第5話 評価面談:世界を救ってもB−です
「では、本日の評価面談を始めます」
世界樹の根だらけの現場から少し離れた、小綺麗な空間。
白い床。白い壁。白い光。
血も汗も痛みも、きれいさっぱり存在しない場所だ。
俺とリリエラは並んで立たされていた。
向かいには、半透明の円卓。
その向こうに、管理神アウル=ラディスの投影。
相変わらず、物腰は柔らかい。
「まずは、本日も大変お疲れ様でした」
深々としたお辞儀。
「現場対応、本当に感謝しております」
……言葉だけなら、最高の上司だ。
「ありがとうございます……?」
俺は半信半疑で返した。
リリエラは黙っている。
こういう時に黙るのは、だいたいロクな展開じゃない。
アウルは手元に光の板を出現させた。
「さて、本日の評価ですが」
来た。
「総合評価――B−です」
沈黙。
「……B−?」
俺は聞き返した。
「はい」
アウルはにこやかに頷く。
「平均よりは良好ですが、いくつか改善点が見られました」
改善点。
世界を救う仕事に、改善点。
「ど、どのあたりが……?」
アウルは淡々と読み上げる。
「まず一点目。処置判断がやや遅延しています」
俺は思わず声を上げた。
「え!? 即時対応しましたよね!?」
「はい。ただし、ログ上では“最適判断までに0.8秒の遅れ”が確認されています」
0.8秒。
「それ、俺が痛みで呼吸整えてた時間ですよ?」
「感情要因ですね」
感情要因。
「業務に感情を持ち込むと、再現性が低下します」
再現性って言った。
俺は横を見る。
リリエラが、ほんのわずかに眉を動かした。
「二点目」
アウルは続ける。
「独断対応が見られました」
「独断?」
「E-27の処置です。本来、上位判断を待つべきケースでした」
「待ってたら、腐敗進行してましたよ!」
「結果論です」
結果論って言った。
「結果として成功したから良い、という評価は、組織運営上できません」
世界を救うのに、組織運営。
俺は頭を抱えた。
「三点目」
まだあるのか。
「ログへの所感記述が多すぎます」
「……所感?」
「“体感的に負荷が高い”“数値と現場が乖離しているように感じる”など」
俺は思わず叫んだ。
「感じてるから書いたんですけど!?」
「主観的情報はノイズになりやすい」
ノイズ。
「現場の声は、数値で表現できる形にしてください」
無理だ。
「以上を踏まえ、今回はB−としました」
アウルは穏やかに微笑んだ。
「なお、初日としては十分健闘されています」
初日でB−。
「ちなみに、A評価は……?」
俺が恐る恐る聞くと、アウルは少しだけ考えた。
「ログ基準で、処置数が20本以上の場合ですね」
俺は計算した。
「……今日、何本でしたっけ」
「13本です」
リリエラが答えた。
「足りないですね」
アウルは頷く。
「はい。努力目標として設定していただければ」
努力目標。
命削って努力目標。
面談が終わり、投影が消えた。
静かな部屋に、俺とリリエラだけが残る。
「……B−って」
俺は天井を見上げた。
「学生時代以来ですよ」
「学生時代は、何だったの」
「出席足りなくて」
「似てるわね」
リリエラは小さく言った。
「出席してるのに、評価されない」
的確すぎる。
「……ねえ」
俺は少し声を落とした。
「これ、ちゃんと“やればやるほど”評価上がります?」
リリエラは即答しなかった。
少し間を置いてから、言う。
「数字だけ見れば、ね」
「数字だけ、か……」
俺は自分の手の甲を見る。
刻印は、もうはっきり分かるほど濃い。
「俺、今日一日で、だいぶ変わった気がするんですけど」
「ええ」
「でも、その変化」
俺は苦笑した。
「ログには、残らないんですよね」
リリエラは俺を見た。
そして、ほんの少しだけ、優しい声で言った。
「……残るわよ」
「どこに?」
「あなたの中に」
それが、慰めなのか、呪いなのか。
俺にはまだ分からなかった。
ログ=フェアが、ひょっこり現れる。
「業務連絡」
嫌な予感しかしない。
「明日より、対応目標が更新されました」
「……何本?」
リリエラが聞く。
「1日あたり、最低18本」
俺は笑った。
「B−をAにするためですね」
「はい」
ログ=フェアは無慈悲だ。
「なお、評価改善が見られない場合――」
間。
「配置転換が検討されます」
配置転換。
「それって……」
ログ=フェアは事務的に答える。
「“より危険度の高い根系”への配属です」
左遷じゃなくて、地獄送り。
「……頑張ります」
俺は乾いた声で言った。
ログ=フェアは消えた。
「ねえ、カナタ」
リリエラが言った。
「もし、限界来たら」
「はい」
「無理しないで」
珍しい言葉だ。
「……無理しないと、評価上がらないですよ」
俺が言うと、彼女は少しだけ困った顔をした。
「それでも」
彼女は小さく言う。
「壊れるよりは、いい」
ざわ……ざわ……。
世界樹が鳴る。
今度は、少しだけ、弱々しく。
――ありがとう。
「……聞こえますよね」
俺が言うと、リリエラは小さく息を吐いた。
「ええ」
否定しなかった。
「でも、それ」
彼女は続ける。
「ログには、書かないで」
俺は笑った。
「ですよね。ノイズですもんね」
「そう」
彼女は少しだけ笑った。
「ノイズは、消される」
その言葉が、妙に重く響いた。
世界を救う仕事は、今日も順調に“評価”されている。
ただし、救われた側の声は――
どこにも、記録されていなかった。
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