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第四話「俺とお嬢様」

 ここは村の中心部にある酒場。

 善者も悪者も酒を飲み、富める者も貧しき者も、村の人も外の人も多くの人が集まる酒場。

 

「なんだと、あの変人のとこの小娘が月花祭に!?」

「ああ、さっき建具屋が楽しそうに言ってたよ」

 

 隣に座った友人の話を聞きながら、俺はグラスの液体を飲みほして新たに褐色の液体を注いだ。

 

 村外れの変人、その世話係の娘が月花祭に出るって言うんだ、友人の話はそんな感じだった。

 普通ならあの娘の話が出るだけで酒が不味くなるのだが、今回この話は酒の肴としては最高だった。

 

「ふははは、あの貧乏人どもがそんなことをねぇ」

「まったくだ」

 笑いながら友人も新しいボトルを開ける。

 

 あの娘が月花祭に出ると聞いたとき、俺は自分の耳を疑った。

 貧民の娘が月花祭に出るなんて聞いたことがないからだ。

 

 月花祭、それはこの村で一番華やかな祭であると同時に一番金のかかる祭りなのだ。

 14歳になった村娘たちが伝説の月姫、花姫に扮して夜通し踊るというものだが、この祭りの主催費のほとんどは踊子たちの家が負担する。つまり祭が華やかであればあるほど金もかかるわけだ。

 その上、今や月花祭は村の富豪たちが互いの権威を賭ける場と化し、互いに競い合うように金をばら撒くので祭はこの上なく華やかでこの上なく高級なものになってしまっている。

 

 もっとも踊子は自由参加なので普通は金の無い貧乏人が踊子になること自体不可能なのだが。

 

「いったい、あの貧乏人どものどこにそんな金があるのやら」

「さあね、あの小汚い小屋を売り払ったとしてもたかが知れてるさ」

「どのみちそんな噂は実現しないな、不可能だ」

「ははは、その通りだ」

 俺たちはまた笑いあって酒の入ったグラスを空にした。

 

 

「あら、何かおかしいことでもあったのかしら、村会議員さま」

 楽しそうに談笑していると後ろから若い女の声が聞こえてきた。

 振り向けばそこには確かに若い女、いや少女が立っている。

 

「これは、これはサナお嬢様。こんな夜更けにこんなところに来てはいけませんぞ」

「お子様扱いしないで頂戴。それに今日は良いの、お父様の付き添いなんだから」

 

 俺が綺麗な洋服に身を包んだお嬢様をからかうと、彼女は怒ったように頬を膨らませ、その顔のまま向こうの方を指差す。

 

 指差された先には恰幅の良い上品な中年男性がいて数人の客と談笑していた。

 酔いのせいではっきりとはわからないが、どうやらその男はこの村の大富豪、宝石商のロレンソ氏のようだった。

 

「おや、これは村会議員のハイネ君じゃないか」

 ロレンソ氏は俺に気づき、俺の名を呼びながら俺の方のにやってくる。

 彼が歩くたびにその風船のような腹が左右に揺れる。

 もう秋だというのに額は汗でテカっており、彼の首飾りの光る宝石と見間違えるほどの輝きを放っていた。

 

「お久しぶりです、ロレンソ殿」

「奇遇だなぁ、半年前の定例会以来かね。すまないな、職業柄村にいないことが多くてね」

「宝石商はお忙しいでしょうからね。ところで今日はどうしたんですか、お嬢さんまで連れて」

「そうそう、今日来たのは娘のことなんだよ」

 

 そう言うとロレンソ氏は宝石飾りのジャラジャラついた胸を張って咳払いをしながら辺りをぐるりと見渡した。

 それから店全体に聞こえるようによく響く声で叫んだ。

 

「皆聞いてくれ、私のかわいいかわいい愛娘ドルサナが今日14歳の誕生日を迎えた!もちろん今度の月花祭にも出るぞ。今日は祝いだ、酒は全部私の驕りだから皆ジャンジャン飲んでくれ!」

 

 お嬢様の誕生日を祝っているのか、それとも最後の一言が効いたのか店のあちこちから高らかな歓声が上がった。

 そしてロレンソ氏は俺に一礼をすると酒を持って歓声の中に紛れて行った。

 

 要するに、ロレンソ氏は娘自慢をするためだけに人の一番集まるこの酒場まで足を運んだというわけか。その上酒まで振る舞うとは。

 親バカとはここまで酷いものなのか、と頭を抱えながら独身者の俺はグラスの酒を一気に流し入れた。

 

 

「それにしても、14歳だったのか、お嬢様」

「何よ、もっと子供だと思ってたのかしら」

「いや、その逆だ」

 俺がそう答えると、お嬢様は首を傾げた。

 

 黒いゴシックなドレスに身を包んだ少女がその蒼い瞳を俺に向けている。

 恰好が大人びているせいもあるがとても14歳の少女には見えない。

 背も高く、あと、あれだ女の子としての発育もとてもよろしいので18歳の乙女と言っても十分通用するんじゃないだろうか。

 

「何なのよ」

「いや、別に」

 

 自分の胸元を凝視する視線に気づいたのか、お嬢様は胸を隠すポーズをして俺を睨みつける。

 いやはや、俺ももうすぐで30だというのにこんな小娘に平常心かき乱されてしまうとは、どうやら相当酔いが回ってるらしい。そうだ、酔いが回ってるせいなのだ。

 

「ところで、さっき何か面白いことでもあったのかしら。二人で随分と楽しく笑っていたから」

「ああ、それはだな」

 

 正直、お嬢様への対応も面倒臭くなってきたので俺は友人に全てを丸投げするべく後ろに振り向いた。

 だが、そこに友人の姿は無かった。

 辺りを見渡してみると友人はいとも簡単に見つかったが、彼は椅子の下で大きないびきをかきながら眠っていた。彼の周りには高そうなウィスキーの瓶が何本も転がっている。

 

「タダ酒だからって飲みすぎだろ」

 そう言って俺は友人を軽く蹴飛ばしてみる。だが彼は依然として眠り続けている。

 これは駄目だ。

 

 

「ねえ、聞いてますか」

「あ、ああ、うん、聞いてない」

 お嬢様は俺の適当な対応に腹を立てたらしく、次の瞬間彼女のヒールの高い靴が俺の左足の脛に直撃した。

 

「んぐッ!!!」

「どうです?これで少しは酔いも醒めたでしょう」

「わ、わかったよ、話すからその手に持った椅子を降ろしてくれ」

 

 お嬢様は俺の左足に激痛を与えておきながら、それに追い打ちをかけるようにそこらの椅子を抱え上げて大きく振りかぶっていた。金持ちのわがまま娘と言うものは本当に手に負えないことを俺は痛感していた。

 

「なんでも村はずれの小屋の娘が月花祭に出るらしいぜ」

「村外れの?あのロッシュとかいう女の子のこと?」

「ああ、その通りだ。まあ、あんな貧乏人にそんなことは実現させられないと思うがな」

「そうとも言えないんじゃないかしら?」

 

 お嬢様は不敵な笑みで俺を見つめる。美人の部類に入るその顔からは何とも言えないドス黒いものが感じ取られる。

 

「どういう意味だ、それは」

「どういう意味って、それはあなたが一番わかってるんじゃなくて?」

 お嬢様の蒼い瞳が冷たい輝きを放ち、プスプスと俺に突き刺さっていく。

 

「あのロッシュっていう子?今は随分な生活をしてるようだけど、家柄は決して卑しいものじゃないじゃない。むしろかなりの上流階級よ」

「言いたいことは分かった。だがそれ以上は言うな、酒が不味くなる」

「いいじゃない、可愛い姪っ子(・・・)のためにお金を出すくらい」

「五月蝿い! あいつと俺とはもう何の関係も無い」

 

 俺はグラスを握った手をテーブルに叩きつけた。店内の喧騒にかき消されて、誰もこちらには気づいていない。

 だが、俺は怒っていた。小娘に古傷をえぐられたように胃の奥がジクジクと痛んだ。

 

「ふーん、随分荒れてるようね。じゃあ、私はこれで失礼するわ」

 お嬢様は冷酷に笑って父親の方に歩いて行った。

 酒で顔を紅潮させたロレンソ氏は皆に挨拶をして酒場を去って行った。

 店内の喧騒はもうしばらく続きそうだ。

 

 

「若い子は知らないんだろうな、あの娘がどうしてあんな辺鄙なところに追いやられてるかを」

「お前、酔いつぶれて寝てたんじゃないのか」

 俺の隣にはさっきまで床で寝ていた友人がガッツポーズを見せて座っていた。

 なるほど、さっきまでのは狸寝入りだったというわけか。

 

「まあ、俺が狸寝入りだったかそうじゃなかったとかは別にいいじゃないか」

「何も言ってないのにぺらぺらと喋るってことはちゃんと狸寝入りの自覚があるんだな」

「え、あ、それは…」

 とりあえず一発殴っておいた。それでも友人は椅子からずり落ちないように耐えてみせた。

 

「話を戻すがあの娘があの変人のところに置かれてる理由って何だと思う?」

「はあ?お前はあの14年前の惨劇を忘れたのか!?」

「いや、そう怒るなよ。あんな事件を忘れられるわけがない、お前は特にな」

「とにかくあの娘はあの惨劇の原因だ。だからあの変人に押し付けた、それだけだ」

「…ふむ、お前の親父さん、村長はそんな理由で孫娘を手放すかね」

「何だと、貴様!!」

 

 俺は友人に掴みかかった。こいつはいくらなんでも無神経すぎる。

 14年前のあの惨劇は間違いなくあの娘が生み出した。血に塗られ俺の心に深い傷を残したあの惨劇はあの娘のせいだ。親父も二度目の惨劇を恐れてあの盲目の変人と一緒に村の外れに追いやった。

 友人の襟元を掴みながら俺は泣いていた。

 俺は手を離した。友人は座るようにして椅子の上に尻もちをついた。

 

「もういい。今日は酔いのせいにしてやるが次は無いと思え」 

「すまん言いすぎた」

「ふん、お前らが何と言おうと俺があの呪われた娘に援助するなんてことはないぜ」

「別にそんなつもりで言ったんじゃないんだがな。まあ、呪われた娘ね、たしかにその通りだ」

「お前のせいで酔いが醒めた、飲み直そう」

「はいはい」

 

 俺たちは再びグラスに酒を注ぎ、夜の闇が黒くなっていくのを静かに眺めながらひたすら飲み続けた。


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