2、あの未来には戻らない
朝の柔らかな光がカーテン越しに差し込み、私はぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと身を起こした。
まだ信じられない。けれど、これは現実――。
毒で命を落としたはずの私は、なぜかこうして生きている。
確かめなければ。
「……今日は、何月何日だったかしら?」
身支度のために入ってきた侍女に、私は何気なく尋ねた。
「王国歴三五二年、三月十日でございます」
「そう……ありがとう」
思わず胸がざわついた。
三月十日――それは、あの出来事の“約一年”前の日付だった。
「……じゃあ、今の私は……十七歳」
信じがたいけれど、確かに時間が巻き戻っている。だとすれば、あのノエルとのティータイムで毒を飲んだ未来まで、あと一年。
――そしてもうすぐ、コゼットの誕生日パーティーが開催される。
その日、彼女は希少な精霊の力を開花させた。王国で一世紀にひとり現れる特別な存在。
それはいわば、精霊界と人間界を繋ぐ、”契約者”。
好奇心旺盛な精霊たちが、人間界に自由に出入りできる代わりに精霊は人間界に加護を与える。
そうしてヴァルディア王国は平和が保たれ、発展してきた。
コゼットは一夜にして賞賛の的となり、そして――その輝きの裏で、私は人々から冷たい視線を向けられるようになった。
「嫉妬に駆られて、義妹を貶めた公爵令嬢」――それが、私につけられた烙印だった。
気づけば周囲はコゼットの味方ばかりになっていて、私は孤立し、悪女と呼ばれるようになった。
唯一そばにいてくれたのは、ノエルだけ。
……でも、そんな私にさえ変わらず優しくしてくれた彼に、あの結末を見せてしまった。
(もう、二度と繰り返さない)
あの未来には戻らない。私は、過ちをやり直すためにこの時間を与えられたのだと信じたい。
……だけど。
たしかに私は、コゼットをいじめていた“はず”なのに。
どうしてだったのか――その理由だけが、やっぱり思い出せない。
自分がやったことだけは、はっきりと覚えているのに。
怒りも、恨みも、記憶のどこを探しても見つからない。
いじめたはずなのに……心が拒んでいる気がする。
まるで、誰かの記憶を借りているような、そんな感覚――。
(私は”なぜ”いじめていたのかしら......)
(あんなに心優しい彼女を......)
胸の奥に微かな疑問は残ったまま。
それでも。
「今回は……純粋に、コゼットの誕生日を祝おう」
この手で壊すんじゃなく、守る未来を選びたい。
明るい未来のために――やり直してみせる。
絶対に。