第18話 慣れるということ
深層管理ブロックD-11は、安定していた。
【腐敗進行率:46%】
【進行:正常】
数字が、綺麗だ。
「……珍しいですね」
俺が言うと、リリエラは短く答えた。
「切ったから」
それだけだった。
■ 次の現場
根系深層ブロックD-15。
腐敗進行率79%。
【推奨対応:切除】
迷いのない表示。
「……いきます」
俺は、自然にそう言っていた。
自分で言って、少しだけ引っかかる。
――自然?
■ 手が、動く
刻印が熱を持つ。
躊躇は、ない。
判断に使う時間が、明らかに短くなっている。
【切除完了】
【連鎖停止】
数字が、揃う。
「……早いですね」
リリエラが言う。
「え?」
俺は、初めて気づいた。
「……そう、ですか?」
「ええ」
淡々と。
「深層担当の平均より」
平均。
■ ログの変化
ログ=フェアが現れる。
「本日の深層対応」
表示が、次々と流れる。
【判断速度:上昇】
【処理効率:改善】
【評価:A+】
A+。
俺は、数字を見つめた。
昨日は、Aだった。
「……上がりましたね」
俺が言うと、ログ=フェアは答えない。
事実だけを残す。
■ 神の評価
アウル=ラディスの投影が現れる。
「順調ですね」
穏やかな声。
「深層の安定度が、
目に見えて改善しています」
改善。
「あなたの判断は」
彼は微笑む。
「世界にとって、
とても価値がある」
価値。
その言葉が、胸にすっと入る。
抵抗が、ない。
■ 小さな異変
休憩時間。
俺は、水を飲みながら言った。
「……今日」
一拍。
「何も、感じなかったです」
リリエラは、すぐに答えなかった。
「切った時」
俺は続ける。
「前みたいに、
嫌な感じもしなかった」
沈黙。
「……それ、悪いことですか」
俺は、自分でも驚くほど、冷静に聞いた。
■ リリエラの返答
リリエラは、俺を見る。
いつもより、少し長く。
「“悪い”かどうかは」
彼女は、ゆっくり言う。
「まだ、分からない」
「でも」
一拍。
「危ない」
その一言が、重い。
「慣れるのは、早い」
「感情が追いつかない速度で」
俺は、黙って聞いていた。
反論が、浮かばない。
■ エルンの言葉(再)
ふと、思い出す。
迷いながら切る方が、危険だ。
昨日までは、
その言葉が“冷たい”と感じていた。
今日は。
「……合理的だな」
そう思ってしまった自分に、
遅れて違和感が来る。
でも、それもすぐに薄れる。
■ 切らない選択肢が、浮かばない
次の現場へ向かう途中。
ログを見て、
根を見て。
自然と、結論が出る。
切る。
その思考に、抵抗がない。
「……リリエラさん」
俺は、歩きながら聞いた。
「俺」
一拍。
「前より、向いてきてません?」
向いている。
それは、褒め言葉だ。
リリエラは、答えなかった。
■ 沈黙の理由
深層の通路は、静かだ。
振動も、少ない。
世界樹は、何も言わない。
声が聞こえないことに、
もう、違和感を覚えなくなっていた。
それが、一番怖い。
■ 最後に
その日の業務終了。
ログには、こう残っていた。
【深層管理:安定】
【担当者評価:上位】
上位。
俺は、その文字を見つめた。
胸の奥に、
ほんの小さな引っかかりがある。
でも。
それが何だったのか、
思い出せなくなってきている。
世界樹は、今日も沈黙していた。
沈黙が、
“正常”になり始めていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




