第15話 切らなかった結果
深層管理ブロックD-03の警告は、止まった。
【腐敗進行率:78% → 77%】
【進行:停滞】
数字だけ見れば、最悪は免れている。
「……止まりましたね」
俺が言うと、リリエラは頷いた。
「ええ。
ここだけ見れば、ね」
“ここだけ”。
その言い方が、胸に引っかかった。
■ 静かな成功
深層は、落ち着いていた。
振動は弱まり、警告音も鳴らない。
ログ=フェアも沈黙している。
「……成功、ですよね?」
俺は、半分確認するように言った。
「切ってないのに、連鎖は止まった」
リリエラは、少しだけ間を置いて答える。
「“ここでは”成功」
やっぱり、その言い方だ。
■ 別の警告
しばらくして、ログ=フェアが現れた。
「業務連絡」
嫌な予感が、確信に変わる。
「周辺ブロックにて、
軽度の異常を検知」
「周辺?」
ログ=フェアは淡々と続ける。
「中層ブロックC-12、C-14、
稼働率低下を確認」
数字が表示される。
【C-12:−0.8%】
【C-14:−1.1%】
小さい数字だ。
深層に比べれば、誤差みたいなもの。
「……それくらいなら」
俺が言いかけて、止まる。
“それくらい”。
昨日まで、俺が嫌っていた言葉だ。
■ ログ上の評価
ログ=フェアは続ける。
「深層対応について」
光の板が展開される。
【評価:判断遅延】
【ただし:全体崩壊回避】
【総合:想定内】
想定内。
俺は、板を見つめた。
「……切らなかった判断は?」
「評価対象外です」
即答だった。
「結果として、
全体稼働率への影響は軽微」
軽微。
■ 中層の現場
念のため、C-12に向かった。
深層ほどではない。
だが、確実に“弱っている”。
根の色が、少し鈍い。
脈動が、遅い。
「……ここ」
俺は、息を吸った。
「昨日までは、こんなじゃなかった」
リリエラは、何も言わない。
【腐敗進行率:31%】
数字は低い。
処置対象ですらない。
でも。
――……。
フィルタ越しでも、
“何も言わない”のが分かった。
声が、ない。
■ 見えない切断
「……切ったんですか?」
俺は、低い声で聞いた。
「誰かが」
リリエラは、静かに頷いた。
「自動処理」
自動。
「深層の負荷を逃がすために、
中層の“余裕”が使われた」
使われた。
「切った、というより」
彼女は言い直す。
「削った」
削った。
俺は、根に手を当てた。
痛みは、ほとんどない。
でも。
――……。
何も、返ってこない。
■ 主人公の理解
「……俺が切らなかった分」
喉が渇く。
「誰かが、代わりに切った」
リリエラは、否定しなかった。
「……それ、知らされないんですね」
「ログ上は」
彼女は答える。
「“全体最適”」
また、その言葉だ。
■ 神のフォロー
アウル=ラディスの投影が現れた。
「深層対応、お疲れ様でした」
穏やかな声。
「あなたの判断で、
即時崩壊は回避されています」
褒めている。
「中層の件についても」
先に来た。
「過度にお気になさらず」
「世界全体としては、
想定範囲内の調整です」
調整。
「深層を優先した結果、
他に影響が出ることは」
微笑む。
「避けられません」
避けられない。
■ 何が壊れたか
投影が消えた後。
俺は、しばらく動けなかった。
「……ねえ」
俺は言った。
「俺、深層では」
一拍。
「正しいこと、したと思ってました」
リリエラは、ゆっくり答える。
「ええ」
「でも」
喉が、きつく締まる。
「その正しさで、
見えない何かを切った」
それが、答えだった。
■ ログに残らない損傷
C-12の根は、まだ立っている。
でも、戻らない。
回復処理をしても、反応が鈍い。
「……これ」
俺は、拳を握った。
「完全には、治らないやつですよね」
リリエラは、静かに頷いた。
「ええ」
「深層を守った代償」
代償。
■ 終わりに
深層は、今日も安定している。
数字は、問題ない。
評価も、下がらない。
それでも。
俺は、はっきり分かった。
切らない判断は、
誰も切らない判断じゃない。
ただ、
切る場所を、自分で選ばなかっただけだ。
世界樹は、何も言わなかった。
もう、声は聞こえない。
その沈黙が、
この選択の“結果”だった。
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