第19話 何も感じない
その根には、名前が付いていた。
――正確には、
俺が勝手に、そう呼んでいただけだ。
根系深層ブロックD-21。
以前、切らなかった場所。
あのとき、
中層が削れた代わりに、
ここは残った。
「……まだ、持ってるな」
俺は、ログを見てそう呟いた。
【腐敗進行率:68%】
【進行:加速】
数字は、悪化している。
【推奨対応:切除】
迷いのない表示。
■ 30秒(いつも通り)
警告音。
29
28
27
「……共有ログ」
リリエラが言いかけて、止まる。
俺が、もう刻印に触れていたから。
「……間に合わない」
自分でも驚くほど、
落ち着いた声だった。
■ 記憶
一瞬だけ、思い出す。
ここを初めて処置した日のこと。
声が、かすかに聞こえた。
痛みが、はっきり伝わった。
――ありがとう。
あの感触。
「……」
でも、今は。
■ 切断
刻印が、淡く光る。
抵抗は、ない。
根は、静かに反応を失った。
【切除完了】
【連鎖停止】
【深層安定】
完璧な結果。
■ 違和感
……終わり?
俺は、少しだけ首を傾げた。
胸の奥を探る。
何かあるはずだ。
後悔。
罪悪感。
ためらい。
でも。
「……何も、ない」
声に出して、初めて分かった。
■ リリエラの遅れ
「……今の」
リリエラが、一歩遅れて言った。
「それ」
彼女の声は、少しだけ強張っている。
「……前、残したところよね」
俺は、頷いた。
「はい」
それだけ。
それ以上、何も出てこない。
■ ログの祝福
ログ=フェアが現れる。
「深層対応、確認」
無機質な声が、続く。
「判断速度:最適」
「影響範囲:最小」
「評価:S」
S。
初めて見る評価だった。
「……おめでとうございます」
ログ=フェアが、事実として告げる。
「あなたは、
深層管理者として
完成域に達しました」
完成。
その言葉を聞いても、
何も感じない。
■ 神の言葉
アウル=ラディスの投影が現れる。
今日は、少しだけ明るい。
「素晴らしい判断でした」
穏やかな声。
「以前の情に引きずられず、
適切に切断できた」
適切。
「あなたはもう」
彼は微笑む。
「世界を任せられる人材です」
任せられる。
それも、ただの音として通り過ぎる。
■ 気づき
投影が消えた後。
俺は、しばらく立ち尽くしていた。
「……ねえ」
俺は、自分に問いかけるように言った。
「俺、今」
一拍。
「“切った”って、
分かってますよね」
分かっている。
でも。
「……なのに」
喉が、少しだけ詰まる。
「何も、感じてない」
それが、答えだった。
■ リリエラの間に合わなさ
リリエラが、俺を見る。
何か言おうとして、
言葉を探している。
「……ごめん」
ようやく出た言葉。
「止めるの、遅れた」
遅れた。
「いや」
俺は、首を横に振った。
「止められないですよ」
事実だ。
「もう」
言葉を選ぶ。
「俺の方が、早い」
■ 名前を失ったもの
足元には、
切断された根の痕が残っている。
俺は、そこを見て――
名前を、思い出せなかった。
「あ……」
一瞬、何かが引っかかる。
でも、それもすぐに消えた。
「……名前、何だっけ」
思い出そうとしない自分に、
遅れて気づく。
■ 終わりに
その日のログは、美しかった。
評価は、最高。
深層は、安定。
誰も、困らない。
それでも。
俺は、この日、
何かを完全に切った。
根じゃない。
理想でもない。
感じるための、回路だ。
世界樹は、今日も沈黙していた。
その沈黙が、
もう“異常”に聞こえなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




