16、あなたの瞳の奥に
ノエルに回帰前の記憶があるのかもしれない。
そう考えると、これまでの出来事のいくつかに説明がつく。
回帰前と今で違う態度。
「いや……なんでもない。ただ、怖かったんだ。……もう、二度と会えないんじゃないかって」
「ねぇ、セレナ。――一緒に暮らそう?」
私が倒れたときの、あの過剰なまでの反応。
「君の周りに余計な人間を近づけたくないだけ」
この屋敷に来てからの、囲い込むような様子――。
私自身が記憶を持っているのだから、他の誰かにあってもおかしくはない。
膝の上で穏やかな呼吸を繰り返すノエルの髪を、そっと撫でた。
……何はともあれ、無事でよかったわ。
胸の奥で安堵が広がった、そのとき。
――「よくやったわ、セレナ!」
この透き通る声は……。
「ウンディーネね?」
「お久しぶり!」
突然現れた彼女は、くるくると宙を舞いながら笑う。
「あなた、また来るって言ってたのに、遅かったじゃない」
「ふふ、ごめんなさい。でもね、力を扱うには“感情”が鍵だったから、今のあなたには静観が一番だと思ったのよ」
「……感情?」
「ええ、強い気持ちが必要なの。使っていくうちにコントロールできるようになるわ。今の感覚を忘れないで」
彼女の言葉が胸に刻まれる。
なるほど……だから、あのとき。必死にノエルを助けたいと願った瞬間、力があふれたのね。
「今回の件で、他の精霊たちも気づいたはず。きっと協力してくれるわ」
ふいに、膝の上でノエルがもぞりと動いた。
「……んん」
ウンディーネがニヤリと笑う。
「愛するダーリンが落ち着いてよかったわ」
「だ、ダーリンって……!」
「じゃ、またね!」
彼女は水面のきらめきのように消えていった。
……本当にいつも急なんだから。
頬がほんのり熱くなるのを感じながら、私は決意を固める。
とにかく、精霊の力の扱い方はわかった。
今回は奪わせない。
毒殺――あの最悪の未来は絶対に避ける。
私は、私の手で明るい未来を掴む。
「……ん」
ノエルがまた小さく動いた。
……ひとまず、彼をベッドに戻そう。
そう思った瞬間。
ノエルのまぶたが、ゆっくりと開こうとしていた。
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