第14話 深層:切らないと、壊れる
深層管理ブロックは、音が違った。
ざわ……という葉擦れじゃない。
もっと低く、重く、骨に響く振動。
「……ここ、根の音じゃないですね」
俺が言うと、リリエラは短く答えた。
「心音よ」
心音。
世界樹の、心臓部。
■ 深層の第一印象
視界に入った瞬間、分かった。
今までの現場とは、質が違う。
根が、太い。
絡まり方が異常だ。
黒ずみは“点”じゃなく、“面”。
【根系深層ブロックD-03】
【腐敗進行率:71%】
【推奨対応:切除】
切除。
はっきり出た。
「……いきなり、これですか」
俺は笑おうとして、失敗した。
「まだ72時間あるって」
「“全体”はね」
リリエラが静かに言う。
「ここは、もう限界」
■ 深層ルール
ログ=フェアが現れる。
「深層管理ブロックへようこそ」
妙に丁寧だ。
「ここでは、通常ブロックと異なる運用が行われます」
嫌な予感しかしない。
「一点目。
処置失敗=即時全体影響」
即時。
「二点目。
判断猶予は最大30秒」
短すぎる。
「三点目。
切除判断は、管理補助者単独で行えます」
単独。
俺は、はっきり聞いた。
「……共有ログは?」
ログ=フェアは一拍置いた。
「努力義務です」
努力義務。
■ 声が、聞こえない
フィルタは、最強設定。
静かだ。
異様なほどに。
俺は、あえて意識を集中させた。
切れない。
「……完全遮断か」
リリエラが言う。
「深層では、基本仕様」
「理由は?」
「聞いたら」
彼女は一瞬、言葉を止めた。
「切れなくなる人が出たから」
出た、過去形。
■ 初判断
警告音。
【進行加速】
【腐敗進行率:71% → 74%】
数字が、跳ねた。
「……来てます」
「ええ」
リリエラは俺を見る。
「30秒」
数えなくても分かる。
俺は、根を見た。
声は、聞こえない。
でも、分かる。
――ここを切れば、全体は助かる。
――ここを残せば、連鎖する。
頭の中で、選択肢が並ぶ。
どれも、誰かを切る。
■ 条件の限界
「……共有します」
俺は、ログ入力を開いた。
指が、止まる。
30秒。
「書いてる時間、ない」
リリエラが言う。
「判断して」
俺は、歯を食いしばった。
「……切りません」
即答だった。
「カナタ!」
「まだ、いける」
根に手を当てる。
痛みが、今までと違う。
深い。
重い。
逃げ場がない。
【腐敗進行率:74% → 76%】
下がらない。
「……っ」
視界が揺れる。
■ 深層の現実
ログ=フェアの声が重なる。
「警告。
判断遅延」
「警告。
連鎖進行」
「警告。
全体影響率上昇」
リリエラが叫ぶ。
「切って!」
俺は、震える手を止めた。
切れば、数字は戻る。
切らなければ、世界が揺れる。
それが、深層。
■ 決断の直前
俺は、初めて理解した。
今までの現場は、
まだ優しかった。
ここは、選択そのものが罠だ。
「……条件、守れないですね」
俺は、苦笑した。
「一人で判断しない、なんて」
リリエラは、俺を見た。
「それでも」
低い声。
「選びなさい」
俺は、息を吸った。
そして――
■ 未決断(引き)
【腐敗進行率:76% → 78%】
数字が、また跳ねる。
世界樹の振動が、はっきり強くなった。
フィルタの向こうで、
何かが壊れ始めているのが、分かった。
俺は、まだ――
切っていない。
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