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閑話01「昔語り:血の満月」

 十四年前、まだ十五になったばかりの俺は村議会に参加する権利すらなく、毎晩毎晩、村の大門の上で見張りの仕事をするしかなかった。


  月花祭も終わり、風も冷たくなってきた。こんな寒空の中でもあの天の月は煌々と輝いている。

「それにしても、今日は冷えるな」

「遅いぞ、ハイネ。俺を凍死させる気か」

「そう怒るなよ、パンサー。ちょっと村会所の方に顔出してきたんだ」

「へっ、村議会に媚売りかい。どうせもう少ししたら村長の息子のお前は自動的に村議会に組み込まれるっていうのに」

「媚売って来たわけじゃないんだがな。今日は親父が隣村に出かけていないから留守中の言伝なんかを聞いてきただけさ」

「本当のところはどうだかな」

「まあ、そんなに拗ねるなって。ほら、遅れたお詫びにさコレ持ってきてやったぜ」

「おお、酒か」

「正確にはブランデー入りの紅茶だ。寒いからな、交替の時間までこれで温まろう」

「ふふふ、実は紅茶入りのブランデーなんじゃないのか」

「さあね、それはどうだろうな」

 湯気の上がる紅茶を飲みながら俺達は笑いあった。門番の仕事といっても近頃は夜盗や魔物も姿を見せないから実質は有名無実の見張りなのであった。

「にしても、今日も何の異常もないな。この村はアレの一番近くにあるのにな」

 そう言ってパンサーは遠くの方にそびえ立つ小さな山のようなものを指差した。

 夜の闇の中でもその小さな山ははっきりと確認することが出来た。常に火を、禍々しい色の灯を燈し輝く、その山のような建物を人々は魔王城と呼んだ。


 魔王城には魔王が住んでいる。魔界とこの世界を繋ぐ穴があるとも言われていて魔物たちがその穴から出てきて世界各地に散らばったと言う。野生化した魔物はしばしば旅人や村を襲う。

  魔王城に近いこの村も例外ではなく、過去に数度、魔物の大群に襲われたことがある。

 ところが、不思議なことにここ数日は魔物の一匹すらも見かけない。

「まあ、最近は腕の立つ勇者が結構いるみたいだからな。魔王も勇者を倒すために集められるだけの魔物を城に集めているんだろう」

「ふうん、勇者って漆黒のガウラとか竜殺しのキファーノとかか? 噂は聞くけどそんなに強いのかね」

「噂になるくらいなんだから強いんじゃないのか」

「でも魔王を倒した人間なんて聞いたことがないぜ。どうせその勇者様たちも魔王城の屍の一つになるんだろ」

「パンサー、お前はその減らず口を何とかしたらどうだ」

「へへ、酔ってるってことで許してくれよ」

「全く、お前というやつは……」

 パンサーに呆れた視線を向けていると次の見張りが来たので、俺は酔ったパンサーを引きずりながら見張りを交代した。


「うええ、やっぱり寒いな」

「そういう季節だから仕方がないだろ」

「な、紅茶入りブランデーまだ残ってるんだろ?」

「残ってたとしてもお前にはもう飲ませないさ、酔っ払いのパンサー君」

「クッソ、この石頭!」

 そう言ってパンサーは道端の小石を思いっきり蹴り上げた。小石は勢いよく近くの気にぶつかり、そして跳ね返って見事パンサーの額に命中した。額を痛そうに押さえながら道端で呻いている。

「お前は俺と違って石頭じゃないからさぞかし痛いだろうな」

「ハイネ、てめぇ……ああっ痛てええ」

 苦痛に悶えるパンサーをよそに俺は寒空を仰ぐ。夜闇の空には満月が美しく輝いていた。

「あ、そう言えば、ハイネ。そろそろなんじゃないのか、バイエルさん」

「ん、ああ、そうだな」

「なんだよ、その生返事は。いいから早く帰ってやれよ、今日は村長もいないんだろ」

「ああ」

 俺が二度目の生返事を飛ばすとパンサーに蹴りを入れられた。蹴られたところをさすっていると、パンサーは第二撃の用意をしていた。なので俺は急いで屋敷に帰ることにした。



 *



 屋敷、俺は自分の家のことをそう呼んでいた。三階建ての白い石造りの洋館、高価な装飾、雑事を取り行う侍従達、これを屋敷と言わずして何と言うのか。俺は屋敷の重い扉を開いた。するとそこには執事のオークラが立っていた。

「どうしたオークラ、帰ってすぐにお前の髭面を見るのは心臓に悪いぞ」

「それがですね、ハイネ坊ちゃま。バイエルお嬢様が……」

「姉さんがどうしたんだ! 容体が思わしくないのか」

「いえ、それがですね……」

「ああ、何をお前はしてたんだ! 親父と俺がいない間はこの屋敷のことはお前たちに任せてるんだぞ」

 俺はオークラを押しのけて姉さんのいる二階へと続く階段を駆け上がった。

 姉さん、バイエル姉さんは村長の娘、つまりは俺の実の姉なんだが、これが少し変わっている。


  数年前、姉さんは親父の反対を押し切って魔物退治の旅に出た。姉さんは俺や親父とは違って魔術の心得があったし、魔物を素手で狩れるほどの人だったので姉さんが旅に出た後もその身の危険を案じる人はあまりいなかった。要するに俺の姉はマジシャンでデストロイヤーだったのだ。

 そんな姉が半年ほど前、突然ふらりと村に帰って来た。それだけならまだいい、問題は他にある。姉は身籠っていたのだ。当然、親父は「誰の子か」と問い詰めるが姉は「私の子だ」と言って黙秘権を行使している。

 とはいえ、母体は大事にしなければならない。親父は姉のために産屋を拵え、侍従の数を増やし、屋敷に医者を住まわせた。

 医者に言わせると母体も胎児も健康でそろそろ出産予定日だと言うことらしい。

 実を言えば、俺は怖かった。姉が父親の名を言おうとしないのが引っ掛かった。もしかしたら魔物との亜人が生まれてしまうのではないか、と内心恐怖感を抱いていた。


 姉の部屋の前に着いた俺は心臓がバクバクと音を立てる中、汗ばんだ手でドアノブを握り、そしてドアを思いっきり開けた。

「大丈夫か! 姉さ……ぶへっ」

 勢いよくドアを開けた瞬間、俺の顔面に枕が飛び込んできた。何だ、何だ。俺はわけがわからず姉がいるはずのベッドの方に目をやった。

「うるっさいわよ、愚弟」

 そこには数名の侍従と、デストロイヤーの二つ名を持つ我が姉がいらっしゃった。

「こっちは出産で疲れてんのよ。アンタ、もうちょっと静かに部屋に入れないの?」

「うう、ごめんよ、姉さん。って、え? 生まれたの?」

「見て分かんないの? ほら、この子が私の子よ」

 そう言うと姉さんは抱いていた赤ん坊を俺に見せてきた。さっきまで抱いてた恐怖感が頭をよぎり、俺は恐る恐る赤ん坊の顔を見た。


「か、かわいい」

「でしょ、女の子なの。私に似て美人でしょ」

 その赤ん坊は魔物の子ではなく、姉さんと同じ栗色の髪の可愛い女の子だった。

「でも駄目よ」

「え? 何が」

「いくらかわいくても手を出したら駄目よ、ロリコンの弟」

「そういう意味のかわいいじゃねえよ! それに俺はロリコンでもない」

 いわれのないレッテルを張られて怒る俺を侍従達が必死で取り押さえる。

 俺の悲痛な叫びが満月の夜に虚しく響き渡った。無論、うるさいと言われて姉さんに殴られたのは言うまでもない。



 *



「この子の名前はね、ロッシ―ナ。ロッシーナ・パサモントよ」

「なあ、姉さん」

「何よ、いい名前でしょ」

「いいか姉さん聞いてくれ。その子供は一体誰の子なんだ」

 俺は何度も言って使い古された質問をした。

 赤ん坊、ロッシ―ナがどうとかいう問題じゃない。この子の父親がいるのなら、どんな男なのかを知るのは家族として当然の権利だし、親権などの問題もある。いずれ問題が起るのならそれを姉さん一人が抱えるものではない。


「何度言わせれば分かるのよ。私の子って言ってるじゃない」

「んー、そうじゃなくてだな。父親は誰なんだ、父親は。女一人じゃ子供は生まれない」

「いい? ハイネ、世の中にはね知らなくていいことの方がたくさんあるの」

「まさか、姉さん。その子の父親が誰かわかんないとか……。不潔だよ、姉さん」

「うるさいわ、ボケ」

 俺がピンク色の妄想を繰り広げていると姉さんに顔面を殴られた。鼻血がたらりと流れた。


「ともかく、あんたが考えてるようなやましいことはしてないし、事件に巻き込まれてるとかいうこともないの」

「じゃあ、誰なのか教えてくれよ」

「それは駄目よ」

「何でさ。やましいことがないなら教えてくれてもいいじゃないか」

「禁則事項です」

「何だよ、それ」

「とにかく、今は無理ね、教えられない。でも、時期が来たらアンタにもお父さんにもちゃんと話すわ」

 そう言う姉さんの目が一瞬憂いを帯びたように思えた。


「お嬢様、坊ちゃま、一大事ですぞ!」

 非常にピリピリとした嫌な雰囲気の中、執事のオークラが鬼のような形相で部屋に飛び込んできた。

「どうしたオークラ、そんなに慌てて」

「魔物がやって来たのです」

「え?」

「魔物です、それも大群の。最近めっきり姿を見せないと思ったらこんな時に」

「門番や村の衛兵はどうしたんだ」

「殺されました

 執事のオークラがそう言ったとき一階で侍従の絹を裂くような叫び声が聞こえた。

「クソッ。奴らとうとうこの屋敷にまで。お嬢様、坊ちゃま、速くお逃げください、魔物がこの部屋に来る前に」

「逃げるったってここは二階だし、外にも魔物がいるだろう」

「坊ちゃま、心配には及びません。廊下の突き当たりに地下へ続く隠し通路がございます。そこからお逃げください」

「隠し通路? そんなの初耳だぞ」

「隠さなければ隠し通路とは言えますまい。お喋りはいいですから早くお逃げください。魔物どもは私が何とか抑えておきますから」

「それは駄目よ。私も残るわ」

 そこでさっきまで話の輪から外れていた姉さんが口を開いた。


「お嬢様、わがままを言わないでください」

「そうだよ姉さん。早く逃げよう」

「まあ、聞きなさい。流石にオークラ一人では魔物が襲ってたら30秒と持たないわ。そんな状況で逃げても、魔物たちに背後から襲われて全滅っていうのが関の山よ」

「だからって姉さんも残ること無いだろ」

「アンタ忘れたの? 私は魔物退治のスペシャリストよ。魔物の一匹や二匹わけないわ」


 確かに姉さんの手にかかれば並みの魔物なんて一発だろう。魔法の腕も一級だから、もしかしたら今回の魔物たちも姉さん一人で全滅させられるんじゃないだろうか。

「だけど、ダメだって! さあ、姉さん一緒に逃げよう。魔物が襲ってきたら逃げながら姉さんが魔法で倒せばいいじゃないか」

「残念だけど、それは無理ね。今の私の体力じゃ、人を守りながら闘うなんて到底無理よ」

「でも……」

「いいからアンタはロッシ―ナ連れてさっさと逃げなさい。ほら、グズグズしてたからもう来ちゃったじゃない」

 姉さんはそう言うとドアの方を指差した。ちょうどそのとき、ドアが破壊され、破れたドアの向こうには人狼の魔物がいた。

 一、二、三……少なくとも五匹はいる。もうこれは絶体絶命だ。

 俺が死を覚悟してブルブルと震えていると、姉さんは開いた右腕をそっと魔物の方に向けた。次の瞬間、真っ赤な業火が人狼たちを覆い尽くして、燃やしつくしてしまった。真っ黒な消炭だけが残された。


「詠唱破棄ですか。お嬢様、ご立派になられて」

「ほら、ハイネ。さっさと逃げなさい。ここは私とオークラが何とかするから」

「だけど……うっ、ぐはっ」

 姉さんが俺の襟を掴んでギリギリと締め上げる。それはもう苦しくて、俺は気が動転していたということもあり涙目になってしまった。あれ、姉さんも泣いてる?


「この状況じゃ、ロッシ―ナを助けることができるのはアンタだけなの。お願いだから、速く逃げて」

 姉さんは泣いていた。どうして姉さんが泣いていたのかは今でもよく分からない。だけど俺は姉さんの涙を拭ってやり、両肩に手を乗せ大きく頷いた。

「わかったよ、姉さん」


 俺は赤ん坊を受け取ると魔物の有無を確認するように廊下をきょろきょろと見回した。

「ロッシ―ナを頼んだよ」

「うん、任せろ。姉さんも死ぬんじゃないぞ」

「ふん、私を誰だと思ってるんだ」

「坊ちゃま、早く行って下さい! 魔物もまたすぐにやって来ます」

「ああ、わかってるよ」

 俺は赤ん坊を抱いたまま、全速力で廊下を走りぬけた。



 *



「にいたん、はいね兄たん」

「はいはい、今行くよ」


 季節は巡り、あの日からもう4年が過ぎた。

 あの夜、衛兵の本隊が屋敷に到着したときには魔物はすでに息絶えていた。

 あれだけの大群を一人で片づけた姉さんだったが、疲労は限界に達していたらしく血まみれの部屋の中で姉さんは倒れていた。

 衛兵たちに抱えられて屋敷から出てきた姉さんは集まっていた村人の中にいた俺を見つけるとよろめくようにして俺の方に歩み寄って来た。俺の腕の中で静かに眠るロッシ―ナを見て姉さんは安心そうな顔をして、「頼んだわよ」と言って再び倒れた。

 それから姉さんが目を覚ますことは二度となかった。


 死者は百人に上り、村人たちに一生消えることのない心の傷を残したあの夜はまさに惨劇だった。被害の中心は俺の屋敷で、生き残ったのは俺とロッシ―ナの二人だけだ。執事のオークラも他の侍従達も皆死んだ。

 姉さんも死んだ。

 姉さんの墓の前であの気丈な親父が泣いていた。俺も泣いていた。だけど娘の死に際に立ち会えなかった親父に比べれば、俺はまだいい方なのかもしれない。


「今日はいい天気だな、ロッシュ」

「うん、お日様ぽかぽかだね」

 だけど残された俺達は「今」を生きなければならない。先に逝った人たちが残したものを

 守らなければならない。

 姉さんが最後に託したものを俺は守り続けないといけない。



「おーい、ハイネ。どうした、散歩か」

「ああ、ちょっとロッシュとな」

「ぱんさお兄たん、こんにちは」

「ああ、かわいいよ。かわいいよ、ロッシュちゃん。そうだ、キスしようロッシュちゃん」

「おい、やめろ。この性犯罪者」

「へっ、ロリコンの村会議員様には言われたくないね」

「なんだと」

「あわわわ、お兄たんたちケンカはダメだよぉ」

 ロッシュは健やかに育っていた。俺も念願の村会議員になり、親父もロッシュのおかげで元気を取り戻しているようだ。ただ、親父の強面のせいでロッシュはなかなか親父には懐いていないのだが。

 あ、あとパンサーは相変わらず門番の仕事に精を出している。

 こんな毎日が永遠に続くものだと、このときの無垢な子供のように信じていた。

 しかし、平穏は突如として崩れ去った。




 ある雨の日、ロッシュが熱を出した。

 ちょうど隣町から腕の良い医者が来ていたので、俺はその医者を呼びロッシュを見てもらった。熱はすぐに下がり、ロッシュは何事もなかったかのようにすやすやと寝ていた。

 しかし、その医者は実に気まずそうな様子で俺にあることを伝えた。

 ロッシュの身体から基準値を遥かに超える魔素が検出されたというのだ。

 魔素、それはこの世の物質ではない。魔界のものだ。

 魔法使いの素質がある者からは少々高い濃度の魔素を持っているし、姉さんも魔法が使えたからその娘であるロッシュから魔素が検出されても何らおかしいことはない。

 だが、医者はこう言う。普通、人間が許容できる魔素の量を遥かに超えている、そう、まるで魔物のようだ、と。

 魔物。俺はかつて姉さんが魔物の子を産むのではないかと恐れていたことがある。だがロッシュはどこからどう見ても人間だ。魔物のはずがない。

 検査器具の調子が悪いんだろ、と言って俺は医者を帰した。


 疑念と戸惑いが混じった顔で窓の外を眺める。まだ雨が激しく降っていた。

 雨で景色がよく見えないが、俺が見ている景色にはかつてあったものが無い。そんなことを思い出した。

 あの山のように巨大な建造物、魔王城は数年前、魔王の死とともに瓦解していった。

 何でも伝説の勇者が魔王を倒したらしい。まあ、その勇者はそのすぐ後に行方不明になったという話なのだが。


 そのとき俺の頭に嫌な考えが走った。

 もしだ、もし人とまったく同じ姿の魔物がいたらその子供の姿はどうなるのだろうか。もちろん、普通はそんな魔物なんているわけがない。異形であるから魔物は魔物であるからだ。

 だが、例外が一つある。人の姿をした魔物が唯一存在することを俺は知っていた。

 魔王である。

 姉さんはロッシュの父親のことを一言も話さなかった。そしてあの夜、どういうわけか魔物たちは俺達の屋敷だけを狙っていたように思える。

 もし、魔物たちがロッシュの魔素を嗅ぎつけてやって来たのだとすれば、魔王の子を姉さんが孕んでいたのだとすれば、ロッシュが魔物の大群を引き寄せたのだとすれば……。


 ……これ以上考えるのはやめておこう、どうせ確かめようにもみんな死んでしまっている。こんなことを考えるのは不毛だ。

 俺は考えるのをやめた。しかし、一度湧いた疑念を取り払うのは難しく、すやすやと眠るロッシュを見ても俺は今までと同じようにロッシュに接する自信はない。

 とりあえず、気持ちの整理がつかぬまま、俺は医者の言った話を親父に伝えることにした。


 親父の部屋に入るとそこには村会議員の上役達と親父が興奮とも困惑ともつかぬ顔で何やら話し合っていた。

「ん、どうしたハイネ」

「いや、ちょっとロッシュのことでな」

「わかった、あっちの方で話そう。皆の衆、すまないが少し席を空けるぞ」

 俺と親父はとなりの部屋に入って、そこらにあった椅子に腰かけた。

「で、ロッシュがどうした。熱は下がったそうじゃな」

「ああ、熱の方は大丈夫なんだが……」

「だが?」

 俺は親父にロッシュの魔素について話した。そして俺の抱いていた疑念についても一緒に話した。

 一通り話し終えると、親父は二、三度頷いて、どうにも物悲しげな表情をしていた。


「それより、何なんだ。村議会の上役が集まって何の話だ」

「ん、ああ、そうか、お前はまだ知らんのじゃな」

「何を?」

「いや、なに。今朝、村の前で生き倒れになった旅人がいてな。そいつを門番のパンサーが介抱してやったんじゃが」

「まあ、旅人の生き倒れはそう珍しいことじゃないからな」

「そこなんじゃが、どうもその旅人の身なり、上物の剣や鎧からするとだな」

「行方不明の伝説の勇者かもしれないと」

「むむ、ここまで物分かりがいいと話す方はつまらないじゃないか」

「長々と回りくどい話をされる方が迷惑だ。で、その旅人が伝説の勇者だったらどうなんだ?」

「伝説の勇者ならそれなりの歓迎をしなければなるまい。ついでにこの村の発展に大きく寄与してもらう」

「伝説の勇者じゃなかったらどうするんだ?」

「たとえ伝説の勇者じゃなくてもだ、その防具や傷のつき方から見て相当な腕を持っている方に違いない。我が村の衛兵団に所属してもらえばいいのじゃよ」

「そんなもんかね」

 俺が退屈そうに親父の話を聞いていると、突然親父の顔色が変わった。そして、予想もしなかった話が親父の口から発せられたのだ。


「その旅人にロッシュを預けようと思う」

「何でそうなるんだよ!」

「四年前の魔物はロッシュの魔素に引き寄せられてやって来たんじゃろ。魔王が死んだと言っても魔物はまだうじゃうじゃといる。いつまたあの惨劇が繰り返されるともわからんじゃろう」

「だからってそんなこと……」

「腕の立つ者が常に傍にいれば、ロッシュの魔素に引き寄せられて魔物が襲ってきたとしても大惨事は防げる」

「それはそうだが……」

「ちょうど村の外れに小屋がある。旅人とロッシュをそこに住まわせよう。あそこならたとえ魔物が襲撃して来ても被害は最小限に抑えられるじゃろ」

「あの小さなロッシュを犠牲にするっていうのか」

「小娘一人の犠牲で村が助かるのなら安いもんじゃろ。それとも何か、お前はあの惨劇を繰り返したいのか、ハイネ」

「そ、それは……」

「お前だってバイエルの死の悲しみから癒えてはおるまい。そしてその死の原因がロッシュだと気付いたのじゃ、もうお前は今までと同じくは接することは出来まい」

「……」

「つまらん意地は捨てろ。お前の心に宿り始めた憎しみの火はお前が一番分かってるじゃろ。次の村会でワシが皆に言うとしよう。お前は来なくていいぞ、まだ心の整理がつかないだろうからな」

 親父はそう言うと、部屋を出ていった。


 部屋に一人残された俺は自分の胸のあたりから湧いてくる黒い何かを必死に抑えようともがいいていた。だが、駄目だった。

 親父の言った通り、俺の中にはどす黒い憎しみの炎がじわじわと燃え広がっていた。この怒りがロッシュに対するものなのか、それとも自分の無力さに対するものなのかは分からない。

 俺はドロドロに痛む胃を抑えながら、窓の外を見る。

 雨はもう止んでいて、すっかり暗くなった空にはあの日と同じ月が、血に塗られた満月がギラギラと俺を突き刺すように輝いていた。











今回は時系列がずれるので閑話と言う形にさせてもらいました。

いきなり魔物だの魔王だのが出てきて戸惑った読者さんもいられるかもしれませんが、この作品は「拝啓、魔王さま」や「前略、勇者さま」と同じ世界観ですので悪しからず。

あの話とこの話はリンクしているとかいないとか……。


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