第91話 俺の友達が勝つために戦っているな件
「ふむ。どうやら言葉を間違えてしまったようだね。まさか空気を和ませようと、冗談で渡したジュースを受けとるとわね」
「いや、ガク先輩だけのせいじゃねぇだろ。俺だって緑があんなに追い詰められてるって知らなかった訳だし」
緑が感情を爆発させて部室を飛び出して行った後、ガク先輩は何事も無かったかのようにゆっくりと席へと座り、インスタントコーヒーを飲み始めた。
学校にコーヒー持ち込んでる点はもうガク先輩だからで納得するけど、緑を心配したり焦るような様子を見せないのは肝が座りすぎてちょっと怖い。
いや、この人が焦る様子なんて想像つかないし、少なくとも言葉では心配してしてるから何も思ってない事は無いだろうけどさ。
と言うか逆にガク先輩が焦るような事があったら、それもう手遅れなレベルで大惨事確定の内容だろうから、冷静な方がかえって安心する。
「…………なぁ、ガク先輩」
「なにかね」
「さっき言ってた気になる部分っての、聞いても良いか?」
「悪いが君にも秘密さ」
「やっぱ駄目か」
緑に伝えれば落ち着くと思ったが、俺にすら秘密って言うんだったらそれ以上は聞かないでおくか。
まぁガク先輩も今の俺が知ったら緑に伝えるだろうと予想してるだろうからな。聞いたら慢心する可能性もあるし、そりゃあ言わないか。
「それより緑くんを追いかけなくても良いのかい?」
「ああ言うのはソッとするのが一番だろ。それに説得するなら、マホ達の方が」
「そういう訳ではないさ。それに、カウンセリングが必要なのはマホくん達も同じだろうからね」
「どういう事だ?」
「気の強い緑くんですら、気が動転して感情を爆発させているのが現状さ。恐らくだが、他3人も表に出してないだけで似たような状態だろうね」
「あー、確かに言われてみればそうか」
咲黄は深夜の学校で幽霊探索した時に精神がタフだと知っているから、案外平気かもしれない。だが問題はマホと勇子の2人だ。
あの2人は1度、コマツールに手も足も出なかった過去がある。その時に自信を喪失しており、今度こそは……そう思っていただろう。
しかし現実は残酷で、またしても手も足も出なかった。2度目ともなれば、その心の傷は大きなモノとなっているだろう。
「それと力男くん、一つ頼みがあるのだが良いかね」
「用件による」
「どうやら緑くん、カバンを忘れて出ていってしまったようでね。その中にクラヨウくんも居るだろうから、届けてくれないかね?」
「え? あ、ホントだ」
俺は緑のカバンの中を確認すると、クラヨウが寝ているのを発見した。人のカバンの中身を勝手に見るのは嫌われる行為だが、今回ばかりは見逃してほしい。
カバンを緑の元へ運ぶからってのもあるが、突然緑が消えたと知ればクラヨウは慌てるだろう。
そして人目を気にせず飛び立って緑を探したり、何処行ったと心配して余計な騒ぎを増やしたりするかもしれないからな。
それだったら、先に叩き起こして事情を説明した方が良いだろう。街中で突然「緑は何処クラ!?」なんて大声で言われたら、俺はどう誤魔化せば良いんだと頭を抱える。
「私が今行くと余計に拗れそうなのでね。代わりにマホくん達の方は任せたまえ。緑くんは私の実験に巻き込まれて人体模型になったと誤魔化しておくさ」
「どんな誤魔化し方!?」
科学部の部室にある人体模型って、この前深夜の学校に忍び込んだ時に動いてたアレだろ。
止めろよ、絶対止めろよ? 咲黄は動くの知ってるが、マホと勇子は知らないから。あの2人純粋すぎてそんな見え見えの嘘でも引っ掛かるからな!
「なぁクラヨウ。緑の様子なんだが、あれって昨日からずっとああだったのか?」
「そうクラ。本人は上手く隠してるつもりクラが、緑の作った料理にムラがあったクラ。だからクラヨウは簡単に気付いたクラ」
ガク先輩にマホ達に誤解されるような言葉を掛けるなと釘を刺し、俺は緑のカバンを持ち、クラヨウを連れながら緑の元へと向かっていた。
緑が部室から走って行った時、俺は呆然と眺める事しか出来なくて何処に行ったのか分からない。
だが俺には相手の現在地が分かる千里眼があるから何一つ問題ない。
こういう時に超能力は便利だよなぁ……使いにくい能力が混ざってたり、自力で超能力を攻略する例外が一部存在したりするけど。
「料理かぁ。そういや緑がクラヨウから色々アドバイス貰ってるって言ってたな」
「緑はクラヨウの弟子クラ。いつかクラヨウの実力を越えるのを期待してるクラ」
「いつか、なぁ…………来ると良いな。そのいつか」
「楽しみクラ」
ワルインダーは妖精の命を狙っている。
その理由は魔法少女が生まれないようにしたいのか、それとも妖精の抹消自体を目的としているのか、はたまた別の理由があるのか。
何にせよ、ワルインダーが世界征服が達成すればその「いつか」は訪れないだろう。
さて、千里眼だと緑はこの公園に居るようだな。俺は昔は沢山の遊具が置いてあったが、老朽化等の原因によりベンチだけの殺風景なった公園で、ベンチに座って暗い雰囲気を出している緑へと話しかける。
「よ、ここに居たのか緑」
「力男、クラヨウ……」
「緑、探したクラ。クラヨウを置いていくなんて酷いクラ」
「ごめんなさいね」
緑は自身を心配してフラフラと飛んでくるクラヨウを、ソッと両手で受け止める。
その姿はまるでガラスを扱うようなモノではなくもっと、それこそ身体中から力が抜けているように見える。
はぁ…………まさかそこまで落ち込んでるとはな。身体に力が入らないなんて、そんなにも追い込まれてるとは思わなかったな。
「ほれ、荷物だ。学校に戻るのか、そのまま帰るのか分からないから一応持ってきた」
「ありがとうね力男」
「気にすんな」
俺は緑のカバンが間になるよう隣へと座る。
そして俺は何か言うわけでもなく、静かに緑を眺めてテレパシーを使う。どう声を掛ければ、緑は元気を取り戻してくれるだろうか。
「マホ達がまだ学校に居るクラ。早く戻ろうクラ」
「…………私は戻らないわよ」
「それはどうしてクラ?」
「どうしてもよ」
❴(次コマツールと戦った時、勝てるか不安と怖さでガク先輩に当たっちゃった。そんな状態で戻れるわけないじゃない)❵
勝てるかどうか、ねぇ。
俺は緑の考えている事に対して内心呟く。ガク先輩に対して罪悪感が芽生えてるのは予想はしていた。
そして別にあの人なら緑の態度を一切気にしてないだろうから、緑を無理矢理部室に連れ帰るのは可能だ。
だが、テレパシーを使って分かった。それだけだと追い込められている現状は変わらないと。
「なぁ緑」
「なによ」
「お前はなんで戦ってるんだ?」
「はぁ?」
俺の突然の質問に、緑は訳が分からないと言った様子を見せる一方で、クラヨウは俺の質問の意味を理解しようと、ジッと俺の方を見つめてくる。
「そんなの決まってるじゃない。この街を、私の友達を守りたいモノを守るためよ」
「守るためにお前は何をしている?」
「ワルインダーと戦って勝とうとしてるわよ」
「いや、別に勝つ必要無くね?」
「……どういう事よ」
「どういうも何も、そのままの意味だ」
俺はさっきの緑の言葉で気になった部分を深く突っ込む。
何を突然と思われるかもしれないが、そもそもの前提として、緑達はワルインダーに勝つ必要は無い。
より正確に言うと、戦うのは手段であり守りきるのは結果だ。
そして勝ち負けはそれに付属してくるだけに過ぎない。けど今の緑は、その付属部分が目的へと擦り替わっているのだ。
極端な話、妖精を守りきれたら緑達の目的は達成出来るので、命乞いしようが、敗北したフリしようが問題は無い。
まぁ実際にそれが通用するかとか、緑達が実行するかは別の話だけどな。
「なによそれ。勝たないと守れないのだから、必要無いってのはおかしいじゃない」
「お前は戦って守るのを目的にしてるのか? それとも戦って勝つのを目的にしてるのか?」
「勿論守る事よ」
「ならやっぱり勝つ必要は無いだろ」
「…………?」
あー、どう説明するかなぁ。
素直に勝ち負けに拘るなと伝えても意味は無い。今の緑に伝えるべき事は「勝ち負けに拘らない理由について」だ。
下手な説明した所で、守るためには勝つしかないって話を聞かなくなるかもしれないし。
「力男、ここはクラヨウに任せるクラ」
「ん、分かった。頼んだクラヨウ」
「任せるクラ」
俺が頭を悩ませていると、説得を任せてほしいと胸を張ってきた。
クラゲなのに胸何処だよと思うかもしれないが、あくまで例えであり俺もクラヨウの胸がどの部分にあるのか分からない。そもそもクラゲって胸あるのか?
「緑に質問クラ。緑はボロボロになっても周りの人達を守る王子様と、周りを気にせず相手に勝つ事しか考えてない王子様。この二択ならどっちを選ぶクラ?」
「それなら前者ね。私の理想とする王子様は、悪を倒さずとも周りの人達を守る人だからよ。それが例えどれだけ弱くても、ボロボロな姿になってもね」
「それと同じクラ。緑は何のために戦っているかもう一度思い出すクラ。街や友達を傷つけてまで勝利を掴むためクラ? それとも緑自身がボロボロになろうとも、大切なモノを守るためクラ?」
「私はッ! 今まで守るために、戦ってきたわ。でも……コマツール相手には何も守れなかった。みんな傷付く中、私は何も出来なかった! だから私は、次こそ勝ってみんなを……」
緑は元気を取り戻したかに見えたが、それは一瞬だったようで後半になるにつれて自信が無くなって……いや、違うな。指先が震え始め、トラウマを思い浮かべたかのように顔が恐怖で埋まりつつあった。
「なぁ緑。お前は守れないのが怖いか?」
「えぇ、そうよ。もしこの街や家族、友達を失ったらと考えると怖くて身体が震えるわ」
「俺もだ」
「え?」
「クラ?」
俺のそんな言葉が意外だったのか、恐怖で支配されそうになっていた緑はあっけらかんとした様子をしており、クラヨウも首を傾げている。
「俺も何かを失うと考えたら怖い。あの時のように、自分だけじゃどうする事も出来なかった事を思い出すと、夜も眠れない」
「力男…………」
「だからアドバイスだ。絶対に守れとは言わない。後悔しても、失敗しても良い。だがその時自分が正しいと思ったように動いておけ、やる後悔よりやらない後悔。そして出来なかった後悔の方が大きいからな」
俺は今も、そしてこれからも前世のトラウマを一生背負い続けるだろう。自分だけの力じゃ何も出来なかったあの出来事を。
だからこのアドバイスはあんなトラウマを一生抱えるのは俺だけで良い、緑達にはあんな思いはしてほしくないと言う俺のエゴによるものだ。
「それって……いえ、ありがとう。力男、クラヨウ。少し元気が出てきたわ」
「それは良かったクラ」
「さて、早く学校に戻らなくちゃね。きっとマホ達が心配しているだろうし、ガク先輩にも謝らなくちゃ」
緑は俺が「あの時」と言った部分が引っ掛かったのか、何か言葉を出そうと手が前に出たが、それを引っ込めて笑顔で俺達に向かって元気が出たと礼を言ってきた。
「あぁそうだ緑、何か飲み物持ってないか? この暑さでお前探してたら、喉が渇いてきちまって」
「ならこれあげるわ。さっきガク先輩から貰ったジュースよ、まだ口つけてないから遠慮する事無いわ」
「サンキュー」
俺は緑がまだ飲んでいない封の空いているペットボトルに口を付けて、何の疑問も持たずに中に入っているジュースを勢いよく飲む。
「あ、これ美味し…………」
「力男!?」
もし俺が冷静ならば、口を付けていないのに封が空いている部分に違和感を覚えただろう。
しかし緑が元気になって良かったと安堵していた俺は、その違和感に気付かなかった。
ジュースを飲んだ瞬間、俺は身体中から力が漲るのを感じると同時に、何を飲んだのかを理解した。
これはガク先輩が嘘だと言っていた、元気が出る薬であると。
それと同時に身体の自由が効かずに倒れそうになるのを、緑に支えられる。
俺は薬の副作用で薄れていく意識の中、ガク先輩許さねぇと言う気持ちを抱きながら、気絶するのであった。
手段こそは「戦う」と変わっていないが、いつの間にか目的が「守る」から「勝つ」へと変わっている。今回はだいたいそんな感じの話です。
次回は元気が出る薬と嘘をついて普通のジュースを渡した、と思いきや本当は元気が出る薬で力男を気絶させたガク先輩視点で学校組の予定です。




