第4話 ログは嘘をつかない(※つかないとは言っていない)
「……あれ?」
八本目の処置が終わったところで、俺は小さく声を漏らした。
リリエラが振り返る。
「何?」
「いや、その……」
俺は空中に浮かぶ表示を指差した。
【根系ブロック:E-27】
【腐敗進行率:58% → 56%】
【処置完了】
数値だけ見れば、成功だ。
でも――。
「さっきの、E-25の時より、体感きつかったんですけど」
「そう?」
「はい。明らかに。なのに、下がり幅は同じか、むしろ少ない」
リリエラは一瞬だけ黙った。
「……気のせいじゃない?」
軽い。軽すぎる。
俺は首を振った。
「SEやってたんで分かるんですけど、こういうのって」
嫌な記憶が蘇る。
「“現場の手応え”と“ログの数字”がズレ始めた時って、大体ヤバいです」
リリエラは、少しだけ眉をひそめた。
「……ログ、見せて」
俺は空中の表示を操作する。直近の処置履歴が、時系列で並んだ。
E-17:−4%
E-19:−1%
E-21:−1%
E-25:−2%
E-27:−2%
「ほら。数字だけ見れば、順調なんですよ」
「ええ」
「でも、実際は」
俺は自分の胸を軽く叩いた。
「だんだん、持ってかれる量が増えてる」
リリエラは俺の刻印を見た。さっきより、確かに濃い。
「……成長、ってことにしときましょう」
「それ、便利な言葉ですね」
「上が好きなのよ」
上、という単語が重く響いた。
そのとき、端末精霊ログ=フェアが、ぬるりと浮かび上がった。
「業務進捗、確認します」
無機質な声。
「現在の世界樹稼働率:63.1%」
「……あれ?」
俺は目を瞬いた。
「さっき63.2って言ってませんでした?」
ログ=フェアは一拍置いた。
「訂正。63.1%が正しい数値です」
「訂正って……」
「誤差です」
誤差って言葉、今日はよく聞く。
俺は思わず聞いた。
「ログ=フェアさん」
「はい」
「ログって、あとから書き換えられます?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、ログ=フェアの動きが止まった。
「……権限を持つ存在であれば可能です」
リリエラが、すっと間に入る。
「それ、今聞く必要ある?」
「いや、なんとなく……」
「なんとなくで聞くと、火傷するわよ」
その言い方が、妙に生々しかった。
ログ=フェアは続ける。
「なお、本日の業務評価は――」
嫌な単語だ。
「“想定以上の成果”と記録されました」
俺とリリエラは顔を見合わせた。
「……え?」
「どこが?」
ログ=フェアは感情なく答える。
「稼働率回復量が、想定値を上回っています」
俺はログをもう一度確認した。
「いや、0.7%しか上がってないですけど」
「想定値は0.5%です」
胸が冷えた。
「……想定、低すぎません?」
「安全側の設計です」
安全側って、誰にとってのだ。
少しして、管理神の投影が現れた。
「皆さん、お疲れ様です」
相変わらず丁寧だ。
「本日の対応、素晴らしいものでした。特に、現場判断の迅速さは評価に値します」
珍しい。褒められている。
俺は警戒しながら言った。
「……ありがとうございます?」
「この調子で、明日以降も対応をお願いできれば」
お願い、という言葉が引っかかる。
「ただし」
来た。
「ログ上は順調ですが、現場の負荷が高い点は承知しています」
知ってるんだ。
「そこで、少し調整を」
調整、という言葉が嫌な予感しかしない。
「明日から、対応基準を一部変更します」
リリエラが即座に聞いた。
「どう変更するの?」
「処置成功ラインを、ログ基準で判断します」
俺は思わず声を上げた。
「え、体感とか、無視?」
「主観は誤差が出ますので」
誤差。今日何回目だ。
「数値で管理した方が、全体最適です」
全体最適。
リリエラの表情が、完全に冷えた。
「それ、現場が死ぬやり方よ」
管理神は微笑んだ。
「多少の負荷は、成長で相殺されるでしょう」
成長。便利すぎる言葉だ。
投影が消える。
しばらく、誰も喋らなかった。
「……ねえ」
リリエラが、低い声で言った。
「今日のこと、ログに残ってる?」
「はい」
俺は頷く。
「でも、残り方が」
言葉を選ぶ。
「なんか、俺たちが“楽して成果出した”みたいになってません?」
リリエラは答えなかった。
代わりに、少しだけ遠くを見る。
「……ログはね」
ぽつり。
「真実を書くものじゃないの」
嫌な言い方だ。
「“残したい現実”を書くもの」
俺は喉が鳴るのを感じた。
「じゃあ、現場の現実は?」
「数字にならないものは」
彼女は、目を伏せて言った。
「最初から、なかったことにされる」
ざわ……ざわ……。
世界樹が鳴った。
今度は、さっきよりはっきりと。
――ごめん。
「……今、聞こえました?」
俺が聞くと、リリエラは一瞬だけ目を閉じた。
「気のせいよ」
言い切りはしなかった。
ログ=フェアが、淡々と告げる。
「本日の業務終了。次回対応予定、六時間後」
俺は空を見上げた。
「……仮眠、取れます?」
「取れるわ」
「何分?」
「移動時間込みで、二十分」
ブラック企業、世界規模。
俺は苦笑した。
「ログに残らない疲労って、どう処理されるんですかね」
リリエラは歩き出しながら、静かに言った。
「溜まる」
「溜まると?」
「いつか、どこかで壊れる」
それが、世界か、人か。
その答えは、まだログには書かれていなかった。
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