第7話 慣れ:それが一番怖い
「……あれ?」
自分の声で、自分が一番驚いた。
その日の三本目。
根系ブロックE-34。腐敗進行率52%。
表示を見た瞬間、俺は反射的にこう思った。
――あ、これ、いけるやつだ。
「……今、思いましたよね」
隣を歩いていたリリエラが言う。
「何を?」
「“いける”って」
俺は足を止めた。
「……言いました?」
「顔に書いてあった」
最悪だ。
■ 変化① 痛みの予測ができる
根に触れる前から、分かる。
どこが一番痛くて、
どこまでなら耐えられて、
どの呼吸を使えば気絶しないか。
「……準備完了です」
自分で言って、違和感を覚えた。
準備って何だ。
俺は医者でも、神でもない。
ただの元SEだ。
それなのに――。
触れた瞬間、痛みが走る。
「っ……!」
でも、前ほど叫ばない。
【腐敗進行率:52% → 49%】
「……成功」
息を整えながら、俺は思った。
――思ったより、楽だな。
その考えが浮かんだ瞬間、
胃の奥が冷えた。
■ 変化② ログを先に見るようになった
「次、E-36ですね」
ログを確認してから、足が動く。
前は、根を見ていた。
今は、数字を見る。
「腐敗55%……重いけど、数値的には許容範囲」
数値的には。
その言葉が、頭の中でやけに自然に響いた。
リリエラが俺を見る。
「……ねえ」
「はい」
「今の言い方、誰に似てるか分かる?」
俺は、分からないふりをした。
分かっていたから。
■ 変化③ 声が“雑音”になる
――いたい。
根から、確かに聞こえる。
前なら、立ち止まっていた。
胸がざわついていた。
でも今は。
「……ノイズ多いな」
口に出してから、凍りついた。
ノイズ?
誰の言葉だ、それ。
俺は慌てて首を振る。
「ち、違います。今のは、その……」
言い訳が出てこない。
リリエラは、何も言わなかった。
その沈黙が、何より怖かった。
■ 休憩中
少し休憩。
俺は壁に背中を預け、水を飲む。
「……慣れって、すごいですね」
自分でも、軽い口調だと思った。
「最初、あんなに無理だと思ってたのに」
「ええ」
リリエラは頷いた。
「慣れるわ」
「成長、ってやつですか?」
冗談のつもりだった。
リリエラは、少しだけ目を伏せる。
「……神も、そう言った」
胸が、きゅっと縮んだ。
■ 決定的な瞬間
次の根に向かう途中。
俺は、足元の黒ずみを見て、こう思った。
――あ、これ、後回しでいい。
その瞬間、心臓が跳ねた。
「……今」
俺は立ち止まった。
「今、何?」
リリエラが聞く。
「俺、今」
喉が詰まる。
「“まだ大丈夫”って思いました」
それは、今まで何度も聞いた言葉。
上から。
ログから。
神から。
「……思っちゃ、ダメですよね」
リリエラは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「ダメ、とは言わない」
「え?」
「そう思えるようになるのが、仕事だから」
余計に怖い。
「でもね」
彼女は、俺をまっすぐ見た。
「それに気づけなくなったら、終わり」
俺は、何も言えなかった。
■ 小さな抵抗
その後の処置。
俺は、あえて、ログを見る前に根を見た。
黒ずみ。
脈動。
微かな震え。
――たすけて。
聞こえた。
俺は、深く息を吸った。
「……今、聞こえました」
リリエラは頷いた。
「ええ」
「これ」
俺は苦笑した。
「ログに書いたら、B−確定ですよね」
「ええ」
「でも」
俺は刻印のある手を、そっと根に当てた。
「今日は、書きます」
リリエラは、何も言わなかった。
ただ、少しだけ、口元が緩んだ。
処置後。
【腐敗進行率:49% → 47%】
ログ入力欄。
俺は、一行だけ、打ち込んだ。
【備考:現場にて、明確な“反応”を確認】
それだけ。
評価が下がるかもしれない。
消されるかもしれない。
それでも。
――まだ、人でいられる。
そんな気がした。
世界樹が、ざわ……と鳴る。
――ありがとう。
俺は、今回は、ちゃんと答えた。
「……どういたしまして」
リリエラが、隣で小さく笑った。
「それ、独り言?」
「はい」
「ログには?」
「書きません」
「正解」
ブラック企業の現場で、
たぶん一番大事な“判断”を、俺は一つ覚えた。
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