表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/62

幕間「第一王子とコゼット」

 静かな部屋の天蓋つきの寝台。柔らかなシーツの上で、コゼット・グランディールはゆっくりと瞼を開いた。



 「……? ここは……?」



 見慣れない天井。漂う薬草の香り。身を起こそうとした瞬間、脇に立つ人物の影が彼女を制した。



 「動かない方がいい。まだ療養中だからな」



 低く落ち着いた声が、耳に届いた。

 振り向くと、漆黒の髪と鋭く輝く金色の瞳を持つ――この国の第一王子、ノクスが立っていた。




 「で、殿下……!?」


 コゼットは慌てて身を起こし、すぐに礼を取った。



 「礼はいい。頭を上げてくれ」


 その声には厳しさの中に、どこか優しさが含まれていた。

 コゼットがそっと顔を上げると、ノクスは冷静な瞳で彼女を見据えながら続けた。



 「ここは王宮だ。倒れた君を運び、治療していた」


 「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてしまって……」


 「気にするな。むしろ礼を言いたいくらいだ」



 ノクスは椅子に腰掛けながら、淡々と続ける。



 「それと……君との婚約が決まった。今後は“ノクス”と呼んでくれて構わない」


 「……えっ?」



 あまりに唐突な言葉に、コゼットは思わず目を見開く。



 「先日のパーティーの光……あれは、おそらく精霊使いの力だろう。王家としても、保護すべき存在と判断した」



 ノクスの視線が鋭さを帯びる。



 「グランディール公爵家との話し合いの結果、正式に婚約という形を取ることになった」



 コゼットは言葉を失い、布団の縁を指先でぎゅっと掴んだ。



 (まさか、こんな形で……でも、それなら……)



 彼女は静かに唇を開いた。




 「もったいないお話ですが、難しいかもしれません」


 「……なぜだ?」



 途端に空気が張り詰める。ノクスの目が射抜くようにコゼットを見つめた。



 「……パーティーで感じた“力”が、今は感じられないのです。たぶん……今の私は、“持っていない”」


 数秒の沈黙が流れる。


 「ふむ……」


 ノクスは腕を組み直し、少し考え込んだ様子を見せた後、淡々と口を開いた。


 「だが、あの光は偶然ではない。会場にいた多くの者が目撃している。精霊の加護によるものと見て間違いないだろう」


 「……」


 「つまり君は、覚醒の途中なのだ。問題はない」



 安心させるような言葉。けれど、コゼットの胸の奥には、冷や汗のような焦りと不安が、じわじわと染み込んでいた。


 「……そ、そうですか。わかりました。これから、よろしくお願いします……殿下」


 「“ノクス”でいい」


 「……ノクス様」



 頷いた王子は、ふと別の話題を口にする。



 「そういえば、君の義姉も同じタイミングで倒れていたな」


 「……っ!」


 コゼットの表情が、一瞬にして固まった。



 

 「……何か関係があるのではないかと思っている。もっとも、君とは血の繋がりもない。……偶然かもしれないが」



 (……これは、使えるかもしれない)


 運は、まだ私の味方だわ。



 「その……もしかしたら――」



 言いかけて、コゼットは伏し目がちに瞳を揺らした。



 「いえ……やっぱり、何でもありません」



 「なんだ?言ってみろ」



 ノクスは眉を顰める。


 (……食いついたわね)



 「――挨拶のとき、お姉様と肩が触れたんです。その瞬間、なんとも言えない嫌な感覚があって……」



 「嫌な感覚?」


 「はっきりとは覚えていません。でも、あの時から……胸の奥が、ずっとざわついている気がして」




 唇をかすかに震わせながら、コゼットは視線を落とす。



 「ふむ……」


 ノクスは足を組み直しながら、顎に手を添え、目を細めた。


 「……引っかかるな。ひとまず、彼女に監視をつけよう」



 「えっ……! いえ、それほどのことでは……! 本当に気のせいかもしれません!」



 「念には念を、だ。怪しければ疑う。精霊の力が関わるなら、なおさらな」

 「違っていたなら、それでいい」



 決定は揺るがなかった。ノクスは立ち上がり、コゼットに一瞥をくれてから静かに言った。



 「ひとまず、君はまだ休んでいろ。回復が最優先だ」


 「……はい」



 ノクスが扉を閉め、静寂が戻る。





 部屋に独り残されたコゼットは、シーツの上で膝を抱え、ぽつりと呟いた。



 「……なんで、消えたの?」



 細く震える声。だが、その目には薄く、狂気にも似た光が宿っていた。



 「あの時、確かに手にしたのに……どうして?」



 指先が、きしむほどにシーツを握る。



 「このままじゃ、ダメ……」


 「……まだ終わってない。あの女がいる限り、私は負けられない」



 そして、ひとまず心を切り替える。



 (王家を、完全に味方につける。そのためには……)



 コゼットの手は、強く握りしめたまま、小刻みに震えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ