かった”ではなく、“負荷が許容範囲内だった”など」
言い換え。
「それ、嘘じゃないですか」
俺が言うと、アウルは首を横に振った。
「表現の最適化です」
最適化。
■ 神様の配慮③ 負担分散
「最後に、負担分散」
板に映る、新しい配置図。
「今後、成長が見込める人材には」
嫌な前振りだ。
「やや重度の根系も、担当していただきます」
リリエラが即座に言う。
「それ、負担増じゃない」
「いえ」
アウルは穏やかだ。
「“成長機会”です」
またそれだ。
「適性のある方に任せた方が、全体最適ですから」
全体最適。
俺は乾いた笑いを漏らした。
「……神様って、優しいですね」
アウルは、嬉しそうに頷いた。
「そう言っていただけると、我々も報われます」
報われる?
■ 面談後
本部を出た瞬間、空気が重くなる。
根の匂い。
振動。
痛みの予感。
「……どう思います?」
俺が聞く。
リリエラは、しばらく黙っていた。
「善意よ」
「え?」
「少なくとも、本人たちは」
それが一番厄介だ。
「じゃあ、余計に……」
「ええ」
彼女は頷く。
「止まらない」
■ 現場復帰
次の根に向かう途中、ログ=フェアが現れる。
「設定変更を反映します」
嫌な予感。
「現場音声フィルタリング、ON」
ざわ……という音が、途切れた。
静かだ。
あまりにも。
「……静かですね」
「ええ」
リリエラの声が、少しだけ硬い。
俺は根に触れた。
痛みは、ある。
でも――声がない。
【腐敗進行率:57% → 54%】
数字は、良い。
「……これ」
俺は喉が乾くのを感じた。
「楽、ですね」
言ってから、気づいた。
何が、消えたのか。
「カナタ」
リリエラが言う。
「その“楽”」
「はい」
「慣れより、危ない」
俺は、黙って手の甲を見る。
刻印が、また少し、濃くなっていた。
ログには、こう書いた。
【処置:順調】
書けてしまった。
それが、何より怖かった。
世界樹は、今日は何も言わなかった。
静かで、
とても、効率的な一日だった。
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