3、ノエル・アストリッド
ふいに、扉がノックされた。
ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは、婚約者のノエル・アストリッド公爵だった。
「……セレナ。目覚めたんだね」
淡い金髪に、深紅の瞳。
昼下がりの陽光が差し込む中、その姿はまるで絵画から抜け出したように美しかった。
けれど、その赤い瞳はどこか潤んでいて、まるで今にも泣き出しそうに揺れていた。
「……ノエル」
その名を呼んだ瞬間、胸が痛んだ。
懐かしさと、言いようのない違和感が同時に押し寄せる。
目の前のノエルは、私の知っている彼のようで――
けれど、何かが決定的に違う気がした。
その違和感に気づくより早く、ノエルが一歩、二歩と歩み寄ってくる。
そして――次の瞬間、何の前触れもなく、強く、私を抱きしめた。
「ーーごめん」
低く、震えるような声が、耳元で静かに響いた。
「……ノエル?」
驚いて問いかけると、彼はぎゅっと腕に力を込めた。
「いや……なんでもない。ただ、怖かったんだ。……もう、二度と会えないんじゃないかって」
二度と――?
その言葉の重さに、一瞬だけ呼吸が止まったような気がした。
三日寝込んだだけなのに。そんなに……私のこと、心配してくれていたの?
確かにノエルは、回帰前から優しかった。
けれど、こんなふうに取り乱すことなんて、一度もなかったはずで――
(……こんな感じだったかしら?)
記憶を探るように思い出していると、ノエルがようやく腕の力を緩めて、体を離した。
「ごめん、ちょっと大袈裟だったね」
そう笑った彼の顔は、いつもの穏やかなノエルだった。
……けれど、それが逆に不自然に思えてしまうほど、先ほどまでの“必死さ”が生々しかった。
「いえ……心配をかけて、ごめんなさい」
「......本当に」
ふっと、その表情に影が差す。
……まるで、何かを抱え込んでいるような瞳で。
(……どうしたの?)
「離れていて、こんなふうになっていたら……気が気じゃない」
そう言って、彼は真っ直ぐに私を見つめてくる。
その瞳は、どこか切実で、そして、ほんの少しだけ――焦っているように見えた。
「ねぇ、セレナ。――一緒に暮らそう?」
「……え?」
それは、あまりにも唐突で――胸の奥で何かがざわめいた。
やっぱり前と違う。
ノエル……どうしちゃったの?




