第16話 切る人の話
呼び出しは、休憩時間だった。
「……面談?」
ログ=フェアの通知を見て、俺は眉をひそめた。
「評価ですか?」
「いえ」
即答。
「引き継ぎです」
嫌な予感しかしない。
■ 会議室(安全圏)
案内されたのは、管理局の奥。
深層の振動も、根の匂いも届かない場所。
ここは、切る判断が必要ない空間だ。
すでに一人、席に座っている男がいた。
白衣でも、ローブでもない。
実務用の、地味な制服。
年齢は分からない。
若くもなく、老けてもいない。
ただ、目が落ち着いている。
「……どうも」
男は、俺を見るなり、軽く会釈した。
「エルン・ヴァルクです」
その名前を聞いた瞬間、
リリエラの肩が、わずかに強張った。
■ 第一声
「まだ、切ってないんだ」
エルンは、いきなりそう言った。
責める口調じゃない。
驚いてもいない。
事実確認みたいな声だった。
「……はい」
俺は、正直に答えた。
「切らずに、深層を保たせた」
エルンは、少しだけ目を細める。
「それで、中層が削れた」
言い切り。
「……知ってますか」
俺が聞く。
エルンは頷いた。
「ログで」
ログで。
■ エルンの立場
「安心して」
エルンは言った。
「俺は、あなたを責めない」
「でも」
一拍。
「否定もしない」
それが、一番きつい。
「……どういう意味ですか」
俺が聞くと、エルンは淡々と答えた。
「あなたは、正しい判断をした」
胸が、わずかに浮いた。
「深層を切らなければ、
即時崩壊は防げない」
「あなたは、それを防いだ」
正論だ。
「でも」
また、来た。
■ 切る論理
「深層を守るという判断は」
エルンは、机の上に指を置いた。
「他の層を切る判断と、等価だ」
等価。
「あなたは切らなかったんじゃない」
目が合う。
「選んだ」
言葉が、胸に刺さる。
「……俺は」
言い訳を探す。
「誰かを切るつもりなんて」
エルンは、首を横に振った。
「つもりは関係ない」
淡々と。
「結果だけが、残る」
■ 壊れた人?
俺は、思い切って聞いた。
「……あなたは」
「はい」
「深層、担当してたんですよね」
エルンは頷く。
「長く」
「……それで」
言葉を選ぶ。
「壊れた、って」
エルンは、少しだけ笑った。
「よく言われる」
でも、その笑いは穏やかだ。
「俺は、壊れてない」
即答。
「切る判断を、
自分のものにしただけだ」
自分のもの。
「迷わなくなった」
「躊躇しなくなった」
「それだけ」
それだけ、で済むのか。
■ 神について
「神を、恨んでます?」
俺が聞く。
エルンは、即答した。
「いいや」
「感謝も?」
「ない」
淡白だ。
「神は、ちゃんと選択肢をくれた」
「切るか、切らないか」
「そして」
彼は俺を見る。
「選んだ結果を、受け取る責任も」
■ リリエラとの過去(確定)
「……リリエラさん」
俺は横を見る。
彼女は、黙っていた。
エルンが言う。
「彼女は」
「俺を、止めなかった」
空気が、重くなる。
「俺が切ると決めた時」
「一緒に、立ってた」
リリエラが、低く言った。
「……正しいと思った」
その声は、かすれていた。
エルンは、何も言わない。
責めもしない。
■ 主人公への問い
エルンは、俺に向き直った。
「あなたは」
「切らないと、決めた」
「それは、立派だ」
一拍。
「でも」
視線が、鋭くなる。
「誰が切るかを、決めていない」
俺は、息を止めた。
「自動処理か」
「別の現場か」
「知らない誰かか」
彼は静かに言う。
「それで、いいのか」
答えが、出ない。
■ 去り際の一言
面談は、それだけだった。
結論も、助言もない。
立ち上がる前に、エルンは言った。
「……選び続ける覚悟がないなら」
「切らない、は」
一拍。
「一番、残酷だ」
それだけ言って、出ていった。
■ 残された二人
会議室に、俺とリリエラだけが残る。
「……否定できませんでした」
俺が言う。
リリエラは、静かに答える。
「ええ」
「じゃあ」
俺は、喉を鳴らす。
「俺は、どうすれば」
リリエラは、すぐに答えなかった。
そして、こう言った。
「それでも、あなたが選ぶ」
重い。
「正しさじゃない」
「逃げ道でもない」
「あなた自身の選択を」
俺は、深く息を吸った。
世界を救う仕事は、
いつの間にか――
人を選ぶ仕事になっていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




