プロローグ
人々は言った。
私を、悪女だと。
目の前で、義妹が泣いている。
「ごめんなさい、お姉さま……許して……私が悪かったの……」
地べたに膝をつき、しゃくりあげるその姿を、私はただ見下ろしていた。
銀色に輝く長い髪と紫紺の瞳を持つ私は、セレナ・グランディール公爵令嬢。
――けれど、そう名乗るようになったのは、つい十年前のこと。
もともと私は、母とともに静かな町で暮らす、どこにでもいる平民の娘だった。
そんな母が、義父である公爵に見初められ、後妻としてこの屋敷に迎えられた。
そして私は「母の娘」としてではなく、「公爵の養女」として、貴族の籍に入れられたのだ。
目の前にいるのは、義父とその先妻のあいだに生まれた娘。
ミルクティーのように淡く柔らかな髪に、透き通る水色の瞳をした少女--コゼット・グランディール。
私とは血の繋がりはない。
そう。
私は義妹をいじめていた。
気に入らないものは貶めて。
侍女にも、無礼な者には容赦なく。
……たしか、そうだった、はず。
記憶は断片的で、ぼんやりとしているけれど、それが“私のしてきたこと”なのだと、理解している。
私は、みんなから嫌われている悪女ーーだったらしい。
……だったらしい、なんて、他人事みたいだけれど。
それが、私の“認識”だった。
だから。
こんなにも私の最後は、あっけないのだろうか。
いつものティータイム。
今日は婚約者のノエル・アストリッド公爵と一緒だった。
輝くような金髪。その瞳は深紅で、燃えるように熱を帯びている。
穏やかな時間のはずだったのに。
急に、喉の奥が焼け付くように熱くなる。
「……ごほっ」
口から溢れた血が、ティーカップを汚す。
だんだんと目の前が、暗くなっていった。
「……セレナ!!」
ノエルの叫び声が、遠くで響く。
どうして、こんなに焦った顔をしているのだろう。
……どうして、ノエルはそんなに悲しそうな顔をしているの?
私は、悪女だったはずなのに。
誰からも憎まれて当然の人間だったはずなのに。
だんだんと目の前が暗くなっていく。
その最後に見たのは、ノエルの焦燥に満ちた瞳だった。
ーー意識が、闇に沈む。
その陰でーー
「ふふっ......」
冷たい風のような笑い声が、誰にも気づかれずに空気を震わせた。
「可哀想なお姉様。
なーんにも、知らないまま、死んじゃった」
その声は、空に溶けて消えていった。
新連載開始!
完結済作品も二作ございます。
興味あればぜひ。