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第六話「昔話と先生」

「あー、何してんだよロッシュ」

「うるさいな、僕が何したって僕の勝手だろ」

「いや、だってさ。その恰好」

 目の前のクソガキは僕を指差し、笑いを必死にこらえていた。

 その理由は何となくわかる気がする。確かに今日の僕の恰好はいつもとは明らかに違う。違和感バリバリなのだ。

 月花祭のために建具屋の奥さんから借りた履き慣れないスカートを身につけ、ヒールが高く歩きにくい靴を履きお世辞にも軽快とは言えないステップを踏んで踊りの練習をしていたのだ。この恰好も踊りも全てが不自然なのは僕にもわかっている。でも、わかっているんだけれども……。


「ぶっ、ははははははははははははは! 似合わねー!」

 ボガンッ!!

 僕の右手がクソガキの頭に見事にクリティカルヒットした。クソガキの声にならない悲鳴が聞こえてくる。

「って、痛てぇな、何すんだよ」

「殴られてもわかんないならもう一発殴っとこうか?」

 クソガキは自分が殴られた理由が全くわかってないようだ。そんなに似合ってないのかな、これ。

 そう、似合わないのはわかっている。でも、それをこのクソガキに指摘されるのは何て言うか、無性に腹が立つ。それにしてもふらつくハイヒールのおかげで思った以上に体重の乗ったパンチを繰り出すことが出来た。案外、この不自然な恰好も悪くないかも。


「そんな恰好してるとまるで女みたいだな、ロッシュ」

 ボガンッ!!

 決まった。僕の拳は完璧にクソガキの顎に入った。完璧(パーフェクト)素晴らしい(エクセレント)

「僕は女の子だ! バカなこと言ってないでさっさと先生のとこに戻って勉強しな」

 僕は気絶して動かないクソガキを叩き起こして向こうの部屋に追いやった。

 するとクソガキと入れ替わるようにして履物屋の娘っ子が向こうの部屋からやって来た。そして娘っ子は僕を見るなり目を輝かせて歓喜の声を上げるのだ。

「わー、ロッシュ可愛いー。お人形さんみたいー」

「ええ、そうかな?」

「可愛いよー、まるで女の子みたいー」

 僕の額では青筋がビキビキと音を立てていた。

 うん、もちろんこの娘っ子には悪気はないはず。ただ悪気と一緒にデリカシーも無くしているだけだよ……。可愛いと誉めてくれたのは嬉しいんだけど、素直に喜べない。フクザツな感じだ。


「そ、そんなことより勉強は? サボってると先生に叱られるよ」

「今は休憩なんだってー」

「ああ、そうなんだ。じゃあおやつでも持って行こうか」

「わーい、おやつ、おっやつ」

 僕はスカートを脱いでいつもの服に着替えると、オーブンから取り出したマフィンを皿に盛って、娘っ子と一緒に先生の部屋まで持って行った。娘っ子が嬉しそうにはしゃいでいる姿は気持ちを和ませてくれる。さっきの青筋ビキビキなんてのはもうどこかに行ってしまったようだ。


 部屋では椅子に腰掛けている先生の周りで十数人の子供たちがワイワイ騒いでいる。

 今日は一週間で一番賑やかな日。先生が村の子供たちに勉強を教える『勉強会』の日だからだ。

 村にはお金持ちが行く学校が一つあるだけなので、こうして職人さんや農家の子供たちは先生に勉強を教わりに来る。先生は算術や数学、歴史や自然科学を教えている。その他、諸々の雑学、滑稽話を織り交ぜて話し、子供たちはいつも熱心に耳を傾ける。

 ただ、今は休憩時間ということで、床に寝ころぶ子供、ノートの落書きを見せ合う子供、先生に色々と質問を投げかける子供、など様々だ。まあ、所詮お子ちゃまの集中力なんてこんなもんだよ。


「あー、ロッシュお兄ちゃん」

「ロッシュお姉さん、だろ。どうしたのさ」

「これ何て読むのー」

「ああ、これはね“かえる”って読むんだよ」

「そっか“カエル”かー。ありがと、お兄ちゃん」

「お、ね、え、さ、ん!」

 先生は目が見えないから文字の読み書きを教えるのは僕の仕事だ。正直なところ、まともに字を習ったことはないから僕が読める字というのもたかが知れてるんだけど。


「せんせー、先生は村に来る前は世界中を旅してたんでしょ」

「そうですね、色んなところをグルグルとね。世界は広いですよ、みんなが見たことない生き物なんてごろごろといますからね」

 好奇心に溢れた子供たちの目はキラキラと輝いていた。未知の世界の扉を開きたくてうずうずしているのがよくわかる。

「聞かせてよ、旅のことを」

「きかせて、きかせてー」

 先生の周りに集まっていた子供たちがそんなことを言い出す。好奇心を押さえられない年頃なんだろう。気がつけば部屋にいた子供たちがみんな先生の周りに集まって先生に昔話をせがんでいた。

「わ、わかりました。話すから、みんな落ち着いて下さい」

 子供たちの熱意に負けたのか先生は渋々了承する。正直、普段から昔のことは一切語ろうとしない先生が自分の過去を語るなんて驚きだ。先生の過去には僕も興味津津で、お盆を抱えたまま僕は子供たちに混じって先生の話に耳を傾ける。

「なにから話したらいいんでしょうかね」

「なんでもいいから早く、はやく―」

「じゃあ、南の国の怪鳥の話でもしましょうか。この村から南にずーっと行ったところに砂漠の泉街という商人の街があるんですけどね……」

 先生の話が始まるとさっきまでざわついていた部屋が一瞬にして静かになった。みんな先生の話に真剣に耳を傾けているのだ。



 *



 南の大怪鳥、西の獅子の樹、北の甲冑狼、孤島の多頭蛇。先生の口から語られるその短い旅行記はまるでお伽噺のようで、信じられないような話ばかりだけれど、先生が嘘をついているようには見えないしそして何より先生の話し方はその話に現実味を持たせてくれてる。

「ライオンが棲んでるの?おっきな樹に?すっげぇ!」

「鉄の皮でできた狼の皮ってどうなったの?」

「首が八本もあるの? 強いの? その蛇」

 子供たちは興奮で今にも燃え上がりそうだった。いや、すでに熱気で湯気が出てた。僕も子供たちもみんな汗でぐちゃぐちゃになるくらい興奮していた。


「じゃあさ、じゃあさ、世界のどこかにはドラゴンもいるのかな」

 一人の男の子がそんなことを先生に聞いた。先生の顔が一瞬強張って、額から一滴の汗が流れ落ちるのを僕は見た。

「いませんよ、ドラゴンなんて」

「え、だって」

「あれは空想の産物です。実在しません。現に私が世界中を旅して回ってもそんな生き物は見たことが無いですね」

 先生の顔はいつものように穏やかだった。少年を叱っているというのではなくただただ自分に言い聞かせようとしているみたいだった。

「人語を解するだとか魔法が使えるだとかは昔の人の妄想にすぎませんよ。何か見えない力に怯えて作りだした虚像に過ぎないんです」



 *



 子供たちが帰ると家は急に寂しくなる。僕が散らかった部屋の片づけをしていると窓際に立っている先生が見えた。なんとなく物憂げな顔で見えないはずの夕焼けを見ているようだった。

「先生」

「ん。なんです、ロッシュ」

「今日の先生、ちょっと変だった」

「あはは、少し熱くなりすぎたようですね。でも正しいことを伝えるのが教師としての私の仕事ですからね」

 先生は笑いながらそんなことを言うけど、その笑顔にはどこか嘘があった。

 夕焼けで部屋が真っ赤に染まっていた。

「ねえ、先生。教えてよ、先生が旅をしてた理由を」

「理由ですか。そうですね……実は私はドラゴンを探していたんですよ」

「ドラゴンを?」

「はい。世界の果てまで行きましたよ、東の果てにドラゴンを祀る集落があると聞いてましたからね。ま、でもね」

「いなかったの? 東の果てには」

「いませんでしたよ。そこには深い湖があっただけです。そしてそこで私は光を失いました」

 先生の目が見えなくなった理由を僕は初めて知った。そんな東の果ての一人の知人もいない中、先生は光を失ったのだ。

「どうして、なにがあったの?」

「私にもわかりません。気が付いたら何も見えなかった」

「そう、なんだ」

「まあ、失明したことで色々なことがわかりましたけどね。人は見えないものに恐れを抱きますが、本当に何も見えなくなるとかえってそんな恐怖が幻想だってことがわかります。見えないことで見える真実だってあります」

 先生は笑っていた、それはいつもの先生の笑顔だった。

 夕日は沈み、夜の闇が部屋の隅から段々と広がって行った。


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