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第二話「旦那とお薬」

 十年前、一人の旅人が村の前で生き倒れになっていた。

 

 冒険者であることはその身なりからすぐに分かったらしいけど、その鎧や兜の痛みが尋常でなかったから村人たちはその人を「伝説の勇者」と思い込んで手厚く看病したそうだ。

 

 その看病のおかげかどうかは分からないけど、三日後にその旅人はようやく意識を取り戻した。

 

「で、その旅人が私だったというわけですね」

 

 先生はそう言うと食べ終わったスープ皿をコツコツと二回叩いた。

 おかわりがほしい、の合図だ。

 

「で、先生はこの村に来た時から目が見えなかったわけ?」

 

 鳥と野菜のスープを皿に並々と注いで僕は尋ねた。

 

「そうですよ、ロッシュ。目が見えない私のために町長さん、つまりあなたのお爺様がこの家をくれたんです」

 

 お爺様。その言葉を聞くと気分が悪くなる。

 僕をこんな村外れに追いやったのはお爺様だ。

 それが村のためだとお爺様は言ったけど、僕にはそれがどうしても納得いかない。

 

 やっぱりあの噂(・・・)は本当なのだろうか。

 

「そういえば、最近風車の音がやけに五月蝿いんですが」

「ああ、二、三日前から調子が悪いみたいで。村の人たちの話じゃ隣町の腕のいい左官屋さんを呼んでくるって言ってたけど、しばらくはあのままみたい」

「じゃあ、当分の間あの機械音に私の睡眠は邪魔され続けるのですか」

「……ちゃんと仕事しなよ」

 

 お爺様の名前を聞いて僕が気分を悪くしたのを感じ、先生は話を当たり障りのない話題に変えた。

 これは不器用な先生なりの優しさなんだと思う。

 

 

「おーい、キーフェ先生はいるかい」

「やあ、ロストフさん。私はこっちにいますよ」

 

 食事を終えるとちょうどいいタイミングで建具屋の旦那が訪ねてきた。

 旦那は先生の座っている椅子のそばまで寄って先生に話しかける。

 

「今日はどうしたんですか。また腰の薬ですか」

「いやぁ、ちょっと女房の奴がね風邪こじらせちまったみたいで」

「ああ、それならこれとこれがいいかな」

 

 先生は棚の薬瓶、薬箱を嗅ぎ分けて粉末が入った小袋と液体の入った小瓶を選び出した。

 

「これを匙に二杯ずつ朝晩飲ませてあげれば三日もすれば元気になりますよ」

「おお、ありがとう先生。お代はいくらだい」

「今日の分はいいですよ。それよりそこの机と棚の調子が悪いんで直しといてくれませんか」

「おう、任せとけ。明日までにはピカピカにして届けるよ」

「お願いします」

 

 目の見えない先生はなんでも旅人時代の経験を生かして薬を作って売っている。

 と言ってもお金なんて貰わないことが多くて、今日みたいに家具を直してもらったり肉や野菜をもらったりして生計を立てている。

 週末には子供たちに勉強を教えてるみたいだし村の人からの信頼も厚い。

「先生」と呼ばれるのは伊達ではないのだ。

 

 

 台所を片づけていた僕は帰ろうとしていたロストフの旦那にちょうど出くわした。

 

「おお、ロッシュか。前会ったときからちっとも大きくなってないな」

「旦那と会ったのは一週間前でしょ。それからすぐに大きくなるわけないじゃないか」

「がははは、冗談だよ、冗談。でも子供は成長が速いからな、一週間でも結構成長するもんだぞ」

 

 余計な旦那のひと言に僕はふくれてみせる。

 旦那は悪気のない笑いで僕に謝る。

 

「ところでロッシュ、お前今年14だろ。今年の月花祭には出るんだろ?」

「あ、あー、つ、月花祭ね。うん、まあ考えとくよ」

「そうか。ウチのカミさんお前が出るの楽しみにしてたぞー」

 

 旦那はそう言うとこの小さな小屋を後にして家路についた。

 

 

 旦那が去って、僕はひとり台所で悩んでいた。

「月花祭か……」

 

「出ればいいじゃないですか」

「うわぁ、先生。いたの!?」

 

 先生がふいに後ろから現れたから僕は驚きで心臓が止まるかと思った。

 

「そんなに驚かなくてもいいのに……」

「ご、ごめん先生。でも僕、月花祭には出ないよ」

「出ればいいのに。私のことなんか遠慮しないでいいですよ、その日はロストフさんか誰かに付き添ってもらいますから」

「いや、そうじゃなくてさ……。月花祭の衣裳ってさ、ほら…恥ずかしいじゃん?」

「ああ、あのフリフリしたやつですか」

「そうソレ、ソレ」

「でも…」

 

 次の瞬間、先生はやけにニヤついた声で攻撃力抜群の台詞を吐いた。

 

 

「でも女の子なんだからいいじゃないですか、ロッシュお嬢さん」

 

 


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