第3話 残業:世界が壊れるまで帰れません
「じゃ、次の現場行くわよ」
リリエラが何事もなかったかのように言った。
俺は地面に座り込んだまま、彼女を見上げる。
「……え?」
「次。E-19。進行率65%」
「ちょっと待ってください。今のが“初回”ですよね?」
「そうね」
「初回対応って、普通ここで終わりません?」
「終わらないわ」
「なぜ?」
リリエラは不思議そうに首を傾げた。
「だって、まだ世界が壊れてないもの」
理屈が最悪だ。
俺はゆっくり立ち上がった。足が震えている。というか全身が他人の体みたいだ。
「これ……労災とか、あります?」
「死んだら?」
「死んだら?」
「名誉殉職」
嫌な単語が軽すぎる。
■ 世界樹保守課・業務フロー(現場版)
リリエラは歩きながら説明してくれた。
「基本的にね、保守課の仕事は三つ」
「三つ……」
「①壊れかけを探す
②とりあえず止める
③報告する」
「直す、は?」
「ない」
ないのか。
「直すのは神の仕事。でも神は忙しいから」
忙しい、という言葉が信用できない。
次の現場は、さっきより少し細い根だった。だが黒ずみは広がっていて、脈動が不規則だ。
【警告】
【根系ブロック:E-19】
【腐敗進行率:65%】
【推奨対応:遮断】
「遮断って、さっきよりマシそうですね」
俺は言った。
「痛みレベルで言うと?」
「骨折くらい」
基準がおかしい。
俺は深呼吸し、手を伸ばした。
――いっ、たい。
「あっ、これ骨折じゃない……」
「最初はそう言う」
痛みの質が違う。鋭いというより、ずっと鈍い。体の内側を押し潰される感じ。
処置が終わると、表示が変わる。
【腐敗進行率:65% → 64%】
「……1%?」
「上出来」
「これ、時間対効果、最悪じゃないですか」
「神もそう言ってる」
最悪だ。
三本目、四本目。
数字は下がる。ほんの少しずつ。
そのたびに、俺の体力と気力が削れていく。
五本目の途中で、膝が笑った。
「……すみません、ちょっと無理かも」
俺は息を切らしながら言った。
リリエラは即座に処置を引き継ぎ、俺を壁際に座らせる。
「水、飲む?」
どこから出したのか分からない水筒を差し出された。
「ありがとうございます……」
一口飲むと、少しだけ頭がはっきりする。
そのとき、俺は気づいた。
「……あれ?」
「何?」
「今、痛み……」
さっきより、軽い。
「慣れてきた?」
「いや、それにしては……」
俺は自分の手の甲を見る。刻印が、さっきより少し濃くなっている。
「……これ、成長してません?」
リリエラは一瞬だけ目を細めた。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「世界樹、あんたを“使いやすい”って判断し始めてる」
嬉しくない。
「それって、昇給とかあります?」
「ない」
即答。
「責任だけ増える」
やめてほしい。
■ 休憩(という名の待機)
五本処置したところで、ようやく一息つけた。
俺は壁に寄りかかりながら、天井――根――を見上げる。
「……これ、ずっと続くんですよね」
「ええ」
「誰か、終わらせようとは思わないんですか」
リリエラは少し考えた後、静かに言った。
「思った人はいた」
「過去形……」
「今はいない」
嫌な沈黙。
俺は苦笑した。
「神様って、世界を救う存在だと思ってました」
「私も」
ぽつりと、そう言った。
俺は彼女を見る。いつも皮肉っぽい彼女の表情が、ほんの一瞬だけ曇っていた。
「……あの」
「何?」
「リリエラさん、なんでここにいるんです?」
一瞬、空気が張り詰めた。
「……聞かない方がいい」
「ですよね」
即引く。
リリエラは少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。
「素直ね」
「ブラック企業で学びました。深入りしない」
「正解」
■ 業務再開
「じゃ、行くわよ。E-21」
「……今、何時です?」
「時間?」
リリエラは首を傾げた。
「ここ、昼夜ないから」
「……俺の世界では、今たぶん深夜です」
「残業代は出ない」
「知ってます」
自分でも驚くほど、素直に受け入れている。
そのとき、端末精霊ログ=フェアが、空中に浮かび上がった。
「業務連絡」
無機質な声。
「世界樹稼働率、現在62.9%」
「0.5%しか上がってない……」
「想定内」
想定内って便利な言葉だ。
ログ=フェアは続けた。
「なお、管理神より通達」
嫌な予感しかしない。
「“本日の業務終了目安:稼働率63.5%”」
俺はゆっくり振り返った。
「……それ、何本分です?」
リリエラは指を折って数えた。
「ざっと……」
間。
「あと、八本」
俺は天を仰いだ。
「世界が壊れるまで帰れないやつだ、これ……」
ざわ……ざわ……。
世界樹が鳴る。
その音が、さっきより少しだけ、はっきり聞こえた気がした。
――だいじょうぶ。
そう、聞こえた気がした。
「……気のせいですよね?」
俺が聞くと、リリエラは歩き出しながら言った。
「ええ。たぶん」
言い切らないのが怖い。
俺は立ち上がり、彼女の後を追った。
世界を救う仕事は、思ってたより地味で、思ってたより忙しくて、思ってたより――ブラックだった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




