第2話 初仕事:世界樹の根っこ、思ってたより生臭い
「で、これが“根系の応急処置現場”ね」
リリエラが立ち止まった先には、巨大な洞窟のような空間が広がっていた。
……いや、洞窟じゃない。
全部、根だ。
太さがビル並みの根が、天井からも壁からも床からも伸びている。絡まり合い、脈打ち、ところどころが黒ずんでいる。その黒ずみから、粘ついた光がじわじわ滲んでいた。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
「想像してた“神秘的な世界樹”とだいぶ違う」
「でしょ」
リリエラは淡々と言った。
「パンフレット用の写真は、だいたい上の枝。現場はいつもこんなもん」
空気が重い。湿っぽくて、金属と土と、何か腐ったものが混ざった匂いがする。正直、体調が悪い。
俺の耳鳴りは、さっきよりはっきりしていた。
ざわ……ざわ……じゃない。
ず、ず、ず……と、低くて鈍い振動音。
「……これ、本当に樹なんですか?」
「樹よ。生きてる」
リリエラはあっさり言う。
「だから、腐る」
全然あっさりじゃない。
「で、何すればいいんです?」
俺は周囲を見回した。工具箱的なものは見当たらない。ホースもない。消毒液もない。せめて軍手が欲しい。
リリエラは俺を見て、少し考える素振りをした。
「まず、見える?」
「何がです?」
「エラー」
……エラー?
その瞬間、俺の視界がぶれた。
一瞬、目眩かと思った。だが違う。世界が“重なった”。
黒ずんだ根の上に、半透明の文字が浮かび上がる。
【警告】
【根系ブロック:E-17】
【腐敗進行率:72%】
【推奨対応:即時遮断/切除】
「……見えた」
思わず呟く。
「うわぁ……」
リリエラが小さく息を吐いた。
「やっぱり。初日でそれは、当たり引いたわね」
「当たりって……」
「外れとも言う」
どっちも嫌だ。
俺は恐る恐る、表示に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、ぞくっと寒気が走る。
――い、た、い。
はっきり、聞こえた。
「今、喋りましたよね?」
「喋ったわね」
即答。
「え、さっき“世界樹は喋らない”って……」
「喋らない“ことになってる”」
あ、これダメなやつだ。社内ルールで禁止されてるけど、実態は違うやつ。
「で、遮断か切除って出てますけど」
俺は表示を指差す。
「切るんですか? この太いの」
「切らない」
「え?」
「切れない」
リリエラは根を見上げた。
「切除は“神の仕事”。私たち現場は、延命処置」
延命処置って、病院で聞くやつだ。
「つまり?」
「腐ってる部分を一時的に抑えて、他に影響が出ないようにする」
「どうやって?」
リリエラは、俺の手の甲を指差した。
「それ」
俺は自分の手を見る。淡い枝の刻印が、じんわり光っている。
嫌な予感しかしない。
「……これ、何するやつです?」
「簡単に言うと」
リリエラは少しだけ言葉を選んだ。
「世界樹の痛みを、肩代わりする」
「……え?」
「もっと簡単に言うと」
間。
「痛い」
簡単すぎる。
「いやいやいや、待ってください。聞いてない」
「聞かせてない」
「詐欺じゃないですか!」
「契約書に書いてある」
絶対小さい字だ。
俺は後ずさった。
「無理ですって。初日ですよ? 研修なし、OJTなし、いきなり痛み肩代わりって」
「大丈夫」
リリエラはあっさり言う。
「最初は、ちょっと意識飛ぶくらい」
大丈夫の基準が狂ってる。
俺は天井――根――を見上げた。
あちこちに、同じような黒ずみがある。これ、一本処置したところで、焼け石に水なんじゃないか。
「……これ、意味あるんですか」
思わず本音が漏れた。
リリエラは一瞬だけ黙った。
「意味はある」
低い声。
「“今すぐ”は、死ななくなる」
今すぐ、って言葉が引っかかる。
「じゃあ、後は?」
「後は、後の人が考える」
それ、前の会社で何度も聞いた。
俺は笑ってしまった。乾いた笑いだ。
「世界規模でも、それなんですね」
「規模が大きいほど、そうよ」
リリエラは俺を見る。
「やる?」
選択肢があるように見せかけて、ない。
俺は深呼吸して、刻印のある手を根に近づけた。
触れる直前、リリエラが言う。
「一つだけ、覚えておいて」
「何です?」
「途中で“やめたい”って思っても、やめないで」
「え?」
「やめた瞬間、全部こっちに返るから」
……最悪だ。
俺は歯を食いしばり、手を根に当てた。
瞬間。
焼けるような痛みが、腕から胸に流れ込んできた。
「っっ――!!」
声が出なかった。肺が潰れるみたいな圧迫感。頭の中に、映像とも記憶ともつかない断片が流れ込む。嵐、崩れる街、泣く声、祈り、途切れる光。
――まだ、だめだ。
誰かの声。
「っ……く……」
膝が崩れた。
リリエラがすぐ横に来て、俺を支える。
「呼吸! 止めない!」
「む、むり……」
「数える! 五つ!」
何が五つだ。
だが、言われた通りに呼吸を数えると、ほんの少しだけ、痛みが引いた。
表示が変わる。
【腐敗進行率:72% → 68%】
【応急処置:成功】
成功って言われても、全然嬉しくない。
俺は地面に座り込んだまま、荒い息を吐いた。
「……これ、毎日?」
「ええ」
即答。
「何回も?」
「ええ」
「一日に?」
「状況次第」
状況次第って怖い言葉だ。
俺は天を仰いだ。根しか見えないけど。
「……これ、本当に誰か、上で分かってます?」
リリエラは、少しだけ目を伏せた。
「報告は上げる」
「じゃあ――」
「でも」
彼女は視線を逸らしたまま言う。
「数字で処理されるだけ」
やっぱり、そうだ。
そのとき、空間の端で光が揺れた。あの青年――管理神の投影だ。
「お疲れ様です。初回対応としては、非常に良好な結果です」
モニター越しの上司感がすごい。
「稼働率が0.3%回復しました。素晴らしい」
俺は息も整わないまま叫んだ。
「0.3%!?」
「はい。誤差の範囲ですが」
誤差って言った。
俺は笑った。今度はちゃんと声が出た。
「……あの」
「はい」
「これ、あと何回やれば、世界救えます?」
青年は少し考え、にこやかに答えた。
「単純計算で――」
やめろ、単純計算。
「約百二十回ほどでしょうか」
リリエラが小さく呟く。
「一週間もたないわね」
青年は頷いた。
「ですので、迅速な対応を期待しております」
投影が消える。
沈黙。
俺は天井――根――を見上げた。
「……ブラック企業って、世界を救う規模になると、こうなるんですね」
リリエラは、ほんの少しだけ笑った。
「でしょ」
ざわ……ざわ……。
世界樹が、また鳴った。
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