第七話「月花祭と満月」
村の中心部には風車がいくつも建っているが、その中でもひときわ大きな粉挽き風車は我が村の名物となっている。
粉挽き風車の名の通り、古くから小麦粉の製粉に使っていたもので、他の風車も農業用に地下水を引き揚げるためのものである。この村の風車はこの村の繁栄を象徴するものであり、昔から収穫の時期になると風車の周りに人が集まって宴を開き豊作を天に感謝したと言われる。
その収穫の宴が現在の月花祭へと受け継がれているわけだ。
風車横の中央広場には祭壇が作られ、周りに大小様々なテントが立てられ色とりどりのランタンが灯を燈して輝いていた。至る所で誰にも彼にも酒や料理が振舞われるのは月花祭が収穫祭であったことの名残なのだろう。
夕日は沈み始め、広場に続く大通りはランプで明るく照らされた。人通りもだんだんと増え始め中央広場は途端に騒がしくなった。騒がしさは数日前から調子の悪い大風車の雑音をかき消してしまう程だった。
「それにしても修理工はまだ来ないのか。あれが悪くなってからもう一週間は立つぞ」
「どうも今の時期は何かと物入りだそうで、あと数日はかかるみたいです」
「そうか、祭りまでには直して貰いたかったんだがな」
「まあ、大丈夫でしょう。建具屋にちょっと様子を見に行かせたら歯車の調子が悪いらしく、何もすぐに壊れるほどの欠陥じゃないのであのままでも安全性は問題なしということです。一応、風車の稼働も一割程度に抑えてますし、雑音もあれくらい小さければそんなに気にするほどではないのでは」
「ああ、わかった、わかった。御苦労だったな、世話焼きのパンサー議員殿」
「これはこれは身に余るお言葉ですよ、石頭のハイネ議員殿。それにしてもどうしました、石頭殿。さっきから帳面を見ながら随分と渋い顔をしてますが」
「ふん、アレだよ、アレ」
俺は向こうの方にある仮設の小屋を見つめた。そこには今年の花娘、つまり14歳になった踊り子たちがいる。
*
「うーん」
「どうしたのかしら、ドルサナさん。さっきから難しそうな顔をなさって」
「あ、ええ大丈夫ですわ。何でもありません」
「ならいいのですけど。そんな顔をしてるとせっかくの可愛いお顔が台無しですからね」
「あら、そんなことありませんわ。あなたもとっても似合ってますわよ、そのピンクのドレス」
「そんな。ドルサナさんからそんなこと言われるとなんだか恥ずかしいですわ」
そんなことを言うとピンクのボンレスハムは顔を赤らめながら部屋の隅の人ごみの中に消えて行きました。部屋の中は月花祭に出場する人でいっぱいで、皆さん自分の衣装直し必死です。ちょっと見渡すだけでも50人くらいはいるんじゃないでしょうか。
どんなに高価な服で着飾っても、白粉を塗りたくって香水をかけても肝心の花娘の素材が悪ければそんな装飾は醜さに拍車を駆けるものでしかないことに、皆さん気づいてないんでしょうか。それでも皆さん目の色を変えて鏡と衣装に何度も視線を行ったり来たりさせています。
皆さんきっと今年の月花美人を狙っているんでしょう。
年に一度の月花祭で数多くの花娘の中から一人だけ選ばれる月花美人。それは美貌と才智の象徴でその名を冠することはこの村では栄誉なのだとお父様がこの前言ってました。
でも私はそれが可笑しくて仕方がありません。だって皆さんがどんなに着飾って自分を美しく見せようとも皆さんが月花美人に選ばれることなんて無いんですもの。
「月花美人になるのは私ですわ」
月花美人に選ばれるのはこの私、ドルサナ・ロレンソなのは誰の目にも明らかなのです。
「この村で私より可愛い娘はいませんわ」
端正な顔立ち、すらりと長い脚、母性を象徴する胸、どれをとっても私に欠点は見つけられません。
それに私、自分で言うのもなんですが結構賢い部類に入ると思いますの。お父様は私のためを思って遠くの大きな街から腕の良い家庭教師を雇っています。私がその家庭教師を論破することも珍しくはありません。少なくとも同年代の子たちよりはずっと賢いはずです。
美貌、才智、財産、その全てを手にしている私に村の女性からの憧れや嫉妬の眼差しが向けられることもあります。ですが、村の老若男女すべてがその性差、年の差の壁を飛び越えて皆さん私を惚れた目で見つめるほどなのです。
「私は全てに愛されているんですの」
私は笑ってグラスの中のチェリーを一粒とって舌の上で遊ばせます。
そう、私はお菓子を食べながら笑っていればよかったのです。そのはずだったのです。
「あの女、まだ来てませんの? いったいどこで何をしてるのかしら」
あの女、ロッシュとかいうあの貧乏人が月花祭に出るらしいです。それも花娘として。
あの貧乏人が花娘になると聞いた時、お腹の奥底から笑いが込み上げてくるのを感じたのです。ですからその貧乏人を徹底的に痛めつけるためにその娘の家に行きましたわ。
村長の孫娘と聞いていましたが随分と粗末な小屋で粗末な服装を着てました。月花祭に出たとしても到底、私の敵ではありません。
あの娘のプライドをズタズタに引き裂いてやろうと思いましたが、あの娘もなかなか強情で、最後にはあのキーフェとかいう変人まで出てきて私を追い払います。
私は怒っています。
所詮、あの娘がどんなに頑張っても私に勝つことなど万に一つも無いのですが、何としてもあの娘にはこの月花祭で敗北以上の屈辱を与えてやらなければ気が済みません。
「さあ、私の準備は出来ていますわ。さっさと姿を見せなさい」
花娘待機室に一向に現れないロッシュを待ち続けながら、私はイライラと葡萄の実を噛み潰すのでした。
*
ここは大通り。この道をまっすぐ行くと大風車と中央広場に着くんだ。
そう、まっすぐ行けば着くんだけど。
「なんなのさ、この人の多さ」
月花祭当日ともなるとこの大通りはで店も出て、人で溢れかえってしまう。僕はこの人ごみに呑まれて、さっきから一歩も進むことが出来ない。
早く中央広場に行かないと祭りが始まっちゃうよ。僕は花娘として踊るはずなのにどうしてこうなったんだよ。
それもこれもあのクソガキどもが迷子になるからいけないんだ。
先生と旦那は先に中央広場の方行っちゃってるし、お祭りではしゃいでる子どもたちは迷子になるし。
僕は大通りで迷子になった子供たちを捕まえて、建具屋の奥さんに預けたあと必死で中央広場に向かって走った。走った……うん、走ったよ、でもね。
「でも、こんな人の塊の中でどうやって走れって言うのさ!」
祭りの人ごみの中で叫んでもその声は人の声で虚しく消えるだけだった。
もう、ヤケだった。僕は無理やり人ごみを押し分け、分け入って進んだ。
すると、誰かが服の裾を引っ張った。僕はこけた。
「痛い、誰だよ。僕をこかしたのは」
「こんなところで何してんだよ、ロッシュ」
振り向くとそこにはクソガキがいた。そうだ、さっき迷子になったクソガキがいた。
「アンタが迷子になるからこんなことになってるんでしょうが!」
「あーもう、謝るから許してよ。でも早くしないと祭に間に合わないぜ」
「この人ごみの中でどう急げって言うのさ。魔法使いみたいに空でも飛んでみる?アンタみたいなクソガキ一人ぐらいならすぐ吹っ飛ばしてあげれそうだけど」
「クソガキ、クソガキうるさいな。いいか、まともに大通りを突き抜けるからいけないんだよ」
「じゃあ、どうすればいいのさ?」
「抜け道を使えばいいんだよ。ほら、こっちだよ」
「あ、ちょっ」
クソガキは僕の手を握って人の流れとは反対方向に走って行った。僕の前を走るクソガキの背中が思ったより大きいのに気がついて僕はちょっと戸惑ってしまう。クソガキの左手は僕の右手をしっかりと掴んで離さない。
顔が熱くなっていることに気付いた時には僕たちは人気の少ない林の中に来ていた。
「ほら、あっちの方にまっすぐ行けば中央広場に通じててるから」
「こんな暗い獣道を女の子に走って行けって言うの?」
「なあに、そこんとこはちゃんと考えてるさ」
そう言うとクソガキは草むらでガサゴソと何かをしている。僕の方は走ったせいか動機が少し激しくなっていた。
「ほら、こいつに乗っていけばあっという間だぜ」
クソガキは草むらの中からロバを一匹連れてきた。痩せていて見るからに元気の無さそうなロバだ。
「この痩せロバに乗って行けっての? 大体、僕はロバに乗ったことないし道も知らないんだけど」
「大丈夫だって、俺は毎日このロバに乗って広場まで行ってるからさ。道はこいつがしっかり覚えてるからさ。しっかり掴まってりゃ、すぐに広場に着くさ」
「え、ちょっと待ってよ。僕一人? クソガキも一緒に着いて来てくれるんじゃないの」
「馬鹿言うなよ、このロバの定員は一人までだぜ。二人も乗ったら潰れちまう」
はっきり言って夜道、それもこんな林の中の獣道は怖すぎる。そこを一人で、慣れない動物に跨って珍走するなんて正気の沙汰じゃないと思う。
「ちょ、そんな」
「ほら、早くしないと祭りが始まっちまうぜ。さっさと乗って」
「クソガキ、後で覚えてなよ!」
「はいはい、しっかり掴まってろよ。そいつは見かけによらず速いからな、振り落とされるなよ」
「勝手にしな、クソガキ」
「クソガキ、クソガキって一歳しか違わないんだけどな。まあ、いいや。行くぜ、ほれ!」
クソガキがロバのピシンッと一発、お尻に鞭打つと元気のなかったロバは悲鳴を上げて、勢いよく走り出した。僕は振り落とされないようロバの首にしっかりと抱きついて、クソガキの方を振り返る。クソガキの姿はすぐに暗い闇の中に消えていった。
このロバ、速い、速すぎる。
振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だ。
林の木々の中を区切りぬけるようにして走るから木の枝が顔に当たる。痛い。
木の枝が顔に当たって痛いから頭ごとロバの首にうずめる。心なしかクソガキの匂いがする気がする。心臓の鼓動は速くなるばかりだ。どうしちゃったんだろう、今日の僕は何だか少し変だ。
何だか気分が変なので気を紛らわせるために、とりあえず何か叫んでみることにする。
「きゃー、速い、速い。これならすぐに広場に着けるよ!」
そう、このスピードなら広場に着くのは時間の問題だ。お、ランタンの明かりがみえてきたよ。
だけど、僕はここである問題に気がついた。
「ど、どうやって止まるんだ、これ」
このロバ、止め方が分からない。クソッ、なんでこんな大切なこと教えないんだよ、クソガキのクソ野郎め。
「あわわわ、どうしよう」
僕が慌てているのも気にせず、痩せロバは全速力で走り続ける。
そして、小高い垣根を飛び越えた。その瞬間、僕はロバから振り落とされて地面を転がって、何かにぶつかった。
「いってて」
「何だ、貴様は」
痛たた。どうやら僕がぶつかった何かは人間だったようです。
黒い服を着た黒髪の、背の高い男の人がしゃがんでいる僕に手を差し伸べる。
「立てるか?」
「あ、ありがとうございます」
僕が起き上がると、男の人は僕をじろじろと眺める。頭の先からつま先まで。
ああ、そういう趣味の危ない人なんですね。それじゃあ、僕は急いでるんで失礼させてもらいます。
「それじゃあ、僕は急いでるんで失礼させてもらいます。月花祭に間に合うようにしなきゃいけないんで」
「おい、ちょっと待て」
そさくさとその場を立ち去ろうとする僕を危ない人が呼び止めます。ああ神様、僕は一体どうなっちゃうんでしょうか。
「貴様、もしかしてロッシュ、いやロッシ―ナ・パサモントか」
「え、はい、そうですが。そう言うあなたは?」
「俺の名はハイネ・パサモント」
月が奇麗に輝く夜、僕の名前を知る謎の男の人を僕は知っているのかもしれない。
その人に会ったのが何時のことなのか、何処のことなのかは分からないけど、そう、あの時もこうして満月が二人を照らしていた、そんな気がする。




