第17話 正しい切断
その日は、深層に入る前から分かっていた。
「……今日は、切る日だ」
誰に言うでもなく、俺はそう思った。
根系深層ブロックD-11。
腐敗進行率82%。
進行速度、異常。
【推奨対応:即時切除】
表示が、迷いなく出ている。
■ 30秒
警告音。
カウントダウンが始まる。
29
28
27
「……共有ログ、開く?」
リリエラが聞く。
俺は首を横に振った。
「間に合わない」
それは、言い訳じゃなかった。
■ 判断材料
俺は、根を見た。
声は、聞こえない。
フィルタは完全。
でも、分かる。
ここを残せば、
周囲三ブロックに連鎖する。
数字が、はっきり示している。
「……エルンの言葉」
ふと、思い出す。
切らなかったんじゃない。
選んだんだ。
「……なら」
俺は、息を吸った。
「今回は、選ぶ」
■ 切断
刻印が、熱を持つ。
今までと違う感触だ。
抵抗がない。
あまりにも、あっさりしている。
根が、静かに――
本当に静かに、反応を失った。
【切除完了】
【連鎖停止】
【深層安定】
数字が、揃う。
完璧だ。
■ 何も起きない
振動は止まり、警告も消えた。
世界樹は、鳴らない。
声も、ない。
「……終わりました」
俺の声は、落ち着いていた。
リリエラは、何も言わなかった。
■ ログの評価
ログ=フェアが現れる。
「深層対応、確認」
淡々と読み上げる。
「判断速度:最適」
「影響範囲:最小」
「評価:A」
A。
初めて見る評価だ。
「……昇進ですか?」
俺が皮肉を言うと、ログ=フェアは答えない。
事実だけを残す。
■ 神の言葉
アウル=ラディスの投影が現れる。
「見事な判断でした」
穏やかな声。
「迷いがなかった」
「結果も、理想的です」
理想的。
「あなたは」
彼は微笑む。
「深層に適応しています」
適応。
それは、褒め言葉だ。
■ 罪悪感がない
投影が消えた後。
俺は、自分の胸に手を当てた。
……何も、感じない。
苦しさも、
後悔も、
怒りも。
「……おかしいですね」
俺は、ぽつりと言った。
「前なら」
「はい」
リリエラが応じる。
「手が、震えてた」
リリエラは、答えなかった。
■ 理解してしまった
「……エルンの言ってたこと」
俺は続けた。
「分かってしまいました」
喉が、少しだけ痛む。
「切るのが、正しい時がある」
「迷う方が、被害を広げる」
「切らない方が、残酷な場合がある」
一つ一つ、言葉にする。
リリエラは、黙って聞いている。
■ それでも
「でも」
俺は、足元の根を見る。
「これが、正解だとは」
言葉を探す。
「……言えない」
正しかった。
必要だった。
合理的だった。
それでも。
「俺は」
息を吐く。
「この判断を、
好きになれない」
それが、唯一残った感情だった。
■ リリエラの視線
リリエラが、静かに言った。
「それを、忘れないで」
「はい」
「それが消えたら」
彼女は、一瞬だけ目を伏せる。
「エルンになる」
俺は、頷いた。
■ 終わりに
その日の深層は、安定していた。
ログは、美しい。
評価は、高い。
世界は、守られた。
それでも。
俺は、はっきり理解した。
切る判断は、正しい。
でも、正しい判断は、俺を少しずつ削る。
世界樹は、今日も何も言わなかった。
沈黙が、
この“正解”の代償だった。
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