第6話 勇者様、現場に来る
その日は、やけに空気がきれいだった。
世界樹の根の間を抜ける風が、いつもより澄んでいる。
腐臭も、金属臭も、少しだけ薄い。
「……嫌な予感しかしないんですけど」
俺が言うと、リリエラは即答した。
「正解」
「当たりですか」
「ええ。今日は“視察”」
その単語を聞いた瞬間、胃がきゅっと縮んだ。
光が集まり、転送陣が展開される。
出てきたのは、三人。
一人は見慣れた管理神アウル=ラディスの投影。
一人は白いローブの神官風の女性。
そして――
「……え」
俺は思わず声を漏らした。
最後の一人は、明らかに“勇者”だった。
銀色の鎧。
整った顔立ち。
背中に背負った剣は、明らかに神造兵器。
全身から「主人公オーラ」が漂っている。
「初めまして」
勇者は深々と頭を下げた。
「俺はレオン・フェルド。第一世界の勇者です」
めちゃくちゃ礼儀正しい。
「今日は、世界樹の現場を見せていただけると聞いて」
……聞いて。
俺はリリエラを見る。
「聞いてました?」
「聞いてない」
ですよね。
レオンは、周囲を見回して目を見開いた。
「……ここが、世界樹の根」
声が、少し震えている。
「もっと、神聖な場所だと思っていました」
「パンフレットは、だいたい嘘だから」
リリエラが淡々と言う。
「現場は、汚れる」
レオンは苦笑した。
「……俺、剣を振ることしか知らなくて」
正直だ。
「世界が危ないって言われて、戦ってきましたけど」
彼は足元の黒ずんだ根を見る。
「これを、どうにかしてる人がいるとは、考えたこともなかった」
俺は少しだけ、彼を見直した。
ちゃんと、現実を見ようとしている。
「では、簡単な処置を見学していただきましょう」
アウルの声が響く。
簡単な処置。
現場でその言葉を使うな。
「……カナタさん」
リリエラが小声で言う。
「今日、無理しないで」
「でも、評価が……」
「B−で死ぬより、B−で生きて」
説得力がありすぎる。
俺は、比較的軽度の根に向かった。
【腐敗進行率:41%】
【推奨対応:軽度遮断】
「お、今日は楽そう」
そう思った瞬間。
――っ。
痛みが、来た。
軽度? どこが。
俺は顔を歪めながら、必死で呼吸を整える。
横で、レオンが目を見開いていた。
「……今の、何ですか」
「軽度です」
俺が答える。
「軽度……?」
レオンの声が裏返る。
「え、剣とか、魔法とか、使わないんですか」
「使わないです」
「叫び声も、上げないんですか」
「評価下がるんで」
意味が分からない、という顔をしている。
処置が終わる。
【腐敗進行率:41% → 39%】
「たった……2%?」
レオンが呆然と呟く。
「それで、そんな……」
俺は笑った。
「コスパ悪いですよね」
「悪すぎます!」
レオンは即答した。
「こんなの、戦いじゃない!」
「仕事です」
リリエラが言う。
レオンは拳を握った。
「……あの」
「何?」
「なぜ、俺たち勇者に、これをやらせないんですか」
空気が、止まった。
アウルが、穏やかに答える。
「勇者は、象徴です」
象徴。
「現場業務は、専門性が高く……」
「でも!」
レオンは食い下がる。
「世界を救うためなら、俺は――」
「あなたが倒れると」
アウルは優しく遮った。
「士気が下がります」
士気。
「数字に影響が出ます」
数字。
レオンは、言葉を失った。
俺は、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
……ああ、この人は、まだ“信じてる”側だ。
勇者一行が去った後、俺は壁に寄りかかった。
「……どうでした」
「きつかった」
即答。
「見られるの、あれ」
「慣れるわ」
「慣れたくない」
それは本音だった。
少し間を置いて、リリエラが言う。
「でも、今日一番きつかったのは」
「何です?」
「勇者が、ちゃんと怒ってたこと」
俺は頷いた。
「分かります」
ああいう人に、現実を見せてしまうのは、地味にくる。
去り際、レオンが俺に近づいてきた。
小声で。
「……カナタさん」
「はい」
「これ、俺たちが知らされてないだけ、ですよね」
俺は答えなかった。
答えられなかった。
レオンは、少しだけ笑った。
「もし、何かあったら」
彼は、自分の胸を叩いた。
「剣は、振るえます」
去っていく背中が、やけにまぶしかった。
世界樹が、ざわ……と鳴る。
――まだ、ましだ。
「……何がです?」
俺が聞くと、リリエラは肩をすくめた。
「“信じてる人”が、まだいること」
ログには残らないが、
それは確かに、世界を支える“何か”だった。
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