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9.完璧なハーブの香りはいかが?

 王家の庭園修復や予算会議での活躍を経て、エレノアの生徒会での立場は確固たるものになっていた。


 しかし、クロード・ソレルは相変わらず厳格で、エレノアに感情を向けることはほとんどなかった。

 彼にとってエレノアは、ただ「有用な道具」に過ぎないかのように思えた。


 ある日の夜、生徒会室で書類仕事を終えたエレノアが温室に戻ると、そこにクロードがいるのを見つけた。

 彼は、エレノアが育てているハーブの鉢を、まるで鑑定するかのように熱心に調べていた。


「このハーブは、魔法薬の調合において、最適な香りを放つ時間がある。

 それは、満月の夜の23時47分だ」


 クロードは、エレノアに視線を向けることなく、完璧な論理でそう告げた。

 彼の言葉は、まるで精密な機械のようだった。


「その時間に収穫すれば、最高の品質が得られる。

 しかし、君の収穫したハーブは、いつも数分ずれている。

 完璧ではない」


 彼の言葉は、エレノアの「感覚」に頼ったやり方を否定しているようだった。

 エレノアは、少し悔しさを感じながらも反論した。


「でも……精霊さんが、良い香りがするって教えてくれるんです……」


 クロードは、その言葉にため息をついた。


「精霊? 非論理的だ。私は完璧なデータを求めている」


 そう言って、彼は立ち去ろうとする。

 その時、エレノアは思わずクロードの袖を掴んでいた。


「……お願いです。

 一度だけでいいから、試してください。

 私が感じる香りの良さを、一緒に確かめてください」


 エレノアの必死な表情に、クロードは動揺を隠せない。

 彼にこんな風に懇願する者はいなかったからだ。


 クロードは、不本意そうにエレノアの隣に立つと、黙って時間を見つめ始めた。


 そして、時計の針が23時47分を指した瞬間、温室中に甘く、心を溶かすような香りが満ちた。


 クロードは、その完璧な香りに、思わず目を閉じた。


「……素晴らしい」


 彼の口から、初めて感情のこもった言葉がこぼれた。

 その香りは、彼がデータで知っていた「完璧な香り」を、はるかに超えていたのだ。


「どうして……君には、これがわかるんだ?」


 クロードは、エレノアに顔を向けると、初めて彼女の目を見た。

 彼の瞳には、冷静な知性だけでなく、彼女の持つ神秘的な力への深い好奇心が宿っていた。


「私のハーブは、完璧じゃありません。でも、精霊さんが『一番美味しい』って言ってくれるんです」


 エレノアの言葉に、クロードは戸惑いを覚えた。

 彼の完璧な論理では、説明がつかない。

 だが、彼の心を動かす香りは、確かにそこにあった。


「……これからは、君の『感覚』も、データとして扱う必要があるな」


 クロードは、エレノアから目を離さず、そう呟いた。


 完璧な論理を求める彼にとって、エレノアは初めて出会った「予測不能な変数」であり、解読不可能な「美しい謎」だった。


 彼の心は、この夜から、エレノアという存在によって、静かにかき乱されていくのだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


少しでもエレノアたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。


次回は、ライエルとの絆が深まる場面が描かれる予定です。お楽しみに!


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